33-2話「騎士達の帰還」
レオンたちやエリザ、蒼穹の盾の団員たちは、全員、二台の馬車に乗せられて運ばれていた。
どうやら、賊の要塞からクロラやヒルダが掻っ払ってきたものらしい。この準備の良さには、さすがのレオンも頭が上がらなかった。
とは言っても、レオンが初撃でぶちかましたおかげで、馬は恐慌状態となってしまっていた。それは、なんとシルフが全頭宥めてくれたのだった。
未だ底知れぬ彼女たちの能力に恐れ慄きながら、レオンは自分の状況を確認していた。
「⋯⋯体、大丈夫なのか?」
「副団長。⋯⋯恐らく、多分、大丈夫、です」
レオンは、包帯でぐるぐる巻きになっていた。
あれからレオンの胸で泣き続けていたエリザは、レオンにしがみついたまま眠ってしまったのだ。彼女の様子から引き剥がすのも忍びないと、このままレオンは治療を受けた。
――シルフの、極大な折檻を受けながら。
『――レオン様。無茶をしないでと、お聞きになられなかったのですか?』
『⋯⋯いや! 忘れてたわけじゃない! 忘れてないよ!』
『⋯⋯魔導管がボロボロです。全身は内側から切り刻まれたみたいに傷だらけ。特に両腕の損傷が酷い上、焼けてますよね?』
『⋯⋯⋯⋯はい』
『はい、じゃあありません!! 死んでても、おかしくない傷ですよ!?』
『⋯⋯⋯⋯ごめんなさい』
そう言いながらも、彼女はレオンに応急処置を施してくれた。最初に、魔導管の修復。外傷についてはクロラがため息を吐きながら手当をしてくれた。
――そんなクロラは、彼の“右眼“を特に心配していたようであった。
『⋯⋯レオンさま。“右眼“、大丈夫ですか⋯⋯?』
『⋯⋯とっても、いたい⋯⋯』
『見えて、ます⋯⋯?』
『うん、見えはするよ? 視界にヒビが入ってるけど⋯⋯』
『⋯⋯! それ、大丈夫なんですか!?』
『どうだろう。魔力が流れると、段々収まっていくんだけど⋯⋯』
『⋯⋯とにかく、レオンさまは絶対安静。絶対に、動いちゃダメですからね!!』
そう言いながら、クロラはレオンの全身と右目を包帯でぐるぐる巻きにしたのだった。
「――不安だな。そう聞くと」
「⋯⋯でも、みんながいるから、多分大丈夫です」
「その信頼は、どうなのかな⋯⋯?」
イングリッドは、未だレオンにしがみついたまま、されど安心しきったように眠るエリザを見て、口を開く。
「⋯⋯さて、これからどうしようか」
「⋯⋯脱走、の件ですよね⋯⋯」
「ああ、その事なら、多分大丈夫だろう」
「?」
イングリッドのその言葉に、レオンは首を傾げる。
「なんだ、その反応。⋯⋯お前たちは、少人数で、一千人を超える軍を追い払ったんだぞ? こんなのは、英雄の所業だ。晴れて、“落ちこぼれ“卒業だな」
「⋯⋯その事なんですが、今回の戦いの事。⋯⋯秘密にしては、もらえませんか?」
「!? なぜだ! 勲章ものだぞ!? 君の汚名が晴れるんだ。いいことではないか!」
レオンは、エリザの頭を撫でながら、静かに告げた。
「⋯⋯僕たちが、大っぴらに大軍をやっつけたと言うと、多分こう言う者が現れます。⋯⋯“蒼穹の盾は、何をしていたんだ“と」
「⋯⋯!!」
「⋯⋯彼女たちは、“被害者“です。⋯⋯でも、事実をそのまま公表すれば、敵に捕まり“任務を失敗“した団になってしまう。あまり考えたくないですが、心無い言葉を投げつける人が出てくるかもしれない」
レオンは、同じ馬車に乗る蒼穹の盾の団員たちに目を向ける。
――その表情は、皆一様に曇っている。虚なもの、未だに震えているもの。共通しているのは、激しい恐怖であった。
「――怖かった記憶は、忘れられない。もし忘れても、そう言った言葉で思い出してしまうんです。⋯⋯僕が、そうであったように。だから、余計な誹りを受けて、被害を思い出してしまうよりも、僕が“落ちこぼれ“のままでいた方が、いいのではないか、と」
「⋯⋯それは、そうかもしれないが⋯⋯。でも⋯⋯」
「だから。⋯⋯“落ちこぼれ“の僕が、恐れをなして逃げ出した。それを、副団長が追いかけてきた。その途中で、逃げ出せた蒼穹の盾の団員を発見して、保護した。敵の軍団は⋯⋯、何か強い魔獣に襲われた、とでもしましょう。そもそも、グレーネラントの騎士様たちは、蒼穹の盾が襲われたのは魔獣の仕業、と言っていたので」
「だが、それでは君はどうなる? 何も報われないではないか!!」
「僕はいいんです。元々、マイナスですから。今までと、何も変わりない。それに――」
彼は、彼の右側で眠る二人の少女――ルナとノエルを見ながら、続けた。
「――みんなが、いますから。僕は、大丈夫です⋯⋯!」
そう言って、彼は少年のように笑った。痛みがあるのか、若干引き攣った笑顔ではあったが。
――そこには、以前までの“気弱で卑屈で臆病な団長“の姿は、どこにもなかった。
「大丈夫、か。⋯⋯変わったな、君は」
「副団長の、おかげです」
「⋯⋯⋯⋯ふろーら」
「え?」
イングリッドは、若干頬を染めながら、再度呟いた。
「⋯⋯フローラ。今度から、二人の時は、私をそう呼べ」
「⋯⋯え? フローラ、ですか?」
「――私の本名だ。“フロレンティーナ・ルーデル“。⋯⋯騎士としては、可愛すぎる名だろう?」
「え? それでは、“イングリッド“って⋯⋯」
「ふふん。もちろん、姫騎士物語の主人公、“姫騎士イングリッド“から拝借したのだ。彼女のような、美しく誇り高い騎士になるためにな!」
そう言って、彼女はドヤ、とでもいうような満足気な表情を浮かべた。
――教導騎士団副団長、フロレンティーナ・“イングリッド“・ルーデル。それが、彼女の本当の名前であった。
親しい者しか知らず、その中のさらに数名しか呼ぶことが許されない“フローラ“という愛称を、彼女はレオンに呼ぶ事を許したのだ。
「私も、これから君のことはレオンと呼ぶ。⋯⋯もう何度か、呼んでいる気がするが」
「⋯⋯でも、そんな。恐れ多い⋯⋯」
「呼ぶんだ。わかったな?」
「⋯⋯はい」
「ふふ。⋯⋯姫騎士物語。しっかり読むんだぞ?」
そう言って、騎士学校最高峰の剣士、イングリッド――もとい、フローラは、レオンに微笑みながら、そう告げたのであった。
+
「――レオン様。到着しました。⋯⋯騎士様たちが、こちらへ向かっています」
「⋯⋯わかった」
レオンは、表情を引き締めた。
――騎士達の、特大の折檻。その後に待ち受ける、彼への処罰。その全てを、覚悟した表情で。
重厚な足音が馬車の幕の向こう側から近付いてくる。徐々に近付く足音に合わせるように、レオンの鼓動はどんどんと早くなっていった。
そして、馬車の後ろ側の幕が開かれる。
――現れたのは、短髪の赤い髪と瞳を持ち、覇気のある鋭い眼光の古兵、エレオス騎士学校校長、コンラッド・フォン・ベルケであった。
「――ベルケ校長!!」
イングリッドは、すぐに姿勢を正す。
――今までも正してはいたが、それ以上に胸を張っていた。
「よい。楽にしろ、ルーデル」
「はっ!!」
イングリッドの様子に、すぐに片手を上げて制したベルケ。
彼は、上げた右手を髭の生えた顎に添え、撫でながらレオンに向けて告げる。
「朝帰りとは感心せんな、リヒトホーフェン君。⋯⋯今、何時だと思っておる」
「⋯⋯申し訳、ございません」
「貴様ほど聡ければ、これから儂が何を話すかは、想像できるな?」
「はい」
「言ってみろ」
――僕は、脱走を、しました。戦いが怖くて、逃げ出しました。
レオンは、そう言おうとした。
――だが、痛みで口が回るのが遅くなった。そのおかげで、彼は準備していた言葉を永遠に飲み込んでしまった。
――御者台にいたシルフが、いつの間にかベルケ校長の横に移動していたのだ。
「――申し訳ございません!!」
「ふむ?」
そして、シルフはベルケに向かって深々と頭を下げた。若干困惑するような表情のベルケをそのままに、シルフは続けたのだ。
「――私が、レオン様に“別の集合場所“を案内してしまったのです!!」
「ふむ。確かに朝、集合場所にお主らはいなかったな?」
「本当に申し訳ございません! それに気付いたルーデル様が、私たちを追いかけてくれたのです!」
「なるほど。そうなのか? ルーデル」
「その通りです、閣下!」
シルフは、ベルケに見えないようにイングリッドへ目線を送っていた。彼女はすぐにその意図に気付き、話を合わせたのだ。
イングリッドは声を出しやすいように顎を少し上げながら、ベルケに向かって叫ぶように言葉を吐く。
「そこで傷ついた“蒼穹の盾“の団員たちを見つけ、保護しました! この馬車は、彼女たちを“保護“していた方から譲り受けた物です!!」
「閣下はよせ、ルーデルよ。⋯⋯右の眉が、ピクピク動いておるぞ?」
「はっ! どういう事でしょうか!」
「貴様は嘘が下手、という事だ。ルーデル」
「!!」
イングリッドは、“やってしまった!“という表情を浮かべていた。
実直な彼女は、嘘をつく事を何よりの苦手としていたのだ。
「――リヒトホーフェン」
「はい!!」
「今の話、どこまでが本当だ」
「はい!! 全部です!!」
「ほう? 全部、とな?」
「はい! 全部本当です! 集合場所を間違えて、別の場所で彼女たちを保護しました! ⋯⋯しかし、全ては団長である私の責任であります! 処分は私のみにお与えください!」
レオンは、シルフとイングリッドの様子から、彼女たちに話を合わせることにした。
ベルケは、顎を撫でながら、少しニヤニヤした表情で続ける。
「なるほどな。貴様のその怪我は?」
「はい! 寝坊して遅刻しそうだったので、走ってたら転びました!」
「重傷のように見えるが?」
「なんてことありません! 私の団員が、心配性なもので!!」
「⋯⋯立てないようだが?」
「足を挫いてしまったので! 不甲斐ない事、この上ないです!!」
「⋯⋯くくっ。そうか」
ベルケは、何やら満足そうに笑みを溢した。顎を撫でながら、何かを考えるような仕草。やがて、それがまとまったのか、レオンに向けて、再度告げた。
「よし。よくわかった。つまり――」
「――このスットコドッコイ、大間抜けな可愛い可愛い団長様が、寝坊した挙句、集合場所を間違え、そこで怪我をし、その場所でたまたま傷ついた蒼穹の盾の団員を発見し、保護した。心優しい、見知らぬ誰かがご丁寧に馬車までくれて、それで貴様らはここまで来た。それでよいか?」
「⋯⋯!! はい! 間違いありません!!」
「⋯⋯心して答えよ、リヒトホーフェン。⋯⋯貴様は、その返答に、“後悔“はないのだな?」
「もちろんです! ベルケ校長!!」
少年は、今の状態で出せる限界の大声を発していた。
彼の視界の端にはパチパチと火花が飛び、これ以上大きな声を出し続ければ、冗談抜きに気絶してしまいそうである。
そんな少年の答えに満足したように大きく息を吐くと、ベルケは続けた。
「――全く。出来たばかりではしゃぎすぎだ。お前たちが面倒を起こすと、儂が面倒になる。⋯⋯次からは、気をつけろよ?」
「はい! 申し訳ございません!」
「グレーネラントの騎士達にも、しっかりと謝っておけ。彼らは、君たちをとても心配していたぞ?」
「⋯⋯申し訳、ございません!」
「わかればよい。何にせよ、無事でよかった。お手柄だぞ、リヒトホーフェン。よくやったな」
「!! ありがとう、ございます⋯⋯!」
そう言って、ベルケはレオンを見た。――その眼差しはとても優しく、レオンは何故か涙が出そうになったのだ。
ベルケはレオンからその目を外すと、彼が連れてきた小騎士団を呼ぶ。
「おーい!! お嬢ちゃんたち!!」
「校長! 誰がお嬢ちゃんですか!!」
「ガッハッハ! よいではないか、それくらい。⋯⋯蒼穹の盾の娘たちを頼む。出来れば、男は近付けるな」
「! 承知、しました⋯⋯!」
彼のその声で、何かを察したのか。
彼女たちは、蒼穹の盾の団員たちを、手際よく介抱していくのであった。
+
「――と、いう事だ。隊長殿。迷惑をかけたな」
「いえ、それは良いのですが。⋯⋯集合場所を、教えた記憶が⋯⋯」
ベルケは、グレーネラントの騎士――恐らくは隊長であろう、家紋入りの外套を纏った騎士と話していた。
「まあ、いいじゃないか。彼らも、無事だったのだし」
「そういう問題ではありません。いくらあなたの教え子とはいえ、規則違反の“疑い“がある。それを放っておいたら、騎士の士気に関わります!」
毅然とした様子で、騎士隊長はベルケに詰め寄る。それを飄々とかわすように、ベルケは続ける。
「そうか、そうか。確かに、規則違反は、そのままにはしておけんなぁ〜」
「そうです。⋯⋯可哀想では、ありますが」
「でもなぁ〜? “見張りすら居眠りしていた“騎士殿も、立派な規則違反ではないかね?」
「!!」
「儂らがついた時にも、大層気持ちよさそうに眠っておったな? 目覚めてみれば、皆元気そうに腰や膝が痛くない! とかほざいておったな?」
「あ、いや、それは⋯⋯」
「挙句の果てには、“なんで眠ったのかわからない“ときたもんだ。そんな君らが、集合場所を伝えた記憶が無いか。それはそれは、信頼できる“記憶“だのう?」
「⋯⋯いや、その⋯⋯」
「いいのか? これ全部、“審判の騎士団“に伝えてもよいのだぞ?」
「っ!! い、いやー、ご無事でよかったよかった! そういう事にしましょう、校長! 確かに、私も集合場所を間違えて伝えたかもしれません!!」
「ガッハッハ! この寝坊助め!!」
“審判の騎士団“の名前が出た瞬間、顔色を変えて手のひらを返す騎士隊長。
二人は子供のように笑いながら、誤魔化し合いながら話を終わらそうとしていた。
グレーネラントが誇る、大陸最強の騎馬騎士団の名前には、流石に騎士隊長も負けるようであった。
「――でも、よいのですか? 調査を打ち切ってしまって」
「⋯⋯ああ。もう何も出てこんよ」
「?」
「――既に影を送っている。その報告もな。どうやら、あの方角には、デカい大穴以外、“何も“なかったらしい」
「⋯⋯!!」
「もし、“蛮族“どもが拠点を構えるなら、この上ない地である国境を定めていない“緩衝地帯“。その草原には、文字通り何も無かったそうだ」
「⋯⋯どういう、事でしょうか⋯⋯?」
「わからん。⋯⋯だが、君たちも気をつけろ。何かが起こっている。これは“審判の騎士団“へ伝えておく。用心しろ、とな」
大人の顔に戻った二人の男。その表情は険しく、まさしく“歴戦の猛者“そのものであった。
そして、ベルケは今度は子供達へと顔を向ける。
――今度は、“教育者“としての顔で、彼は声を上げた。
「――それでは、小騎士団全団、我らが騎士学校へ戻るぞ!!」




