第117話 星の遺産の輝き、砕け散る狂気の夢
【視点:アルベルト王子】
旧ビックサム学園跡地の地下深く。
ここは、かつての生ぬるい思い出が眠る廃墟であり、同時に、忘れられた古代文明の遺跡と、この私――アルベルト・フォン・コンドルの至高の愛が融合した禁断の聖域。
いや、愛と狂気の祭壇だ。
ひんやりとした石の壁には古代文字が刻まれ、空気中には電子機器のオゾンの匂いと……私の心を甘く苛み、同時に絶対的な高揚感をもたらす、甘美な香りが漂っていた。
その空間の中央に広がる巨大な制御室。
複雑なエネルギー回路が刻まれた黒曜石の床の上には、巨大なクリスタル構造体『星の遺産』のコアが、まるで新しい宇宙の心臓のように、神々しくも禍々しい紫色の光を脈打つように放っている。
その光は周囲の闇を切り裂き、部屋の最奥に安置された一つのクリスタル・カプセルを妖しく照らし出していた。
カプセルの中。
純白のシルクのドレスを纏い、まるで永遠の眠りについているかのように静かに瞳を閉じているのは……私の愛しいリリーナ姉さんと瓜二つの、完璧な肉体。
魂なき空虚な『器』が、淡く光る生命維持溶液の中に美しくたゆたっていた。
その硝子人形のようなクローンの前に立ち、私は己の震えを抑えきれずにいた。
ああ、姉さん……。
この薄汚れた銀河で、あなただけが私の光だった。
あなたを奪ったこの狂った世界を、私が今、正して差し上げます。
だが、今の私の顔は、極度の興奮と歓喜によって、自分でも恐ろしくなるほどに歪み、熱を持っていた。
「フッ、フッ、フッ……、ククク……ハハハハハッ!!」
堪えきれず、私の唇から甲高く狂気に満ちた笑い声が溢れ出す。
「ついに……! ついに、この時が来たのだ! 長かった! 本当に、本当に長かった! 私がどれほどの血を流し、どれほどの泥を啜ってきたか! 全ては……全ては、この瞬間のために……!」
歓喜によって臨界点に達したフォワードの力が、赤いオーラとなって身体から陽炎のように立ち昇っていた。
「リリーナ……姉さん」
カプセルに熱く震える指で這わせ、恍惚とした表情で囁きかけた。
「もうすぐ……もうすぐですよ、私のたった一人の女神。このアルベルトが、今、あなたをこの冷たい眠りから完全に解き放ち、永遠の生命を与えてみせる……! この、『星の遺産』の全能なる力で!」
そう、あの忌まわしい事件で失われた太陽を、私が再びこの手で宇宙に掲げるのだ。
他の誰でもない、この私だけが、あなたを救う絶対の救世主となる!
私は、巨大な制御コンソールへと向き直った。
「始めろ!!」
傍らに控える無能な研究者たちに、王としての絶対的な命令を下す。
「今すぐ『星の遺産』の最終調整を完了させ、魂の転写シークエンスを開始するのだ!」
研究者たちは互いに顔を見合わせ、怯えながらも震える手でコンソールを操作し始めた。
私は自らの指先を躊躇なくナイフで切り裂き、王家の濃い血を、制御キーである禍々しい紋様が刻まれた黒い石版へと滴らせる。
血が石版に吸い込まれるように消え、システムが認証される。
『……システム……起動……。エネルギー・コア、臨界点へ……充填、開始……。最終段階……シーケンス、準備完了……』
無機質な機械合成音声が、制御室の張り詰めた空気に響き渡る。
その感情のない声が、私の胸の中で燃え盛る狂気をより一層燃え上がらせていく。
「よし!『星詠の指輪』を、リリーナ姉さんの指にセットしろ!」
私が命じると、研究者の一人が純白のクッションに載せられたアシュトン家の秘宝、『星詠の指輪』を、震える手でカプセルの中のクローンの白く細い薬指へとそっと嵌めた。
その瞬間。
カプセルと中央の『星の遺産』が激しく呼応し、眩いばかりの光を放ち始めた。
ゴゴゴゴ……!という地響きのような低い唸りが、部屋全体を揺るがす。
まるで、古代の神が永い眠りから目覚めようとしているかのようだ。
「いよいよだ!」
私は恍惚とした表情で、両腕を大きく天へと広げた。
「リリーナ姉さん! 今、この私が、あなたを完全に蘇らせる! 永遠の純粋な愛を、あなたに! そして、姉さんを害する害虫どもを全て焼き払った、この新しく生まれ変わる完璧な世界を……あなたに捧げよう!!」
『……システム、最終段階へ移行……』
機械音声が告げる。
『……リリーナ・フォン・コンドルの魂データの、クローン体への転写を開始します……。同期中……魂のデータ転送……開始……』
コンソールから網膜を焼き切るかのような純粋なエネルギーの光が放たれ、クローンのリリーナの身体を完全に包み込んだ。
部屋全体が光の奔流に飲み込まれ、空間そのものが歪むかのような圧倒的な現象が起こる。
ああ……来る!
姉さんが、私のもとへ還ってくる!
「リリーナ姉さん……! ああ! リリーナ姉さん!! リリーナ姉さん!!!」
狂喜乱舞し、ただ愛しい姉の名前を何度も何度も呼び続けていた。
私の魂は、これ以上ないほどの達成感と全能感で満たされていた。
しかし。
狂気の夢が成就するかに見えた、まさにその瞬間だった。
―――警告! 警告! システム・エラー発生!―――
コンソールからけたたましい警告音が鳴り響き、モニターには血のように赤い、絶望的なエラーメッセージが点滅し始めた。
『……エラー……。……エラーメッセージ……。……リリーナの魂は、現世に……既に存在します……。……転写……不可能……。……魂の二重存在……確認……。魂の転送シーケンスが中止されました……』
機械的な音声が、無機質に、残酷なまでに明確なエラーメッセージを繰り返す。
「……な……何…………?」
私は一瞬、言葉の意味が全く理解できず、呆然とコンソールを睨みつけた。
……リリーナの魂は、現世に既に存在している……?
転写、不可能……?
「……馬鹿な……! そんな……そんなはずはない……!」
声が、情けなく震えた。
「リリーナ姉さんの魂は……! 魂は、既にこの世には存在しないはずだ! 彼女は死んだのだ! 私が、この目で確かに確認した! あの忌まわしき事件で……! 私の腕の中で、血に染まって、冷たくなって……永遠に失ったのだ!!」
私はコンソールにすがりつき、絶叫した。
頭の中が、ぐちゃぐちゃにかき回されるような激しい混乱に襲われる。
もし、システムが正しいのなら……姉さんは『生きている』?
生きているのに、なぜ私の元へ戻ってこなかった!?
なぜ、私をこんな冷たい孤独の中に置き去りにした!?
「一体! 一体どういうことなのだ!? 説明しろ! 貴様ら! 答えろぉぉぉっ!!」
私は近くにいた研究者に獣のように掴みかかり、白衣の胸ぐらを締め上げた。
「わ、分かりません……! ですが、システムは……システムは確かにそう示しております……! リリーナ様の魂は……今、この現世に、既に存在している、と……!」
研究者は死人のように青ざめた顔で必死に答える。
姉さんが、生きている……?
では、私が今までやってきたことは何だったのだ……?
姉さんを取り戻すために、親族を殺し、国を売り、悪魔に魂を売り渡してまで作り上げたこの祭壇は……全て、無意味だったというのか……!?
「嘘だ! 嘘だ、嘘だ、嘘だ……!!」
私は研究者を突き飛ばし、頭を抱えて膝から崩れ落ちた。
「これは何かの間違いだ! 故障だ! リリーナ姉さんは死んだんだ! 死んでいなければならないんだ! そうに違いない……! そうでなければ……私が救世主になれないではないか!!」
醜悪な本音が、無意識に口をついて出た。
そうだ。姉さんは私がいなければ生きていけない、か弱き存在でなければならない。
私が地獄の底から救い出し、私の愛だけで満たしてやらなければならないのだ。
自分の意志で生きている姉さんなど……私を置いていった姉さんなど、認めるわけにはいかない!
===警報! 警報! 緊急事態発生!===
===未確認機、複数、セクター4より侵入! 第三ブロックまで到達! 繰り返す! 侵入者あり!===
私の中の脆い世界が完全に崩壊しかけたその時、制御室全体にけたたましい緊急アラートが鳴り響いた。
「な、何が起こっている……!?」
私は虚ろな目で、点滅する赤い警告灯を見上げた。
そして、そのアラート音は、壊れかけた私の精神に『都合の良い標的』を与えてくれた。
「ガルムの老いぼれは、一体何をやっているのだ!?」
私の顔に、行き場を失っていた怒りの色が爆発的に燃え上がる。
「なぜだ! なぜ、この宇宙は私の邪魔ばかりをするのだ! なぜ、私から全てを奪おうとするのだ! なぜなのだぁぁぁっ!!」
私は、傍に控えていた側近であるゼノとクラウスを怒鳴りつけた。
「ゼノ! クラウス! ただちに侵入者を排除しろ! 鬱陶しい賊どもが紛れ込んできたようだ!」
怒りのまま言葉を続ける。
「そして、この私の神聖なる儀式を邪魔する愚かな虫けらどもは、この私が自ら粛清してくれる! 私は、エンペラー・オブ・コンドルで出る! 誰も、私の覇道を、リリーナ姉さんへの愛を邪魔することなどできぬのだ!!」
「「はっ!! 御意に、殿下!!」」
ゼノとクラウスは、命令に絶対的な忠誠をもって応じ、それぞれの愛機へと搭乗すべく音もなく去っていった。
「許さんぞ……! 許さんぞ! 私を邪魔する全ての者どもよ! もう少しで……! もう少しで、リリーナ姉さんに再び会うことができたというのに……!」
私は恐怖と混乱を巨大な怒りと憎悪にすり替え、その魂を完全に燃え上がらせていた。
そして、砕け散った夢の破片と、虚構の希望の光だけをその壊れた心の胸に抱きしめて、私は、黄金の翼『エンペラー・オブ・コンドル』が待つ格納庫へと突き進んでいく。
……待っていてください、姉さん。
邪魔者を全て排除して、もう一度システムを再起動し……必ず、必ず、あなたをお迎えに上がります。




