3話「“蒼穹“のライチ」
――肩を掴まれた先輩は、声を漏らした。
「――ライチか。すまない、君の連れだったか」
「そういう事。ごめんね、心配かけて」
「大丈夫だ。金髪の彼女、具合が悪そうだから、気にしてやってくれ」
そう言うと、先輩二人はミハエルの首根っこを掴んで、人混みへと消えていった。
――ミハエルはとても辛そうな顔をしており、それをレオンは(ざまあみろ)といった表情で眺めていた。
「さてと。改めて⋯⋯。久しぶりだね、エリザ」
「⋯⋯シャル、団長⋯⋯」
エリザがそう呼ぶ彼女。肩から下がる飾緒は五年生を示す銀色。肩章には蒼穹のモールがいくつも下がっている。
――シャルロッテ・ライチ。
通称、“蒼穹“のライチ。
小騎士団、“蒼穹の盾“の団長を務める、騎士学校随一の重装騎士にして、学校内でも有数の美貌を持つ少女。
――そして、無類の可愛い物好き。
エリザの、元々所属していた小騎士団にして、事件で直接の被害を被った団長だ。
「エリザ、無理しないでね? 怖かったよね。もう大丈夫だよ」
「⋯⋯申し訳、ありません⋯⋯」
ライチ団長は、不安そうなエリザを抱きしめて、優しく頭を撫でる。
そのおかげか、エリザは大分落ち着きを取り戻していた。
(これが、年上⋯⋯! ⋯⋯僕にはとても務まりそうにないな⋯⋯。)
感心していたレオンを見たライチ団長は、彼の姿を下から上へと視線を移し、確認するように切り出す。
「レオン、君。⋯⋯で、あってるかな?」
「⋯⋯はい」
(⋯⋯もしかして、女性だと思われた?)
と、思いながらレオンは返事をする。
「――そっか。やっと会えたね。眠っている君の姿は見たけど、会えて嬉しいよ。みんなから話は色々と聞いているよ」
ライチ団長は、エリザを撫でる手を止めて、改めるようにレオンに向き合う。
「ありがとう。僕の可愛い団員達を、全員助けてくれて」
そう言って、彼女はレオンに向かって深々と頭を下げた。
「⋯⋯! や、やめて下さい! 団長が、僕に頭を下げるなど⋯⋯!」
「いや、これでも全然足りないくらいだよ。レオン君には、返しきれない恩があるからね」
そう言って彼女はレオンに頭を下げ続けた。彼が何度も懇願すると、ようやくその美しい顔を上げる。
レオンは、彼女のその美しさに見惚れていた。彼の目線は彼女の髪、顔。――そしてその豊かな胸へと移っていく。
ライチ団長は、少年のその目線を見逃さなかったのか、少し頬を綻ばせながら告げた。
「⋯⋯君は、僕の“ここ“が気になるのかな?」
「っ!!」
そう言って、ライチ団長はその豊かな胸を指差しながら、悪戯っぽくレオンに告げる。
(違うんです。これは不可抗力なんです。以前、シルフに『レオンは大きなお胸が好きなんですよね?』と吹き込まれてから、意識して見ないようにしようとするあまり、逆に視線が吸い寄せられてしまうという、最悪の悪癖がついただけなんです⋯⋯!)
まるで誰かに言い訳をするように心の中で謝罪をすると、彼女はレオンにとってはとんでもない事を言い出した。
「いいよ、君になら。僕にどんな事でも、“お願い“して?」
「あ、ああ、いや、その――」
「不埒だぞ! レオン! 団長をその様な目で見るなど!」
団長にそう言われて、あたふたしていたレオンは、落ち着きを取り戻していつも通りになったエリザに怒られてしまった。
「まあ、その話は後でゆっくりしようか、レオン君。⋯⋯君、仕事を探しているんだよね?」
「は、はい、そうです! 小騎士団が出来たばかりで、入り用で⋯⋯」
悪戯っぽく続けた彼女に、レオンはたどたどしく伝える。
彼女は指先を顎につけ、う〜んと唸っていると、決心したかのように彼に切り出す。
「それなら、僕の手伝いをしてもらおうかな? 割と、条件のいい仕事だと思うよ? ⋯⋯特に、君たち、“とても強い“そうだからね?」
「⋯⋯ライチ団長の、お仕事ですか⋯⋯?」
「――おい! いつまでここにいるつもりだ!」
レオンがそう聞き返すと、彼の後ろから元気な少年の声が聞こえた。
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レオンが後ろを振り返ると、小柄な少年が腕を組んで仁王立ちしていた。
上背はレオンと同じくらいだが、歳は十歳くらいの少年。褐色の肌に、白銀の髪。
純粋そうな、気の強さを表したような吊り目の赤い瞳をした、線の細い少年だった。
背中には、彼の身長を超える大剣――バスタードソードと呼ばれる両手剣を背負っている。
――だが、それよりももっと目を引く所があった。それは、耳。
その耳は、若干折れ曲がり、若干尖っている。
――ドワーフの、特徴。小柄で、若干尖った耳を持つ、鉄と岩と共に生きる、長命種族。
その少年は、もう一度レオンたちに向かって叫ぶ。
「ここで油を売っている暇はないだろ? 俺はさっさと“フィデリア“に戻りたいんだ!」
「カル君。ごめんね。強力な助っ人を用意したから、きっともう大丈夫だよ」
そう言って、彼女はカル君――と呼ばれた少年の頭を撫でようとする。
――が、少年はその手を弾き返した。
「子供扱いすんなよ! 俺はドワーフだぞ! 年だって、多分お前より上だぞ!」
「ごめんね、カル君。そんなつもりはなかったんだ」
「カル君って呼ぶな! 俺は“カルッパ“だ!!」
カルッパと名乗ったドワーフの少年は、あからさまにイライラしながら、今度はレオンの方を見た。
「ライチ団長が言ってた、助っ人って⋯⋯。もしかしてボロ剣背負ったこいつ?」
カルッパは、レオンの方を見てそう言った。
「そうだよ? 僕の恩人。とっても“強い“らしいよ?」
カルッパは、ライチ団長からそう言われて、レオンの人形のように精巧な顔を見た。
訝しむように見る表情。――しかし、やがてそれは大きな笑い声へと弾ける。
「⋯⋯っ! あははははは!!!! こんな貧弱そうなやつが、助っ人!? 笑わせるぜ! あはははは!!」
「⋯⋯失礼な人だな、君は」
あまりの少年の言い草に、レオンは少し声を荒げて言った。
「⋯⋯!! わりぃわりぃ! 頑張って男っぽくしようとして、ズボンを履いてるんだもん!! 全然似合ってねーよ!! あはははは!!!!」
「⋯⋯僕は、男だ」
「あはははは!!!! ⋯⋯⋯⋯は?」
「⋯⋯だから、僕は、男だ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯その、なりで?」
「⋯⋯ああ」
「⋯⋯⋯⋯その、声で??」
「⋯⋯⋯⋯ああ」(レオン渾身の低い声)
「⋯⋯⋯⋯ぷっ」
「⋯⋯くくっ」
団長とエリザが、レオン渾身の低い声を聞いて、同時に吹き出す。
カルッパも、さらに腹を抱えて笑い転げてしまった
「――あっはっはっはっは!!!! 無理すんなよ、喉痛めるぞ!! それに全然男に見えねーし聞こえねーよ!!!!」
声を上げて大笑いするドワーフの少年、カルッパ。
そんな彼に対して、ライチ団長は苦笑いしながらカルッパに切り出した。
「カル君。確かに、レオン君はとっっっっっっても可愛いけど、れっきとした“男“だよ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯マジで?」
「うん、まじ」
「⋯⋯⋯⋯マジかよ⋯⋯フィデリアの女より、可愛いのにか?」
「それがどうかは、僕にはわからないけど⋯⋯マジだよ?」
正直、僕も信じられないけどね。と、団長が小さく溢したのを、レオンは聞き逃さなかった。
――少年は、少し傷ついているようにも見える。
大笑いするドワーフを宥めつつ、団長はレオンを宥めるように口を開く。
「気分を悪くさせちゃったら、ごめんね。悪い子ではないのだけど⋯⋯」
「⋯⋯慣れてるから大丈夫です」
ごめんね、と言いながら団長はレオンの頭を撫でてくる。彼女の表情が熱を帯びていたのを、レオンは知る由もなかった。
憮然とした表情をしているレオンに向けて、ライチ団長は続けた。
「ごめんね、この“埋め合わせ“は必ずするから⋯⋯。彼が、僕の依頼主のカルッパ。“自由貿易都市フィデリア“の五大ギルド、海運ギルドのドンの息子さんだよ」
「⋯⋯という事は、次の任務はフィデリアですか?」
「そうだね」
彼女は、真剣な眼差しで告げた。
「今度の仕事は、フィデリアの“鬼退治“。⋯⋯僕を手伝って欲しいな? レオン君?」
「⋯⋯わかりました。よろしくお願いします」
(正直、このドワーフの事はいけ好かないけど⋯⋯。これは、渡りに船だ。せっかくのチャンス、しっかりとものにしよう。)
――それで、自分が笑われたことはチャラにしよう。と、彼はそう思いながら、憮然とした顔でライチ団長についていく事を決めたのだった。




