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落ちこぼれ騎士の花嫁騎士団《ブライド・ナイツ》  作者: 茶毛
1-6.落ちこぼれと目覚め

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14話「初めての爽やかな朝」


 窓が開いている。

 

 そこから入る青白い陽光と、爽やかな春の匂い。

 森の草花の香りを風が部屋まで運び、下げられたカーテンをゆらゆらと揺らしていた。

 

 そんな中で、彼――レオンは、天蓋付きの豪奢なベッドで目を覚ましたのだ。

 

 彼の少女のような貌は、若干赤く腫れている。頬を伝った涙はすでに乾ききっており、その痕を強調していた。

 


「夢、見なかったな⋯⋯」

 


 彼は、眠そうな瞼を擦り、零すように呟く。熟睡できたからだろうか、体に羽が生えたかのように軽く感じた。

 

 ――いつもであれば、悪夢の終わりに目を覚ます。汗だくで、心臓が破裂しそうなほどに鼓動し、肩で息をする。


 それが、彼のいつもの目覚めであった。しかし、この日は全く違ったようだ。

 


「⋯⋯朝って、こんなに心地の良いものだったんだ⋯⋯」

 


 レオンはゆっくりと起き上がり、ベッドから降りようとする。――が、彼の服が何かに掴まれているようであった。


 そこに目を向けると、そこには三人の女神――と見紛うほどに美しい少女たちが、その悩ましい肢体や素肌を晒しながら、彼にしがみつくように眠っていたのだ。

 


「⋯⋯みんな、おはよう。⋯⋯昨日は、ありがとうね」

 

「ん、⋯⋯レオン⋯⋯。⋯⋯むにゃ」

 


 レオンは呟きながら、彼にしがみ付く彼女たちの頭を優しげな表情で撫でる。

 暫くぼんやりとしていると、寝室の扉が開いてシルフが中へと入ってきた。

 彼女は目覚めたレオンの姿を見ると、嬉しそうに小走りになって、ベッドの傍までやって来るのだった。

 


「おはようございます、レオン様。ゆっくり眠れましたか?」

 

「⋯⋯おはよう、シルフ。昨日は、ありがとう。おかげで、よく眠れたよ」

「礼には及びません♡ これから“毎朝“、お礼を言うおつもりですか?」

「⋯⋯毎朝、か⋯⋯。⋯⋯そう、だね」

 


 シルフの悪戯っぽい言動に、少し表情を赤くしながら答えるレオン。

 ――彼は、正直ドキッとしていた。目を包帯で隠しているにも関わらず、上品で淑やかな仕草。

 そんな神秘的な彼女が、新妻のようにエプロンをして彼を起こしにきたのだ。

 

 そんな筆舌に尽くし難いような、どこか背徳的な彼女の美しさに目を奪われた少年。

 レオンの目線に合わせて屈んだ彼女は、レオンに向かって続けた。

 


「朝食の準備はもう出来ておりますよ。食べる前に、お顔を洗ってきてくださいね?」

 

「⋯⋯うん、わかった。ありがとう」


 

 そう言って、レオンは彼にしがみついていた彼女たちの手をそっと離すと、ベッドを降りたのだった。



 +



 顔を洗ってからダイニングに向かうレオンは、テーブルにあるトーストと、彼女が作った色とりどりのサラダが四つ取り分けられているのを見た。

 

 そのサラダを見て、微かに顔を歪めるレオン。

 ――そんな彼の様子に気がついたのか、シルフは若干叱るような声音で、彼に告げる。

 


「レオン様。好き嫌いはダメですよ?」

「⋯⋯野菜、苦手⋯⋯」

「だ〜め、です。私が手伝いますから、克服しましょう?」

「⋯⋯わかった」


 

 (⋯⋯歯触りが、苦手なんだよなぁ⋯⋯。)

 


 まるでお姉さんが弟を叱りつけるように、あるいは母親が子供を諭すような声音で注意するシルフ。

 野菜が苦手なレオンは、観念したかのようにテーブルに付き、食事を始めようとする。

 

 ふと彼が、開いていたダイニングの窓に視線を移すと、そこにはよく整備された庭が見えた。


 昨日のジャングルが嘘のように、ルナとノエルが整えた芝生が朝露に輝いている。

 それは単なる庭ではなく、この屋敷の主人を傷つけるものを一歩も近づけないための、美しすぎる防衛線のようにも見えた。

 

 その庭に心奪われながら食事へ目を移すと、今度は二階からドタドタと暴れ回る音。

 ――その騒がしい音は、どうやらダイニングに向かってきているようで、扉の前で一度止まると、バタン! と勢いよく扉が開かれた。

 


「レオン!!」

「れおん!?」

「⋯⋯っ!!」


 

 そこから現れたのは、枕を抱いたままのルナ、髪がボサボサのノエル、ネグリジェをはだけさせたヒルダの三人だった。

 

 三人はどこか焦った様子でダイニングを見回すと、お目当てのもの――眉を顰めて野菜を咀嚼する少年を視界に入れた。

 


「⋯⋯? どうしたの、三人とも――」

 

「「「レオン!!」」」

「⋯⋯ぎゃっ!!」


 

 レオンが口を開く前に、三人は彼に飛び込んでいく。当然、軽い彼は吹っ飛ばされ、三人に覆い被さられたのだ。

 


「⋯⋯! み、みんな!? どうしたの――」

 

「勝手に、いなくならないでください!」

「すっごく心配したんだから!!」

「これは本当に、縛り付けておく必要があるわね」

 

「⋯⋯ご、ごめん。三人とも、あまりにも幸せそうに眠っているものだから、起こさなかったんだ⋯⋯いだだだ!!」

 


 三人は、もう彼を離すまいと、あらん限りの力を込めて彼を抱きしめる。


 ――彼の華奢な体から、ミシミシ、という骨の軋む音がするのも構わずに、三人はレオンを抱きしめ続けた。


 

「⋯⋯ぐ、ぐるじい⋯⋯! ⋯⋯はな⋯⋯じで⋯⋯!」

 

「やです。離しません」

「ヤダ!! もう離さないからね!!」

「また、どこかに行かれても、困るからね」

 

「⋯⋯! お、折れちゃう⋯⋯! 折れちゃうがら⋯⋯!! ジルヴ⋯⋯だず⋯⋯げで⋯⋯!!」


 

 本当に折れてしまうほど強く抱きしめられていた彼を見かねたのか、シルフが彼女たちの視線を集めるように手を叩いて三人を諌める。

 


「はい、ここまで。みなさん、食事の準備が出来ていますよ? 一緒に食べましょう?」


 

 顔を青くし、泡を吹きかねなかったレオンは、シルフの言葉でようやく解放されたのであった。



 +



「⋯⋯やあっ!!」


 

 食事を終えた頃。先日、ルナとノエルが整備した屋敷の庭に、“白い閃光“が流れていく。

 

 それは、とても細く、弱々しい。綺麗なのは閃光の軌跡に残る光の筋だけで、それすらゆっくりと空気に溶けて消えていった。

 


 ――基礎魔法『(アロー)

 


 魔法使いが一番最初に覚える、魔力でできた一本の矢が、対象に向かって飛んでいくだけの攻撃魔法。

 魔力の収束、圧縮、解放。その三大要素を全て含む、魔法学の基礎中の基礎だった。

 


「おおー! とってもキレイ!!」

「美しい、ですね」

 

「⋯⋯見た目だけはね⋯⋯」

 


 ノエルとルナが驚いたように声を上げ、その軌跡に目を奪われていた。

 レオンといえば、攻撃魔法であるはずのこの魔法が、ただ綺麗なだけの魔法に成り下がっている事に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 

 

 三人は屋敷の庭にいた。

 シルフとヒルダは、先日に続いて屋敷の中の片付けをしていた。レオンたちも、もちろん手伝おうとしたのだが、やんわりと断られてしまったのだ。

 クロラは森を調べてくると言って、早朝には出かけたらしい。『美味しそうなのがいれば、狩ってくるねぇ〜♡』との言葉を残していったそうだが、恐らくは先日のガルムの“ボス“を探しに行ったのだろう。

 

 そうして手持ち無沙汰になってしまったレオンたちは、魔剣の能力を調べる事も兼ねて、庭で色々試しているのだった。


 

「⋯⋯やっぱり、特に変化はないな⋯⋯」


 

 レオンは一人、呟く。そんな彼に向かって、ノエルが元気よく口を開いた。

 


「ねえねえ、レオン! もっと色々見せて!!」

「⋯⋯ごめん、ノエル。⋯⋯僕は、これくらいしか使えないんだ⋯⋯」

 

「例の、魔力欠乏のせいですか?」

「⋯⋯うん、ルナ。安定して出せるのは、これくらい。⋯⋯魔剣には、“持ち主の魔力を上げる“ものもあるから、試してみたんだけど⋯⋯」

 

「体の調子はどう!?」

「⋯⋯それが、やっぱり調子がいいんだ。魔剣を背負っているからだとしたら、多少は上がっているみたいなんだけどね⋯⋯」

 


 そう言いながら、レオンは背中の魔剣を一瞥した。

 ――魔剣を背負っているからか、彼の色白な肌が若干血色が良くなっているようにも見える。

 

 それでも、放つ魔法には特に変化はなく、魔剣を手にしたから何かが変わった、というわけではなかった。

 

 レオンは少し悩むと、縋るように二人へ質問する。


 

「⋯⋯二人は、この魔剣のこと、知らない?」

 

「すみません、全くわかりません」

「うん! ごめんね!! よくわかんないや!!」

 

「⋯⋯そう、だよね⋯⋯」

 


 二人は、首を左右に振りながら答える。

 この魔剣と一緒にいたからもしかしたら、と思ったレオンだったが、当てが外れたようだった。

 

 ルナは、少し考えるように俯くと、静かにレオンへ告げた。


 

「⋯⋯剣に、魔力を与えてみる、というのは、どうでしょうか?」

 

「⋯⋯! そっか、その手があったか!」

「それなに!? なんかすごそう!!」

「騎士や剣士が行う、魔力による“武器の強化“だよ。自分の魔力を武器に込めて、留める事によって威力や切れ味を上げるんだ」

「なにそれ! すごい! そんな事できるの!?」

「ノエルは、逆に出来ないのですか⋯⋯?」

「? うん! 多分! いつも、どかーん、って感じだから!!」

「⋯⋯そう、なんだ⋯⋯」

 


 あっけらかんと答えるノエル。

 

 ――天才かな? と思うレオン。ノエルの振り回す“光剣“が魔法なのかどうなのかは、“始祖の眼“を持つレオンであっても分からなかったのだ。


 才能の壁に軽くショックを受けるレオンであったが、気を取り直して魔剣を抜く。

 

 ――無骨なロングソード。剣の()に、ルーン文字がびっしりと刻まれている以外は、何の変哲の無いもののように思えた。

 

 彼が、魔剣に力を込めようとすると、ノエルが急に声を上げる。

 


「あ!! ちょうちょだ!! 追いかけてくるね!!」

 

「⋯⋯! ちょっと、ノエル! ⋯⋯もう。ごめん、ルナ。ノエルが遠くに行かないように、追いかけてくれる?」

「御意。行ってきます。待ってください、ノエル」


 

 そう言って、ぱたぱたとノエルを追いかけていくルナ。

 一人になったレオンは、先ほどルナに言われた通り、魔剣に魔力を込める。


 

 その瞬間、レオンの手の中で、無骨な鉄塊だった剣が、まるで生き物のように拍動し、彼の血液そのものを熱く燃え上がらせるような感覚が走った。

 

 ――そして、魔剣の樋に刻まれた文字が、眩い程に輝き出し、激しい魔力の暴風が魔剣を中心にして荒れ狂ったのだ。

 


「⋯⋯!! これは⋯⋯、凄い、魔力だ⋯⋯! ほんの少し、魔力を流しただけなのに⋯⋯!」

 


 彼の“眼“は、この魔剣に込めた魔力が、どんどんと強く激しく燃え上がるように赤くなっていくのを“視て“いた。

 まるでレオンの魔力を喰らい、それを増幅させていくように凄まじい魔力が迸るのを感じさせたのだ。

 


「⋯⋯魔力の、増幅。これが、この“魔剣“の力⋯⋯?凄い、これなら――」

 

「――レオン!! 避けて!!!!」

 


 クロラの、焦った声が響く。

 


 その言葉を聞いた瞬間、彼は考えるよりも早く、そこから前へ飛び込んで地に伏せた。

 

 

 ――直後、彼の“いた“地面が深く抉れるような轟音が響き、地を揺らす。

 遅れて爆風が彼を吹き飛ばした。


 鼻を付くような、重厚な獣の臭い。激情を含ませた、湿り気のある低い唸り声。

 吹き飛ばされた場所で、レオンはその声の主を見る。

 主が放つ魔力が、レオンの“眼“には大気を腐らせるような、どす黒い暴風として映った。

 


 ――大型魔獣“フェンリル“。その魔獣は、灰色の毛皮を靡かせながら、凶悪な黄色い眼光をレオンへと真っ直ぐに向けていたのだ。



 

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