2-1話「聖竜の標」
「⋯⋯やっと、ついた⋯⋯」
レオンとエリザは、騎士学校の象徴である“白亜の塔“。その一階に位置する大ホールの任務請負所――正式名称“聖竜の標“の入り口へと到着した。
屋敷を出てから約二時間。その期間歩き続けていたレオンは、顔を紅潮させてぜーはー、と息を切らしていた。
そんな彼の様子とは反対の、極めて涼しい顔をしているエリザ。彼女は、心配そうに身を屈め、レオンの顔を覗き込みながら口を開いた。
「大丈夫か? レオン」
「⋯⋯だ、大丈、夫。⋯⋯も⋯⋯問題⋯⋯ない⋯⋯」
「病み上がりには、やっぱり厳しかったか。⋯⋯おぶってやるべきだったか? それとも、お姫様抱っこの方がいいか?」
「⋯⋯余計な⋯⋯、⋯⋯お世話⋯⋯だ⋯⋯」
レオンの様子を見て、揶揄うように笑うエリザ。
彼は反応するが、負け惜しみすら疲れを隠せない様子に、エリザは苦笑いしながら続ける。
「難儀だな。馬を走らせれば三十分ほどだが、お前は体力が無さすぎて、馬から降りると立ち上がれないものな」
「乗馬は、苦手⋯⋯。馬に限らず⋯⋯動物には⋯⋯嫌われる⋯⋯」
「じゃあ、私が馬を用意して、手綱を握ろう。お前は私に⋯⋯、その、⋯⋯しがみつけばいい。いくらか楽なはずだ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
エリザの提案に、即答できないレオン。
彼は頭の中で乗馬の授業を思い出し、葛藤していた。
近付くだけで馬は嘶き、無理に乗ればロデオのように跳ね回る。
そもそも、貧弱な彼に手綱を握り続ける握力も、揺れに耐える体幹もない。遊牧民の血が多少入って、手足は比較的長い彼ではあるが、それでも鐙にギリギリ届く程度。
動物に嫌われる呪いのような体質と、絶望的な体力不足。それがレオンという生き物だった。
「⋯⋯一人で、馬にも乗れない姿は、さすがに、目立つよ⋯⋯」
「じゃあ、どうする? 歩きで二時間か、⋯⋯私に三十分、抱きついているか。考えておいてくれ」
「⋯⋯わかった⋯⋯」
「さあ、早く息を整えろ。“団長“。ここから先は、不甲斐ない姿は見せられないぞ?」
相変わらず項垂れて息を切らすレオンに発破をかけるエリザ。
彼女の顔が少し赤くなっているのを、下を向いていたレオンは気付かなかった。
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レオン達は様々な彫刻が施された豪勢な扉を開くと、中は白く輝く荘厳なホールに繋がった。
白亜の壁をした白いホールには、中央部には目を引く巨大な黒い石碑。
正面には聖竜エレオスが翼を広げて地図を抱いている巨大なレリーフがあり、その場所には無数の赤や青等様々な色の依頼書が張り出されている。
――この騎士学校における、唯一の“戦場への入り口“。その場所を、二人は進み始めた。
「視線が、痛いな」
「そうだね。さすがに、僕たちの“青の飾緒“は目立つね⋯⋯」
エリザは歩きながら、呟くように零す。早足でパタパタと歩くレオンも、自分の肩に下がる青の飾緒に目を向けながら彼女に返す。
――エリザはレオンより強く遊牧民の血を引いているのか、四肢が長く、背も高い。彼女の一歩の歩幅で、レオンは二歩分は進まないと、彼女に並んで歩けないのだ。
「――“民の嘆きこそが、騎士の道標となる“、か。⋯⋯嘆きたいのは、私たちの方かもな」
「しょうがないよ。ここは俗にいう“金銀の取次場“。僕たちみたいな下級生は、おつかいくらいでしか用の無い場所なんだから」
「まあ、そうか。私たちのような貧弱な体格では、この中では嫌でも目立つものな」
レオンがそう言うと、二人は辺りを少し見渡した。この広いホールを埋め尽くしているのは、皆銀色の飾緒を下げた五年生や金色の飾緒の六年生達ばかりだ。
その殆どが非の打ちどころが無い立派な体格をしており、肩には小騎士団の所属を表す豪奢な肩章を取り付け、誇るように揺らしていた。
『――おい。見ろよ、あれ⋯⋯』
『水の学年じゃないか。迷子か?』
『いや、例の“やらかした“下級生の奴じゃないか?』
『ああ、寮に女を連れ込んで退寮処分になった、あの“落ちこぼれ“の奴か――』
――好奇心、侮蔑、嫉妬。粘着質な視線と囁き声が、ホール中の空気孔から湧き出しているようだった。
『――しかし、蒼穹の盾が一時的に失踪したって、何があったんだろう⋯⋯』
『彼女たち、“緘口令“が敷かれてるみたいで、何も明らかになっていないもんね』
『噂じゃ、“魔神“が現れたとか。――“魔族“に攫われた、って話だよ?』
『ははっ! 神話の話じゃないか! そんなのいる訳ないだろ? きっと、新種の魔獣にでも襲われたんだろう。最近、異常なくらい多くなっているし』
『それで怖がって、あの“落ちこぼれ“は逃げたんだろ? そんで、たまたま生存者を見つけただけだってな』
『さあな。どうせ、あの“なり“だ。“男娼“として、ずっとよろしくやっていたんじゃないか?』
『――はっ。いいご身分だな。おい! 騎士ごっこは“お遊戯室“でやれよ、“男娼“!』
「――あいつ!」
エリザは、青筋を立てながら――“男娼“と言った声の主の元へ向かおうと足を向ける。
しかし、レオンはそれを制した。
「エリザ、やめよう。⋯⋯これは、僕が望んだ事なんだ」
「だが、レオン! 恩人のお前がここまで言われて、黙っていられるか!」
「ありがとう、エリザ。僕は大丈夫だよ。⋯⋯別に、今までと変わったわけじゃない」
「レオン⋯⋯」
「それに、なんて言うつもり? もしかして、正直に一千人の軍団相手に、たった七人で立ち向かって、撃退したって言うつもり? ⋯⋯あそこにはもう、“何も無かった“んだ。要塞も、櫓も。証拠もないのにそんな事を言ったら、余計にバカにされちゃうよ」
「それは、そうだが⋯⋯」
「⋯⋯蒼穹の盾の団員さん達は、あの時の事を秘密にしてくれという約束を守ってくれた。イングリッドさんも。彼女たちと、僕の“団員達“を守るためには、必要な事なんだ」
「⋯⋯わかった。わかったよ。⋯⋯だが、覚えておけ。私は必ず、あいつらを見返してやるからな!」
「その調子だよ、エリザ。これからもよろしくね」
エリザは諦めたようにため息をついたと思いきや、急に宣言した。
そんな様子を憂いを帯びた表情で見ていたレオンだったが、別の場所から声がかかった瞬間、今度はレオンの目の色が変わった。
『名門の“バルクホルン“も落ちたモンだな。あんな“愛玩動物“の飼育係とは』
『あんな“男娼“の“夜の世話までさせられて。哀れなもんだ』
「⋯⋯あいつら、よくもエリザを⋯⋯!」
「⋯⋯おい、レオン。私に言った言葉を、忘れたのか?」
「だって! あいつら、エリザの事を!」
今度はエリザをバカにされて怒るレオン。彼は、背中の魔剣に手をかけながら、一歩踏み出す。
そんなレオンを、エリザは慌てて宥める。お互いがお互いのために怒っている。その事実に気付いた二人は、顔を見合わせ――ふっ、と力を抜いて苦笑した。
「――変わったな、レオン」
「⋯⋯そう、かな⋯⋯?」
「私たち、実は似たもの同士なのかもな」
「⋯⋯そう、なのかも⋯⋯ね」
降り注ぐ嘲笑は、もはや二人の耳には届かない。
レオンとエリザは背筋を伸ばし、堂々と歩みを進めていくのだった。




