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落ちこぼれ騎士の花嫁騎士団《ブライド・ナイツ》  作者: 茶毛
1-11.落ちこぼれと魔女

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31話「魔女と呼ばれる少女」


 (!! 動かない⋯⋯!!)


 

 レオンは、正気に戻ったように凍りついた貌を溶かし、驚愕していた。魔神の力は先ほど見たばかりなのだ。

 ――圧倒的な破壊、殲滅力。人の形を保つ事を許さない、最強の魔法のつもりだった。


 それが、彼の眼前にいる細腕の少女に片手で止められていたのだ。

 それどころか、魔神の持つ大剣は、構え直すことも許されないように、強大な力で掴まれている。


 右目に柘榴石(ガーネット)、左目に黝簾石(タンザナイト)を嵌め込んだ艶麗な少女は、焔の刀身を掴んだまま、レオンに向けて呟いた。

 


「――ああ。お待ちしておりました。お待ちしておりましたわ。この時を。この瞬間を」

 


 媚を含んだ甘ったるい声。されど、悲しいほどに美しく、妖しく、艶麗な。まるでこの世の全ての淫美を込めたかのような、明らかな狂気を含んだ声。

 ――その声には、まるで“数百年間“待ち焦がれ、恋焦がれ、醸成されたような凄まじい激情が込められていた。

 


「ああ。ああ⋯⋯!! なんて、お美しい。なんと、儚い。何度夢見たことか。何度思い描いたことか⋯⋯! なのに、目の前の“あなた様“の魅力には敵わない。本物の持つ輝きには、到底及ばない!!」

 

「⋯⋯!!」


 

 徐々に声の熱を強める双色瞳の少女。――レオンは感じていた。本能が叫んでいたのだ。

 

 ――この少女は危険だ。早く離れろ、と。


 先程の万能感はもう無い。その代わりに少年に訪れたのは目の前に映る少女。その背後にある、絶対の恐怖――死よりも悍ましい狂気そのものであった。

 


「――ヒルダとシルフは、エリザたちを。ルナ、ノエル、クロラ。援護、お願い――!」

 


 レオンは、独り言のように囁く。――彼の髪に隠れた精霊が彼女たちに届けてくれるのを祈るように。

 彼の背中のざわつきが収まらない。その腕には鳥肌が立ち、冷や汗が滝のように噴き出す。

 にも関わらず、レオンの瞳は少女を捉えて離さない。

 


「あなた様のこの“大剣(あい)“。とっても熱くて、大きくて、重いものですけど。⋯⋯やっぱり、(わたくし)は、あなた様の“生身“がいいですわ」

 


 そう言って、双色瞳の少女は、その細腕に僅かに力を込める。

 ――瞬間、大剣にヒビが入ったかと思えば、粉々に砕け散ったのだ。

 

 そのヒビは止まる事なく“魔神“の全身へと至り、そして硝子のように砕け散っていく。

 


「――!! ぐあぁああああ!!!!」

 


 ――そして、その“ヒビ“は、レオンの右腕にも及んだ。ひび割れた腕からは内側から裂けたように血が吹き出し、そのあまりの痛みに彼は絶叫し、倒れ込む。

 そんな様子の彼を、その少女は恍惚に歪んだ貌で見つめていた。


 

「ああ! やっと。やっと、あなた様の“声“が聞けました。⋯⋯素敵。なんと、甘美な響きでしょう。どんな素晴らしい楽器であろうと、あなた様の声にはかないませんわ」

 


 倒れ込むレオンの姿を見たのか、あちこちから粗野な声が響いた。

 


「⋯⋯おお! やったぞ!! 魔女がやってくれた!!」

「いいぞ! やっちまえ!!」

「生かしておけ!! 俺たちが、そいつで“遊んで“やるよ!!」


 

 逃げ出していた賊達は、彼らを囲むように戻ってきたのだ。

 

 ――勝機を見つけたかのように、その賊達は口々に叫びながら少年へと近付いていく。



「⋯⋯っ! く、くるな⋯⋯!!」


 

「へへ、いい“ツラ構え“じゃねえか!」

「覚悟しておけ。今日一日じゃ、終わらねえぞ!!」

「ああ! 俺たち全員で、三回は回してや――」

 


 そして、粗野な言葉は途切れた。




 

「――黙れ、下郎」



 

 

 双色瞳の少女は、ただ、右腕を力無く振るっただけ。

 

 にも関わらず、レオンを囲もうとしていた賊達は、全員胴から上が無くなったのだ。


 

「⋯⋯お、おい! 何してんだ! 俺たちは、みかた――」


 

 声を上げた賊は、赤い噴水へと化す。声を上げない賊達も、また物言わぬオブジェと化した。


 


 

「ご心配なさらぬよう。全員まとめて、生かしては返しませんわ」



 

 

 そう言って、少女はその細腕を振り続けた。悲鳴は徐々に消えていき、後に残るのは木が焼けるパチパチ、という焚き火のようなものだけであった。

 

 目の前に起こった、異常な状況に、レオンは思わず口を開く。

 

 

「ぐうう⋯⋯!! な、何を、しているんだ⋯⋯!」

 

「――あら? あらあら? もしかして、(わたくし)に聞きました? (わたくし)に、声をかけてくれたのですか!?」


 

 まるで、無数の剃刀を腕の中に入れられ、かき混ぜられたような痛み。

 その痛みに悶え続けるレオンの問いに、その少女は瞳を輝かせ、彼の眼前へと身を乗り出しながら続ける。

 


「ああ! 今日はなんと素晴らしき日でしょうか!! あなた様の姿を見れただけでなく。声が聞けただけでなく、この(わたくし)に声までかけてくださるとは!!」

 


 少女は、蹲るレオンの目の前へと辿り着くと、膝を突いて彼に目線を合わせ、俯く顔の顎を持って、真っ直ぐに目を合わせた。

 


「⋯⋯申し遅れました。(わたくし)の名は“モルガン“。あなた様の守り手。あなた様の騎士。あなた様の下僕にして、あなた様の“花嫁“ですわ」

 

「くっ、うう⋯⋯! は、花嫁⋯⋯だって?」

 

「ええ、ええ。この日を、(わたくし)はずっと心待ちにしておりました。あなた様と一つになる。⋯⋯その夢が、ようやく叶うと」

 

「⋯⋯はな、れろ!!」

 


 レオンはそう言うと、両手で持った魔剣を薙ぎ払う。――右手の激痛によって、全く力の入らない剣閃は、波打ちながら空を斬る。

 そこに、モルガンはいなかった。そして、彼の後ろから届く甘い声。

 


「⋯⋯突然の事で動揺するのも、無理はありませんわ」

「⋯⋯! いつの、間に⋯⋯!」

「でも、信じて欲しいですの。(わたくし)の、この想いは本物であると」

「どう、して⋯⋯、僕なんだ⋯⋯! 僕に、何をした⋯⋯!!」

「変な事を仰いますのね。愛に理由なんて無いではありませんか。⋯⋯それに、あなた様の、その“右腕は(わたくし)の所為ではありませんわ。ただの――」


 


 

「――魔力の、使い過ぎ。⋯⋯ですわよ?」

 

 

「⋯⋯!!」



 


 モルガンの言葉が早いか、少年の小さな身体。その全身から、ぶちぶち、と嫌な音がする。

 

 ――レオンの魔導管(エーテル・ライン)が、焼き切れ、弾けたのだ。

 無理もない。この少年の元々の魔力は微々たるもので、そもそもが細く、大量の魔力が流れる事が想定されていない。

 

 山の中にポツンとある、ささやかな湧き水の清流。そこに、突如土石流のような魔力が駆け巡ったのだ。無事でいる事の方がおかしい話だった。

 


「――がっ! あぁああああ!!」


 

 レオンの全身に、内側から爆ぜたような激しい痛みが暴れ回る。

 ――体内で収まらないそれは、彼の両腕を焼き、肉と皮膚を内側から貫き、全身から血が吹き出す。

 少年の視界の端に、白い火花がパチパチと散り始めた。身体の末端が凍り付けされたかのように冷たい。心臓が不規則に鼓動を放つ。

 

 ――彼は、この時初めて気がついた。自身の右眼から流れる血涙と、鼻から垂れていた血に。

 

 後頭部を鈍器で何度も殴打されたような、鈍い痛みが響く。視界は酔っているかのように揺らぎ始めた。

 


 (調子に乗った⋯⋯! まりょくを、つかい、すぎた⋯⋯!!)


 

 レオンの限界を超えていた力は、彼の脳まで焼き切った。思考は霞がかり、先ほどのような冴えは無く、全く考えがまとまらない。

 彼の体の魔力は、この戦いの前にヒルダから貰った魔力であったのだ。借り物の力ですら満足に戦えない自分の身体を、レオンは酷く恨む。

 

 そんな彼を――モルガンは、受け止めるように抱きしめた。彼女は、レオンを嘆くように、慈しむように見つめながら、彼に告げていく。

 


「でも、もう心配いりませんわ。(わたくし)が、あなた様をお守りしますから。あなた様をお助けしますから。二度と危ない事はさせませんわ。二人で一緒に、一生幸せな暮らしをしましょう?」

 

「足はいりませんね。(わたくし)が、その代わりになります。あなた様の足となり、あなた様の行きたい所へ参りましょう」

 

「手は⋯⋯必要ですわね。指輪は付けて欲しいですもの。その瞳も、(わたくし)を見て欲しいですし。口も、耳も。五感全てを、(わたくし)で満たして差し上げますわ」


「⋯⋯! じょう、だんじゃ、ない!!」

 


 レオンは、再度、力の込もらない斬撃を繰り出す。空を斬る、波打つ剣閃。

 呂律の回らないまま魔剣を振り切った彼に訪れたのは、今度は背後からの熱い抱擁。汗と砂糖が混じり合ったような、甘く、執拗なまでに粘着質な芳香が彼の華奢な身を包みこむ。

 

 ――それと同時に、天幕を薙ぎ払いながら、ルナとノエルがレオンへと飛んできた。

 


「――! 不届き!!」

 

「レオンを、はなして!!」

 


 ――だが、モルガンは意にも返さない。

 まるでモルガンはレオンと二人だけの世界にいるかのように、彼女は少年に囁いた。


 

「――では、選ばせて差し上げますわ」

 

「――っ!!」

 


 瞬間、レオンの景色が変わる。

 彼が作り出した、燃え上がる地獄は姿を消し、周囲が暗闇に包まれる。

 

 そして、消え去った足元――地面の、感触。

 一瞬の遅れの後。身体の内側――内臓(なかみ)が浮き上がるような、強烈な浮遊感。

 

 背後から抱擁を受ける中、耳元で囁かれる、媚びるような甘い声。


 

 


「――さあ、選んでくださいまし。私と共に生きるか、共に死ぬか。⋯⋯勿論、(わたくし)は、どちらでも構いませんわ」

 



 

「――!! う、うわあぁああああ!!!!」


 

 


 二つの月がやけに近い。夜空に瞬く星々も、掴めるようにそこにある。

 

 横を向けば、“雲“。酷く冷たい風が、華奢な少年の全身を襲う。

 


 ――地上の明かりは、遥か遠く。二人は、雲より高い夜空から、地上へと墜ちようとしていた。


 

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