プロローグ「魔神狩り」
鬱蒼とした森の中に佇む、古びた、しかし豪奢な石造の屋敷。
月明かりに照らされているその屋敷には、建物を守る古めかしいガーゴイルや石像が多数並んでいる。
聞こえるのは、風に揺れる木々のざわめきと、無骨な石壁を叩く乾いた音だけが全てだった。
――だが、
誰からも忘れ去られたかのような、その屋敷からは、今は鼻をつくような、濃厚な鉄錆の臭いが充満していた。
月明かりが差し込む、吹き抜けの巨大なエントランスホールには、左右に分かれる大階段と高級そうな絨毯。
――しかし、元々赤かったであろう絨毯は、今では鮮血を吸って、もっと濃い“赫“色に染まっていた。
階段や廊下に転がる、武装した男達の死体。彼らは、この屋敷にいるのが不自然なほどの簡単な格好で死んでいたのだ。
仮に、ここに住んでいるとしたら、おそらくは没落した貴族か、成り上がった商人くらいなものであろう。
その程度には豪華なこの屋敷に横たわる彼らは、貴族というよりはどちらかというと“荒くれ者“の様相だ。その証拠のように、死体の周りには、高価な酒瓶が乱雑に転がり、壁画には落書きがされている。
そして、その死体。その全てが、一撃で急所を突かれて即死していた。
――二階、おそらくは執務室であっただろう、その部屋にある豪華な机に、長い黒髪を後ろに括った、若い男が腰を掛けていた。
その前髪の隙間から覗かせる、薄いブラウンの瞳は獲物を探す鷹のように鋭く、また自身の技への絶対的な自信を覗かせているようだ。
床に転がる、さらに無数の死体。中には、魔法使いらしき杖を持ったものや、歴戦の傭兵のような大男も混じっている。
――だが、その誰もが剣を抜くことすら許されず、例外なく物言わぬ肉塊へと変わっていた。まるで、これを行なったものの技量を誇るように。
机に腰掛けていた男は膝を組み、血糊ひとつ付着していない白銀の刃――刀を月光にかざし、ため息と共に鞘へと納めた。
パチン、と鯉口が鳴る音が、静寂に響く中、さも退屈そうに欠伸を一つ。
身に纏っているのは、布を直線的に縫い合わせただけの簡素な東洋の衣服。この国では見慣れぬ、前を紐だけで合わせた、着流しのような独特な装束だった。
その色は深く沈んだ藍色で、足元は同じ布で作られた、膝丈の短い袴のようなものを穿いている。
男が動くたび、筒のように広い袖がふわりと揺れる。風をはらむその衣は、まるで鳥の翼のようだ。
騎士の堅牢な鎧とは対極にある、まるで休息の間の寝間着のような、あまりにも無防備な出で立ちだった。
窓から差し込む月を見上げ、その男は苛立ちを吐き始めた。
「――ここも“ハズレ“かよ。ついてねえな」
男は、ため息をつきながら、続ける。
「さっさと、見つけて、やらなきゃいけねーのに⋯⋯」
よっ、と、男は息を吐きながら、その体に反動をつけて、机から飛び降りる。
「これで五件目だぜ? どこにいやがんだ。“魔神“の野郎は」
――たった一人で、その屋敷の人間を皆殺しにした、その男。
彼はそう吐き捨てて、執務室の窓から、飛び降り、闇へと消えていった。




