16-2話「灼熱地獄と彼の"業"」
――彼女たちの、まるで美しい白魚のような指が、黒く炭化し、皮膚が裂け、赤い肉が露わになる。
一瞬の沈黙。少女たちは、自らに訪れた“地獄“を確認するように――恐怖するように、その手を見たのだ。
「⋯⋯!! い、いやぁああああ!! あつい!! 痛いいぃぃぃっ!!」
「レオン、どうして⋯⋯! 熱い⋯⋯! いたい⋯⋯!!」
シルフが手“だった“もので顔を覆う。が、その顔もすでに炎に包まれていた。
ルナは自らの焼け爛れた手を見つめて、涙を溢しながら顔を歪める。
「⋯⋯ち、違う⋯⋯! 僕は、そんなつもりじゃ⋯⋯!!」
「あつい⋯⋯! いやだよ、レオン!! なんで? どうしてなの!?」
「く、苦しぃ⋯⋯。息が、できない⋯⋯!!」
ノエルとクロラは、すでに全身をその炎に包まれている。
美しかった彼女たちの姿は、今や見る影もない。
髪は全て消え失せ、皮膚は弾け飛び、焼け焦げた姿でのたうち回り、焼けた肉と髪が溶けたような臭いがレオンの鼻腔まで届いた。
――彼は、その姿を取り戻していた。
まるで、彼女たちの美しい身体を奪い取ったかのように。
「⋯⋯ぐっ。⋯⋯か、返せ。私の、身体を⋯⋯!!」
「⋯⋯! ひ、ヒルダ! 待ってて、今、僕が!!」
『――来ないで!!!!』
――五人の声が、重なる。
それは、彼女たちの、完全なる“拒絶“。
――それは、レオンが最も恐れていた光景であった。
その言葉は、まるで錆びた鋸。じくじくと、彼の心を削り取っていく。
「⋯⋯大っ嫌い!!」
「あつい⋯⋯、苦しいよ⋯⋯! なんで、私がこんなに苦しまなきゃいけないの⋯⋯?」
「近寄らないで下さい! この疫病神!!」
「⋯⋯私から、よくも奪ったな⋯⋯!!」
「⋯⋯助けなければ、よかった。お前が、死ねば、よかったのに⋯⋯!」
美しかった彼女たちは、もういない。レオンの目の前にあるのは、人型の黒い泥。
――“それ“は、やがて動きを小さくしていく。
焼けて収縮した筋肉で身は縮み上がり、彼よりも大きかった女神たちは今やレオンよりも小さく丸まっていた。
そんな中でも、呟き続ける怨嗟の声。両手が麻痺したかのように動かない彼は、その声を全て聞いていた。
「⋯⋯あ⋯⋯、あぁ⋯⋯」
硝子が割れるような音が響く。
彼の心は、この瞬間に粉々に砕け散ったのだ。
――その耳障りな音を、彼は確かに聞いたのだった。
+
「――ぁあ、ああああああああ!!!!」
獣のような絶叫と共に、レオンは跳ね起きる。
心臓が破裂しそうな程に脈を打ち、全身から汗が止まらない。
「レオン様!? どうなされました!?」
「レオン!! 大丈夫!?」
彼の叫びで目が覚めたのか、ベッドで一緒に寝ていた五人も目を覚ます。
寝巻き姿の少女たちは、心底、心配そうな表情でレオンの体を撫でていた。
「ひっ⋯⋯!」
だが、レオンは短い悲鳴を上げて後退る。
――彼の目には、彼女たちの美しい姿が、夢の中の“焼け爛れた姿“と重なって見えていた。
「レオン様? お顔が真っ青です。お熱があるのでは――」
『あつい。痛いです。どうして、私をこんな目に合わせたのですか』
シルフが、心配そうにレオンの額へと手を伸ばす。
――その手がレオンには“黒く炭化した怨嗟の手“に見えた。
彼女の現実の言葉は、未だ悪夢を彷徨う少年には届かない。現実と悪夢の境界が壊れたかのように。
「――触るなあぁっ!」
ばしっ、と。乾いた音が、静まり返った寝室に響く。
レオンは、シルフの手を力任せに振り払った。
「⋯⋯レオン、様⋯⋯?」
シルフは、包帯をしていてもわかるくらいに目を見開く。
他の四人も、凍りついたかのように呆然としていた。
「レオン、どうしたの? 私たちだよ?」
『どうして? レオン。どうして、燃やすの?』
「レオンさまぁ〜、どうしたんですか〜? 怖い夢でも見たんですかぁ〜?」
『⋯⋯殺してやる。殺してやる⋯⋯! 殺してやる!!』
「⋯⋯それにしては、様子が尋常ではないわ」
『⋯⋯返せ。私の、全てを⋯⋯!』
「⋯⋯来ないで⋯⋯、燃えちゃう。僕のせいで、みんなが⋯⋯!」
「大丈夫です、レオン。ルナのところに来てください。“はぐ“、しましょう」
『⋯⋯大っ嫌い!!』
ルナがレオンを抱きしめようと、両腕を伸ばす。
――が、彼にはそれが、自らを埋め尽くす大量の黒い腕に見えた。
もうレオンには、彼女たちの心配、信頼、親愛。その献身全てが、何も届いてはいなかったのだ。
「うわああああ!! 来ないでええええ!!!!」
彼はベッドから転げ落ち、叫びながら部屋の隅へと這っていく。
その貌は苦痛と恐怖に歪み、ここがまるで地獄かと思えるほどの姿であった。
膝を抱え、がたがたと震えながら彼は壊れたように繰り返す。
「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
「僕のせいで⋯⋯僕を助けたせいで⋯⋯燃やして⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
「許してください⋯⋯もう何も望みません⋯⋯何も、望みませんから⋯⋯」
「⋯⋯運命を、受け入れますから⋯⋯。⋯⋯だから、みんなだけは⋯⋯!」
「レオン様⋯⋯!」
シルフたちは、再び蹲る少年に近付く。
しかし、レオンの瞳には何も映らない。光が消え、美しい紫の瞳には虚無のみが宿っていた。
「レオン! しっかりして! ノエルだよ? わからないの!?」
「⋯⋯ぁ」
ノエルがレオンの肩をゆすろうと手を置いた。
――その時だった。彼の体は糸が切れたかのように、ぱたりと床に倒れ込む。
「レオン!!」
「レオンさま!!」
意識を失った少年。その目は見開いたまま、涙、鼻水、涎を延々と床に落とし続ける。
明日に控えた初任務。その前夜、レオンの心は再び深い闇へと堕ちていくのだった。




