19話「蒼穹の盾(アズール・シルト)」
小騎士団“蒼穹の盾“
ブリガンティア王国の豪商の令嬢である“シャルロッテ・ライチ“が設立した、騎士学校の重装騎士団である。
小騎士団として歴史が深い“鋼鉄の盾“に所属していた彼女の資質は、その中でも抜きん出ていた。
特例で彼女が三年生の時から自身の部隊を持つ事が許されていた事に、その資質の高さが窺える。
そして彼女が五年生になった時、すぐにその精鋭部隊を全て引き抜き、独立させたのだ。
そのため新設でありながら、屈指の練度を誇る小騎士団となっていた。
その団員である“少女たち“は、その身に包む鎧と同じ色の馬車の前で談笑していたのを、レオンたちは馬車から覗き見ていた。
「さあ、着いたぞ! 皆、降りて整列してくれ!」
エリザの声を合図に、ルナやクロラが次々と馬車から降りていく。
――ヒルダに抱かれたままだったレオンは、ようやく解放されたかのように馬車から降りると、その光景に絶句する。
「⋯⋯凄い、威圧感だ⋯⋯!」
彼の目の先には、先ほどまで談笑していた蒼穹の盾の団員がいつの間にか微動だにせずに整列していたのだ。
その立ち振る舞いだけで、彼女たちが凄まじい練度と士気を宿しているのを、肌で感じるほどに。
全員が、その背を超えるような大楯や大槌、三メルを超えるであろう長槍を片手で軽々と持っている。
――そして、彼女たちの身を覆う重装鎧は“深い蒼“に染められ、堅牢な城壁のような様相。それにも関わらず華やかさを全く損ねていないのは、鎧がドレスのようなシルエットになっていたのに加えて肩当てや腰当てに施されたレースが風に靡くこと。
極め付けは――
「⋯⋯かわいい」
少年は、吐き出す息のような小さい声で、ぼそっ、と呟いた。
レオンの団員たちの美しさは、もはや暴力に近い。
神々しさにも近いような、暴力的な美しさと魅力を、相手に叩きつけて押し潰す、圧倒されるようなものだ。
対して、蒼穹の盾の団員は毛色が違う。アイドルに近い、庇護欲を掻き立てられるような、応援したくなるような可憐さであった。
「レオン様。今、なんておっしゃいました?」
「⋯⋯えっ?」
「レオンさまぁ〜。今、“かわいい“って。確かに、そう言いましたよねぇ〜!?」
「⋯⋯い、言って、ない⋯⋯」
「ずるい。ルナに言った事、ありましたか?」
「い⋯⋯いつも、思ってる、よ⋯⋯」
「あら。思っているだけではわからないわ。私たちの魅力、まだ伝わらないようね」
「ま、待って! ヒルダ! ぎゃあ!!」
レオンの団員たちは、団長の失言を見逃さなかった。その双眸に嫉妬の炎を悍ましく燃え上がらせ、少女たちよりも小さい少年を覆っていく。
――そんな中、ノエルはレオンへと声を上げた。
「レオン! ずるいよ! 私たちにも言って! 言ってくれないと、わかんないよ!」
「の、ノエル⋯⋯」
「私、レオンの事もっと良く知りたいの! だから、思っている事はちゃんと言って!」
「わ、わかったよ、ノエル⋯⋯」
「だから今! 可愛いって言ってよ!」
ノエルは、自身にさえかけられなかった言葉が見知らぬ少女たちに向けて放たれた事に、見事に頬を膨らませていた。
謝罪も受け入れてもらえないレオンのあわあわした姿を、エリザは呆れたように見ている。
そんなエリザに、蒼穹の盾の団員の一人が、レオンを見ながら声をかけた。
「あの、エリザお姉様! あの“蒼い鎧“のご麗人は!?」
「あ、ああ。彼が――」
「「「幻の、団員ですか!?」」」
蒼穹の盾の団員たちが、大声で声を合わせた。
――統率の取れたその言葉一つとっても、彼女たちの練度は明らかである。
そして、彼女たちは一斉に蒼い鎧に身を包んだ彼――レオンを取り囲むように、一糸乱れぬ動きで包囲した。
「え? え?」
「あなたが、蒼穹の盾の幻の団員だったのですね!?」
「え? 幻?」
「さすが、幻の団員! なんて可愛さ! 私も欲しい!!」
「⋯⋯な、なんの事――」
「すごい! やっぱり、“シャルお姉様“の見る目は間違いないわ!!」
「ちょ、ちょっと待って――」
「なんて綺麗な瞳! 吸い込まれてしまいそうですわ!」
「ぼ、僕の話を――」
「こんなに可愛ければ、お姉様も独り占めしたくなりますよ!!」
「え、エリザぁ!!」
「お人形さんみたい! 持って帰りたい!!」
「〜〜!!」
「ぜ、全員止まれ! 落ち着け!」
レオンが蒼穹の盾の団員たちにもみくちゃにされていると、エリザが大声で号令を出した。
――瞬間、一斉に背筋を正し、言葉を発せずに微動だにしなくなる少女たち。
「大丈夫か? レオン」
「⋯⋯なん、とか⋯⋯。⋯⋯あの、“幻の団員“、って?」
「⋯⋯実はな、レオンのその鎧。⋯⋯“蒼穹の盾“のものなんだ」
「⋯⋯!? エリザが、持ってきてくれた、この鎧?」
そう言って、レオンは自分が身につけている鎧を見た。“蒼“を基調にした、とても質の良い鎧を。
少年が身につけていた鎧は、エリザが渡したものであった。
騎士学校から支給される鎧は、女性用のものでさえ彼の華奢な体格に合わなかったからだ。
オーダーメイドをするしかない。が、そんなお金も無い。途方にくれていた彼に、エリザが持ってきてくれたのだ。
『しばらくはこれを使え。私の尊敬する先輩が、快く譲ってくれたんだ』
そう言って渡してくれた蒼い鎧。
レオンの体格に合わせて作られたかのように丁度よく、尚且つ軽い。
作ろうとすれば、太陽金貨一枚は有に超えるであろうその逸品を、レオンは一年の時から愛用していた。
――元は女性用なのか、胸当ては少し膨らみがあり、シルエットはドレスのよう。
肩当てや腰当てから伸びるレースの装飾は、鋏を入れようにも切れないほどの強度を誇る。
「⋯⋯女性用、とは思っていたけど。言われてみれば、確かに同じだね。⋯⋯でも、幻の団員って⋯⋯」
「シャル団長はな、可愛いものが大好きなんだ」
「⋯⋯は?」
「蒼穹の盾の団員。皆、可愛いだろう。シャル団長が、気に入った子にどんどん声をかけていったからだ」
「⋯⋯それじゃ、エリザも⋯⋯」
「ああ。⋯⋯私は、“王子様“役との事だが⋯⋯。シャル団長の考えてることはよくわからん」
「⋯⋯なるほど」
「それで、シャル団長が特に気に入った者は、団員にすら知らされず、“幻の団員“としてシャル団長お一人が毎日特別に可愛がる、という噂があったんだ」
「⋯⋯それが、僕、ってこと?」
「いくら人目につかないようにしても、その鎧は目立つだろう。⋯⋯校内を鎧姿で歩き回る事など、珍しいことでは無いのだから」
「⋯⋯じゃあ、僕のせいか⋯⋯」
「⋯⋯真相は、わからんがな⋯⋯」
げんなりしながら話すレオンと、噂の真相をぼやかすエリザ。
とにかく、シャルという団長は、一癖も二癖もあるような人物ではあるようであった。
その話を聞いたからか、レオンは肌に吸い付くような金属な感触が、まるで誰かの腕に抱かれているかのような、不気味なほど心地よい圧迫感に感じて身震いをするのであった。
そんなエリザに、またも団員の一人が声を上げる。
「エリザお姉様! その子も、とうとう蒼穹の盾として出陣なされるのですか!?」
「いや、彼は別の小騎士団の団長だ。⋯⋯第一、蒼穹の盾は、男子禁制だろう?」
「「「??」」」
エリザの言葉に、団員たちは一様に首を傾げる。そんな様子に、エリザも吊られて首を傾げた。
――レオンも、同様に首を傾げている。
エリザは、レオンの姿を見た。
――そこにいるのは、蒼穹の盾の団員たちや、彼の“団員たち“にも勝るとも劣らない美貌を持った、少女にしか見えない騎士。
彼女は、全てを悟った。そして、笑いを堪えるように口に手を当てると、震えた声で口を開いていく。
「よく、見ろ。⋯⋯こい、つは。⋯⋯女じゃ⋯⋯ない」
「⋯⋯え?」
「こいつは⋯⋯レオハルト・フォン・リヒトホーフェン。今回の合同任務の相手、小騎士団の団長だ」
「え⋯⋯?」
「そして! ⋯⋯見ての通り⋯⋯こいつは⋯⋯男だ!! ⋯⋯ぶふっ」
エリザは、ついに笑いを堪え切れなくなったのか、最後の最後で吹き出す。
そんなエリザの言葉にざわつき始める団員たち。
落ち着きを取り戻すようにそのざわめきが収まると、彼女たちは一斉にレオンに向けて声を上げた。
「「「え、えええっっーーーーー!!!!」」」
「お、男の子!? 男の子なのですか!?」
「は、はい――」
「こんなに、可愛いのに!? 男の娘、ってこと!?」
「はい⋯⋯え?」
「余計に良いじゃない! 男の娘で、さらにショタってことでしょ!?」
「ど、どういう意味――」
「保護しましょう! 国の宝だわ!」
「ま、待って――」
「シャルお姉様が知ったら、どうなるのかしら!?」
「決まっているでしょ! 監禁なされるに決まっているわ!!」
「〜〜!! あっ!!」
レオンが再び、蒼穹の盾の団員たちにもみくちゃにされていると、彼は急に空を飛んだ。
――否、ヒルダが、その“糸“でレオンを持ち上げたのだ。
その指を艶かしく動かしながら、彼女は不愉快そうに口を開く。
「⋯⋯随分と、楽しそうね。貴方」
ヒルダの、気怠い声。にも関わらず、レオンは芯まで凍えるような冷たさを感じていた。
――そして、同じように殺気を込めていたのは、ヒルダだけでは無かった。
「レオンは、ルナのものです。勝手に取られないでください」
「そうだよ! 私、怒ってるんだよ!?」
「私たちというものがありながら、他の女性にうつつを抜かすとは⋯⋯。これは、“お仕置き“が、必要ですね?」
「浮気は、許さないよぉ〜? ⋯⋯二度と、普通に戻れなくしてあげるからねぇ〜?」
「⋯⋯ひっ!」
レオンは、各々の様子に恐怖していた。
それを眺める団員たちは呆気に取られていたが、やがてその視線を彼の団員たちに移すと、再び声を上げた。
「「「な、なんて麗しいお姉様たちですの〜!!!!」」」
蒼穹の盾の団員たちは、好奇の対象をレオンから移し、彼の団員たちへと黄色い歓声を浴びせた。
「お名前を教えて頂いてもよろしいですか!?」
「肌も髪もすべすべ⋯⋯。なんて、素敵!!」
「何処から来られたのですか!? まさか、天界!?」
「皆様、おむねが大きいですわ〜!! さ、触らせて頂いても!?」
「凛々しい、まるで女神様だわ!!」
各々褒め称え上げられる五人の彼女たち。
――その表情から冷たいものは消え失せ、満更ではないような表情へと変貌していった。
「⋯⋯早く、任務に、あたりたいのだが⋯⋯」
「!! ルーデル副団長!! 申し訳ございません!! おい、お前たち! いい加減にしろー!!」
それを遠巻きに見ていたイングリッドも、いつの間にかエリザの隣に移動していた。
エリザは、焦った様子で団員たちに声をかけていく。
レオンは、ヒルダの糸に宙吊りにされながらも、この後に控える彼女たちの“お仕置き“に恐怖し――あるいは、“期待“していた。
彼女たちの、温かく、優しく、強引な手口で、自らの心を無理やりこじ開ける、彼女たちの力を。
――そして、少年の瞳に映る、昨夜の“夢“。
『――来ないで!!』
(⋯⋯そうだ。駄目なんだ。彼女たちのためには⋯⋯、もう、何も望んではいけない⋯⋯。)
彼の瞳は、また光を失っていく。
――まるで、窓の外から幸せな家庭を眺めるように、彼の心は深く、確実に閉じていった。




