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第114話 記憶の回廊に響く哀しき独白と理由の分からない涙

深い、深い眠りの底。


光さえも凍りつくような、銀河の星雲のように淡く、色彩を完全に失った記憶の回廊。


その終わりのない迷宮を独りで彷徨(さまよ)い続けている。


それは、辛く、悲しく、そしてどうしようもなく哀れな、無念の残滓(ざんし)


あの時……もし、わたしがフォワードの力をもっと上手く制御できていたなら。


あなたは、あんな風に全てを失って、故郷であるコンドルを去らずに済んだの……?


誰にも届かない、暗闇に溶けていく遠い過去の記憶のループ。


もし、『星詠の巫女』なんていう、星の運命を背負わされる重すぎる(かせ)がなくて、ただの、本当にどこにでもいる普通の女の子としてあなたの隣に立てていたなら……。


……あなたを、あんなに絶望させ、深く傷つけずに済んだの?


星詠の巫女として生まれ、その過酷すぎる運命に否応なく翻弄され、すり潰された魂の消えゆく囁き。


弱い、弱い自分。


この大きすぎる力にただ振り回されるだけの、無様でちっぽけなわたし。


……そして、それでも、あなたを他の誰にも渡したくないと願ってしまう、どうしようもなく醜く、浅ましい自分。


忘れたくても、決して忘れられない。


後悔という名の冷たい雨が、わたしの魂を永遠に、ひたすらに濡らし続けている。


周りと馴染めず、その特異な力から気味悪がられて、独りで泣いていた惨めなわたし。


でもあなたは、いつもぶっきらぼうな優しさで助けてくれたわよね。


思い出すのは、放課後の夕暮れ。


心ない言葉を投げつけられ、逃げ出した先で転んで膝をすりむいたわたしに、「どんくせえな。ほら、貸してみろ」と悪態をつきながらも、不器用な手つきで絆創膏を貼ってくれた、あの温かくて大きな手のひら。


誰にも言えない秘密の場所で、古びた壁に背を預けて並んで座り、星空を見上げながら他愛のない夢を語り合った時間。


あの時、あなたの肩が触れるだけで、わたしの心臓は壊れそうなほどに高鳴っていたのよ。


あなたは絶対に、気づいていなかったでしょうけれど。


あのまま、ずっと一緒にいられると思ってた。


あなたの特別は、わたしなのだと信じたかった。


でも……あなたはいつも、私じゃない『彼女』の隣で、誰よりも楽しそうに、太陽みたいに眩しく笑っていた。


あなたのあの大きな、大きな後ろ姿を、わたしはいつも、決して届かない一歩後ろから見つめているだけだった。


何気ない、宝石のように輝いていたはずの日常。


でも、その光が強ければ強いほど、わたしの心には深く、濃く、嫉妬という名の暗い影が落ちた。


どうして彼女なの。


どうしてわたしじゃないの。


ドロドロとした醜い感情が胸を渦巻くたびに、自分のことがひどく嫌いになった。


変えられない現実。


そして、訪れた破滅。


どうして、この宇宙(そら)は、こんなにもわたしに冷たいの? どうして、わたしは他の子たちのように、普通に生まれてくることができなかったの? ……どうして、あなたはあの時、わたしを選んでくれなかったの?


何度、この問いを星々に投げかけただろう。


何度、この袋小路の記憶を繰り返しただろう。


何度、この報われることのない想いに、血を吐くような無念の涙を流しただろう。


だが、世界は変わらない。


結末は変わらない。


残酷な銀河の法則は、何も変わらない。


きっと、わたしのような化け物は……運命を捻じ曲げられ、家族からさえも見捨てられ、こんな哀れな実験動物(どうぐ)は、あなたにはふさわしくないのね。


だから、わたしはあなたの隣に立つことを許されなかったの。


どれほど強く願おうとも、どれほど必死に祈ろうとも、この声はもう誰にも届かない。


光さえも届かない、冷たく暗い檻の中で、わたしはただ、自分の意識が摩耗し、精神が崩壊して時間が過ぎるのを待つしかなかった。


もう二度と、彼に会うことなど叶わないのだと、絶望の泥沼の底で諦めていた。


こんな、人の形さえ失い、醜い化け物に成り果ててしまったのだから。


ああ……もし。


もしも、もう一度だけ生まれ変わることが許されるのなら。


最後に残った、たった一つの祈り。


今度はどうか、普通の、本当にどこにでもいるような女の子になりたいな。


特別な力なんて、いらない。


重い宿命なんて、いらない。


ただ、あなたと一緒に、他愛ないお喋りをしながら休日にデートをして、きらびやかな街を、恥ずかしがりながら手を繋いで歩いてみたいの。


流行りのお店に入って、おそろいのアクセサリーを一緒に選ぶの。


「似合わねえよ」って照れてそっぽを向くあなたに、無理やりつけさせたりして笑い合うの。


美味しいクレープを、「あーん」って、お互いに食べさせあって。


冬になったら、一つのマフラーを二人で巻いて、あなたのコートのポケットの中で、冷えた手をギュッと握ってもらうの。


そして夜になったら……綺麗な星空の下で、素敵なキスをするの。


悲しい別れの口づけじゃない。


明日もまた会えることを約束するような、優しくて、温かいキスを。


そんな、普通の女の子に生まれ変われたなら……。


次はきっと、きっと、わたしを選んでくれる……よね……?


それは、深い、深い闇の中で、彼女が最後に抱いた、あまりにも淡く、儚く、切実な希望の光。


そして、幾度繰り返しても決して変わることのない、彼女の、魂からの最後の願いだった。


                   ◇


「………ん………っ、あ………」


私は、自室のベッドの上で、息を詰まらせながらゆっくりと目を覚ました。


胸の奥が、ギリギリと締め付けられるように痛い。息をするのも苦しいくらいに。


重い瞼を開けると、視界がぐにゃりと歪んでぼやけていた。


頬に手をやると、ぽろぽろと零れ落ちた熱い涙の跡が、べっとりと、冷たく残っていた。


「……あれ……? ……夢……? 私、どうして……あんな、苦しくて悲しい夢を……?」


私は、両手で顔を覆い、見覚えのない……けれど、どこか自分の魂の奥底、一番深い部分と直結しているかのような、不思議な夢の残滓に震えた。


自分が自分じゃないみたいな、でも、間違いなく『私』の感情。


まるで、ずっと遠い過去に経験してきたような、血を吐くような嫉妬と、胸が張り裂けそうなほどの後悔と、途方もない孤独感。


「……コンドルに、近づいている……から、なのかな……」


私は、ゆっくりと、まだ少し鉛のように重い身体を起こした。


窓の外には、ワープアウトしたばかりの、コンドル星系の星々が冷たく、無機質に輝いていた。


この星のどこかに、あの忌まわしいアルベルトがいる。そして、『私』のルーツが眠っている。


「どうして……泣いているんだろう……? どうして、こんなにも……胸が痛くて、寂しくて、たまらないんだろう……!」


拭っても拭っても、理由の分からない涙が、再び私の頬を伝ってシーツに落ちる。


夢の中で感じた、あの『選ばれなかった絶望感』が、津波のように押し寄せてきて、私の心を黒く塗りつぶそうとする。


嫌だ。あんなの、嫌だ。


私は、あんな風に諦めたくない!


檻の中で待ってるだけなんて絶対に嫌!


私は、ただの後ろから見つめるだけの存在になんてならない。


ちゃんと隣に立ちたい!


ちゃんと、私を見て、私を選んでほしい!


ベレット……!


……早く……あなたの温もりを、感じたいよ……!


あなたが傍にいるって、ちゃんとこの手で確かめたい!


私は、溢れる涙をパジャマの袖で乱暴に拭うと、まるで怖い悪夢から逃れる迷子の子供のようにベッドを飛び出した。


靴を履く時間すらもどかしくて、裸足で冷たい金属の廊下を駆け出す。


「はぁっ、はぁっ……!」


冷たい床の感触も、すれ違うかもしれない仲間の目も気にならない。


ただ、大好きな彼がいるであろう格納庫へと、私は全速力で駆け出していた。


彼の大きな背中にしがみついて、あの力強い心臓の音を聞かなければ、夢の中の悲しみに飲み込まれて消えてしまいそうだったから。

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