27話「女騎士の扱い」
森を抜けた先に広がる、広大な平野。
普段であれば、夜風が草木の匂いを運んでくるはずの美しい草原は、今は鉄と油の不快な臭いに支配されていた。
――光の平原。そう表現すれば、美しい景色。
だが、その中身はというと、地平を埋め尽くすような無数の篝火、草原を踏み荒らして設営された、数えきれないほど天幕。
それは、まるで一つの街が突如としてこの場所に現れたかのような、圧倒的な物量であった。
風に乗るのは、粗野な笑い声と、下品な言葉。鉄の擦れる音。そして、獣の低い唸り声が夜空にこだまする。
その都市の中心。一際明るく照らし出された広場に、その草原には似つかわしくない異物が鎮座していた。
――巨大な、櫓。
森から伐採した丸太を組み上げて作られた、高さ十メルにも及ぶほどの巨大な木製の台座。
その頂上には、豪華な椅子に座り、酒を飲みながら下を見下ろす指揮官らしい男たちの姿があった。
――そして、鎧を脱がされ、肌着となったエリザたちが、男達に縛られて囲まれていたのだ。
「――しかし、これで手を出しちゃいけねぇとは。生殺しもいいところだぜ」
士官らしき格好をした男は、焼けたような甲高い声で酒を呑みながら周りの男達と話している。
「仕方ねぇだろ。あの“魔女“とやらが、『私のペットにするから、触れたら殺す』とか言うもんだから、俺たちゃ観て楽しむくらいしかできねぇだろ」
「しっかしよ、こいつらは相当な上玉だぜ? 手ェださねぇ方が失礼だろ? こいつらも、きっと期待してるぜェ〜!」
ヒャハハハ、という粗野で下品な笑い声が響く。
(――どうして、こんなことになってしまったのだろう)
エリザは、手を後ろに縛られた状態で、この状況を打開する方法を探っていた。
――しかし、何度考えても、どうしようもない。
彼女からしてみれば、こんな場所に、こんな数の軍隊がいる事は想像すらしていなかったのだ。
これは明らかな戦争の準備だ。この周りを見渡しても、人影は五百は超えている。一千人の拠点というのは、あながち間違いでもなかった。
そして、その人影。その全ての装備が統一されている。鎧、槍、剣、弓。だが、その中にも訓練された動きとそうで無いものもおり、粗野で下品な風貌も相まって、賊と正規兵が混ざり合っているかのような異様な光景となっていた。
(⋯⋯こんな奴らに、不意を突かれて⋯⋯。部下達を巻き込んで、団長に合わせる顔が無い⋯⋯!)
エリザは回想する。魔獣討伐任務を終えた頃の事を――
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任務が完了し、魔獣の群れを一通り掃討し終え、レオンたちとの集合場所に移動しようとした直後。
現れたのは、一人の女性。黒いドレスに身を包み、側頭部で二つ結びにした黒髪に金が入るような特徴的な髪と、瞳の色が左右で違う、明らかに異質で、危険な女だった。
『ご機嫌よう、皆様。⋯⋯ちょっと、私に付いて来て下さる?』
そう言って、彼女は消えた。かと思えば、いつの間にかエリザたちの中心に移動していたのだ。
臨戦態勢にあった団員がその女に向けて一撃を放つが、そこにいたはずの女は再度姿を消す。
――かと思えば、全く別の場所で部下の大楯が切断される。並の剣なら、剣が折れるほどの盾。それをまるで果物を切るかのように、呆気なく盾を二つに分けたのだ。
一人、また一人と気を失っていく部下。その女は簡単に殺せるはずなのに、明らかに殺す気のない一撃を繰り出していた。
――エリザたちを、生け取りにするように。
『――い、いやあぁああ!! 助けて! お姉様!!』
『こ、こっちに、来ないでえぇええ!!』
あまりの状況の異様さに、パニックに陥った蒼穹の盾。その叫び声は一人、また一人と減っていき、最後はエリザ一人になったのだ。
それでも、戦おうとハルバードを構えるエリザ。
しかし、その女は事もなげにエリザの耳元に近付き、囁く。
『なつかしい、いいにおい。やっぱり、あなたの近くにおりますのね⋯⋯!』
それが、エリザが聞いた最後の言葉だった。
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――そして、エリザが目を覚ませば、この有様。
後ろ手に縛られ、足には枷。鎧は脱がされ、肌着のみ。恥辱にまみれたその姿を隠す事さえできない。
ただ、この下品な男達の見せ物にされるだけの彼女たち。
「⋯⋯い、いやだ⋯⋯誰か、助けて⋯⋯!」
「ああ、シャル、団長⋯⋯! 嫌だ⋯⋯嫌です⋯⋯!」
団員は恐怖で怯えている。啜り泣く者もいた。
――男たちのあまりの悍ましさに、床が濡れた場所もある。
そんなエリザ達を眺めて、酒を呑んで笑っている下品な男達。
(――あの女のお陰で、まだ無事、というだけ⋯⋯。)
「みんな、気をしっかり持て! 大丈夫だ。きっと、助けは来る!」
エリザは、部下達を懸命に励ましている。大丈夫、きっと大丈夫だ。と。
エリザだって、本当は信じていない。こんな状況で、助けが来るとは。
だが、それを認めてしまえば、たちまち彼女も崩れてしまう。畏れてしまう。――もしかしたら、泣いてしまうかもしれない。
だからなのか、エリザは気丈に振る舞っていた。彼らの思い通りには、ならないように。
――そんなエリザの様子を見ていた男の一人が、悪魔のように耳障りな声で囁いた。
「なあ⋯⋯。一人、反抗してきて、殺した、ってことにするのは、どうだ?」
ある男が、呟く。
意図を察知した男達は、何が言いたいか分かったようだ。
「いいねぇ⋯⋯! それはいいじゃねぇか! 反抗してきたなら、しょうがねぇよな!」
「お前、バカの癖に賢いじゃねえか!」
「そうだよなぁ、我慢なんて、できねえよな!」
口々に笑う男達。その劣情を隠す気も無いような下品極まりない言動に、エリザは顔を顰めた。
――すると、男の一人と、エリザの目が合う。
「こんな状況で、部下を慰めて。泣けるねぇ。⋯⋯今度は俺たちが“慰めて“やるよ」
エリザは心臓が跳ねた。獣に追い詰められた小動物のように、その足は震えている。
「こういう、気丈な女が、いいよなぁ。身体はちと、貧相だが」
「⋯⋯!」
恐怖で喉が詰まる。全く声が出せない。エリザの願い虚しく、男達はエリザとの距離をゆっくりと詰めてくる。
「⋯⋯や、やめろ⋯⋯。⋯⋯来ないでくれ⋯⋯!」
男の一人が、エリザの髪を粗雑に掴んで、乱暴に引き上げる。
「がぁっ!⋯⋯やめろ、離せ!!」
「強がンなよ、足が震えてるぜ?」
ヒャハハ、と劣情に満ちた下品な笑い声。
「⋯⋯やめろ⋯⋯。⋯⋯離せ⋯⋯。⋯⋯はな⋯⋯して⋯⋯」
男は、エリザの肌着に手を掛けると、そのまま下に破り始めた。
「っ! いやぁ! やめてぇ!」
露わになる、エリザの美しく長い四肢。その細身の身体には傷一つあらず、肌はシルクのような輝きを帯びている。
身体を隠すようにもがくエリザ。しかし、それは男達の劣情をさらに煽るだけだった。
「へぇ⋯⋯? いい足してんじゃねぇか!」
「肌もキレイじゃねえか! こんなの隠してんのはもったいねえよな!! ヒャハハ!!」
「⋯⋯やだ⋯⋯。⋯⋯やめて⋯⋯」
「オラァ! こっちに来いよ!!」
力なく呟く、エリザ。
粗野な男に、上乗りにされる。
「やだ⋯⋯。やめて⋯⋯。助けて⋯⋯。誰か⋯⋯!」
「ははは!! 助けなんか来ねえよ!!」
縋るように団員を見るエリザ。だが、怯え切った少女たちはその震えをさらに大きくしているだけであった。
――エリザの頭に浮かぶ、三つ編みの金髪少年。
目を瞑る彼女に向かって、もう一人の男がその腕を掴み、もう一人は両足を固定する。
「おい! 暴れんな! 大人しくしろ!!」
「やだ! いやだ⋯⋯! 離して! 助けて!」
「うるせぇ! 大人しくしろ!!」
「きゃあ⋯⋯!」
顔を殴られるエリザ。彼女の鼻から、血が滴る。
「おい! 顔を殴んじゃねえよ! 台無しじゃねえか!」
「⋯⋯う、うう⋯⋯」
「くくっ、でも、大人しくなりやしたぜ?」
男の顔が、エリザの顔に近付いてくる。下品をそのまま表したような、獣の顔。
「しおらしくなりやがって⋯⋯。余計な手間を増やすんじゃねえよ」
「⋯⋯ひっ!!」
男は、エリザの長い足を掴んで、広げる。男は、その劣情を隠そうともしない。
それを見たエリザは短い悲鳴をあげる。――が、それさえ、粗野な男たちを喜ばせるだけとなった。
(こわい。やめてよ。やだよ。こないで。)
「⋯⋯その反応。もしかして、“初モノ“かぁ? はは、こいつは得したかもな!!」
「あっ、ずりぃ!! くっそぉ、俺が手ぇつけときゃよかった!!」
ははは、と櫓に響き渡る下品な笑い声。
エリザは、呟くように、囁くように、助けを求めていた。
「レオン⋯⋯! たすけて⋯⋯!」
エリザは目を閉じ、心の中で祈り続ける。
――"幼なじみ"の少年の顔を思い浮かべながら。
「――やだ! 嫌だぁ! 助けてぇ! "レオン"!!」
――エリザが叫んだ、その直後。
彼女の後ろで。
――地を揺るがす破壊音が、鳴り響いたのだった。
+
「――っ!! なにごとだぁっ!!」
櫓を揺らすほどの衝撃に、男達は倒れ込む。
あまりにも想定外な轟音に、喚き散らす士官達。
「隊長!! 襲撃です!!」
襲撃を知らせる鐘が鳴り響く中、部下と思われる兵士が男の元にやってくる。
「なんだってんだよ! どれだけの数だ!」
「敵の数!! それが⋯⋯」
兵士は、何かの間違いなのかというような表情で告げる。
「なんだよ!! 早く言わんか!!」
そんな兵士の様子に、激情を隠さない声で男は言い返す。
「敵の数⋯⋯!! “女が六人“との事です!!」
――男達の、一瞬の、静寂。
「⋯⋯ハァ!? 女だけだと!?」
「⋯⋯ヒャハハハ!! 勇ましい事じゃねえか!! 追加の上玉が自分から飛び込んで来たってか!?」
一瞬、呆気に取られた男達は、素っ頓狂な声を上げた後、明らかに浮かれたように笑い出す。
そんな中で、男は髪を掴んだままのエリザを笑いながら投げ捨てた。
「良かったじゃねえか、嬢ちゃん達、助かるかもしれねーぞ?」
皮肉を込めた下品な声と、さらに下心を増した笑い声が遠ざかっていく。
床に倒れ込むエリザ。その床は、みるみると濡れていく。
自分の醜態に気付く間も無く、エリザは蹲り、啜り泣く事しか出来なかった。




