34-2話「新しい仲間」
「レオンさまぁ〜! 助けて下さい〜!!」
「ど、どうしたの!? クロラ!!」
クロラは鼻にかかったような甘い声で、涙目になりながらレオンに助けを求めていた。
彼女はレオンを見つけると、彼に抱きつき、甘えるように続けた。
「レオンさまぁ〜! トンカチで指を叩いちゃいましたぁ〜!」
そう言って、クロラは泣きながらレオンに腫れた指を見せつける。
「だ、大丈夫? 痛いよね。水で冷やそうか?」
「レオンさま! やっさし〜! でも、もっと優しくしてぇ〜! 甘々にしてぇ〜?」
「え、えっと⋯⋯。どうすれば、いい?」
「あついんですぅ〜。ポンチョのボタン、外して下さい〜!」
「⋯⋯え?」
そう言って、彼女はレオンに向けて胸を突き出した。
そのとても豊かな双房が強調される形で、黒いポンチョのボタンを見せつけてくる。
あまりのたわわさに、絶句しながら凝視するレオンをクロラが見定めると、畳みかけるように言葉を続けた。
「暑いんですぅ〜! 汗びっちょりなんですぅ〜! 涼しくなりたいんですぅ〜!! お願い、レオンさま〜!」
「⋯⋯僕がやる必要、ある? それ」
「ひどいですぅ〜! レオンさまの薄情もの! こっちは指が痛いんですよぉ〜!」
「わ、わかったよ⋯⋯。⋯⋯う、動かないでね⋯⋯?」
「さっすが、レオンさま♡ ささ、どうぞ! は、ず、し、て?」
(⋯⋯でっか。⋯⋯じゃなくて! ⋯⋯もう! 全部シルフが悪いよ⋯⋯!)
レオンは、今はここにいない桃色の髪の少女に恨みを一つ溢しながら、彼女のボタンに震える手をかけていく。
――上から一つ。また一つ。彼がボタンを外していくと、そんな彼にクロラは声をかけた。
「――魔法の、な、ま、え」
「⋯⋯!!」
「確かぁ〜、“ヨルムンガンド“に、“グルート・リーゼ“でしたっけ? しっかり、聞こえてましたよぉ〜?」
「⋯⋯そ、そう、なんだ⋯⋯」
「とっても、カッコいい名前ですぅ〜! あれってぇ、あの場所で思いついたんですかぁ〜?」
「あ、頭の中で浮かんだんだ! ⋯⋯そう呼べと、呼ばれた、気がして⋯⋯」
「さっすが、レオンさま!! カッコ良すぎて、クロラ、濡れちゃいそうですぅ〜!!」
「⋯⋯濡れないで。よくわからないけど、はしたない事なんでしょ⋯⋯?」
クロラの純粋な賞賛に、思わず目を背けるレオン。
少年は、あの魔法をあの場所で組み上げ、作り出したのは本当である。だが、名前はそうではなかった。
(⋯⋯い、言えない。昔、魔法の研究の延長で、かっこいいと思った言葉をいくつも覚えて、それを繋げて叫んでしまったなんて⋯⋯)
本来であれば、それは正解であった。魔法の本質が“想像“による以上、より強そうで、より格好いい名前にするのはそれだけでイメージしやすくなる。
それに、口には出さないだけで、自分で魔法を作り上げた魔法使いは大小の拘りの差はあれど、誰もが通る道でもあるのだ。
――レオンの場合は、その年齢にあった。
(⋯⋯でも、正直。僕は天才だと思ったよ。⋯⋯かっこいい、よね?)
――少年は、今年で十五歳。恥ずかしながらもご満悦なレオンは、現在思春期真っ只中なのであった。
「⋯⋯レオンさま」
「ひゃい!!」
レオンは、心の声を見透かされていると思ったのか、変な声で悲鳴を上げてしまった。
「⋯⋯“右眼“。本当に大丈夫ですか?」
「⋯⋯心配かけて、ごめんね。もう、大分良くなったよ。もうすぐで包帯も取れると思う」
「⋯⋯そう、ですか」
クロラは、安堵とも哀しみとも思えるように、息を吐いた。
そんな彼女の雰囲気に違和感を持ちながらも、レオンは彼女の黒いポンチョのボタンを外していく。
(⋯⋯⋯⋯あれ?)
レオンは、さらに疑問を持った。すでに何個か、ボタンを開けている。
にも関わらず、露わになるのは彼女の柔肌だけで、いつも下に来ていた服が出てこない。
――嫌な予感がしたレオンは、彼女に向かって確認するように質問した。
「⋯⋯ねえ、クロラ。⋯⋯ちゃんと、ポンチョの下に、服着てる?」
そんな少年の困惑した問いに、にちゃ、とした笑みを浮かべて、クロラは答える。
「もっちろん! あったりまえじゃないですかぁ〜!」
「そ、そうだよね! ⋯⋯ちなみに、何を着てるか、聞いていい?」
「やだ〜、レオンさまったら、えっちぃ〜。ボタンを外していけばぁ、わかるよぉ〜?」
「⋯⋯ボタン。外すの、やめようかな⋯⋯」
「ああ〜! それはだめ! ⋯⋯しょうがないですねぇ、教えて、あ、げ、ます♡」
「⋯⋯ごくり」
生唾を飲み込むレオンを挑発するように眺めながら、クロラはその口を開いた。
「下に着てるのはぁ〜。靴下とぉ〜、ブーツだよ! どうだ! ちゃんと着てるでしょ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
(⋯⋯おかしいな。他にもっと、身につけるもの、あるよな⋯⋯?)
「⋯⋯クロラ。戦いの時には、服、着てたよね?」
「失礼な! 今だって着てますよぉ〜!」
「⋯⋯ポンチョの下が、裸だったとしても?」
「ぐへへ。ばれちゃあ、しょうがない!!」
「⋯⋯!!」
クロラは、レオンの言葉が終わるが早いか、そのポンチョを思い切り広げたのだ。
――しかし、少年は見ていなかった。
彼女がポンチョを投げ捨てる直前に、レオンはよろけながらも一目散に浴場から飛び出そうとしていたのだ。
「あっ! まちなさ〜い! ちゃんと、見なさ〜い!!」
「やだ!! ヘンタイ! こっちこないで!!」
「やだ♡ そんなに、褒めないでください〜!!」
レオンが浴場を出るか、クロラに捕まるのが先か。
「――むぎゅっ!!」
――そんな中で、レオンは顔に柔らかい感触を受けて止まった。
衝撃を吸収した温かく柔らかいものから顔を上げると、そこには桃色の少女が頬に手を添えながら、レオンを見下ろしていたのだ。
「あらあら♡ レオン様ったら、そんなに私に甘えたかったのですか?」
「っぷは! し、シルフ!? ご、ごめん!!」
「お気になさらないでください。後で、ゆっくり“堪能“させてあげますね? それと――クロラさん?」
「は、ハイ! なんでしょう! シルフさま!!」
「――あなたは後で、お説教です♡」
+
「――ねえ、シルフ。僕に、お客様って?」
「ええ。お会いすれば、わかりますよ」
来客があったと、レオンを呼びに来たシルフと共に、彼らは応接室へと向かっていた。
そして、応接室の扉を開いた瞬間座っていた“二人“を見るとレオンは声を上げる。
「エリザ!! それに、ミーナも!!」
「⋯⋯久しぶり、だな。レオン。⋯⋯目が覚めたようで、よかったよ」
応接室のソファに腰掛けていたのは、燻んだ金髪の少女、エリザと、
――レオンと同じような金髪で、くりくりとした青い瞳が印象的な小柄な少女だった。
「お久しぶりです! レオン“隊長“」
――ヴィルヘルミナ・メルダース。愛称はミーナ。
騎士学校二年生で、レオン達の後輩に当たる。
彼女は、花が咲くような明るい声で、レオンに挨拶をした。
「レオン様? 隊長、とは?」
「ああ。僕がみんなと魔剣に出会った日。ミーナはその時の僕の隊員だったんだ。無事でよかったよ!」
「レオン隊長こそ、よくぞご無事で!! ⋯⋯そちらの、麗しいお方は?」
「こちらは、シルフ。僕の⋯⋯小騎士団の、団員さんだよ」
「あらあら、麗しいなんて! よろしくお願いします、ミーナ様♡」
「はいっ! よろしくお願いします! シルフさん!」
二人は、互いに褒め合うような様子で、言葉を交わしていた。
レオンは席を立った二人を座るように促すと、レオンとシルフもソファに腰掛けた。
そして、エリザは、レオンの“首元“に目を向け、彼に声をかけた。
「レオン。その首、どうしたんだ? 虫にでも刺されたのか?」
「!! あ、いや! これは⋯⋯、そう。刺された。虫に」
レオンは、焦ったように首元を隠す。
――彼の細い首元から華奢な鎖骨にかけて、“赤い斑点“がびっしりと白磁の肌に刻まれていたからだ。
満足そうに微笑むシルフ。扉の向こうにいる四人の彼女たちも、恐らくは満足気であろう。
――その意味する所に気付いてしまったのか、顔を真っ赤に染め上げて俯くミーナ。
「? そうか? まあ、気をつけろよ⋯⋯?」
なんの事かわからないエリザに向かって、レオンは焦ったように切り出した。
「とっ、ところで!! ⋯⋯こ、こんなところまで、わざわざありがとう。二人とも、顔を見せに来てくれたの?」
レオンがそう聞くと、一瞬エリザとミーナは黙ってしまう。
――先に口を開いたのは、エリザの方だった。
「⋯⋯それもある。だが、今日はレオンに話があって来たんだ」
「⋯⋯そう⋯⋯」
エリザのただならぬ様子に、レオンは何かを察したかのような反応を見せた。
――小騎士団失踪事件の影響は大きく、被害を受けた団員の何人かは退団したとシルフから聞いていたのだ。
その中にエリザがいたという事も。そして、退団した学生のさらに数人は、学校そのものを去ったと。
(⋯⋯もしかして、エリザも⋯⋯?)
――エリザが、騎士学校を、去るかもしれない。
そんな一抹の寂しさを感じながら、レオンはエリザの言葉を待った。
春の暖かい風が、応接室のカーテンを優しく揺らす。
部屋に入って来た木の葉が、テーブルにたどり着いた時、エリザはその口を開いた。
「レオン⋯⋯」
「⋯⋯ん」
レオンは、彼女が話し始めるのを待つ。
――かつて、イングリッドがレオンにしてくれたように。
「レオン、私は⋯⋯」
彼女は、緊張したような、少し震えた声で、たどたどしく言葉を紡ごうとしていた。
「レオン、私を⋯⋯!」
「うん⋯⋯」
「私を。⋯⋯いや、私たちを、お前の小騎士団に入れてくれ!!」
「うん⋯⋯え?」
一瞬、レオンは固まった。エリザの放った言葉の意味が、全く分からなかったからだ。
そんな彼の様子を無視するかのように、エリザは続けていく。
「あんな醜態を晒した後で、頼りにならないかもしれないが。⋯⋯私は、お前の小騎士団で働きたいんだ!!」
「ちょ、ちょっと待って――」
「蒼穹の盾の件なら、気にしないでくれ。もう辞めてきた」
「⋯⋯そ、その話なら――」
「だから、何も憂う事はない。だから、私を雇ってくれ!!」
「そ、その――」
「私を一生、お前の側に置いてくれ!!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」
エリザは、興奮した様子で言葉を続けていた。そのせいか、彼女自身、何を言っていたのか分からなかったのかもしれない。
突如、凍りつく応接室。その空気を察したのか、先ほどまで風に靡いていたカーテンすら動きを止めた。
「⋯⋯どうした?」
「あ、いや、その。⋯⋯さっき、エリザ、なんて言った?」
「それは、勿論、一生、側に⋯⋯。⋯⋯っ!!!!」
エリザは、レオンの問いに事もなげに答えた。
――が、自分の言葉を反芻したのか、その顔は徐々に赤く染まっていく。
「〜〜!! ち、違う!! いや、全く違うわけではないが⋯⋯。でも、違う!!」
「⋯⋯どっち?」
「私はっ! お前に、命を救われた!! この恩は、一生かけて返さなければならない!!」
「そんな、こと――」
「だから!! 私は、一生!! お前の力になりたいんだ!!」
「――私も、同じです⋯⋯!」
エリザが言い終えた後。次に口を開いたのは、ミーナであった。
「私も、同じです! あの時、レオン隊長が逃してくれなかったら、私はきっとここにはいません! だから、貴方に恩返しがしたいんです!!」
レオンは、二人の話を聞いて、その気持ちが痛いほどわかってしまった。
――命を救われた恩。それを、一生、返していく。それは、レオンが少女たちに抱いている感情と、全く同じだったからだ。
命を救われた。悪夢から手を引っ張ってくれた。危ない時に助けてくれて、優しい言葉をかけてくれた。
レオンはいくら感謝しても返し切れない程の恩が、少女たちにあるのだ。
――だが、レオンはエリザたちを助けた訳ではない。
この少年は、“助けたかった“のだ。恩を返すために、自分の人生を犠牲にする事はないと、今の彼ならはっきりと言える。
「⋯⋯悪いけど」
レオンは、それを伝えるために、口を開いた――はずだった。
「お前がどう言うかは関係ない。顧問であるベルケ校長からは、もう許可を取ってきたからな」
「⋯⋯え?」
神妙な面持ちをしていたレオンは、エリザの言葉にさらにその表情を呆けさせる。そんなレオンを構う事なく、エリザは澱みなく続けていく。
「ミーナもだ。実質的には、もうお前の小騎士団に入団している」
「ちょ、ちょっと――」
「私は、いや。私たちは、もうお前に恩を返すと決めたんだ。だから、これからよろしく頼むぞ! “団長“!!」
「よろしくお願いします! レオン“団長“!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ――」
「――レオン様」
眩い笑顔を浮かべる二人に、押し通されるレオン。
――自身の横でシルフが微笑みながら、そのオーラを暗くしているのをレオンの左眼は捉えていた。
それだけではない。応接室の扉の向こう側。彼の左眼には、そこに“四つの禍々しい魔力の塊“が恐ろしい光を携えているのを、捉えたのだ。
――彼を突き刺す、五つの嫉妬の炎と強い殺気。
レオンはそれに耐えることが出来ず、杖を持つことも忘れて応接室の窓から飛び出した。
「「「「「待てーーーーーー!!」」」」」
「うわあぁあああ!! 不可抗力だってえぇえええ!!」
――レオンの背後に迫る、五つの嫉妬の塊。
「あらあら、浮気はダメですよ?」
「待ちなさい、レオン!」
「スケベ!」
「あはは!! 私も混ぜてー!!」
「レオンさまぁ〜! お仕置きしてぇ〜!!」
――五人の美少女から追いかけられる、深窓の令嬢(男)、レオハルト・フォン・リヒトホーフェン。
少年は、自分の命の危機を感じて、屋敷の周りを駆け回っている。
――だが、その表情はとても明るい。
まるで、騒がしいこの穏やかな生活を心から楽しんでいるかのように。
「やった! 捕まえたー!!」
「よくやりました! ノエル! そのままくすぐりましょう!」
「やっ! ちょっ! 待って!!」
「ふふふ♡ これは、新しい“扉“が、開きそうですね♡」
「くく。笑い苦しめてあげるわ」
「ぐへへ! レオンさま、お覚悟を〜!!」
「あはははは!! やっ、やめっ!! あはははは!!!!」
――彼は、ついに五人の美少女に捕まり、くすぐり地獄の刑に処されていた。そんな最中。
レオンは、こんな日々がずっと続くように。彼女たちと、ずっと一緒にいられるように。
静かに、聖竜エレオスへと、祈るのであった――




