34-1話「勲章」
――“小騎士団失踪事件“。
小騎士団“蒼穹の盾“の団員が、“何か“によって一時的に失踪、その後に発見された事件である。
結論としては、誘拐された団員全員は集合場所を間違え、迷子になっていた小騎士団が発見、保護するという、何ともお間抜けな話となっていた。
――しかし、被害者の精神的な衝撃は大きく、この失踪事件に巻き込まれた団員の何人かは小騎士団を退団し、またその中から騎士学校を去った者もいたのだ。
現在、在学中の当該小騎士団団員たちへの、継続的なケアは依然として必要であることを、ここに記す。
不可解なのは、その小騎士団が“何に“襲われたのか、という点であった。
これについては、緘口令が敷かれているのか、何も表には出てきていない。団員を保護した小騎士団も、発見した時には傷だらけの状態であり、何に襲われたのかはわからないと報告されていた。
僅かに噂されていたのは、“新種の魔獣“。あるいは、お伽噺にしか存在しない“魔族“によるもの。挙句の果てには、空想の怪物である“熾火の魔神“が現れたという明らかに眉唾な話さえあった。
不可解な事件ではあるが、奇跡的に被害者の中に命を落とす者はいなかった。それだけが、今回の事件の救いであろう。
――きっと、聖竜エレオス様の加護が、その団員達を守ったに違いないと、この話は結ばれるのであった。
+
「――ここだ」
二人の女性は、とある屋敷の前に立っていた。
僻地にある以外は、綺麗に整備された屋敷であった。――屋敷の屋根に座るガーゴイルの片羽が根本から折れ、苦悶の表情を浮かべている以外は。
「レオン隊長、目が覚めたのでしょうか⋯⋯」
「シルフ⋯⋯いや、レオンの団員の話だと、数日前には目を覚ましたそうだ。⋯⋯今は、無理をしないように見張っている、とも」
「そう、ですか⋯⋯」
「⋯⋯中へ、入ろうか」
「はいっ!」
燻んだ金髪の少女が、凛とした、よく通る声で告げると、その隣にいた小柄な少女は、元気よく返事をしたのだった。
+
レオンは、屋敷の大浴場――その浴槽に、魔剣を突っ込んでいた。
浴槽からは、時折沸騰したように泡が上がる。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
彼は、集中していた。魔剣を握る手――そして、腕にかけて、包帯をぐるぐる巻きにされた状態で。
そして、彼の右眼。相変わらず包帯をつけたままになっていた。傍には杖が置かれている。
――それぞれの包帯は、彼女たちの想いの強さを表したように、かなりキツく、分厚く拘束されるものであった。
『――この傷は、痕が残ってしまうかもしれません』
目覚めたレオンに、シルフはそう告げた。
――あの戦いから約半月が経つ。ベルケ校長から告げられた処罰は、“自宅謹慎“といったものだった。
だが、それをレオンが知ったのは最近である。なぜなら、彼は屋敷についた後、眠るように気を失ったからだ。
彼は全く動くことなく眠り続けていた。約十日間の間、一度も目覚める事なく。
息はしていたが、彼の団員たちは気が気ではなかった。
――時折、思い出したかのように、彼の右目から血が溢れたからだ。
さらに、レオンの右眼と全身の魔導管は、その殆どが焼き切れていた。
今まで彼の体を張り巡らせていた魔導管は、彼のか細い魔力を通すだけの、必要最低限の細さしかなかったのだから。
そんな細い管に、突如流れた膨大な魔力。持ち堪える方が無理な話であった。
これについては、シルフとクロラは彼が眠っている間、毎日懸命に修復――治癒魔法を施していた。
命に関わる重篤な損傷。気の遠くなるような細かく、繊細な治療を二人は丁寧に、何日も続けてくれていたのだ。
そして、彼の両腕。彼が放った強大な魔法の数々は、自身の身体にすら牙を剥いていた。
酷い火傷。その上、魔導管の破裂で右腕は内側から切り刻まれたかのような惨状である。
――こちらも二人が治療してくれたのだが、より命に関わる箇所の修復に全力を注いだ結果、後回しにする事になった両腕には痕が残ってしまうかもしれない、との事だった。
そんな中、ルナ、ノエル、ヒルダも、彼を甲斐甲斐しくお世話してあげていた。
シルフやクロラの指示に従い、時折その瞳に涙を浮かべながら。
――レオンが眠っている間。何人もの人が彼の見舞いに訪れてくれた。
エリザ、イングリッド。蒼穹の盾の団員達。そして、その団長のシャルロッテ・ライチも。
誰もが彼の心配をしていた。誰もが少年の身を案じて、早く良くなってほしいと祈っていたのだ。
そして、数日前。レオンはようやく目を覚ます。目覚めた彼に、すぐに全員が抱きついた。
目覚めたばかりのレオンは、全身に力が入らず、歩くことも出来なかった。
その為、何日かは彼女たちに助けられながら歩行の練習をし、ナイフやフォークを使う練習、その他にもリハビリのような事を行い、ようやく杖を支えにして一人で出歩くことは出来るようになったのだ。
「⋯⋯いたっ!」
――カランカラン、と、魔剣が落ちた金属音が浴場に響き渡る。
そんな彼は、多少は動けるようになったのをいい事に、“お湯を沸かす“という名目でみんなに隠れて鍛錬しようとしている。
魔力を腕に流しただけで、いまだに酷く痛む両腕を、レオンは見つめた。
(――だめか。信じられないくらい、痛い⋯⋯)
魔力を魔剣に流して、湯を沸かす。魔剣の持つ、魔力を増幅する能力。
少し魔力を流すだけでも強大な魔力を生み出すその魔剣に、ほんの少しの魔力を流そうとしただけで、彼の魔導管は焼けるように痛んだ。
レオンは、未だ細かい作業が全く出来ない包帯だらけの両腕を見つめた。
――包帯に隠された、皮膚が切り刻まれた痕と火傷の痕。
だが、少年は腕にあるその傷痕を見るたび、少し嬉しそうな顔をする。
痛々しい程の傷跡は、レオンにとっては“勲章“そのもののように思えていたのだ。
――戦えた。守れた。そして、頼れた。助けてくれた。その傷は、何よりの証であった。
少年は、その包帯の内側にある傷を愛おしそうに撫でると、再度魔剣に魔力を流す。
――クロラとシルフと話した事を思い出しながら。
『――魔導管は、魔力を流す事でしか広がらないし、鍛えられないんだよぉ〜?』
『⋯⋯じゃあ、毎日、ちょっとずつ魔力の流す量を増やしていけば、もっとよく流れるようになるのかな?』
『簡単に言ってくれますね。その通りではありますが、体を流れる血液をコントロールするようなものなのですよ?』
『多分、大丈夫。魔力操作は、得意なんだ』
『はあ、わかりました。⋯⋯でも、無茶だけは、しないでくださいね? 少しでも痛んだら、すぐにやめる事』
『大丈夫だよ! 無茶なんてしないよ!』
『『⋯⋯レオン様のその言葉、信頼、できないんですよねぇ〜』』
「⋯⋯そんな事、ないもん。⋯⋯多分」
レオンは頭の中に溜め息をつくシルフとクロラを思い浮かべながら呟くと、気を取り直して体内の魔力に全神経を集中させ始めた。
――自らの魔力で、魔導管を撫でるように、少しずつ、少しずつ流し、時間をかけて広げていく。
魔力を流す度に起こる酷い痛み。その激痛すらも自分が強くなる実感のように感じて、レオンは心地良さを覚えていた。
これが出来るのも、彼女たちが毎日のように魔力を分け与えてくれているからだった。
(――みんなのために。みんなを守れるように、今よりも、もっと強くなるんだ⋯⋯!)
シルフとクロラが丁寧に紡ぎ、修復した魔導管。
膨大な魔力を無理やり流して広げた後に再構築されたからか、以前よりも広がってはいるようだ。
彼の魔力は以前よりよく流れるようになっている。
魔剣に流れる魔力も、彼に同調したようにその樋に刻まれたルーン文字が青白く熱を帯びていた。
あの戦いで感じた、“魔法の極致“。感情が昂り、激昂していた状態で見えていた世界。そんな感情に頼る事なく、その境地に少しでも近付くことができれば。
そう思いながら、レオンは鍛錬を続けていた。
『レオン。今日のルナ、どうですか?』
『⋯⋯? どう、って?』
『もう! レオン、あの時私たちに言ってくれたじゃない!!』
『⋯⋯え?』
『『――“可愛い“って!!』』
レオンの魔力が、今朝の事――ルナとノエルの様子を思い出して、揺らぐ。
『あら。私にも言ってくれたわよね? “綺麗なヒルダに、傷をつけたくない“って』
『⋯⋯!! ⋯⋯あ、あれは、確かに、そうなんだけど⋯⋯』
『あらあら。私にも言って下さいましたよね? “精霊さんと同じくらい、綺麗“って』
『⋯⋯! い、言った⋯⋯! 確かに、言ったけど⋯⋯あれは⋯⋯』
『え〜? 嘘だって言うんですかぁ〜? クロラにも、言ってくれましたよぉ〜? “ミステリアスで、魅力的だ“ってぇ〜。ぐふふ!!』
レオンの手に持つ魔剣が、カタカタと音を立て始める。
『⋯⋯い、言った、ような気がする⋯⋯。でも、あれは、なんか感情が昂ってて、その⋯⋯えっと⋯⋯』
『ひど〜い!! とっても嬉しかったのにー! じゃあ、ちゃんとこれからも褒めてね!!』
『そ、そんな無茶な⋯⋯』
『あら。ノエルに言われた事、忘れたのかしら。“言ってくれなきゃ、わからない“』
『う⋯⋯。わ、わかったよ。これから、一日一回は、伝える⋯⋯ようにする』
『やだ。毎秒言って下さい』
『そんな、ルナ⋯⋯』
『レオン様、男らしくありませんよ?』
『⋯⋯努力、します⋯⋯』
(⋯⋯確かに、言わなきゃ伝わらないだろうけど⋯⋯でも⋯⋯)
レオンは、感情が昂り“ハイ“になっていたのだ。
それが抜けた今の彼は、耳が真っ赤になるほど恥ずかしいような言動を、あの時は素直に出してしまっていたのだった。
(き、気をつけよう! 感情をコントロールしなければ、お師匠様に笑われてしまう⋯⋯!)
「――レオンさまぁ〜!! 助けてぇ〜!!」
そう一人で浴場で悶々としているレオンの元に、クロラの悲鳴が響き渡ったのであった。




