15話「魔剣の力と魔神の片鱗」
「⋯⋯!! 僕を、狙ってる⋯⋯!!」
五メルを超すほどの巨体が、レオンを仕留めようと獰猛な眼光を突きつけている。
口には鋭い歯が鋸のように並び、その隙間からは粘度の高い涎が絶えず滴り、朝露に覆われた芝を醜く汚していった。
――フェンリルはガルムと同じ犬や狼に近い魔獣である。だが、違うのはその大きさ。
ガルムが一から二メル程の大きさであるが、フェンリルはその倍以上の大きさになる、凶悪な魔獣だった。
「⋯⋯あの時、僕を“見て“いたやつか⋯⋯!」
そう溢しながら、レオンは立ち上がり、剣を構える。四方から彼女たちの声。
――だが、フェンリルの方が近い。彼女たちは、間に合いそうにない。
レオンは、先ほど魔剣に魔力を込めた時に閃いた方法を試すことにする。
理論上では正しいが、試した事は無く、成功の保証は無い、酷くリスキーな方法を。
「⋯⋯失敗したら、死ぬ。だけど――」
少年はぎゅっ、と。再度魔剣を強く握る。
「――引く訳には、いかない」
そして、彼はそう溢した。その瞳――“始祖の眼“を激しく輝かせて。
――明らかな危機。にも関わらず少年は“微笑んで“いた。
彼は自分が微笑んでいる事すら自覚せずに、その小さな指先に魔力を集める。
レオンの頭の中で創造した魔法陣をなぞるように世界へ書き出していく。
――想像するのは、彼の者を貫く一本の矢。疾く、鋭く、圧縮された魔力が白く輝き、天まで届くような、最強の矢。
(いい創造だ⋯⋯!)
普段の彼からは想像もつかないような、素早く、正確な動き。
それだけを極めるように、血の滲むような努力の結晶を、正確無比に空に刻む。
――身の危険を察知したのか、フェンリルが動く。
魔法陣が、完成する。
――フェンリルは、黄色い眼光の軌跡を残しながら、レオンへと飛んでいく。
剣を掲げるレオン。
「――レオン!!!!」
彼の名を呼ぶ声。
――大口を開けた巨体が、彼を飲み込もうと眼前へと迫る。
彼は、
魔力を込め、
剣を振り下ろし、
魔法陣を、砕いた。
――基礎魔法『矢』
剣で叩き割られた幾何学模様――硝子のように砕け散った魔法陣の破片が、白熱する魔力の奔流を伴って一点へと吸い込まれ、純白の熱線となって噴出した。
――それは矢というより、巨大な“火柱“。
彼の身長をゆうに超え、フェンリルさえ呑み込むような大きさの炎の柱が“蛇“のように放たれ、彼方へと消えていく。
――その軌跡に、炎の筋を残しながら。
“炎の蛇“が通り過ぎた後、残されたのは黒く炭化した地面と、熱気だけだった。
フェンリルの巨躯は、肉片どころか灰すら残さずに、余す事なく喰らい尽くされ、消滅したのだ。
まるで、何事も無かったかのように、静かに風が走りさる。
抉られた地面に残された黒と僅かな熱だけが、先ほどの危機を現実のものにしていた。
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駆け寄ろうとした少女たちの足が、かつて見たこともない破壊の光を前にして、本能的な畏怖で止まる。――しかし、
「⋯⋯っ!」
――突如、レオンの魔力を得た魔剣の文字が、まるで息付き、脈動するように輝いた。
それと同時に、彼の両腕は焼き付くような熱を帯び、煙が上がる。同時に激痛が走り、少年は力無く倒れた。
「――!! レオン!!」
その声と同時に、彼女たちは再びレオンの元へと駆け寄っていく。
「レオン! ごめんなさい! レオン!! 大丈夫!?」
「⋯⋯ああ、ノエル。大丈夫だよ⋯⋯」
「レオン⋯⋯! なんて、事⋯⋯!」
「あはは⋯⋯。ごめんね。⋯⋯心配、かけて⋯⋯」
ノエルとルナが最初に駆け寄り、レオンに声をかけていく。
焼けた少年の両腕を見て、言葉を失う少女たち。切羽詰まったように酷く狼狽えていた。
そんな二人に心配をかけまいと、再び立ちあがろうとするレオンだったが、それは叶わず再び地面に伏した。
「⋯⋯あ、あはは。足に、力が入らないや⋯⋯。腰が、抜けちゃって⋯⋯、膝が、笑っているよ⋯⋯」
「もう、無茶しないでください!!」
「レオン!! なんで逃げなかったの!?」
「⋯⋯僕が逃げれば、奴の先にはノエルとルナがいたんだ。⋯⋯逃げられないよ」
「〜〜〜〜!! もうっ!!」
レオンは二人に肩を借りながら、やっとの思いで立ち上がる。
――意識ははっきりとしているが、全身に強い倦怠感。そして、両腕を駆け回り続ける激痛。
とてもじゃないが、彼は歩ける状態では無い。
そんな彼らの元に、続々と集まる彼女たち。少女たちは、口々にレオンに向けて声を上げた。
「レオン様! ご無事ですか!?」
「⋯⋯ああ、シルフ。大丈夫だよ。⋯⋯ちょっと、立てないけどね」
「本当に、無茶するわ。次は、すぐに呼びなさい。助けを求めないなら、本当に監禁するわ」
「ご、ごめん⋯⋯、ヒルダ⋯⋯」
「レオンさまぁ〜! ご無事で何よりですぅ〜!! ごべんなざい〜!! クロラが取り逃したばっかりにぃ〜!!」
「く、クロラ⋯⋯! そんな事ないよ! 君が声をかけてくれなかったら、危なかったから⋯⋯、ありがとう、クロラ」
うわぁ〜ん! と泣きながらレオンにしがみつくクロラ。シルフとヒルダも、息を上げながらレオンに声をかける。
「レオン様。あの魔法は?」
「⋯⋯ああ、あれは、ただの基礎魔法『矢』だよ。⋯⋯信じられないけど」
「アロー? あの、基礎中の基礎の魔法ですか!?」
「うん⋯⋯。⋯⋯ちょっと魔法陣をいじって、魔力を込めた魔剣で叩き割る事で発動するようにしたけど⋯⋯」
「⋯⋯!?」
「⋯⋯この魔剣の能力に“魔力の増幅“があったんだ。増幅した魔力を帯びた魔剣で魔法を発動すれば、威力が上がると思ったけど⋯⋯。想像以上、だったね」
「線一本、文字一つ変えるだけでも、魔法が発動しなくなる事もあるのに、それを、あの土壇場で行ったのですか⋯⋯?」
「⋯⋯? うん、想像は出来てたし。炎の属性が付与されるのは、想定外だったけど⋯⋯」
あっけらかんと語るレオンに声を失うシルフ。
彼は特別な事だと全く意識していないが、それができる魔法使いがどれほど少ないかは、全く理解していないようだった。
――魔法陣とは緻密なまでに計算され尽くしてあるものだ。芸術作品、とまで評される事もあるほど精密な幾何学模様は、簡単に変更できるものではない。
たとえ、それが基礎魔法だったとしても。
シルフはそこに気付いていた。それがどれだけ異常で、危険な事なのかを。
――彼女は、徐々に怒りに震えるように、指先を震わせながら少年へ告げた。
「確かに、魔法の奥義の一つは想像力です。でも、成功する確証は、あったのですか?」
「理論上では正しい筈だった。想像は完璧だったし、魔法陣を描いた瞬間に発動する“速射“の文言を、魔力を込めて発動する“始動“の文言に切り替えるだけだから」
「なるほど。で、成功の確証は⋯⋯?」
「⋯⋯た、試した事は無かったけど⋯⋯自信は、あったよ!」
「で、成功の、確証は?」
「⋯⋯無かった、です⋯⋯」
「失敗したら、どうなさるおつもりだったのですか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
徐々に声が冷えていくシルフに、逃げるように目を泳がせながら口を噤むレオン。
そんなシルフを察したのか、他の少女たちも少年がどれほど危険な事をしたのか気がついたようだった。
「レオンさまぁ〜? おふざけじゃ、済まされませんよぉ〜?」
「⋯⋯い、いや! ふざけてはないよ! 確率の高い賭けだった!」
「賭け? 賭けって言いました?」
「あ! いや! 違う、違うんだよ、ルナ!!」
「レオン、命を賭けたってコト!?」
「え、いや! そういう、わけじゃ⋯⋯」
「これは、本当に縛り付けておかなきゃかしら⋯⋯」
「ま、待って、ヒルダ! 誤解、勘違いなんだ!!」
シルフを除いた四人から詰められるレオン。
――彼は、彼女たちの大きな影に覆われていき、檻に入れられるように逃げ場をなくしていく。
そして、シルフは静かに、未だ悪足掻きをするレオンに判決を下した。
「とりあえず、早くその両腕の手当てをしましょう。レオン様、あなたには、“お仕置き“が必要のようですね⋯⋯?」
「いや、待って! シルフ! みんな!! 待って!! 連れて行かないで!!」
ルナとノエルに体を持ち上げられ、逃げ場をなくすレオン。
無様に足をばたばた、とさせながら、彼らは屋敷へと消えていくのであった。




