32-3話「“さいきょー“」
「イングリッド、さん⋯⋯!?」
「――ヒルダ殿からの伝言だ。“エリザたちは、救出した“と」
レオンは、その目を見開いて驚いていた。
――ここに来る筈の無い少女が、目の前にいる事に。
「ヒルダ殿の“糸“で投げてもらった。中々にスリリングだな、あれは」
イングリッドは、少年の疑問を“心眼“で見通したのか、レオンに答える。
――少し頬を綻ばせていた彼女は、そのまま続けた。
「――そして、シルフ殿とクロラ殿からも。“援護は任せてください。あんなやつ、やっつけちゃって“、との事だ」
「みんな⋯⋯!!」
「さあ、行こうか、レオン。⋯⋯私たちの、“姫騎士物語“の始まりだ!!」
「はい!!」
そう言って、レオンたちは再度、“魔女“へと向き合う。
――その瞳に、まるで数百年分の怒りを込めたような、およそ人と思えないような形相を浮かべるモルガンへと。
「⋯⋯また、“害虫“が、一匹。どいつも、こいつも、鬱陶しい!!」
モルガンは叫びながらも、その身体から溢れ出る黒い魔力を双剣へと乗せていく。それぞれが異なる輝きを放つ双剣は、自らの輝きを忘れたかのように漆黒に染まっていった。
それは夜の中でも、形が完全にわかる程の“黒“。
掠りでもすれば致命傷になるであろう、絶対的な“死“そのものであった。
「――決着をつけよう。モルガン」
レオンは、傷だらけの身体をルナとノエルに支えて貰いながら、その両目の僅かな動きで世界に幾何学模様を刻んでいく。
――世界に、彼の気持ちを紡ぐように。“魔神“の再来を、伝えるように。
瞬く間に完成する、精緻で複雑な魔法陣。それはどんなに高位な魔法使いであろうと、その一生を描くことに費やさなければならないと思える程緻密で、繊細で、そして巨大であった。
彼は、その魔剣を天へ捧げるように掲げ上げる。
――だが、
「――っ!!」
ピシ、と彼の“右眼“から響く、硝子の割れるような音。それと同時に右眼から溢れる、赤黒い血。
そして、彼の身体中の傷。――弾け飛んだ魔導管から、漏れ出るように溢れる魔力。
「レオン!?」
「⋯⋯! 魔導、管が、破けて⋯⋯、魔力が、留まらない⋯⋯!!」
「そんな!!」
驚愕に目を見開くルナとノエル。二人から分け与えて貰った魔力が、レオンの体内に留まらず、世界に発散されていく。
徐々に冷たくなる、彼の末端の四肢。折角貰った“魔力“を受け止めきれない、少年の華奢な体躯。
「折角、わけて貰ったのに⋯⋯! このままじゃ⋯⋯!!」
「――レオン」
彼らを守るように前に立っていたイングリッドが振り返り、レオンに向き合う。
――すると、そのまま彼女はレオンの小さな顔を両手で押さえ、
口付けを、交わした。
「――!!」
――国に古くから伝わる、伝統的な砂糖菓子のような、質素で、素朴で、されど歴史の古さを感じさせる、重厚な“味“。
「――っ!! こっ、これで! 少しは足しになるだろう! やれ! レオン!!」
イングリッドはそう言って、空中で身を翻し、レオンの背中を支えるように移動する。
――一瞬見えた彼女の耳は、赤を超えた紅だった。
レオンの身体に、さらに熱が走る。
――その心もまた、暖かく、どんどんと満たされていく。
少年は、傷だらけの華奢な腕に再度力を込め、魔剣を握り直した。
「――ルナ、ノエル、イングリッドさん。ありがとう。もう一度、僕に力を貸して⋯⋯!!」
「承知!」
「任せて!!」
「ああ!!」
レオンは、再度魔剣を掲げる。
――右手はルナが、左手はノエルが。そして、その背を支え、押してやるようなイングリッドの温もりがそこにはあった。
「――負ける気がしない! みんながいれば!!」
「ゴミ虫共が集まって、何が出来ますの!? あなたには、私が! 私だけがいれば十分ですの!!」
そう叫ぶモルガンは、レオンたちより一足早く剣を振るう。
――瞬間、魔女を襲う、光と鉄の矢。
「――!!」
すんでの所で身を翻し、矢をかわすモルガン。
――地上から、クロラとシルフの妖精が矢を放ったのだ。
「どいつもこいつも、一人では何も出来ないくせに! 私が、“本当の愛“を教えて差し上げますわ!!」
「――いらないよ、そんなの」
レオンは、彼女たちに支えて貰いながら、魔剣を掲げ終えた。
そのまま彼は、溢れる想いが口から漏れ出るように、告げていく。
「――僕は、もう知ってる」
「みんながいれば、きっと何でも乗り越えられる。⋯⋯なんたって――」
少年は一瞬瞼を閉じる。その裏に流れる鮮明な“彼女たちの笑顔“。
「――僕たちは、“さいきょー“だからね!!」
レオンの瞳が、ゆっくりと開かれる。
闇夜を照らす程に白く輝く、彼にとって呪いでしか無かった“始祖の眼“で、これからの道を照らし出すように。
――かつて、魔神の杖から放たれた、その強大な魔法は、
――大地に大穴を開け、そこはやがて湖になったという。
「――大魔法『魔神の王笏』!!」
三人に支えられたレオンは、力いっぱい、魔剣を振り下ろす。
粉々に砕ける魔法陣。響き渡る硬質な破砕音。魔力の欠片は双月の輝きを乱反射し、
――その音は、まるで彼らを祝福する鐘の音のように聞こえた。
同時に、膨大な魔力――炎の奔流。
それは凝縮されていき、圧縮され、さらに小さくなっていく。
太陽を無理やり圧縮していく様に耐え切れなくなったのか、“白い火球“の周りには、同じように“白い雷霆“が迸り、雷轟を伴って――
「「「「――いっけえぇええええ!!」」」」
――迅雷のように、魔女へと疾っていく。
「――!!!!」
魔女は、黒い斬撃を放つ。――禍々しく、世界を切り裂き、飲み込むような、圧倒的な“漆黒“を。
“白い火球“と“漆黒の斬撃“が空中で衝突し、鍔迫り合いのように激しい火花を散らして夜空を照らす。
空と地上に轟音が響き渡る。
――まるで神話の戦いが、現代に甦ったかの様相で。
「――!! 負けま、せんわ!!」
「――ぐうぅうう⋯⋯!!」
激しく、強大な力と力のぶつかり合い。
――やがて、少しずつ“漆黒“が押し始めた。
「「「――レオン!!」」」
「――!!」
「もう“独り“じゃないからね!」
「ルナたちがついています!」
「そうだ! 地上にだって君を待つ者は大勢いる!」
『そうだそうだ! クロラが付いてるからねぇ〜!』
『レオン様! 頑張って!』
『いきなさい、レオン!!』
「――!! ああぁああああ!!」
レオンの“両眼“が、紫電を迸らせて輝く。
それに呼応するように、魔剣全体が激しく光を放った。
――少年はもう一人じゃない。
レオンの身の周りの“もの“たち全ては、彼の幸せをいつでも願っているのだ――
「いっけえぇええええ!!」
漆黒の斬撃にヒビが入り、二つに割れた。
白い火球を押し留めていた強大な壁は、遮るものが無くなる。
それは、迅雷のように真っ直ぐに“魔女“へと向かっていった。
「――そんな!!」
――瞬間、世界から音が消えた。そして、地上が噴火する。
否、白い火球が魔女を飲み込んだまま、地に落ちたのだ。
白い焔と稲妻が奔る。――そして、地を揺るがす轟音が世界へと響き渡った。
「――うわあっ!!」
音と共に訪れた爆風と大地の残骸――煙。
レオンたちは空中で、その脅威に晒された。
――その煙を貫くように、一本の“赤い糸“が空を疾る。
“赤い糸“はレオンたちの周りを何周もした後、彼らをまとめて縛り上げ、地上へと引き戻していく。
「――うわあぁあああ!!」
情けなく叫ぶレオン。彼は糸に引かれたまま、煙の隙間からかの“要塞“を見た。
――そこは、まさに地獄。建っていたはずの天幕や壁が、全て更地と化し、燃え得るものには例外なく火が放たれている。
その中で、彼は見た。――あの忌まわしい“櫓“が燃え、地に堕ちようとしているのを。
それを見つめていたレオンに、ルナが声をかけた。
「あの女、やったのでしょうか⋯⋯?」
「⋯⋯わからない。でも――」
糸に引かれていたレオンたちに、地上が見えてきた。
そこには、飛び跳ねながら手を振るクロラ。安心したように息を吐くシルフ。妖艶な仕草で彼らを引くヒルダ。
傍には、蒼穹の盾の団員たち。
――そして、エリザの姿が、そこにはあったのだ。
「――エリザたちを、助けた。それが、僕たちの勝利だ⋯⋯!!」
レオンは団長らしく、みんなに向けて“勝利宣言“を行なったのだった。




