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第116話 コンドル大気圏突入、炎の洗礼と白銀の絆

スターダスト・レクイエム号の格納庫。


そこは今、出撃前の熱気を帯びた独特の緊張感に満ちていた。


鼻をつくオイルと金属の匂い。


足元から伝わってくる、エネルギーコアが発する微かな振動。


そして、これから死地へと赴く仲間たちの、抑えた呼吸と決意の匂い。


中央には四つの鋼鉄の翼がその真新しい輝きを放ち、静かに出撃の時を待っていた。


白銀の『スターゲイザー改』。


紅蓮の『クリムゾン・ローゼス改』。


白銀に青い知性のラインを纏う『ヴァルキリー・ストライカー改』。


そして、純白の『エンジェル・オブ・アンドロメダ』。


四機の腕部には、不釣り合いなほど巨大で武骨な特殊装備『フェリガーイージス』が重々しく装着されている。


絶望的な鉄壁を突破するための、俺たちの唯一の希望……いや、ただの狂気の沙汰だ。


スターゲイザー改のコクピット。


俺は最終的なシステムチェックを行いながら、隣のシートに座るミューへと視線を向けた。


「ミュー、準備はいいか?」


「ええ、大丈夫よ、ベレット!」


ミューは、ラピスラズリの瞳に強い決意の光を宿らせて、力強く頷いた。


新調された、純白に金の刺繍が施された巫女服スタイルの戦闘スーツ。


その姿は、俺がずっと『守るべきガキ』だと思っていた頃の面影はなく、まるで戦場に舞い降りた気高い女神のようだった。


「私のフォワードも、スターゲイザー改と完全に馴染んでいるわ。あなたの魂の鼓動が、手に取るように分かるの」


彼女の白い指先が、胸元の『星影の涙』のペンダントにそっと触れる。


そこから、途方もなく温かいエネルギーが俺の全身へと流れ込んでくるのを感じた。


……本当に、強くなりやがった。


あの監獄での出来事以来、コイツからの想いは隠しようがないほど真っ直ぐに俺に突き刺さってくる。


薄汚れた賞金稼ぎには眩しすぎる、純度100%の好意。


昔の俺なら、重荷に感じて適当な理由をつけて逃げ出していただろう。


「そうか」


だが、今は逃げない。


俺は彼女の力と揺るぎない信頼を真正面から受け止め、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。


「頼りにしてるぜ、ミュー。俺の魂の半分は、お前に預けた」


『全機、最終チェック完了。いつでも発進可能です』


耳元のインカムから、俺の絶対的な相棒、ナビィの冷静な声が響く。


「よし! スターゲイザー改、ベレット・クレイ出る!」


『管制サポート、及びオペレーション・クロノス、始動します』


俺の号令と共に、スターゲイザー改がエアロックから星々の海へと力強く飛び立った。


『さて、ベレット様に遅れを取るわけにはいきませんわね』


ローズマリーの、妖艶で自信に満ちた声が続く。


『わたくしのこの美しい紅蓮の「フェリガーイージス」の本当の力、見せて差し上げませんと。クリムゾン・ローゼス改、ローズマリー、華麗に参りますわ!』


真紅の翼が、夜空に咲き誇る巨大な薔薇のように宇宙(そら)へと解き放たれる。


あの女の愛もまた、常軌を逸して重い。


だが、その狂おしいほどの情熱が、今は頼もしい。


『うわっ! シミュレーションは完璧だったけど、やっぱりこの盾の質量と重心バランス、ヤバすぎるわよ!』


ユウキの若干の悲鳴混じりの声が響く。


『よくモルモットも仮面女も、あんな平然と飛び立てるものね! ……まあ、でもやるしかない! ヴァルキリー・ストライカー改、ユウキ・ニシボリ、発進するわ!』


『皆さん、さすがの腕前ですわね。私も足を引っ張らないようにしないと。エンジェル・オブ・アンドロメダ、ミンクス、出撃します』


四つの流星が、漆黒のキャンバスに集結し、フォーメーションを組んでいく。


俺は眼前に広がるコンドル本星の青く美しい姿を睨みつけ、指示を飛ばした。


「ガルムの爺さんのふざけた文章が本当なら、コンドル軍の主力は出てこねえはずだ。このまま警戒網を強行突破し、旧ビックサム学園跡地の上空まで一気に降下する!」


『ふふ、お任せくださいまし、キャプテン。この紅蓮の盾で、あなたの道を美しく切り開いてみせますわ』


『了解したわ、モルモット! 墜落しないか、しっかり見ててあげるから!』


『承知いたしました、ベレット。あなたの背中は私が守るわ』


「ベレット! フォワードでサポートする!」


通信から聞こえる、四者四様の声。


俺は頬が緩むのを我慢し、悪くない気分で操縦桿を握りしめた。


「ようし、野郎ども……いや、お嬢様方! 行くぞ!『フェリガーイージス』起動! 振り落とされるんじゃねえぞ!」


ゴオオオオオオオオッ!!!


四機の腕部に装着されたフェリガーイージスの巨大なロケットブースターが、一斉に灼熱の炎を噴射した。


凄まじい轟音と共に、四つの流星は信じられないほどの暴力的なまでの加速を開始する。


それはもはや飛行ではなく、『発射』だ。


強烈なGが全身を押し潰し、内臓がひっくり返りそうになる。


コンドル本星の大気圏防衛網を嘲笑うかのように突破し、摩擦熱で真っ赤に染まった視界の中を一直線に降下していく。


狂ってる。


誰もが生還を疑う、完全な自殺行為だ。


だが、俺の口角は自然とつり上がっていた。


こういうヒリヒリするような死線こそ、宇宙海賊の本来の居場所だ。


『ポイント・アルファ、予定通り通過! 秒速15キロ!』


ナビィの悲鳴に近い声が響く。


眼下に、かつて見慣れた故郷の景色が猛スピードで流れ去っていく。


首都が巨大な生き物のように眼前に迫ってきた。


「……! よし! ここだ! 全機、ブースター逆噴射! 最大減速!」


俺が号令をかけた、その瞬間。


『……! きゃあっ!? ま、まずい! 速度が……! 速度が落ちない!』


ユウキの悲鳴が響いた。


ヴァルキリー・ストライカー改が激しい振動と共にコントロールを失い、機首を大きく下げながら地上へと錐揉(きりも)み状態で落下し始めた。


「ユウキ! 大丈夫か!? クソッ!」


俺は即座に判断した。


「ナビィ! 俺はユウキのサポートに入る! ローズマリー、ミンクス! お前たちはそのまま先行しろ! 目的地の確保を最優先だ!」


『……! り、了解いたしました! マスター! どうか、ご無理はなさらないでください!』


『ベレット様! ですが……!』


ローズマリーの声にためらいがよぎる。


「いいから行け! こっちは俺とミューでなんとかする!」


『……分かりましたわ。ご無事で』


『あなたに、フォワードの御加護があらんことを……!』


ローズマリーとミンクスが先行して離脱していくのを見届け、俺はスターゲイザー改の進路を、急速に降下するヴァルキリー改へと向けた。


「ミュー! フォワードで援護してくれ!」


「分かったわ、ベレット!」


ミューのフォワードが黄金の光となって溢れ出し、俺の意識と深く、熱く繋がっていく。


ミューが見る数秒先の未来のイメージ。


ヴァルキリー改の制御不能な挙動、落下軌道、そして最適な救助ポイントが、俺の脳内に直接流れ込んでくる。


……信じてるぜ、ミュー。


「ユウキ! 今から姿勢を立て直す! 舌噛むなよ!」


『ご、ごめん! モルモット!』


俺はフェリガーイージスのロケットブースターを最大出力で逆噴射させ、落下するヴァルキリー改のわずかに前方に回り込んだ。


そしてスターゲイザー改を高速で反転させ、自身の分厚い盾で、ヴァルキリー改が持つ盾を……正面から受け止める形で強く押し付けた!


ガギィィィィィィン!!!


巨大な金属の盾と盾が激しくぶつかり合い、火花を星屑のように撒き散らす。


凄まじい衝撃。


機体中から嫌な軋み音が鳴り響き、骨が折れるかと思った。


『……! モルモット! 無茶しないで! 高度が下がりすぎよ! このままじゃ地面に激突する!』


「大丈夫だ! 見えてる!」


俺は歯を食いしばりながら叫んだ。


理屈じゃない。


ナビィの正確な演算、俺の直感、そしてミューの未来予測が完全にリンクしている。


「ミュー! 今だ! フォワードで機体の推進力を最大に!」


「うんっ! ベレット!!」


俺とミューの魂が完全に一つになる。


スターゲイザー改と、接触しているヴァルキリー改の推進力が極限まで引き上げられる。


目前に迫る、コンドル首都郊外の鬱蒼とした森林。


あと数秒、間に合わなければ仲良くミンチだ。


「……! あと少しだ! 持ちこたえろぉぉぉっ!!」


ドゴォォォォォォォォォォン!!!


二つの白銀の機体は凄まじい衝撃音と共に、旧ビックサム学園跡地の深い森の中へと……なんとかクラッシュランディングを果たした。


周囲の木々がなぎ倒され、土煙が舞い上がる。


「……なんとかなったな」


『機体各部の中破を確認。ですが、マスターのバイタルは正常です。……無茶ばかりしないでください』


ナビィの呆れたような、でも底抜けに安堵した声。


「ユウキ! 無事か!?」


『あ、ありがとう、モルモット……! また借りができちゃったわね……!』


「へっ、礼なら後でたんまりと返してもらうぜ。……さてと、行くぞユウキ!」


俺は不敵に笑い、ユウキに力強く呼びかけた。


こんなに重くて、騒がしくて、愛おしい仲間たちの想いを背負っちまったんだ。


こんなところで立ち止まるわけにはいかねえ。


二つの白銀の機体は、森の木々を掻き分けながら立ち上がり、廃ドックの巨大な闇へと続く穴へと降下していく。


過去の亡霊どもをぶっ飛ばすための、最後の戦場へと。

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