32-2話「“味“」
――ぱらぱら、と白金の欠片が空に舞い、溶けていく。
ノエルの持つ、白金の美しい髪と同じように輝く光剣。
二人はそれを即席の階段にして、天空へと駆け上ってきたのだ。
「⋯⋯ルナ、ノエル。きてくれて、ありがとう」
「お礼を言うのは後です、レオン。身体が、酷く冷たいです」
「――!! 本当!! レオン、すぐにあっためてあげるからね!!」
「――ぎゃ」
酷く冷たい少年の身体を温めるように、ルナとノエルはレオンを抱き締める。
――短い悲鳴をあげるレオンだったが、それすら弱々しい。
「⋯⋯誰ですの? 貴女達は」
モルガンは、地上へと高速で落下している最中にも関わらず、まるで気にしない様子で告げた。
――その声音は、酷く冷たい。先ほどまでの熱が嘘のように、激しい怒りが込められていた。
そんな様子のモルガンに、二人は全く動じること無く彼女に返答する。
「――私はノエル!! レオンの“未来のお嫁さん“だよ!!」
「――ルナは、レオンの“生涯の伴侶“です」
「⋯⋯は?」
二人の言葉に、間抜けな声を出すモルガン。
――人間離れした狂気を見せていた彼女が、初めて人間らしい反応を見せたのだ。
モルガンは、困惑を隠せないまま、二人に続ける。
「⋯⋯“お嫁さん“に、“伴侶“⋯⋯? どちらが、ですか⋯⋯?」
「もちろん! 二人ともだよ!!」
「⋯⋯ええと。意味、わかっておりますの⋯⋯?」
「勿論。ルナとノエルは、レオンと結婚します」
「⋯⋯結婚。生涯の契りの事、ですわよね⋯⋯。それは、お相手は“一人“だけでは⋯⋯?」
「そんなの、私たちには関係ないよ!!」
「ふっ。遅れていますね。これが今の“すたんだーど“、ですよ」
困惑を強めていくモルガンに対して、ノエルとルナは勝ち誇ったように笑みを浮かべている。
彼らは頭を地上に向けて落下し続けるという、天地がひっくり返ったような異常な状態の中で、それに似つかわしくない痴話喧嘩のようなやり取りをしていた。
モルガンには、先ほどまでの底知れない恐ろしさはなかった。
――まるで、自分だけが時代に取り残されたような失意の表情を浮かべている。
「⋯⋯ええと、“一夫多妻“、という事で、お間違いございませんか⋯⋯?」
「うん! そう!! レオンには、まだまだいっぱいお嫁さんがいるんだよ!!」
「貴女達は、それでいいんですの⋯⋯?」
「? 変な事を聞きますね。みんな幸せなら、それでいいじゃありませんか」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
モルガンは、二人に抱き締められ続けていたレオンを、キッ、と睨む。
――その眼光に、ビクッ、と肩を震わせる少年。
「⋯⋯レオン様。今のお話、本当ですの?」
「⋯⋯ええと、あの、その⋯⋯」
「「――レオン?」」
「あっ、あの、⋯⋯はい。⋯⋯そういう、こと、です⋯⋯」
歯切れの悪い少年に対して、抱き締める力を強めて二人は声を揃える。
そんな二人の様子に再度肩を震わせたレオンは、力無く答えていた。
――まるで、その姿は妻に浮気相手が見つかり、問い詰められているような様相であった。どちらが妻なのかは、この際置いておく。
モルガンは、放心したように呆けていた。
――だが、その貌は徐々に険しくなり、彼女の周りには凄まじい魔力が迸っていく。
「――汚らわしい」
魔女は吐き捨てた。激昂に染まった貌をレオン達へと向け、その左右で色の違う瞳を、彼らを射殺すように吊り上げていく。
「⋯⋯騙されているのね。お可哀想に。⋯⋯やはり、あなた様は、私の元に置いておくしか、ありませんわ」
「純粋で純朴で純心なあなた様なら、騙されてしまうのも無理はありません。⋯⋯悪いのは、全てこの“害虫“ですわ」
「汚らわしい。ああ、汚らわしい⋯⋯! ゴミ虫共が。私が直々に駆除して差し上げますわ!」
「“一夫多妻“なんて、絶対に認めませんわ!! レオン様の愛は、このモルガンただ一人のものですわ!!」
モルガンは、その淫靡な肢体から、禍々しいほどの黒い魔力を迸らせる。
――それは、まるで“黒い太陽“。全てを漆黒に包むかの如く、夜よりも暗い魔力で、世界を蹂躙しようとしていた。
「――!! くっ⋯⋯!!」
レオンは、再度剣を構え直そうとしていた。
――しかし、腕に激痛が走り、すぐに体勢を崩す。
「!! レオン、魔力が!」
「もう、無いのですか!?」
「⋯⋯関係、無い。あの子は、ここで止めなきゃ⋯⋯!」
少年の眼は、今にも消え入りそうな程の儚い光を放っていた。それはまるで、風前の灯火のように彼の残り少ない“命“を表すようである。
それにも関わらず、少年の意思の強さは綻ぶ事なく、むしろ強めているようにさえ見えた。
二人の腕の中にいる、華奢な少年。全身血だらけになり、右腕は切り刻まれたように痛々しく、両腕は未だ焼け続けるように煙が出ていた。
魔力を感じない酷く冷たい身体。弱々しく、不規則に鼓動する心臓の音。少女のような貌から流れる血の涙。
そんな様子でも、彼の戦う意思は微塵も衰えてはいなかったのだ。
「――レオン」
「んっ!?」
――そんな少年に、ルナは口付けをした。
大きく目を見開く少年。――その“眼“は、輝きをどんどんと強めていく。
レオンが感じる、唇の少し冷たい、柔らかな感触。
――森のような静謐。月光のような静寂。星々を粉にしたかのような、上品な“甘さ“。
彼は、その“味“を確かに感じ、堪能したのだ。
ルナが、唇を離す。眉一つ動かさないながらも、その透き通る肌は僅かに紅潮していた。
「――レオン!!」
「むう!!」
そして、そんな彼に今度はノエルが口付けを交わす。
暖かな、とても柔らかい唇の感触。
――それは弾けるような、お日さまの光を大量に浴び、暖かい太陽の味まで堪能できる果実のような、瑞々しく爽やかな“甘み“であった。
少年の“眼“が、力を取り戻したように煌めく。その身体からは、溢れんばかりの白い輝き――魔力の奔流が、三人を包み込むまでに大きくなっていた。
「んっ! レオン、最高!!」
唇を離したノエルは、夜が昼に変わるのでは無いかと思える程の輝かしい笑顔で、少年に告げた。
「レオン、ルナの味、如何でしたか?」
「⋯⋯さ、最高だったよ⋯⋯」
「あ! ルナ、ずるい! ノエルはー!?」
「の、ノエルも⋯⋯最高、だよ⋯⋯」
そう言って、二人は未だ恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたレオンに抱きついていく。
――地上に落下している最中、にも関わらず。
夜より暗い、漆黒の魔力。夜を照らすような、真っ白な魔力。
それらは流星のように夜空に煌めき、地上へと距離を縮めていく。
「――な、な! なんて、事を⋯⋯!!」
そんな彼女たちの様子を放心した様子で見ていたモルガンは、我に返ったかのように双色瞳を見開いて激昂し、迸る魔力で世界を歪めていく。
「汚らわしい! 汚らわしい!! 許さない! 許せない!! 私の愛しの“だんな様“に!! よくも! よくも!!」
モルガンは、その両手に持った剣――金の刀身に黒い装飾、黒い刀身に金の装飾の剣を同時に上段へと構える。
「“害虫“の分際で! 調子に! 乗るなあぁああ!!」
魔女は、その双剣を同時に振り切った。
――縦一閃の唐竹割。その斬撃は彼らを断罪するかの如く、真っ直ぐとレオンたちへと向かっていく。
最愛の人を奪われた怒り。悲しみ。その全てを乗せた一撃。ルナとノエルは受けようと構えたが、一瞬遅れてしまう。
「――逢瀬の邪魔をするな。馬に蹴られるぞ」
――だが、その斬撃がレオン達に届くことはなかった。
彼らへと向かう斬撃。それは、彼らを襲う箇所だけ、霧のように霧散した。
――ギン、という硬質な金属音と共に。
彼方へと飛んだ残りの斬撃は、空と地へと向かい、それぞれ雲と大地を切り裂いた。
――教導騎士団、副団長。もとい、“姫騎士“イングリッド。
彼女はクレイモアを構えて、レオンたちの前に現れたのだ。




