25-1話「本心」
『――ねえ。もし、未来を変えられるとしたら。君は、何を変えたい?』
「⋯⋯僕は⋯⋯」
時刻はすでに天を指す頃。暗い街道を抜け、獣道を抜け、草原の開けた場所を進み、そしてある森の手前で、少年は考えていた。
――魔剣に選ばれた、その意味を。
夜空には宝石が散りばめられたように星々が煌めき、さらにそれを掻き消すように二つの月が煌々と輝いている。
あまりにも眩い双月は、太陽に負けないくらいに黒い地上を照らし、木々や草花の揺れる様を鮮明に彩っていた。
「⋯⋯僕は、エリザを救う。エリザを救う為に、僕は選ばれたんだ」
冷たい風が少年の髪を漉く。静まり返った森から届くその風は、この静寂のように無味無臭であった。
「⋯⋯いや⋯⋯。魔剣に選ばれたんじゃない。エリザを救うために、魔剣が僕を利用してるんだ」
「僕は、あの時死んだ⋯⋯。だから、今ここにいるのは、元々残り少なかった命を、彼女の為に使うためなんだ」
月光を反射させる、少年の白磁の肌。照らされた少年の貌は酷く儚く、寂しそうに見える。
「⋯⋯本当は、変わりたかった。僕は、僕を、変えたい。弱い自分を変えたかった」
「――彼女たちに見合うような。肩を並べて、戦えるような。彼女たちと並んで歩いて、しっかりリードできるような⋯⋯、そんな、人に、なりたかった⋯⋯」
「⋯⋯英雄になんか、なれなくたっていい。ただ、僕の数少ない、大切な人たちを、守り切ることができれば――」
「――それで、よかったんだ⋯⋯!」
夜空の空気は透き通り、雲一つない。だが、風は徐々に強くなる。彼の頬を張り続けるように。
そんな中で、彼の首飾りが、静かに揺れた。
――シルフからもらった、綺麗な石が取り付けられた質素な首飾り。少年はこれを見ながら、呟く。
「⋯⋯そういえば、これを付けてから、調子がいいな⋯⋯」
「――きっと、これのお陰で、体調が良かったんだね。魔剣といい、僕は誰かに支えてもらってばっかりだ」
そう言いながら、彼はシルフの笑顔を思い出す。
同時に、みんなの笑顔が瞼の裏に流れていく。
――ルナ、ノエル、ヒルダ、クロラ。少年の記憶では、彼女たちは常に笑顔で、明るく、少年の力になり続けてくれていた。
――彼が、それに向き合わなかっただけで。
「⋯⋯ごめんね、みんな。⋯⋯でも、これで良かったんだ⋯⋯」
レオンは、一人呟く。
――俯いたままの顔は長い髪に隠れ、その表情は見えない。
「――お元気で、みんな。⋯⋯幸せでいてね」
少年は、手に持っていた首飾りを握った。――最後に一際哀しい、笑顔を浮かべながら。
彼が森へ向かって歩みを進める。――が、彼の歩みを遮るように突風が起こり、レオンは思わず尻餅をついてしまった。
「――あっ!」
その拍子に、彼の三つ編みを仕上げていた青いリボンが解け、風に流されていく。
彼の遥か後方まで飛んでいったリボン。それを見送る少年は、確かに見たのだ。
――青いリボンを掴んだ、五人の人影を。
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「――お待たせしました、レオン様」
「⋯⋯みん、な⋯⋯? どう、して、ここに⋯⋯?」
レオンは、彼の背後から現れた五人の影に向き合い、思わず溢す。
――瞬間、彼の背中に、弾けるような衝撃。
「うわっ!」
バチっ、と。彼の背にあった魔剣から放たれた衝撃。
――まるで、少年の背中を蹴っ飛ばすように背中から離れた魔剣は、硬質な金属音を響かせて地面に伏せる。
その拍子に解かれた鞘代わりの布は風に飛ばされる。剣の樋にあるルーン文字は淡く明滅していた。
――向き合え、この大馬鹿野郎。とでも、言うように。
魔剣に蹴り飛ばされた少年は立ち上がろうとする。――が、彼を覆う五つの影。
五人の少女たちはいつの間にか少年の側へ移動し、もはや言い訳する事も許さない様子で膝を突いたレオンを見ていた。
「⋯⋯なぜ、ここに? ⋯⋯そう、仰いましたよね。正解は、レオン様の“首飾り“です♡」
「⋯⋯え? これ⋯⋯!?」
「はい。その首飾りは、レオン様がどこにいるのか、どんな状況なのか⋯⋯心臓の音や体の状態に至るまで、その全てが私に伝わるようになっているんです♡」
「えっ、そんな⋯⋯!? と、とれない⋯⋯!!」
「だぁめ、ですよ? ふふ、レオン様が外さないように、力一杯、呪いをかけておきましたから。⋯⋯もう、人の力では、外せません♡」
レオンは首飾りを外そうとするが、外せない。風に靡き、重さを全く感じないにも関わらず、その首飾りを首から上に持ち上げようとすると、凄まじい力がかかったかのように上がらない。
――まるで、少女が持ち上げる手を押さえつけるかのように、腕自体が微動だにしなくなるのだ。
そんな彼の状況をよそに、クロラが語り始める。
「⋯⋯敵の数は、多分一千人くらいだよぉ〜? 多分。それより少ないことはあっても、多いことは無いんじゃないかなぁ〜?」
「たった一千人ですか。舐められたものですね」
「ヨユーだね、ヨユー!!」
「本当、たいした事ないわね。私たち、これでもレオンの騎士団よ?」
鼻にかかったような甘い声で状況分析を行うクロラ。そんな彼女の言葉に、ルナ、ノエル、ヒルダが呆れたように返す。
――その言葉には、欺瞞も慢心も欠片もない。ただ、揺るぎない絶対的な“自信”だけがそこにあった。
その言葉を聞いていたレオンは、少女たちに向かって叫んだ。
「ちょ、ちょっと待って! みんなは来ちゃだめだ!! お願いだから戻って!!」
「⋯⋯どうして、ですか?」
レオンの叫びに、シルフが答える。桃色の髪が、月光を反射して虹のように輝いていた。
「どうしてって⋯⋯。⋯⋯これから向かう所は、危険なんだ。もし、捕まったりでもしたら⋯⋯」
「でもぉ〜、そんな所に、レオンさま一人で向かおうとしてましたよねぇ〜?」
「⋯⋯そ、それは⋯⋯!」
レオンの言葉に、クロラが返す。彼女の青みがかった髪は、艶めかしく風に靡く。
「⋯⋯と、とにかく⋯⋯、絶対にだめだ!! 僕について来ないで!!」
「ダメ!! レオンの話、まだ聞いてない!!」
「⋯⋯!!」
少年の拒絶をノエルが切り返す。彼女の髪が風に靡くたび、しゃらしゃらと音を立て、星が散るように光を放った。
「レオン、約束、忘れちゃったの? 夜、話してくれるって、言ったよね!?」
「⋯⋯でも、それは――」
少年が言い切る前に、パン、と。乾いた音が、夜空に響き渡った。
ルナが、レオンの頬を張ったのだ。
あまりの状況に、ルナ以外の全員が呆気に取られている。そんな状況で、ルナは眉一つ動かさずに、レオンに告げた。
「――いい加減になさい、レオン。ルナは、怒っているんですよ?」
「⋯⋯ルナ⋯⋯?」
「なぜ、言ってくれないのですか? なぜ、信じてくれないのですか? そんなに、ルナたちの事が信じられませんか?」
「⋯⋯そんな事、無い⋯⋯!!」
「では、なぜ話してくれないのですか。ルナたちは、いい加減心配なのです。レオンの言葉を待っているのに、言ってくれない。ルナのこの悶々とした気持ちを、どうしてくれるのですか」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」
『――女の子は、心配なんだ』
ルナは、その小さい少年の華奢な肩を掴み、目線を合わせて、口を閉じたまま俯く少年を見つめている。
彼女の放つ、月光を溶かしたような、ひんやりとした香り。触れれば消えてしまいそうな、しかし確実に主張する甘い芳香。
それだけでは無い。少女たちの姿、香り。甘い声。彼女たちのいる風景。それら全てが纏まって風に乗り、少年の視界や耳、鼻腔まで届けられる。
それは、少年の心をゆっくりと、しかし確実に溶かしていった。
『――甘えるな。今の君は、彼女たちの気持ちを、自分の都合で利用している、最低な人間に見える』
『――自分の心を開く事だ。彼女たちは、君に対してはすでに心を開いているだろう。だが、君が心を閉ざしたままでは、彼女たちだって不安になる』
「⋯⋯ぼ、僕は⋯⋯」
『――しっかり、自分の団員に向き合え。心からな』
「⋯⋯僕は⋯⋯!」
『――そして、自分の“弱さ“を知ってもらう事だ。自分の弱さを認めない限り、先には進めないぞ?』
「――僕は、みんなを失いたく無いんだ!!!!」
――少年は、叫ぶ。
その声は、少し掠れていた。
あまりにも大きな想いが、喉に引っかかったかのように。
その叫びは、月や星々が浮かぶ空に、溶けて消えていく。
――だが、風を頼る事なく。
間違いなく、目の前の少女たちの心にまで、届いていたのだ。




