24話「未来の記憶」
――夢を見ていた。
夢であるべきなのだ。こんなのは。
あたり一面は燃えている。肉の焼ける臭いが鼻をつき、炭化した木材や人間が地面には多数転がっている。
凄まじいまでの破壊と虐殺の跡。この地獄を作り出した少年は、一人の少女を抱きしめながら呟いていた。
『⋯⋯いま、さら。この“力“を振るっても、もう遅すぎたというのに⋯⋯』
彼の腕には、確かに暖かい、温もりのある少女がいた。
――燻んだ金髪を後頭部で纏めた、翡翠色の鋭い瞳を持つ、長い四肢を持つ少女が。
その貌は虚ろだ。焦点の合わない瞳。傷や痣だらけの身体。足には血がこびりついている。
身体は傷だらけにも関わらず、顔のあたりだけは不自然に綺麗だった。
よく見れば、その口元が僅かに動いている。
――『たすけて、れおん』と。
そう、動いているようにも見えた。
『⋯⋯“商品価値“を下げない為か。慰み者にした挙句、売り飛ばそうとしていたのか』
少年の腕に抱かれていた彼女だけでない。
周りで横たわる他の少女たちも同じだった。皆一様に身体中痣だらけにも関わらず、顔だけは傷物になるのを避けている。足に血がついている者も何人かいるようだ。
これ以上ない悪意。それに晒され続け、暴力を振るわれ続けた彼女たちの表情は全て凍りついたように動かない。
可愛らしい顔と相まって、ただの人形のような姿であった。
『これが、人のやる事か。⋯⋯いや、人だからこそ、できるのか』
少年は、昨日の事を反芻する。
――あの時、動いていれば。夜の段階なら間に合ったはずなのだ。行くべきだった。たとえ、命令違反を犯してでも。
大切な彼女を“壊して“しまうくらいなら、それで処罰される方が、何億倍もマシだった。
だが、時は戻らない。彼の後悔も、壊れた彼女が受けた傷も。戻ることは決してない。
少年の知る、元気で、真っ直ぐで、誇り高い彼女には、もう会う事はできないのだ。
それが確信できる程、彼女の状況は悲痛にして悲惨であった。
未だ口元を僅かに動かす――“たすけて、れおん。“と。口だけが哀しく動き続ける
『⋯⋯“俺“の、せいだ。俺だけがあの時、助ける事ができたのに⋯⋯』
――少年だけが、少女たちを救えた。それは恐らく、本当ではあった。
少なくとも、“たった一人“でここを地獄に変えたのだ。それが出来る力が、この少年にはあったのだ。
だが、彼女たちは救えなかった。
――時間。動くのが遅かった。向かわない事を選び、“命令“を遵守した結果が、この有様――
『俺のせいだ。すべて、俺の⋯⋯。俺のせい、なんだ⋯⋯』
『ごめん、みんな。⋯⋯ごめん、“エリザ“⋯⋯!』
少年は、腕の中の少女に謝り続ける。
――だが、彼女には、もう何も届いてはいない。
彼女が呼ぶ人間に抱かれ、目の前にその姿があるというのに。
その事実に、少年の心は荒んでいく。その表情は酷く歪み、険しく固まっていった。
『――もう、何も失わない。⋯⋯全て守り通すから⋯⋯』
少年は、手に持ったロングソード――剣の樋にルーン文字がびっしりと刻まれたそれを手に持つと、自らの“右眼“に突き立てる。
『!! ぐっ! うう⋯⋯!!』
そして、その剣で自らの“右眼“を潰した。
――瞬間、彼の身体から迸る、異様な程の魔力。
それは誰もが視認できるように濃く、また陽炎のように周囲を歪めていた。
顔の右半分は血で覆われていく。残った“左眼“の瞳は、激しく輝き続ける。
激痛の筈なのに、彼の顔はまるで仮面を付けたかのように動かない。
――眉は険しく吊り上がり、それと同時に目も射殺すように鋭くなる。
その貌は、もはや少年のものではない。魔神の鉄仮面を付けたかのように、その眉は微動だにしなかった。
『――これで、いい。もう、誰も奪わせない。もう、誰にも同じ思いはさせない』
彼は、未だ物言わぬエリザの身体を床に優しく横たえると、立ち上がり、“敵“のいた方向を見定めた。
『敵は、殺す。⋯⋯それで許してくれ、エリザ』
魔剣は、我が主人の覚醒と血を吸った喜びからか、歓喜するかのように樋にあるルーン文字を赤黒く明滅させている。
彼の両目には、血が流れていた。失った右眼は傷によるものであろうが、未だ残る左眼から流れるそれは、涙のようにも見えたのだった。
+
「⋯⋯えりざ⋯⋯」
レオンは目を覚ます。鼻を突く、包帯と薬草、消毒液の匂い。
彼の目の横は濡れていた。
――涙の流れた跡。それは、先ほどの夢の続きのように、彼の頬を伝っていたのだ。
腕の中にいた少女の暖かさと、虚な表情が今でも彼の身体に残っている。
「――!!」
彼は飛び起きた。部屋を見渡すと、そこは仮設のテントのようであった。
ここにいるのは、レオン一人。彼一人が、仮設ベッドの上にいたのだ。
テントの丈夫な幕の外側からは、人の気配と声、そして肉や野菜、スープなどの様々な料理の香りがする。
――どうやら外の騎士達は仮設の陣地を作り、夕食の準備をしているようだ。
「⋯⋯エリザ」
レオンは、無意識の内に彼女の名を零す。彼は考えていた。
――あの時、馬車にあった文字。それを読んだ瞬間現れた、謎の女性。その人は、こう言っていた。
『ここから、南東。砂漠に至る最後の草原に、私はおりますわ。⋯⋯可愛らしい、“彼女たち“と一緒にね?』
「⋯⋯砂漠に至る、最後の草原。⋯⋯ソルンとの、国境付近⋯⋯」
罠か、と彼は考えていた。彼女たちと一緒というのも、恐らくは、人質。
――だが、先ほど見た夢。夢というには、あまりにも鮮明で、まるで“騎士の命令“を遵守した後、必ず起こる現実を見たかのような夢であった。
「⋯⋯⋯⋯」
レオンは、ベッドから降りる。そして、傍に置いてあった鎧を着込み、魔剣に手を伸ばす。
「⋯⋯お願い、力を貸して。⋯⋯僕の、大切な人なんだ」
彼はそう言いながら、魔剣の柄を掴んだ。
――魔剣は、レオンの手のひらに吸い付くように収まり、彼の背中に預かる。
「⋯⋯エリザ。待っていてくれ。⋯⋯必ず、助けるから」
そう言って、レオンはテントを飛び出し、人目を避けて駆け出していった。
彼の寝ていたベッドには、イングリッドから借りたはずの“姫騎士物語“が置かれたままだ。
風で捲られたページの一節には、こう記されている。
“――騎士の命令に実直に従うのか。それとも、己の心のまま、愛に従うのか。君は、一体どちらを選ぶんだ?“、と。
+
「――美味い! これは美味いよ! シルフちゃん!!」
「ああ! 最高だ!! 任務中なのに、こんなに上手い料理が食えるなんて⋯⋯!!」
「⋯⋯ああ、身に染みる。懐かしい。お袋の味だ⋯⋯!!」
「ふふふ。喜んで頂けているようで、何よりです♡」
日が暮れ、あたりが闇に包まれる中。
騎士たちは、シルフが作っていた料理をかっ込み、口々に褒め称えながら、ある騎士は涙を流しながら、ものすごい勢いで食事をしていた。
彼らが持ってきた食材。それにクロラが狩ってきた野鳥や採取したハーブを散りばめたスープ。
じっくりと炒めた玉ねぎと、数種類のハーブをベースにして、口に入れた瞬間に溶けるほど煮込まれた若鶏の肉。
甘みを最大限に引き出した野菜をさらに引き立てる薬味の数々は、決して高価な料理ではなかったが、騎士たちの食欲と郷愁を刺激し、彼らに何度もおかわりをさせたのだ。
「ずるいです。ルナも食べたいです」
「いいなー! ノエルも食べたい!!」
「だめ、ですよ。皆さんのお食事は、あちらです」
ルナとノエルが羨ましそうに口を尖らせながら話すが、シルフは意にも返さずに、皿の上に雑に置かれた質素なサンドイッチを指差した。
「ええー!? なんでよー!!」
「これは騎士様のための“特別製“です。あっちを食べてください。もしこれをつまみ食いでもしたら⋯⋯、きっと、後悔しますよ?」
「ぶー! ぶー!!」
「我慢なさい、貴女達。これも、悪くはなくてよ?」
シルフに文句を言うノエルとルナであったが、ヒルダもサンドイッチを食べながら二人に告げた。
「シルフ! だめだ。やっぱり、イングリッド、いないね?」
「⋯⋯そう、ですか。やはり、彼女は⋯⋯」
一息ついたシルフの元へ、クロラが近付いてくる。彼女はイングリッドを探していたようだが、この場所にはいなかったようだ。
食べ終わった騎士たちは、皆シルフに感想を伝えながら食器を運んできた。シルフとクロラはそれを洗い、片付けながら話をする。
「騎士学校へ救援要請しにいく、って言ってたけどぉ、ホントかな〜?」
「どうでしょう。あのお方も、どことなくレオン様に似た雰囲気を持っていますし。⋯⋯無茶、していなければ良いのですが」
「ホントだよねぇ〜? 二人ともちっちゃくて可愛いのに、なんであんなに暴れん坊なのかなぁ⋯⋯」
「まあ、そう言うところも可愛いのですけれど。⋯⋯クロラさんも、きっとそうなのでしょう?」
「ぐへへ! まあね〜♡」
二人は話しながらも、片付けを進めていく。テントの隅では、ルナとノエルが不服そうにサンドイッチを食べていた。
「⋯⋯さて、そろそろでしょうか?」
シルフがそう言うが早いか、彼女たちのいたテントに一人の騎士が慌てた様子で入ってきた。
「君たち! あの金髪の学生騎士を見なかったか!? 姿が見えないんだ! 部屋にも、ベッドにもいない!!」
「レオンが、ですか?」
「ええー!? そんな!!」
騎士の言葉に、驚愕するルナとノエル。
そんな二人とは対照的に、落ち着いた様子でシルフが返した。
「⋯⋯お手洗い、では?」
「それが、厠にもいなかった。⋯⋯まさか!? だっ⋯⋯、そ、う⋯⋯」
そう言いながら倒れる騎士。
――それどころか、この設営された陣地の至る所から騎士が倒れる硬質な金属音が響き渡る。
「!? 一体、何が⋯⋯!?」
「どうなってるの⋯⋯!?」
異様な状況に困惑しながらも、臨戦態勢へと移る二人。
そんな二人をよそに、シルフに向かってクロラが声をかけた。
「ぐへへ! よく効いたみたいだねぇ。と、く、べ、つ、なお薬。ね、シルフ!」
「はい。私と、クロラさんのお手製ですからね♡」
二人は、小さく両手でハイタッチをした。
――シルフが率先して騎士たちに料理を振る舞った理由。それは、彼らを眠らせるために薬を盛るためであった。
クロラが判断の難しい素材を完璧に集め、シルフの知識で完全に調合することのできた特別製の薬。
そのお陰で彼らは幸せな夢の住人となり、朝に目が覚めれば疲れは取れ、体の不調が改善する最高の睡眠薬兼疲労回復薬であった。
シルフはクロラと向き合っていた顔を全員へ向けると、少女たちに告げる。
「さあ、私たちも行きましょうか。手のかかる、でも放っておけない。――イケない可愛い、大切な“旦那様“の元へ♡」




