28-2話「炎の申し子」
(⋯⋯みんな⋯⋯)
賊を殲滅するヒルダを横目に見ながら、同時にレオンの視界に映っていたのは彼を今まで苦しめていた“黒い手“だった。毎晩、彼を掴み、捕え、燃やし続けた悪夢の手。
それが、レオンの元に集まっていく。だが、その様子はいつもと違っていた。
彼を地獄に引き摺り込もうとしていたその手は、レオンの華奢な身体を支え、背中を押すような力強さがある。
――シルフの言葉で変わったのだ。彼らの全てが、レオンを憎んでいるわけではないという事を、少年は知ったから。
「⋯⋯みんな、今まで、ごめんなさい。⋯⋯間違っていたのは、僕の方だったんだ」
「みんな、僕を助けてくれたんだ。僕が勝手に、あなたたちが悪い人だって決めつけてただけなんだ」
レオンは、際限なく増え続ける“黒い手“を眺めながら、“師匠“の言葉を思い返していた――
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『――いいか、レオン。もう一度聞く。⋯⋯魔法で、一番大切な事は?』
『はい、お師匠さま。魔法で一番大切な事は、“想像“です』
幼なさの残るレオンは、“お師匠さま“へ向けて、返事をした。
『そうだ。勿論、三大基礎である収束、圧縮、解放。そして、緻密な魔力操作。描くための膨大な知識に、綺麗に幾何学を描ける腕。全て大事だ』
『⋯⋯だが、それらは単なる“技術“でしかない。それは、自分の“想像“を狂いなく描く“道具“でしかない』
『――魔法の真髄とは、“想像“だ』
"お師匠さま"は、幼い少年を見つめながら、続ける。
『イメージとは恐れ。――強大な破壊。自分より巨大な力。痛みを知る者しか理解できない、分かち合えない悲しみ。励ましの言葉すら虚無に帰す、絶望の怒り』
『イメージとは願い。――恐れを我が物とし、自らの願いのためにその力を借り、世界へと顕現させる』
『全ての魔法は、イメージだ。だから、常に“想像力“を鍛え上げろ。風の強さとは何なのか。火の恐ろしさとは、何なのか。大事なのは技術だけでは無い。それを忘れるな』
『はい、お師匠さま』
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――彼の脳裏に浮かぶ“記憶“。
肌が焼かれる痛み。肉が炭化する恐怖。気絶できない苦しみ。呼吸が出来ない絶望。眼球が破裂する激痛。伝染する炎。灼熱の熾火。
――レオンには、強力な炎の魔法を使う土台が全て揃っていたのだ。
何せ、彼はこの四年間。その殆どの夜を、焼かれ、燃やされ続けることで過ごしたのだから。
誰よりも"炎"の恐怖と残酷さを知る彼は、その魔法に於いて、既にある極致へと辿り着いていた。
「――みんな。今まで、ありがとう。そして、ごめんなさい。今は、僕に力を貸してほしい」
「⋯⋯もう、二度とみんなみたいな思いをさせないように。大切な彼女たちを守れるように」
「僕を許して、とはもう言わないよ。ただ、“今を生きる人“を守るために、僕に力を貸してくれ!!」
レオンの脳裏に映る、“黒い手“。
それは、まるで皮が剥がれるように黒が削げ落ちていった。
代わりに現れる、白く発光しているような手。されど、そこに禍々しさは無く、それは静かに輝く、温かい“熾火“のようであった。
「⋯⋯ありがとう。今度はその手で、僕を⋯⋯。僕たちを、助けて⋯⋯!!」
――“想像“は完璧。魔法陣は寸分の狂い無く。“創造“は終わった。後は世界に刻むのみ。
少年の頭に次々と新しい魔法の“イメージ“が溢れ出て止まらない。
まさに“始祖の境地“と言わんばかりの彼の瞳は、紫の極光のようであった。
レオンは、今度は右手で魔法陣を刻んでいく。
――特に意味は無い。彼は、両手で同じ事が出来るように努力し、それを極めただけなのだから。
魔法陣が完成し、左手の魔剣で叩き割る。
――魔剣に刻まれたルーン文字は、主人の覚醒を喜ぶかの如く、燃え盛るように白く輝いていた。
甲高い破砕音が戦場に響く。ここにもう一度、死神の鐘が鳴ったのだ。
「――『救いの焔腕』!!!!」
イングリッドとノエルを追っていた、右翼側の賊の集団。彼らの足元から、灼熱に輝く焔のように、地面から次々と腕が伸びていく。
「うわあぁああ!! なんだ!?」
「ああああああつい!! あついよおぉおお!!」
焔の腕は、次々と賊の足を掴んでいく。
――その瞬間に燃え上がる足。彼らは、立ち上がることも出来ずに、焔の湖にその身を沈めていく。
肉と髪の焼ける臭い。パキパキ、と響く焚き火のような音。彼らを燃料の如く喰らい尽くすそれは、今や天高くまで立ち上る焔として、その場に煌々と輝いていた。
『――行け! 少年!!』
レオンは、確かに聞いた。怨嗟の声では無い、本当の意味で彼の力になった者の声を。
『――今度は、間に合わせろよ!!』
『――絶対に助け出せ! 救えなかったら⋯⋯承知しないからな!!』
「⋯⋯うん、わかった。⋯⋯ありがとう、みんな」
“白い手“は、次々にレオンに声を掛け、励ましていく。それに応えるレオンは、ゆっくりと、要塞へと歩みを進めていくのであった。
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『⋯⋯多方から攻撃が出来れば、話は早いのだけど⋯⋯』
『それなら、私にお任せください、レオン様』
シルフはそう言うと、両手を祈るように結び、膨大な魔力を込め始めた。
『――精霊さん、精霊さん。このシルフィードに、力を貸してくださいませ』
彼女が言い終える――すると、彼女の背後に五人の“弓を持った精霊“が顕現したのだ。
『!! シルフ、それ⋯⋯。もしかして、“精霊魔法“?』
『はい! 実は私も、とっても強いんですよ?』
『すごい⋯⋯すごいよ、シルフ! 初めて見た! 精霊さん⋯⋯とっても綺麗』
『ふふ。喜んで貰えて何よりです。⋯⋯少し、妬いてしまいますが』
『⋯⋯シルフは、もう十分に綺麗じゃないか』
『!! あらあら、レオン様! なんて事を! このシルフ、嬉しくて、死にそうです⋯⋯』
シルフはそう言って、耳を真っ赤にする。
――彼女の鼻から血が出てきたので、レオンはハンカチで抑えてあげていた。
『⋯⋯ところで、シルフ。その精霊さんなんだけど⋯⋯、何人くらい、呼べるのかな?』
『今の状態では、これ以上は難しいです。⋯⋯ですが、一人一人を小さくして、分割してあげれば、攻撃能力は下がりますが、数はもーっと、増やせます』
『⋯⋯十分だ。威力は小さくて大丈夫。沢山の彼らで、撹乱して欲しいんだ』
『撹乱、ですか⋯⋯?』
『そう。敵に、“僕たちだけじゃない“ところを見せるためにね?』
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「⋯⋯風は左に流れているな⋯⋯」
シルフとのやりとりを思い返しながら、レオンは自分の三つ編みを持って風向きを図っていた。
少年の読み通り、風は要塞から見て左に流れている。――レオンが狼煙代わりに魔法を放った二つの場所から、黒煙がごうごうと立ち昇っていた。
その黒煙は、右から左に流れるように、拠点を覆い尽くしている。風がどちらに流れてもいいように、左右を撃ち抜いたのはこの為だった。
「⋯⋯煙の流れは計算通り。シルフ。手筈通り、頼んだよ」
『――はい、わかりました!』
レオンの髪に潜っていた、雪のように小さく光る精霊。彼に話しかければ、少女たちに繋がるようになっているのだ。
レオンの声に、シルフは答える。その直後、レオン達の背後の何十箇所からもの位置から放たれる、数百本の光の矢。
それは要塞まで届き、黒煙の中に吸い込まれるように消えていった。その直後、着弾したのか要塞から響く声が一層大きくなる。
手応えを感じたレオンは、髪に隠れた精霊に向けて再度語りかける。――今度は、森の中で待機するクロラに向けて。
「これで、中はきっとパニックだ。“仕事“が、しやすくなるね、クロラ」
『はい〜! レオンさま、なんかクールで、かっこいいですぅ〜!』
「⋯⋯クロラも、十分ミステリアスで、魅力的だよ」
『きゃ〜!! クロラ、嬉しすぎて、濡れちゃいましたぁ〜! びしょびしょですぅ〜!!』
「⋯⋯じゃあ、十分に気をつけてね」
留まる事なく興奮していくクロラの会話を切ると、改めて要塞と向き合う。――そして、レオンはその目を大きく見開いた。
立ち上る黒煙。聳え立つ櫓。その煙の僅かな隙間から見えた人影。
――燻んだ金髪の少女――エリザが、髪を掴まれ、無理矢理に立たせられていたのだ。
ぼろぼろの衣服。曝け出された、長い四肢。その貌は、遠目でもわかるほどに虚であった。
「――やってくれたな。お前ら」
レオンは、自分の中で何かが切れる音を聞いた。それは少年の頭の中で確かに響いたのだ。
心が燃える。彼の“魔導核“から、感情を焚べるように魔力が作り出され、その華奢な身体全体に迸っていく。
「やってくれたな。僕の⋯⋯。“私“の、エリザを⋯⋯!!」
レオンは、今までだって怒っていた。だが、彼女の姿を見て、それがまだ甘いものであったと確信する。
絶対的な憤怒。それは、視認出来る程の魔力となって彼の身体から溢れ出し、周囲を陽炎のように歪めていた。
彼は気付いていない。
――その深い紫色の“両眼“が、異常なまでに禍々しい光を放っていたことを。




