2-2話「エリザの恐怖」
レオンとエリザが掲示板に向かう途中、エリザはホールの中央に聳え立つ巨大な黒曜石の柱を見ていた。
「⋯⋯勲功の石碑、だっけ? すごい、こんなに大きいんだ」
「ああ。小騎士団のランキングが刻まれる石碑だ。そうか、初めて見たのか」
「うん。たくさんの名前が載ってるね」
そう言って、レオンも石碑――“勲功の石碑を見上げる。
その最上部、遥か頭上で輝いているのは、騎士学校最高峰の小騎士団の名前だ。
一位、“暁の剣“
二位、“黄金の獅子“
三位、“鋼鉄の盾“
――――。
と、様々な小騎士団の名前が魔法の光文字で煌々と輝いていた。
「⋯⋯すごい、みんな知っている名前だ」
「ああ。頂点にあるのは、“天上の十傑“と呼ばれる最高峰の小騎士団だ。⋯⋯まあ、“エレオス近衛騎士団“と、“エレオス教導騎士団“は、その特殊性からここには記載されないがな」
「⋯⋯なるほど。文字通り、雲の上の存在、ってわけだね」
「そうだ。彼らは、より危険性が高く、報酬も高い“S級任務“と呼ばれる依頼も優先的に受けることができるんだ。それだけ実力と信頼があるという事だな」
「なるほど。⋯⋯ところで、僕たちの小騎士団は、どの辺りだろう?」
「まあ、あるとしたら、ここだな。⋯⋯名前も決まっていない小騎士団なんて、聞いた事ないけどな」
そう言って、エリザは石碑のずっと下へと視線を落とす。
中段の銀色の文字がひしめく地帯を抜け、さらに下。
――地面スレスレの、薄暗い場所。石碑にすら刻まれず、一枚の紙に乱雑にまとめられた小騎士団の名前。
エリザの視線はその紙をジト、とした目で見ていた。
「⋯⋯伸び代、あるね」
「レオンにしては、ポジティブな良い表現をするじゃないか」
エリザはレオンの返答に微笑みながら、再度石碑の頂点へと視線を上げる。
「今はまだ、見上げるしかできない“頂“だな」
「確かに、あの頂点に小騎士団の名前が刻まれれば、さぞ気分が良いだろうね」
「だろ? 一緒に頂点を目指そうじゃないか!」
「⋯⋯水を差すようで悪いけど、今は名誉より、明日のパン代だよ、エリザ」
「わかっている!」
そう言って、レオンとエリザは現実に戻り、ホールの最奥へと向かった。
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ホールの最奥には、正面にある翼を広げた聖竜エレオスの巨大なレリーフ――とは別の、こぢんまりとした掲示板があった。
ここにあるのは、真の意味での“民の嘆き“が張り出されているのだ。
レオンとエリザは、今の彼らの懐事情を救ってくれる“救世主“――良い依頼を探して、視線を走らせた。
「⋯⋯下水道の、清掃」
「⋯⋯他は?」
「迷い猫の捜索。⋯⋯報酬は、月銀貨一枚(約10,000円)」
「一日の、食費にもならないな」
「薬草採取。場所は⋯⋯ちょうど屋敷の裏だね」
「子供のお使いに、来たわけではないんだがな⋯⋯」
「⋯⋯他には⋯⋯。⋯⋯無いなぁ⋯⋯」
「まあ、そりゃそうか。私が依頼をかける側なら、より成功率が高い方に依頼する。貧欲な小騎士団なら、すでに依頼書に目は通しているか」
「じゃあ、ここにあるのは、誰もやりたがらないようなものばかり、って事か⋯⋯」
二人は縋るように、何度も掲示板の端から端に目線を映すが、状況に何も変わりない。二人が同時にため息をつくと、後ろから声をかける者がいた。
「――やあ、“落ちこぼれ“。調子は、どうだい?」
二人の背後から、少し鼻につく声が聞こえる。
――エリザの肩がビクッ、と震えたのを、レオンは見逃さなかった。
エリザの様子を気にかけながらも、レオンはその声の主に返答する。
「⋯⋯やあ、"ミハエル"。調子は上々だよ。君は、どうだい?」
「僕はこれから任務に行くところさ。君たちとは違ってね」
そう言って、彼――ミハエルと呼ばれた少年は、くるくるした明るい茶髪を指先で弄りながら続ける。
「任務を引き受けたいなら、“弱小“の小騎士団はもっと朝早くから来ないと。こんな時間に来たんじゃあ、貧乏くじを引くだけだぞ?」
「⋯⋯ご忠告、どうもありがとう。肝に銘じておくよ」
「ハハッ、殊勝な心がけだね。せいぜい頑張っておくれよ」
キザな笑い方をしながら、愛嬌のあるそばかすの残る顔を見下すような表情に変えるミハエル。
それとは対照的に、レオンはエリザの心配をしていた。
――エリザの、その手が震えていたのだ。
(エリザ、大丈夫かな⋯⋯?)
彼女――エリザは、先の“小騎士団失踪事件“の被害者だ。あれから、彼女は少し変わってしまった。
――男性に、恐怖を覚えるようになってしまったのだ。
普段は彼女自身も意識しているのか、そうは見えない。
しかし、先ほどのミハエルのように、後ろから急に声をかけられたり、男性に囲まれたりする状況だと、手や体が震えるようになってしまったのだ。
――ただ、訓練では男性が相手になると、まるでその恐怖心を怒りで塗り潰すように苛烈な攻撃を加え、必要以上に痛めつける事が多くなってしまったようだが。
その点、レオンだけは大丈夫のようだ。
――彼自身は、自分の女みたいな顔が、役に立ったと思っているが。
相変わらずミハエルが笑いながら話していると、今度は彼の後ろから背の高い二人の上級生が現れた。
飾緒は銀、五年生の先輩達だ。
「――おい、ミハエル。こんなところで何を油を売っているんだ」
「偉そうな口を叩く前に、まずはお前が精進しないとな!」
揶揄うような元気な声と、落ち着いた低い声で言葉をかけられた瞬間。
ミハエルは笑うことをやめ、そばかすの残る顔を引き攣らせながら金色の瞳がこぼれ落ちるくらい見開いて後ろを振り返る。
「せ、先輩! な、なぜここに!?」
「お前がなかなか来ないから、迎えに来てやったんだよ!」
「ミハエルの、同級生か。何か、困っているのか?」
レオン達に気付いた二人の上級生は、レオン達を囲むように近付いてきた。
――エリザの震えが一段と酷くなる。
「⋯⋯おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」
そう言って、先輩の一人がエリザに向かって心配そうに手を伸ばす。
エリザの震えは一層酷くなり、表情は恐怖で歪んでいた。
(⋯⋯まずい、止めなきゃ⋯⋯!)
レオンがそう思い、先輩達の間に割って入ろうと動いた瞬間、先輩の手は何者かによって掴まれ、止められた。
「――ご心配、どうもありがとう。あとは“僕“に任せて。彼女達は、僕が呼んだんだ」
――瞬間、ホールの喧騒が凪いだ。
落ち着いた、しかしとても優しい音色を奏でる声。レオンを含め、そこにいた全員がその声のする方を向いた。そこにいたのは――
――色素の薄い水色の髪をした、ぱっちりとした二重瞼に深い蒼穹の瞳。
しなやかに引き締まった、されど抜群のスタイルを誇る、思わず瞬きを忘れて見入ってしまう程の美しい少女だった。




