第115話 涙を拭った巫女の決意と元恩師からの暗号通信
スターダスト・レクイエム号の格納庫。
出撃前の独特の熱気と、焦げたオイルとオゾンの匂い。
そして、この狭い空間に集まった仲間たちの、静かだが確かな殺気と決意。
ここは、俺たち宇宙海賊にとって、命を預け合うための聖域だ。
俺は再生された愛機、スターゲイザー改のコクピットに深く座り、目を閉じて神経を研ぎ澄ませていた。
新しい翼との、文字通りの最終同期。
機体のコアから流れ込んでくるフォワードの脈動が、俺の傷だらけの神経を直接撫で上げてくる。
……ふぅ。コイツは、前よりもさらにじゃじゃ馬になってやがるな。
だが、悪くねえ。
指先一つで、機体がうなりを上げる。
「もう少し、イナーシャル・ダンパーの利きとエネルギーフローのバランスを煮詰めるか。……おーい、ユウキ! まだ手は空かねえのか?」
俺は格納庫の反対側で、巨大な盾『フェリガーイージス』の最終調整に没頭しているユウキへと声をかけた。
「ごっめーん、モルモット!」
ユウキは、顔中オイルで汚しながらも、充実感に満ちた笑顔で振り返った。
「もう少しだけ待ってて! あのわがままな仮面の誰かさんに無理やり赤く塗らされたせいで、最終コーティングとセンサーのキャリブレーションに手間取っちゃって!」
「ははっ、分かった、分かった。無理すんなよ!」
文句を言いながらも、その手つきに一切の妥協はない。
大したもんたぜ。
俺の命を、安心して預けられる。
俺はユウキの返事に笑いながら、ふと、その隣で紅蓮の盾をまるで愛しい我が子を見つめるかのように、うっとりとした表情で眺めているローズマリーに声をかけた。
「おい、ローズマリー。そのド派手な盾は、ちゃんと問題なく使えそうか?」
「ええ、もちろんですわ、ベレット様」
ローズマリーは優雅に振り返り、仮面の下で絶対的な自信に満ちた笑みを浮かべた。
「シールド強度、ブースター出力共に、理論値以上の性能を確認済みですわ。あとは、実際の突入の際に皆さんのほんの少しの『覚悟』があれば、完璧ですわね」
……ほんの少しの覚悟、ね。
俺は、あの盾の狂ったスペックと、それを平然と提案してきたこの女の顔を交互に見比べた。
「ああ、そうだな。頼りにしてるぜ、ローズマリー」
そして今度は、純白の機体『エンジェル・オブ・アンドロメダ』の最終調整を行っているミンクスへと声をかける。
「よう、ミンクス。天使様の機嫌はどうだ?」
「ええ、おかげさまで完璧よ」
ミンクスは整備用の工具を片手に、苦笑いを浮かべながら答えた。
「ユウキさんに徹底的にオーバーホールしていただいたわ。……まあ、その過程で仮面の誰かさんに色々と『ちょっかい』を掛けられたわけだけど」
「そ、そうか」
ミンクスは恨めしそうにローズマリーを一瞥する。
教義や過去のしがらみを捨て、一人の戦友としてここに立つ彼女の横顔は、学園時代よりもずっと綺麗で、強かった。
「まあ何はともあれ、お前のそのぶっ飛んだ火力には期待してるぜ」
「ええ、フォワードに誓って。心を尽くし、力を尽くして、必ずやあなたたちの道を切り開くわ」
俺がそんな仲間たちの様子に頼もしさを感じ、再びスターゲイザー改のコンソールに向き直ろうとした、まさにその時だった。
「―――ベレットォォォォォォオオオオオ!!!!!」
通路の奥から、まるで小さな砲弾のように、ミューが泣きながら全速力でダッシュしてきた。
そのラピスラズリの瞳は涙で濡れ、恐ろしい悪夢にでも魘されたかのように、ひどく怯え切っている。
「うおっ!? おい、ミュー! お前、寝坊だぞ! ……ぐはっ!!」
俺は彼女の尋常ではない様子に驚きながらも、真正面から全身全霊の体当たりを受け止めた。
柔らかな身体の衝撃が、胸に強く響く。
「ど、どうしたんだよ、ミュー?」
俺は胸の中で、子供のようにわんわんと泣きじゃくり、シャツを強く握りしめてくる彼女の銀色の髪を、優しく撫でながら尋ねた。
「……う、うん……! ……こ、怖かったの……! 寂しかったの……! ベレットが、またいなくなっちゃう夢……! うわぁぁぁん!」
ミューは感情がぐちゃぐちゃになりながら、ただただ俺にしがみついていた。
彼女の小さな身体が、小刻みに震えている。
……まいったな。
俺は、自分の胸に顔を埋めるミューを抱きとめながら、内心で大きくため息をついた。
薄汚れた宇宙海賊が、こんな純粋で眩しい想いに触れていいはずがない。
なのに、俺の腕は、彼女を突き放すどころか、無意識に強く抱きしめ返していた。
……俺も、どうしようもなくコイツらに甘えてやがる。
「ミュー」
俺は彼女の耳元で、できるだけ穏やかで、安心させるような声で囁いた。
「もう大丈夫だ。俺はここにいる。お前のそばにいる。俺は、お前を必ず守る。だから……」
俺は、彼女の涙で濡れた顔をそっと上げさせ、その潤んだラピスラズリの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「だから、ミューもその力で、俺を……そして仲間を守ってくれ。できるな?」
ミューは、俺の言葉にハッと目を見開き……やがて、迷いを振り払うように力強く頷いた。
「うんっ!」
彼女は涙をぐっと腕で拭い、決意を込めた強い声で答えた。
「今度こそ! ベレットの隣に立つ! ちゃんと、ベレットに選ばれる立派な『星詠の巫女』になってみせる!」
……選ばれる、か。
その言葉に、俺の胸の奥が再びドクリと跳ねる。
二人の魂が触れ合うかのような、特別な沈黙が流れた。
『警告! 緊急暗号通信、高レベル受信! 暗号化レベル、Aプラス……最高機密レベルです!』
突如として、艦内にけたたましい緊急アナウンスが響き渡った。
「ナビィ! どうした!?」
俺はミューの肩を優しく離し、近くのコンソールへと駆け寄りながらナビィに確認する。
『マスター! 識別不能、しかし極めて高レベルの暗号化が施された緊急通信をたった今受信しました! 発信元は不明ですが、使用されている暗号キーはコンドル王国軍……それも、最高司令部レベルのものと一致します! 現在、全力で解析中! 間もなくそちらのモニターに解析内容を表示いたします!』
俺は固唾を飲んで、コンソールのモニターを注視した。
格納庫にいた仲間たちも皆手を止め、モニターへと注目する。
そして、数秒間の息詰まるような静寂の後。
モニターに、解析された短く、あまりにも謎めいたメッセージが、古いテレタイプのようにカタカタと音を立てて表示された。
『元不良生徒ニ告グ。
コンドルノ空、セイテンタカク、トリハ羽ヲ休メテイル。
古ノ学ビ舎ニ、星ノ鍵、眠ル。
鍵ノ解放ハ、近イ。
急ゲ、バラガキ。
―――元ビックサム学園担任教師ヨリ』
「………」
メッセージを読み終えた俺は、しばし呆然としていたが……やがて、その口元にニヤリと、獰猛で不敵な笑みを浮かべた。
「今まで何の連絡もよこさねえと思ったら、このタイミングで謎かけみてえなメッセージを送り付けてきやがって。……へっ、ほんと、どこまでも食えねえ爺さんだぜ、まったく」
あの厳格で、しかし誰よりも俺たち生徒想いだった『恩師』の顔が、脳裏をよぎる。
古の学び舎に、星の鍵眠る、か。
……アルベルトの野郎の居場所は、間違いなく旧ビックサム学園だ。
「みんな、聞いたな!」
俺は、格納庫にいる最高の仲間たちに向かって、腹の底から声を張り上げた。
「俺たちはこれより、旧ビックサム学園へ殴り込みをかける! 過去の亡霊どもを、俺たちの手でぶっ飛ばしてやるぞ!」
俺たちは、全ての始まりの地であり……そしておそらくは、全ての終焉の地ともなるであろう場所へ、最後の決意を胸に向かう。
星の遺産の解放は、もう間もなくだった。
俺たちは、嵐の中に飛び込むための、最後の翼を広げた。




