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第112話 天才少女の最高傑作と仮面の女帝が仕掛ける魅惑の宴

監獄コロニー脱出から、数日が過ぎた。


俺たちの愛すべきポンコツ船『スターダスト・レクイエム号』は、アステリア・リーフの静かな星屑の影に身を潜め、翼を休めていた。


まだ時折軋む身体をごまかしながら、ナビィを伴って艦内の見回りをしていた。


隣を歩くナビィと言葉を交わさなくとも、互いの歩幅がピタリと合っているだけで、俺のささくれ立った神経が不思議と凪いでいくのを感じていた。


そして、最後に訪れた格納庫。


そこには、以前とは比較にならないほどの、神々しいまでのオーラを放つ白銀の巨人が佇んでいた。


『スターゲイザー改』。


ユウキとナビィ、そしてアイツの親父さんの遺志が融合し、再生された俺の新しい翼。


洗練された装甲の継ぎ目、より効率化されたエネルギー伝達系のレイアウト。


そして機体のコアから、まるで深呼吸するかのように、静かに、力強く溢れ出す黄金色のフォワードエネルギーの微かな波動。


「おお……! すげえじゃねえか。これが、新しいスターゲイザー……」


俺は思わず感嘆の声を漏らし、その白銀の装甲にそっと手を触れた。


ひんやりとした金属の感触の奥底から、熱いエネルギーが脈打っているような、不思議な鼓動が伝わってくる。


血の通った相棒の息遣いそのものだ。


「モルモットじゃない! どう!? 見違えたでしょ! あたしと父さんの技術の結晶! スターゲイザー改よ!」


整備用のリフトから、オイルと汗で頬を少し汚した白衣姿のユウキがひょっこりと顔を出し、自信満々で俺に話しかけてきた。


その翠緑色の瞳は、キラキラと輝いている。


「ああ、見違えたぜ」


俺は素直に称賛の言葉を口にした。


「以前よりも、格段に力強くなってるじゃねえか。流石だな、ユウキ。お前はやっぱり、俺が見込んだ通りの天才技術者だぜ」


「ふ、ふふん! と、当然よ!」


ユウキは顔を真っ赤にしながらも、得意げに胸を張った。


「それに、この機体はあたしと父さんの力だけじゃないのよ! ローズマリーさんが、コンドル王立研究所から父さんの幻の研究データを見つけてきてくれたおかげでもあるの! あのデータがなければ、ここまで短期間でこの翼を完成させることはできなかったわ!」


「……そうだったのか」


俺は、ローズマリーに託したもう一つの裏の戦いを想い、静かに頷いた。


あの研究所での地獄のような戦いも、決して無駄じゃなかったってことだ。


「あたしね」


ユウキはふと真剣な表情になり、静かに、強い決意を込めて俺の目を真っ直ぐに見据えた。


「あの時、研究所でスターゲイザーがオーバーフローして自己崩壊していくのを、ただモニター越しに見ていることしかできなかった。それが……技術者として、たまらなく悔しくて、許せなかったの。機体の欠陥で、パイロットを死なせてしまうなんて、それは技術者としての完全な敗北だから。だからね、決めたの」


彼女の翡翠のような瞳が、ほんの少しだけ潤む。


「絶対に、パイロットを死なせない。どんな絶望的な状況からでも、必ず生還させるための『最強の翼』を創ろうって。心から、そう思ったの」


それは彼女なりの、過去への後悔と無力感への決別。


「ああ。……期待してるぜ、ユウキ」


俺は彼女の真っ直ぐな想いを真っ向から受け止め、力強く言った。


「お前なら、きっとなれるさ。親父さんを超えるような、銀河一の最高の技術者にな」


「……! も、もちろんよ! だから、期待に応えなさいよね! あたしのモルモット!」


「ははっ、誰がモルモットだ!」


格納庫には、久しぶりに俺たちの温かい笑い声が響き渡った。


                ◇


艦内の見回りを終えてラウンジへ向かう途中、俺は立ち止まった。


ん?この匂いは…。


厨房から漂ってくるのは、たまらないほど食欲を刺激する匂いだった。


覗いてみると、ローズマリーが純白のエプロンを紅蓮の戦闘服の上から纏い、まるで祝祭の準備でもするように華麗に料理の腕を振るっていた。


彼女が持ち込んだであろう最高級の珍味や新鮮な有機野菜、それに……なんだか見慣れねえ、ヤバそうなスパイスが惜しげもなく放り込まれている。


厨房には、食欲だけじゃなく、男の本能的な部分を直接ガンガン刺激してくる、芳醇で濃厚な香りが満ち満ちていた。


「フフフ。これだけ精のつくものを召し上がれば、ベレット様もさらに『お元気』になられるはずですわね」


ローズマリーは鍋をリズミカルに振りながら、仮面の下で妖艶すぎる笑みを浮かべていた。


そこへ、ひょっこりとミューが顔を出した。


……なんだが、アイツの格好を見て俺は思わず目を疑った。


ナビィとお揃いの、フリルのついた可愛らしいメイド服を着せられているじゃないか。


「ろ、ローズマリー、その次は、どのお料理を運べばいいかしら……?」


ミューは、完全に怯えきった仔犬のような顔で、ローズマリーの顔色を窺っている。


「あら、ミュー。ちょうどよかったわ」


ローズマリーは優雅に振り返り、サディスティックな笑みを深めた。


「そちらの『アステリアン・クリスタルフィッシュのポワレ、星屑ソース添え』を、ラウンジまでお願いできるかしら? 落とさないように、慎重にね?」


「わ、わかったわ……!」


ミューはビクッと背筋を伸ばし、大きな銀の皿をおそるおそる小さな手で持ち上げた。


「もう少しでディナーの準備が整いますから。あなたもメイドとして、てきぱきと心を込めてお給仕なさいましね?」


「は、はいっ!」


「ふふ、よろしい。これも、わたくしのような素敵なレディになるための、大切な第一歩ですわよ?」


完全にローズマリーのペースだ。


俺はそっとため息をつき、ラウンジへと向かった。


                   ◇


やがて、テーブルには目も眩むような豪華絢爛な料理の数々が並べられた。


俺を中央の上座に、ミュー、ローズマリー、ユウキ、ナビィ、そしてどこかまだ遠慮がちなミンクスがテーブルを囲む。


「うおおっ! こりゃあまたスゲーや! 見たこともねえ料理ばっかりだぜ!」


俺は柄にもなく子供のように目を輝かせた。万年金欠の宇宙海賊としちゃ、夢のような光景だ。


「うわっ! これって、あの絶滅危惧種アステラ羊の、こ、睾丸!? こんな滋養強壮に良すぎるもの食べたら、身体どうなっちゃうのよ!?」


ユウキが銀河の珍味食材の数々に驚愕の声を上げる。


「ふふふっ、わたくしの料理、存分にその舌で、身体で味わってくださいまし。次なる戦いに備えて、英気を養っていただかないと。……特に、ベレット様には、ね」


ローズマリーは自信たっぷりに微笑み、俺に向かって妖艶な流し目を送ってきた。


その視線には、あのコクピットでの濃厚な口づけの記憶を呼び覚ますような、危険な大人の色気がたっぷりと孕んでいる。


「……おう。遠慮なく頂くぜ」


俺は努めてクールな表情を保ち、フォークを手に取った。


「では、僭越ながら」


ミンクスが静かに立ち上がり、グラスを掲げた。


「まずは、ベレット……キャプテンの無事の生還を祝して。そして、我々のこれからの戦いの勝利と、銀河の平和を祈って。乾杯」


彼女の聖職者らしい厳かで、しかし心のこもった温かい音頭で、宴が始まった。


俺たちは、ローズマリーのまさに絶品と呼ぶにふさわしい料理の数々に舌鼓を打った。


一口食べるごとに、身体の奥底から力が、エネルギーが、そして生きる喜びそのものがドクドクと(みなぎ)ってくる感覚。


「ああ、五臓六腑に染み渡るぜ……! 生き返るようだ……!」


「料理の味覚データ、及び摂取後のマスターの生体反応データ、極めて良好です。素晴らしいです」


ナビィも俺の隣でデータを分析しながら、どこか嬉しそうに料理を味わっている。


そんな中、ミューはフリルのついたメイド服姿で、少しぎこちないながらも懸命に俺の傍らでワインのお酌をしてくれていた。


その仕草はまだたどたどしく、しかし一生懸命さが伝わってきて、ひどくいじらしい。


ワインを注ぐ彼女の指先が、グラスを通して俺の指に微かに触れる。


驚くほど熱い体温が、俺の心臓を小さく跳ねさせた。


「おう、サンキューな、ミュー。気が利くな」


俺は照れを隠すように、そんなミューに優しい笑みを向けた。


「う、うん……!」


ミューは顔を真っ赤にしながらも、俺の笑顔に心の底から幸せそうにはにかんだ。


……悪くねえな。こういうのも。


孤独に生きてきた野良犬にとって、こんな風に誰かと食卓を囲み、誰かのために命を張るってのは、ひどくむず痒くて、重たくて……でも、手放したくないくらい温かい。


俺はワインを煽りながら、目の前で笑い合う仲間たちの顔を一人一人見つめた。


アルベルト。お前がどれほどの狂気を抱えていようと、俺はもう止まらねえ。


この温かい居場所を守るため。 そして、過去の因縁を断ち切るため。


俺は腹の底に満ちていく熱いエネルギーを感じながら、静かに、そして確かな闘志を燃やしていた。

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