閑話3「魔剣の活用」
レオンは談話室のソファに座らされ、シルフの手当てを受けていた。
彼女の放つ治癒魔法――水属性の青白い光がレオンの両腕を包み込んでいる。
その光は優しく、綺麗だった。
――しかし、まるでシルフの執着を形にしたかのようにレオンの肌に粘りつき、傷だけでなく彼自身の自由さえも縛り付けていくような感覚を与える。
それはレオンの焼けた両腕に染み込んでいくように、その傷を癒していった。
「⋯⋯ありがとう、シルフ。水属性も、使えたんだね⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
能天気なレオンの感謝に、包帯越しでもわかるようにジト、とした目で返したシルフ。
彼女の怒りは、未だ収まらないようだった。
彼女だけでは無い。ソファに座るレオンを囲むように、四人の少女たちが皆一様に美しい貌に怒りを込めながら立っている。
その空気を切り裂くように、ルナが未だ俯いたままのノエルに向けて口を開いた。
「⋯⋯ノエル。これからは、レオンを一人にしてはいけない、という約束をしましょう」
「⋯⋯うん、わかった」
ノエルは、いつもの元気が萎んでいるようだった。
いつもは太陽のように明るい彼女の表情は、影が差すように曇っていたのだ。
――彼女は自分を責めていた。
あの時、蝶なんかを追わなければ、彼のそばにいられた。
この小さい少年は火傷を負う事も無く、守れたはずだったのだ。
そんなノエルの様子に気付いていたルナは、彼女を気遣うように約束をする。
「ルナは、レオンの剣。レオンの右腕として、剣となり、レオンの敵を斬ります」
「⋯⋯うん」
「ノエルは、レオンの左腕。レオンの、“心臓“がある方です。しっかり守ってあげてください。任せますよ」
「うん、わかった! ありがとう、ルナ!!」
影が差したノエルの表情は、雲が吹き飛ばされたようにみるみると輝きを取り戻していった。
そんな様子を優しい眼差しで見つめるルナ。
――レオンも温かい眼差しで見ていたのだった。
「ノエルさんが立ち直っても、レオン様のやった事は、変わらないですからね?」
「⋯⋯はい、ごめんなさい」
このまま煙に巻けると期待したレオンだったが、目の前の桃色の少女はそれを許してはくれないようだ。
「でも、いい案ね、ルナ。レオンを一人にしてはいけない、というのは、その通りだわ」
「確かにぃ〜、レオンさま、すぐ無茶しますからねぇ〜?」
「⋯⋯そ、そんな事、無いと、思うな⋯⋯」
「ありますぅ!」「あるわ」
ルナの案に乗るヒルダとクロラ。
二人の言葉に反論したレオンだったが、容易く切り捨てられる。
「そうですね。そうしましょう。これからは、レオン様は一人でいる事を禁じます」
「⋯⋯え? 例え話、だよね? お風呂、とかは?」
「みんなで一緒に入ります♡」
「⋯⋯そんな! ダメだよ、はしたないよ! そんなの!」
「また溺れたら、どうするんです?」
「う。⋯⋯せめて、体は、隠してね」
「ふふ。これからは、レオン様をみんなで“監視“して、“管理“していくので、そのつもりで」
レオンは、もう何も言えなくなってしまった。
心配をかけてしまった事は間違いないし、先日、浴室で倒れたばかりなのだ。彼女たちの心配も無理はない。
それに、そもそも彼女たちの提案は嫌がらせなどではない。レオンを助けるために行なっている事だったのだ。
――方法は行き過ぎにしても、それに気づかない程、レオンは鈍感では無かった。
「⋯⋯お手柔らかに、お願い、します⋯⋯」
レオンが言い終わるが早いか、シルフの治療が終わり、彼女の手が離れる。
――にも関わらず、少年の治療を受けた腕からは、シルフが触れ続けているかのような微かな熱が残り続けていた。
少年はその熱と、自分に向けられた五つの熱い視線がもはや光ではなく逃れられない網のように感じられ、彼は小さく吐息を漏らしたのだった。
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「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
レオンの手当てが一段落し、昼食を取り終えた頃。シルフを除いた四人の少女たちは屋敷を出ていた。
クロラは『これ以上あんなのがいたら、レオンさまが危ないですぅ〜!』と言って、森の中へと消えていったのだ。
惚けたような口ぶりのクロラであったが、その瞳は酷く冷たい光を放っていた。
そんな言葉とは裏腹に殺気立つ彼女に、珍しくヒルダもついていったのだ。
相変わらず気怠い様子であったが、その瞳には明らかに怒りが込められていた。
同じように、ルナとノエルもクロラたちとは反対側の森へと消えていく。
――恐らくは同じように魔獣を狩りにいったのだろう。
『――レオン様、これをプレゼントします。絶対に、外さないでくださいね?』
シルフといえば、レオンの手当てが終わった後、水晶がついた皮紐の首飾りをレオンの首元にかけてあげていた。
――曰く、“お守り“との事だ。レオンは少し警戒しながらも、断ることは出来ずに黙ってそれをかけられたのだ。
そんなシルフは、今は洗濯物を取り込みに二階へと向かっていった。――『少しでも異変があれば、すぐに呼んでください』と、有無を言わさぬ言葉を残して。
――その声をかけられたレオンはといえば。
「――まだ、あと少し⋯⋯弱く」
――彼は、水を張った浴槽に魔剣を突き刺し、一人でぶつぶつ、と何かを呟いていた。
側から見れば奇行にしか見えないその姿は、少年の真剣な眼差しも相まって、さらにおかしな光景となっている。
きっかけは、先ほどの魔獣“フェンリル“との戦い。
そこで判明した魔剣の能力は、魔力の増幅に加えて“炎属性の強制付与“であったのだ。
そこで、彼は手当されている中で閃く。
――これで、お湯を沸かせないか、と。
そう考えたレオンは、シルフが用意してくれた昼食を終えてすぐに大浴場に向かい、水を入れた浴槽に魔剣を突っ込んだ。
結果は、半分、成功。彼の目論見通り、みるみる内に水は熱せられ、沸騰する程であった。
――が、なぜ、半分しか成功ではないのかというと、
「⋯⋯これは、なかなかしんどいな。こんなに魔力が上がるなんて」
一人呟きながら、レオンは沸騰し、ボコボコと音を立てる浴槽を見つめる。
レオンがなぜこんなに苦戦しているかといえば、魔剣による魔力の“増幅度“であったのだ。
少年の体感では、魔剣を通しただけで、魔力が十倍にもなるように思えるほどであった。常に魔力の欠乏に悩まされていたレオンからすれば、魔力が多すぎて困るとは随分と贅沢な悩みだな、と一人呟く。
「⋯⋯でも、これはいい練習だ。この魔剣に流す魔力を調整できれば、どんな時でも制御できる⋯⋯!」
レオンは、自然と笑顔を溢していた。
――自分がいい方向に向かっているような気がして。
レオンは沸騰した浴槽に水を汲みなおし、先ほどまでと同じように浴槽に魔剣を突き刺して魔力を流し始める。
ふと、先ほどシルフに治して貰った両腕を見た。
「⋯⋯そういえば、腕を治して貰ってから、体が軽い気がする。まるで、体の奥から力が湧いてくるような――」
シルフは、水の治癒魔法を使ってレオンの腕を治していた。
それだけのはずなのだが、魔剣を背負っていた時よりもさらに体が軽く感じていたのだ。
まるで羽が生えたかのように感じるほどの軽さ。
倦怠感は微塵も無く、手足が寸分の狂い無く思い通りに動くような全能感。
自分の体ではないような、誰かに常に支えられているような心地良ささえあった。
今まで経験した事が無いと思えるほどの体調の良さで、彼の集中力は冴え渡り、魔力操作に全神経を注いでいた。
――浴槽の湯が、適温になっている事に気付かない程に。
剣の周りが激しく沸騰している事に気付くと、あっ! という声を出し、レオンは慌てて魔剣を湯船から抜く。
「⋯⋯危ない! こんなに早く、お湯が張れるなんて⋯⋯!」
気付けば一面、丁度よさそうな湯気だらけになっていた浴場に、彼は若干顔を綻ばせた。
――彼の脳裏には、少女たちの喜ぶ顔が浮かんでいたのだ。
(⋯⋯これなら、毎日お風呂が沸かせる⋯⋯! みんなの役に立てる! みんな、喜んでくれるかな?)
「――わあぁっー! すごーい! あったかそー!!」
レオンが心の中で呟くのと同時に、彼の横を黄金の風が通り過ぎ、次の瞬間にはドボン! と浴場に大きな音が響き渡った。
「⋯⋯え?」
少年は嫌な予感がしていた。
あの声と無邪気さは、恐らくノエルのものであろう。
そして、彼女はそのまま湯を張ったばかりの浴槽に飛び込んでいったのだ。
――恐らくは、生まれたままの姿で。
(⋯⋯まずい、事になった。早く、ここから出なきゃ!!)
レオンがそう考えると、すぐに浴場の出口まで出ようとする。
――だが、四人の話し声が、脱衣所に繋がる扉の奥から聞こえた。
その声は、どんどん扉に近付いてくる。レオンの正面には四人、後方には湯船に浸かるノエル。
挟み撃ちになる形の彼は、進退極まったようにあたふたとしていると、身を隠すことも出来ずに扉が開かれてしまった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
開かれた扉から出てくる、四人の美少女たち。
レオンにとって幸いだったのは、湯煙のお陰で彼女たちの姿が鮮明では無かったことであろう。
彼に気付いた四人は口を閉じ、レオンもまた言葉を失っている。数秒の沈黙の後、先に口を開いたのはレオンだった。
「ご、ごめん。すぐに出るから、ゆっくりして!!」
彼はそう言いながら、下を向いて出口に向かって走り出す。――鼻から流れる液体の感覚。それはきっと赤いのだろう。
だが、レオンは出口までたどり着くことは出来なかった。なぜなら、その途中でレオンの体が浮いていたからだ。
ルナとヒルダに両腕を捕えられ、体を持ち上げられたレオンは、無様に足をばたばたさせることしか出来ない。
「いい湯加減そうね。ところで、貴方はどこへ行くつもりなのかしら?」
「⋯⋯それは、勿論、外へ、出ようと⋯⋯」
「どうしてぇ〜? 一緒に入ればいいじゃ〜ん♡」
「⋯⋯そ、それは、その。クロラ、服を脱がそうとしないで!!」
「レオン様。また、溺れられては困ります。さあ、お洋服、脱ぎ脱ぎしましょうね♡」
「や、やめて!! 大丈夫! 大丈夫だから!!」
「レオンの背中は、ルナがお流しします」
「⋯⋯でっか。じゃなくて! やっぱりダメだ! みんなと一緒にお風呂に入るなんて! はしたない!!」
「レオンー!! はやく一緒に入ろうよー!!」
ルナとヒルダに捕えられ、シルフとクロラに服を脱がされそうになっているレオンは、後ろから聞こえてくる明るい声――ノエルの声を聞いた。
後から入ってきた四人は、さすがに体にタオルを巻いている。――だが、一目散に浴槽に飛び込んだノエルは、恐らくそれをしていない。
そんな彼女の事を想像してしまったのか、レオンはみるみると顔を沸騰させるように赤くする。
そして、彼女たちの腕を全力で振り払い、地上へと降り立った。
「や、やっぱりだめだ!! だめったら、だめ!! はしたなくなっちゃうから、絶対にだめだぁ〜!!」
"騎士の矜持"と"羞恥心"の狭間で悶絶する彼は、そう叫びながら全身全霊で出口に向かって駆け出していた。
――クロラとシルフによって、上の服を脱がされてしまった少年は、上半身を曝け出し、石鹸の泡で滑りそうになりながらも走り続けたのだった。




