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落ちこぼれ騎士の花嫁騎士団《ブライド・ナイツ》  作者: 茶毛
1-9.落ちこぼれの願い

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25-2話「本音」


 木々を揺らす風が一斉に止まり、世界に静寂が訪れる。

 夜に鳴く虫や梟ですら、その囁きを止める。

 夜の世界の住人たちは、その小さな少年の言葉を取りこぼす事なく耳を傾けているかのように、静かに、沈黙を守っていた。


 五人の少女たちに向き合う少年。白磁の肌は赤らみ、耳を真っ赤に染め、瞳には涙が浮かんでいる。

 

 ――少年の心は開かれた。

 その小さい体で堰き止められ続けた感情の濁流は、決壊したかのように次々と溢れていく。



 


「――みんなと、離れたくない。失いたくない。でも、僕と一緒にいたら、みんな傷つく。みんな⋯⋯不幸になる。それで、また、一人になっちゃう」



 


 『――そうだ、裏切り者』

 『――お前は、それでいい』



 


「⋯⋯でも、いやだ。そんなの嫌なんだ!!」



 


 少年の視界が、灰色に変わる。あたりには、黒い手が地面から生えるように伸びていく。

 

 ――だが、少年は意にも返さなかった。華奢な身体を掴む黒い手を無視して、少年は叫び続ける。



 

 

「一人になりたくない! みんなと、ずっと一緒にいたい!! みんなと一緒に、幸せになりたいんだ!!」



 


 『――ふざけるな!!』

 『――許されると思っているのか!!』



 


「――っ! うるさい! 黙れぇっ!! 僕が話しているんだ!!」



 

 

 レオンは、自らにかかる怨嗟の声に言い返し、黒い手を振り払った。

 ――そこに、今まで耳を塞ぎ、されるがまま押さえつけられていた少年の姿はない。

 

 少年は、戦うことを覚悟したのだ。




 

「⋯⋯みんな⋯⋯好きだから⋯⋯。好きに、なってしまったから⋯⋯! 大好きに、なってしまったんだ!!」



 

 

 レオンは、自らの想いを五人に向けて叫び続ける。

 ――心で堰き止められていた感情は、止まる事を知らない。



 


「⋯⋯夜、ずっと怖かったんだ。一人で、ずっと燃やされる夢を見て。⋯⋯熱くて、痛くて、怖かった」


 

「伸びない、身長。痩せていく、身体。⋯⋯鏡で自分の姿を見るたびに。ベッドでそのことを考えるたびに、すごく怖くて、吐きそうだった」


 

「⋯⋯でも、みんなが一緒に寝てくれた、あの夜。すごくあったかくて、優しかった」


 

「夢の中でも、みんなは僕を助けてくれたんだよ⋯⋯? でも、みんな、燃えてしまった。⋯⋯僕なんかを、助けたりしたから」

 

 

「⋯⋯だから、一人になろうとした。⋯⋯一人で、生きていこうと。⋯⋯僕一人で、頑張ろうとしたんだ!!」




 

 少年の瞳には、大粒の涙が溢れて止まらない。声はずっと震えている。鼻水も、ずっと垂れたままだった。



 


「学校でも、悪戯された。罵倒された。⋯⋯だから、隠れるように過ごしていたんだ。辛かった。情けなくて、すごく苦しかった!!」



「⋯⋯だから、ルナが戦ってくれた時。ほんとはとっても嬉しかったんだよ⋯⋯? ⋯⋯シルフが、僕のために怒ってくれたのだって、とっても嬉しかった。ヒルダが、僕の頭を優しく撫でてくれた時、嬉しくて泣きそうだった⋯⋯!」


 

「クロラが僕に悪戯してくるのだって、ほんとはとっても嬉しかったんだよ⋯⋯? ノエルに力一杯抱き締められると、とってもあったかくて、とっても幸せだったんだ!!」



 

 

「⋯⋯みんなが、“落ちこぼれのレオン“じゃない。“僕自身“を見てくれていたのが、本当に嬉しかったんだ!!」



 


 レオンの涙は止まらない。

 ――彼は初めて自分の感情を爆発させたように、その口を開いていく。

 

 その言葉は静かに聞いている少女たちの心に、確実に届いていた。


 少年は、その身に封印していた愛情を少女たちに吐き出していく。



 


「⋯⋯ねえ、大好き。大好きだよ、みんな。⋯⋯だから、お願い。僕から離れないで。僕を、見捨てないで」


 

「⋯⋯お願い。僕に出来ることなら、なんでもするから。僕に出来ないことだって、やってみせるから⋯⋯! 僕は諦めないから⋯⋯! だから、離れないで、ずっと一緒にいて⋯⋯!」

 

 

「――お願い。⋯⋯僕を、助けて。お願い、離れないで。⋯⋯幸せになりたい。そんな権利なんて、僕には無いのかも、しれない」

 



 

「でも、それでも⋯⋯、僕は、みんなと一緒にいたい。一緒に生きたい。一緒に、幸せになりたいんだ⋯⋯!!」



 


「――嫌わないで⋯⋯。見捨てないで⋯⋯。⋯⋯こんなに、惨めで、弱い僕で、本当にごめんなさい。⋯⋯こんな僕から、離れないで、助けて、下さい⋯⋯」



 


 そう言って、少年は頭を下げた。

 

 地面には、大粒の涙がとめどなく滴り、暗い水溜りを作っていく。

 頭を下げる少年には、月光に照らされた少女たちの貌は見えない。

 

 その中の一人――ヒルダが、小さい少年の前に立ち、口を開いた。



 


「――不愉快だわ、レオン」


 

「⋯⋯え⋯⋯?」

 



 

「命令よ。顔を上げて、私を見なさい」



 


 ヒルダの、背筋が凍るほどの冷たい声。その声にいつもの気怠い様子はなく、ただ冷酷な、軽蔑を含んだ声音だった。

 

 彼女の言葉に、肩を震わすレオン。――その拒絶の言葉は、少年の身体を縛り、凍り付ける。


 震えたまま一向に頭を上げない少年に痺れを切らしたヒルダは、少年の小さな顎を持ち、クイッ、と上げた。



 


 ――そして、ヒルダは迷うことなく、レオンの涙と鼻水に塗れた唇に、自らの唇を合わせたのだ。

 



 

「――!!」



 


 それだけではなかった。彼女の舌は、そのまま少年の口内に易々と侵入し、蹂躙する。

 ビクビクと身体を震わせるレオンの様子を気にすることもなく、まるで飴玉を転がすようにヒルダは舌を巧みに操り、レオンを“堪能“する。


 

 ――そして、レオンも確かに感じていた。彼女の舌の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 


 時間にすれば一瞬かもしれない。しかし、永遠のように感じた“至福の時“は、ヒルダが唇を剥がすことで終えた。

 ――レオンとの別れを惜しむように、彼女の舌から糸を引く銀糸は、彼との繋がりを強く示すように、長く伸びていった。

 

 名残惜しいのは彼女だけではない。その少年も惜しむように、彼女の唇を追うように顎を上げた。――が、正気に戻ったかのように顔を真っ赤に染めあげ、レオンは叫ぶ。



 


「⋯⋯!! ひ、ヒルダ⋯⋯! なにを⋯⋯!!」



「貴方の気持ちを考えて、抑えていたけれど。間違いだったようね。まどろっこしい事はやめて、これからは直接、こうやって私をあげるわ」



「⋯⋯!!」



 

 

「全く、本当に不愉快だわ。このヒルダが、レオンの気持ちを見誤るなんて」



 


 レオンの体が熱を持つ。――口付けの興奮とは違う、明らかな強大な“魔力“の奔流。少年の小さな体には、ありえないほどの魔力が流れていたのだ。

 


「⋯⋯こ、これは⋯⋯!」

 

「魔力の贈与。肌と肌の触れ合いより、粘膜接触の方が効率がいいそうよ? ねえシルフ。⋯⋯違ったかしら?」


 

「⋯⋯いえ、その通りです。レオン様、最近、体の調子は如何ですか?」

 


 ヒルダの言葉に、顔を赤らめながらも、むすっとした表情で返すシルフ。彼女にとっても、先程の光景は刺激的であったようだ。

 そんなシルフの言葉に、レオンは自分の身体を見ながら返す。


 

「⋯⋯そ、そういえば、調子、いいかも⋯⋯」

「そう、よかったです。⋯⋯私の“予想“。当たっていたようですね」

「⋯⋯どういう、事⋯⋯?」


 

「――それはね! レオンと、“一緒に寝る事“だよ!!」


 

「⋯⋯??」

 


 ノエルの言葉に、さらに首を傾げるレオン。そんな彼に、今度はルナが続く。



 


「シルフの話では、レオンは魔力が眼に行ってしまうから、身体に足りなくなると。それなら、ルナたちの魔力をレオンに分け与えていれば、魔力欠乏を多少は和らげることができるのでは無いかと」


 

「そうだよぉ〜? 私たち、ただのスケベじゃ、無いんだよぉ〜? ぐへへ!」


 

「⋯⋯クロラは、ただのスケベです」

 

「そんなぁ〜、ルナちゃ〜ん!!」

 


 言い合いを始めるルナとクロラ。そんな様子に呆気に取られていたレオンに、ヒルダが告げた。

 


「“相棒“、失格ね。レオンのそんな気持ちに気付かないなんて。私の愛が足りなかったようね」

 

「⋯⋯そんな、ヒルダ!!」

 

「でも、これからは安心なさい。貴方がどれだけ心を冷たく凍らそうとも、このヒルダの熱で、溶かし切ってみせるわ」

 


 ヒルダが言い終えると、今度はノエルが泣きじゃくったレオンの顔に目線を合わせながら、彼女も心配そうに声をかける。


 

「レオン、ごめんね? 私、レオンの気持ち、全然気付かなかった!!」

 

「⋯⋯僕の方こそ、ごめん、ノエル。⋯⋯こんなに、想ってもらえているのに」

 

「ううん! 大丈夫!! これからは、全部私たちに任せて!! 私たち、“さいきょー“だから!!」

 


 ノエルの言葉に頷いたルナが、眉一つ微動だにしないまま、されど涙を堪えるような瞳をレオンに向けながら口を開く。


 

「⋯⋯頬、ごめんなさい。痛かった、ですよね?」

 

「ルナ⋯⋯。ううん、全然大丈夫。むしろ、ありがとう。お陰で目が覚めたよ」

 

「そうですか。⋯⋯それなら、よかった。これからは、ルナも全力で"ちゅっちゅ"しますね?」



 真顔でそう言い放つルナに、頬を染めながらポリポリと掻くレオン。そんな少年の背後から手が伸びてきたかと思えば、今度はクロラがレオンを抱き締めながら語りかけた。


 

「ぐへへ! いいねぇ〜、ルナちゃん! クロラも混ざっちゃお〜」

 

「わっ、クロラ! ⋯⋯クロラも、本当にありがとう。いつも、僕のことを気にしてくれて」

 

「ぐへへ! 全然大丈夫ですぅ〜! クロラは〜、レオンさまの“最高の下僕“ですから♡ あっ、因みに、クロラは悪戯するのもされるのも、大好きですよぉ〜♡」



 クロラはそう告げると、レオンの豊かな金髪に顔を埋めながら、その香り全てを吸い込むように全力で深呼吸していた。


 

「⋯⋯レオン様」

 

「⋯⋯シルフ」



 クロラの深呼吸にされるがまま華奢な体を震わせていたレオンに、今度はシルフが声をかけた。

 

 

「改めて言わせてください。⋯⋯“生きていて、ありがとうございます。また逢えて、シルフは最高に幸せです“」

 

「⋯⋯僕も、ありがとう。僕と、一緒にいてくれて」

 

「差し出がましいかもしれませんが。一つ、よろしいでしょうか?」

 

「⋯⋯? どうしたの?」



 シルフはレオンの肩に手を置き、目線を合わせ、諭すように続ける。




 

「――私は、誰かを守るために死んでいった人たちが、守った人を恨むとは、到底思えません」


 

 

 

「⋯⋯!!」



 


 彼女の言葉に、レオンと少女たち全員が動きを止めた。――レオンを()()していた、クロラでさえ。

 少女たちの様子に気付いたように、シルフは一際哀しい表情を浮かべる。それを笑顔で取り繕いながら、さらに続けた。

 


「もし。⋯⋯もし、仮にです。⋯⋯私が誰かを守って、死んだとしたら。⋯⋯私は、守った人の幸せを祈ります。そして――」


「――“私の分まで、幸せになってください“、と。“幸せにならなかったら、許さない“、とも」


「⋯⋯シルフ⋯⋯」

 

「レオン様。きっと、あなたを苦しめているのは、あなた自身だと思います。あなたの言う“黒い手“の方々の中には、あなたを全力で守り、助けた方もいらっしゃるはずですよ」


 

「⋯⋯!!」


 

 レオンの頭に、電流が走る。

 ――彼は、この時、初めて自覚したのだ。救われた自分の想いではなく、彼を“救った“人々の想いを。

 

 彼の脳裏に、仄かに流れる言葉。



 


 『――女と子供が先だ!! 必ず逃がせ!!』


 

 『――君、大丈夫か!? 安心しろ、絶対に助けるからな!!』

 

 

 『――儂はいい! 子供を先に! 彼らの未来の方が大事だ!!』



 


 ――最後まで、血塗れの手で握ってくれていた人。




 



 


 『――レオン、大丈夫よ。▪️▪️▪️▪️▪️がついてるから。絶対に離さないから!』




 



 


「あ、ああ⋯⋯! ああああ⋯⋯!!!!」


 


 

「レオン!」

「レオン!!」



 


 少年の乾きかけた瞳に、再び大粒の涙が溢れた。

 

 涙を流す器官が壊れてしまったかのように。あるいは、今まで封印していた涙を全て吐き出すように。

 

 ルナとノエルが、少年の小さな背中をさする。

 ――レオンの右腕の剣と、心臓を守る剣。二人は、それぞれの位置で、少年の小さな体を包み込んでいた。


 それを見守っていたシルフに、ヒルダが声をかける。

 

 

「ところで、シルフ」

「⋯⋯なんでしょう、ヒルダさん」


 

 気怠そうに切り出すヒルダに、先程の急な"口付け"に未だ心持ちが穏やかではないシルフが返す。


「――“協定“。⋯⋯忘れてないわよね?」

 

「!!」


 

 ――だが、“協定“という言葉に激しく反応した。


 

「はい⋯⋯!」

 

「結構。⋯⋯貴女たちは、“次“の夜までのお楽しみよ。⋯⋯月と星に囲まれたここでも悪くはないけど、やはり“寝所“でなくてはね」

 

「「「「⋯⋯!!」」」」



 ヒルダの言葉に、少女たちはその瞳に光を浮かべ――




 

「レオンの氷を、一緒に溶かしましょう?」

 

 

「「「「はい!!」」」」

 



 

 続くヒルダの言葉に、全員が元気よく答えた。



 ――その時だった。



 


「――感動的なところ、申し訳ないが」



 

 

 静寂なままの森から、声が響く。



 


「貴様ら。こんなところで、これから“何“をするつもりだ?」



 


 エレオス教導騎士団、副団長。

 

 ――イングリッド・ルーデルの声が、その夜に響いたのだ。



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