22話「暗雲」
「――こんなところだろう。初任務にしては、上出来だ。よくやったな」
時刻は、夕方に差し掛かる頃。
グレーネラント方面の東側の魔獣、そのほとんどを討伐し終えたのか、イングリッドは賞賛するように声を上げていた。
「まあ、こんなところかしらね。軽い運動には、なったかしら」
「そうですね。⋯⋯ルナは、まだ、物足りませんが」
「んー! 終わったー! ねえ、みんな! 早く帰って、お風呂に入ろ!!」
「ぐふふ、いいねぇ〜、ノエルちゃん! それじゃ、みんなで入ろうか!」
「うん! さあ、早く帰ろう!!」
結局、ガルムの群れは、この四人の少女たちが全てを仕留めていた。
――そのはずなのに、少女たちは未だ元気なのか、背伸びをしたり、飛び跳ねたりしている。
レオンはといえば、戦闘が始まればすぐにシルフに抱き締められて守られ続けた。
結局、彼女たちの圧倒的な戦闘を見ているだけになってしまったのだ。
「⋯⋯あの、ごめん、みんな」
少年は、呟くように彼女たちに謝る。その声を聞いていたシルフが、レオンに返した。
「それは、なんの謝罪ですか?」
「⋯⋯今日。いや、今日も、みんなに任せきりだった、から⋯⋯」
「そんなの、なんてことないよー! ノエルが、一番倒したからね!!」
「! ⋯⋯ルナの方が、多いです!」
「あら。私だって負けてないわよ?」
彼の言葉に返したノエルは、ルナとヒルダの競争心に火をつけてしまったようだ。
――三人は、ぎゃあぎゃあと、誰が一番ガルムを狩ったかと、言い合いを始めてしまった。
そんな少女たちに向かって、レオンは再度切り出した。
「⋯⋯みんな、ごめん」
「⋯⋯今度は、なんの謝罪でしょうか?」と、シルフ。
「⋯⋯き、今日の夜。みんなに、聞いて欲しい話があるんだ。⋯⋯僕の事、まだ、話して、ないから⋯⋯」
「! レオンの事、ルナたちに教えてくれるのですか!?」
「う、うん。昨日の夜の事や、その、いろんな事。⋯⋯僕の事、みんなに知って欲しいんだ」
「! おっけー!! 約束だよ、レオン!!」
「ぎゃ!」
弱々しく話す彼の話に、ノエルは元気よく答え――そのまま、レオンを押し倒すように抱きついた。
(――少しは、良い方向へと、導けたかな?)
そんな彼らの様子を、イングリッドは暖かい眼差しで見守っていたのだった。
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蒼穹の盾との集合場所へと向かう道中。
任務の始まりと同じように、先頭をレオンとイングリッドが並んで歩いていた。
先ほどの上空の風が地上近くを駆け回り始めたのか、二人の長い髪は強く風に靡いている。
「少しは、楽になったか?」
先ほどのレオンとノエルの会話から、彼の表情は少し明るくなったようだ。それに気付いたイングリッドは、レオンに向かってそう告げた。
「⋯⋯はい。副団長のおかげです。本当に、ありがとうございました。⋯⋯やっぱり、副団長は、すごい、ですよね」
「⋯⋯ふふん」
感謝と尊敬の眼差しを送るレオンに、イングリッドは珍しく、どや、とでも言うような表情を浮かべる。
――それと同時に、彼女は腰のポーチに手を入れ、一冊の本を取り出した。
「ふふん。人生で大切な事は、全てこの“本“が教えてくれた。騎士というのも、乙女というのも、⋯⋯恋というのも」
「⋯⋯?」
「この本は、アエテルナ大陸全土で大人気の“姫騎士物語“。⋯⋯主人公の女騎士が、主君である王子に恋をし、彼の為に戦う物語だ。⋯⋯既刊三十八巻で、現在も続いている」
「⋯⋯そう、なんですか」
「よかったら、君も読むといい。そして、感想を聞かせてくれ」
そう言って、イングリッドはレオンに本を渡す。――半ば、押し付けるように。
レオンは、自分の団員たちとの付き合いで得た経験で、彼女の“目“はまずい、と直感していた。
――有無を言わさぬ、自らの考えを押し通す頑強な信念を宿らせる、その力強い目。
彼女は、間違いなくこの本の熱狂的なファンだ。
もし彼がこの本を受け取ってしまったら、読まない訳にはいかない。そして、読んだら、感想を伝えなければならない。
――そこまでは良いのだが、問題はそこからだ。
もし、レオンの感想が、彼女の望むものでなければ。
(⋯⋯とっても、まずい事になりそう)
その事を考えて、彼は背筋を震わせた。三セットをダメにする程に読み込んでいるイングリッドに下手に感想を伝えてしまえば、“教導騎士団副団長“の肩書きに違わない熱い“教導“が行われることは目に見える。
イングリッドの目には、種類は違えど、彼女たちと同じ“熱“を感じる。それを避けるために、レオンは彼女に答えた。
「⋯⋯いや、汚れるかもしれないので、遠慮します⋯⋯」
「大丈夫だ。これは人に貸す用に準備しているものだ。もちろん、貸し出し用も全巻あるから、読み終えたらすぐに次の巻を渡そう」
「⋯⋯あ、いや、その⋯⋯」
「大丈夫だ。読んでくれ。汚しても構わない。涙が止まらなくなり、私はもう三セットはダメにした。今は四セット目に突入だ。何なら、君にも新しいものを用意しよう」
「ま、待って――」
「読め。絶対面白いから。後悔させないから。読んで、感想の言い合いっこをしよう。一晩では足りないな。一日。いや、もっと必要か」
「⋯⋯ちょ――」
「読め。いや、読まなければならない。これは、大陸に住まう者たち全員の義務と言っても過言では無い。この本を読むことによって、人生が輝かしい程に豊かになる。もちろん、君にとっても。君に必要な事は全て書いてある。読め。読むんだ!」
「⋯⋯ひっ!」
「読むんだ。⋯⋯なぜだ。こんなにも面白いお話なのに。悲しくも、感動的な物語なのに! こんなにも、私が薦めているのに! 誰も読もうとしない!! シャルも、ゲルダも⋯⋯! ⋯⋯君は、違うよな?」
「⋯⋯⋯⋯はい⋯⋯」
言葉を続けていくにつれ、イングリッドのその瞳は鋭さを増していく。
新しい“獲物“を見つけたかのように、絶対に逃さないように圧を強めて。
結局、本を受け取ってしまうレオン。そんな彼の様子に、満足そうに笑みを浮かべるイングリッド。
――その表情は、教導騎士団副団長という厳かなものではなく、自分の“好き“が共有できる友人を見つけた時のような、幸せそうな笑顔であった。
「――ね〜え、レオン? いちゃいちゃしてるの?」
「⋯⋯! ち、違うよ、ノエル! 副団長から、本をお借りしたんだ!」
「へえ! お姫様が書いてある! かわいい!!」
「ノエル君も、この本に興味があるのかな?」
レオンとイングリッドに、割って入るノエル。
彼の手に持つ本を興味深々に見つめる彼女に、イングリッドはさらに表情を緩ませた。
「うん! でも、私、字が読めないの!!」
「⋯⋯僕が、読んであげるよ」
「ふふ。そしたら、みんなで感想の言い合いっこをしようか」
「やった! 楽しみにしてるね! イングリッド!!」
「!! ちょ、ちょっと、ノエル⋯⋯!!」
「構わないよ。私も、楽しみにしている」
彼らは、賑やかに、幸せそうに帰りの道を歩いていた。
見渡すような草原は身を潜めるようになり、代わりに、街道にある油脂を使った暖かい灯りの匂いが彼らを包み込んでいく。
――だが、そんな時間は長くは続かなかった。
最初に異変に気がついたのは、最後方を歩いていたクロラであった。
「! レオンさま、西の空に黒煙が⋯⋯!」
「え⋯⋯? 本当だ⋯⋯!!」
彼らの目線の先――蒼穹の盾との集合場所の、さらにその先。空に、一筋の黒煙が立ち昇る。
レオンは、その“眼“を凝らした。
――異変は無い、ただの黒煙。
だが、その黒煙は巨大なフェンリルを凌駕するほどの粘り気のある、漆黒の負の魔力が渦巻いているように感じたのだ。
「⋯⋯! あれは、なんだ⋯⋯!?」
驚愕した表情を浮かべるイングリッド。
――その顔は、本を語っていた時の緩んだそれではない。彼女は徐々にその瞳を鷹のように鋭くしていった。
そして、レオンは嫌な予感を吐き出すように、彼女の名前を溢す。
「――エリザ!?」
レオンは、駆け出す。それに続くように、彼女たちも走り始める。
空は相変わらず風が強い。雲の動きが尋常ではなかった。
それはレオンの悪い予感を表すように、静かに太陽を覆い隠していくのであった。




