1-2話「レオンの宣言」
「死ぬかと、思ったよ⋯⋯」
エリザとルナ達の熾烈な戦いは、どうやらエリザが制したようだった。
そんな彼らは、一階のダイニングで食事を待つように大人しく座っていた。
先の戦い、通称“小騎士団失踪事件“の後、レオンの屋敷にはエリザとミーナも住むことになった。
――『寮から離れすぎているこの屋敷は、通うには面倒が多い』という理由で。
『⋯⋯別に、毎日来る必要は、無いんじゃない?』
『聞き捨てならないな。シルフたちはよくて、私たちはダメなのか?』
『いや、そういう訳じゃないけど⋯⋯。二人は、寮があるでしょ?』
『もう、引き払っちゃいました!!』
『⋯⋯え?』
『私も、エリザ先輩も! もう、寮、引き払っちゃったんです!!』
『⋯⋯一応、聞くけど⋯⋯、どうして⋯⋯?』
『ベルケ校長が、そうすれば良いって! それに、学生が一人しかいない状況で、“団長が皆さんを襲わないように見張ってろ“、とも言われました!』
『と、言うわけだ。⋯⋯私たちは、根無草。⋯⋯このまま放っておくのは、可哀想だと思わないか?』
そうして、二人は現在、二階にある図書室兼大広間で寝泊まりをしている。――本来であれば、寝室にいた彼女達もそこで寝ているはずだった。
『なんだ、この状況は』
『⋯⋯エリザ。たすけて。身動きが、取れない⋯⋯』
レオンは、五人の団員たちにしがみつかれていた。
彼を起こしに来たエリザは絶句していた。――が、みるみると顔を赤くしていき、やがて怒りが爆発したのだ。
『――不埒だ!! 嫁入り前の乙女たちと、寝所を共にするなど!!』
エリザは、この屋敷に来て早々にレオンたちの寝室事情を目撃し、寝室を分けたのだ。
だが、鬼のように強く、一応は主人である筈の、レオンの言う事なんか聞きやしない彼女達も強く反発した。
結果的には、その戦いもエリザが勝利し、彼女達は渋々、寝室を分ける事を承諾したのだった。
――しかし、彼女達も甘くは無い。
レオンは、寝る前は必ず部屋の扉と窓の鍵を閉め、自分の身を守る事を怠らなかった。にも関わらず、毎日朝になると五人の彼女達、少なくとも三人は必ずベッドにいる。
彼も彼で、できる限りの事はしていた。鍵や扉を頑丈にし、魔法による罠やそうでない物理的な罠も仕掛けて彼女達の侵入を阻もうとした。
しかし、物理的な強化はルナとノエルが、魔法のトラップに関してはヒルダとシルフが、そして物理的な罠は専門家であるクロラが、全て無力化して侵入してくる。
結果、レオンの努力は徒労に終わり、無駄な出費をしただけに終わった。――彼は早々に諦めてしまったのだった。
その為、現在彼女たちを抑えるのはエリザのみとなっている。彼女は、朝の怒りを収めないまま、不機嫌そうに椅子に座っていた。
「レオン様、おはようございます。⋯⋯腕の調子は、いかがですか?」
「あっ、団長! おはようございます! 朝ごはんの準備ができました!」
怒っているエリザにレオンが声をかける前に、キッチンから桃色の髪と目に包帯をした少女――シルフと、レオンと同じような体格の小柄な少女――ミーナが、花が咲くような笑顔で彼に挨拶をする。
――その手に香ばしい匂いのする料理の乗った皿を持って。
「⋯⋯おはよう、シルフ。腕はだいぶ良くなったみたいだ。痛みもないよ。それにミーナも、朝からありがとうね」
「だっ、大丈夫です! 任せて下さい!」
「ふふふ。ミーナちゃん、とっても料理が上手なんですよ?」
「そっ、そんな! シルフさんの香草のおかげですよ!」
ミーナとシルフは二人で褒め合いながら、テーブルに料理を並べていく。
――レオン達のような貧乏小騎士団には似つかない豪華な料理。特に目を引くメインディッシュは、鳥一匹を丸々焼いた香草焼きであった。
あまりの贅沢な一品を見て、レオンは思わず声を上げた。
「⋯⋯すごい。これ、どうしたの?」
「鳥さんのことですか? これなら、夜明け前にクロラさんが狩ってきてくれたんです」
レオンの疑問に、シルフはソファに顔を向けながら答える。
その先には、青みがかった黒髪の少女――クロラが大口を開け、よだれを垂らしながら眠っていた。足元には、彼女のものであるお手製の複合弓が転がっている。
(そっか。ありがとう、クロラ。後でちゃんと伝えるね。)
レオンはクロラを起こさないように、心の中で感謝を伝えて食事に手を伸ばす――より先に、ミーナが大量の肉が乗せられた皿をレオンの前に置いた。
「団長の分はこちらです! もっと食べて下さい! 足りなければ、お肉追加しますので!」
「⋯⋯え? こんなに? 僕はもっと少なく――」
「レオン様? 私たちの“愛情“がたっぷり入ったお料理、お楽しみくださいね」
「⋯⋯そ、そっか。二人とも、ありがとう。いただきます」
あくまで純粋な瞳を向けてくるミーナと、優しげに圧をかけてくるシルフ。レオンは、逆らってはならない、と観念したように食事を進めていった。
(今日は、どうだろう⋯⋯)
そう思いながら、レオンは食事を進めていく。豪華な料理に似つかわない、淡々とした様子で。
ルナやノエルは豪快に鳥料理にがっついていた。二人の口元に油がぎっしり付くたびに、隣に座るレオンが拭いてあげる。
ヒルダは上品にナイフとフォークを使い分け、彼女の小さな口に入り切るようなサイズにカットした後、上品な所作で口元に運んでいく。その様子さえ、どこか官能的に見えた。
シルフとミーナは、自分たちが作った料理を美味しそうに食べる彼女達を見て、嬉しそうに微笑みながら食事を進めていた。
(⋯⋯やっぱり、味がしないか。ちょっとは良くなってきたと、思ったんだけどな⋯⋯。)
レオンは、少し気まずそうに目を伏せると、なぜ自分の皿がこんなにも量が多くなったのかを思い出していた。
+
『す、すみません!! 団長!!』
『⋯⋯僕の方こそ、ごめん。⋯⋯いやなもの、見せちゃったね⋯⋯』
水浴びを終えたレオンは、ズボンを履き、上のチュニックに袖を通そうとした時、ミーナに裸を見られてしまった。
チュニックを着ようと腕を上げていたレオン。そのせいか、彼の胸には肋骨が透けているのかと思うくらいに見えてしまったのだ。
その姿は、とても騎士の体には見えない。どちらかというと、病弱な人間のそれであった。
彼はその華奢な体をすぐに隠すように、チュニックに袖を通した。ミーナといえば、顔を真っ赤に染めながらも、意を決したかのように口を開く。
『レオン団長。差し出がましいかもしれませんが⋯⋯』
『⋯⋯? どうしたの?』
『団長は、もっと食べないとダメです!!』
『え?』
『私、シルフさんと相談して、もっと団長に食べてもらいます!』
『い、いや、大丈夫だよ。食費の事もあるし⋯⋯』
『ダメです! 食べさせますからね!!』
+
(⋯⋯あの日から、僕の食事量はとても多くなったんだったな⋯⋯。)
レオンは元々少食で現在のような大量の食事をすることは無かったのだが、なんとか長い時間をかけて完食するようにしていた。
(⋯⋯⋯⋯背も、伸びるかもしれないし⋯⋯。)
そう思いながらレオンはその小さな口に食事を運んでいく。まるで、腹を空かせた小動物のように、必死に口をもぐもぐと動かす。
そんな様子を、そこにいた彼女達は微笑みながら――若干の色を帯びながら見ていた。
レオンの身長は、同じ歳の男と比べてもかなり小さい。
エリザ、ルナ、ノエルは背が高く、レオンと同年代の男と比べても高いのだ。一番背が高いのがヒルダで、逆に一番背が低いのがミーナ。
シルフはミーナよりは高いが五人の中では背は低く、クロラはシルフよりは高くルナたちより低い。
(ミーナに抜かれたのは、ショックだったな⋯⋯。それよりも、体重も戻さないと。)
レオンは体重が三十五キル(kg)しかなく、一年前から二キル落ちた。身体検査でそれが判明した時、保健室の室長に『身長が伸びないのは仕方ないとして、騎士として体重が減るのはどうなんだ』と叱られたばかりであった。
(せめて、味さえわかればなぁ⋯⋯。)
レオンはそう思いながら、"味"について思いを巡らす。
――彼女たちと口付けをした時に感じた、確かな甘さを――
(⋯⋯!!)
それを思い出して、レオンは耳まで真っ赤にしてしまったのだ。
少年の頭と心――そして、唇に刻まれたその"味"を振り払うように、せっせと食事を続けていると、エリザが口を開いた。
「ところで、レオン。小騎士団の運営費の話なんだが⋯⋯」
「⋯⋯!」
レオンは、僅かに肩を揺らす。痛いところを突かれたかのように。
「先の任務。自宅謹慎に加えて、報酬も貰ってないのだろう?」
「⋯⋯う、うん⋯⋯」
「詳細な話を教えてもらった。あの時、お前達は“正規騎士からの待機命令を無視して“私たちを助けに来てくれたんだろう?」
「⋯⋯⋯⋯うん⋯⋯」
「それで、その事についてはベルケ校長とイングリッド副団長がなんとかしてくれた。⋯⋯ただ、全くの罰則が無いのでは、流石に問題があるから、罰として自宅謹慎と任務報酬がゼロになったと」
「うん」
「すまない。⋯⋯私の、せいなんだよな⋯⋯?」
「――それはない!」
申し訳なさそうに肩を落とすエリザに、レオンは激しく返す。
「僕は、あの時の事を全く後悔してない! むしろ、あの時の選択は正しかった!」
「レオン⋯⋯」
「⋯⋯だから、エリザのせいじゃない。⋯⋯悪いのは、全て“あいつら“だ」
「⋯⋯すまない」
レオンは激昂したように捲し立てた。彼の瞳には、エリザ達を攫った賊が映ったように、紫色の瞳が僅かに光を強めたように見える。
――右眼に小さい“ヒビ“が入ったそれは普段の穏やかな彼からは想像できない、冷たく鋭い怒りの光だった。
だが、声に張りの無くなったエリザの様子を見たレオンは、少し冷静になりながらも続けた。
「それに、運営費についても、シルフが石鹸とかの消耗品を作ってくれたり、クロラが武具の整備に屋敷の修繕を一手に引き受けてくれたおかげで、当初の三分の一くらいにまで抑えることが出来た」
「ふふ、おまかせください」
「ふにゃぁ〜、まかせてぇ〜⋯⋯ぐー」
レオンの言葉に、シルフと寝ていたはずのクロラが返す。
「⋯⋯僕の魔剣で、お湯を沸かすことも出来たし、月々に稼がなきゃいけないお金は任務の報酬でなんとかなるよ」
「魔物退治なら、ルナにおまかせください」
「私も! がんばっちゃうんだから!!」
ルナとノエルが腕を捲りながら返答する。とても頼りがいのある二人の姿だ。
「どの道、僕たちは生きているだけでお金がかかるんだ。この小騎士団の団長として、みんなに不自由はさせない。責任は、全部僕にあるからね!」
「⋯⋯よく言ったわ。かっこいいわよ? レオン」
「団長! 一生ついていきます!」
うっとりとしながら返すヒルダに、快活な声で返事をするミーナ。――ミーナは、自分の言葉の意味に気付くと、顔を真っ赤にして伏せてしまった。
「だから、エリザが気に病む必要はないよ。僕に任せて」
「⋯⋯ああ。ありがとう。“団長“」
エリザは、震えた声で、レオンに答えた。その翡翠の瞳には、僅かに光る物が見えていた。
(早く、エリザを安心させてあげなきゃ。絶対に、エリザは悪くないのだから。)
「⋯⋯食事が済んだら、僕は騎士学校の任務請負所に行くよ。新しい任務が出ているかもしれない」
「私もついていこう。何かツテがあるかもしれない」
「ありがとう、エリザ。よろしくね」
まだ小さく、名前すらついていない小騎士団の“団長“は、高らかに宣言し、明日のパン代を稼ぐために仕事を探すことに決めたのだった。




