13-3話「“始祖の眼“」
「⋯⋯あ、あの⋯⋯」
「もう、瞬きする間もレオン様から目を離しませんから♡」
浴場から出た後、レオンへの監視は一層厳しいものとなった。
少女たちは大浴場へ一人ずつ交代しながら入る事になった。手が空いたものはレオンの長い金髪を乾かし、櫛を入れ、寝巻きを着せた。
五人が上がる頃には、寝る準備の整っていたレオンを五人がかりで運び、ベッドの中心に彼を置く。
その後に少女たちもベッドへと雪崩れ込んだ。
とても大きく、豪奢なベッド。木枠には彫刻が施され、彼女たちの話していた通り肌の触れる部分には全てにとても肌触りの良いシルクが使われていた。
シーツからは、天日干しされたお日様の匂いが彼らを包み込むように優しく香る。
――が、流石に六人が寝ることは想定されていないのか、ベッドの上はギチギチに詰まり、誰かが身を捩る度に木枠が悲鳴をあげた。
未だ体がうまく動かせないレオンは、彼女たちにされるがままとなっている。
「⋯⋯さすがに、この人数は厳しいんじゃ⋯⋯」
「そんな事ありません。それにシーツも、私お手製の石鹸でしっかり洗いましたから、とっても清潔な状態ですよ♡」
シルフはレオンの左側――ノエルの向こう側から、甘い声を発する。
「⋯⋯でも⋯⋯。⋯⋯動けない⋯⋯」
「その必要はありません。何か欲しいものがあれば、ルナが取りますので」
ルナはレオンの右側を陣取り、その豊かな胸をレオンに押し付けていた。
「レオン! 勝手にどっかいっちゃ、絶対にダメだからね!!」
「い、行かないよ⋯⋯。それに、これじゃ行けないよ⋯⋯」
ノエルは、レオンの左側――まるで、彼の心音を聞くかのように、左胸に頭を乗せている。
「約束、よ。もし破ったりなんかしたら、一生、このベッドに縛り付けてやるわ」
「⋯⋯だ、大丈夫、です⋯⋯」
ヒルダはルナの後ろ――ルナを巻き込むようにして、レオンに抱きつこうとしていた。
そして、彼が動けない最大の理由。――彼の足にしがみつく、クロラの鼻にかかったような甘い声が、布団の中から聞こえた。
「ぐふふ♡ 特等席ですぅ〜♡ レオンさまぁ、もう絶対に一人にしませんからねぇ〜♡」
「⋯⋯クロラ。⋯⋯変なとこ、触らないでね⋯⋯?」
「大丈夫ですぅ〜! レオンさまの体に、変なところなんてありませんからぁ〜♡」
「⋯⋯本当に、やめてね⋯⋯?」
レオンが困惑したようにクロラに返すと、彼の左胸にいるノエルが顔を上げた。
彼女の白金の髪がふわりと舞い、石鹸の匂いとサラサラの感触がレオンの鼻と頬に届く。
「⋯⋯ノエル⋯⋯?」
「レオンの“眼“。ぼんやりと光ってて、とっても綺麗だね!」
「⋯⋯!」
彼は、ノエルの言葉にドキッとした。その言葉を聞いた彼女たちは、一斉にその視線をレオンの“眼“に向ける。
「本当です。妖艶ですね」
「――それが、様々なものの魔力を暴いて、貴方の体を蝕む正体かしら?」
ルナとヒルダが口を開く。――特にヒルダのその声は、気怠いながらも、核心をついていた。
その言葉に、レオンは観念したように答える――前に、シルフが口を開いた。
「⋯⋯“始祖の眼“。深い紫色の、淡く輝くその瞳は、この世界の魔力、そして魔法を“全て“を見通すと言われる、大陸中の魔法使いが聞いたら垂涎する程の力を持つ、“魔眼“の一種ですね?」
「⋯⋯シルフ。⋯⋯知って、いたの⋯⋯?」
「昔、聞いたことがありましたので」
シルフが一瞬だけ悲しげに、あるいは懐かしそうに包帯の中の目を細めるよう微笑んだ。
彼女のその言葉に、とうとう観念したようにレオンは口を開く。
「⋯⋯この大陸における、ほとんどの魔法を体系化させた“始祖の魔法使い“が持っていたとされる“始祖の眼“。⋯⋯その眼は、シルフの言う通り、この世界の魔力を見ることができ、全ての魔法の解析すらできる」
感嘆の声を上げる彼女たち。――少年は、少し力無く続けた。
「例えば、シルフからは春の嵐のような、ヒルダからは深紅の業火のような膨大な魔力が溢れ出して、それが部屋を塗り替えているように“視え“ているよ」
「それって、すごい事なの?」
力無く話していたレオンを遮るように、ノエルが割って入る。そんな彼女に、クロラは返答した。
「すごいなんてもんじゃないよ、ノエルちゃん! このアエテルナ大陸において、魔力を持たない生物は存在しない。その魔力が全て“視える“という事は、世界の理の殆どが視えるって事なんだよ!!」
「んー。よくわかんない!!」
「え〜っと、つまり! レオンさまからしたら〜、ノエルちゃんは“スケスケ“って事だよ!!」
「えっ!? レオン、えっちだった!?」
「ち、違うよ⋯⋯!」
ノエルは、恥じらっているのか、興味を持ったのか判別が付かない驚きの表情でレオンを見つめ、焦ったように彼は言葉を返すのだった。
「確かに驚異的ね。でも、それだけの情報を常に浴びるのは、疲れるのではないかしら?」
「⋯⋯そう、だね。普段は、あまり“視ない“ようにしているけど⋯⋯。それでも、今日のガルムみたいに、異変があれば、勝手に視界が変わるからね⋯⋯」
「どんな風に、見えているのですか?」
「⋯⋯普段は、僕らの体に血管のように張り巡らされた魔導管から漏れ出る魔力が視えるくらいだけど、なんて言うのか⋯⋯。“眼“に力を込めると、視界がモノクロになって、魔導核の光と色、そこから魔導管を伝って流れる魔力が視える感じかな?」
「⋯⋯つまり、スケスケ、と。⋯⋯スケベ」
「⋯⋯魔力、だけはね⋯⋯?」
ヒルダとルナからの質問に答えるレオン。少年の左胸にいるノエルの頭からは、ぷすぷす、という音がして煙が上がっていた。
――シルフが一瞬悩んだように考えると、意を決したように口を開く。
「魔力が視える。魔法に込められた秘密が理解できる」
「⋯⋯そうだね、シルフ。⋯⋯調子が良ければ、相手の魔法を視れば、その魔法陣をそのまま使って、同じ魔法を使う事も出来ると思う」
「とんでもないわね、それは」
「うん。ヒルダの言う通り、とんでもないと思う。⋯⋯何せ、相手の魔力や魔法陣を視れば、相手が今どんな気持ちか、魔法にどんな想いを込めているか、積み重ねた努力や思考、費やした時間さえ理解できる。⋯⋯ちゃんと、力を込めれば、だけど⋯⋯」
「――でも、デメリットも、ある⋯⋯」
「シルフ⋯⋯」
レオンは、シルフが何を言おうとしているのかを理解した。
少年は、シルフが告げようとした言葉は黙っているつもりだった。
――だが、その事をシルフが知っているのなら、いずれ知られてしまう事だと観念したようだ。
シルフも迷っていた。――が、やがて彼女たちを信じるように、静かに語り始める。
「――“始祖の眼“を持つものは、全身の魔力の殆どが、その“眼“に集まってしまう」
「「「「⋯⋯!!」」」」
シルフを除く、四人の彼女たちは、一斉に目を見開き、言葉を失った。
「魔力が“眼“に集まる、というのは、血液が一箇所に留まってしまうというのとほぼ同じ。血液で同じことが起これば、四肢は末端から腐り落ちてしまう」
「⋯⋯! そんな⋯⋯! レオン!!」
ノエルの掠れた声。その瞳には、涙を浮かべているように見えた。
「“始祖の魔法使い“が活動していたのは、およそ十八歳から二十五歳くらいまでの約七年間だったと言われています。その後の消息は不明。その間に、彼は現代にも通じる魔法学を体系化、今でもそれは変わらずに受け継がれています」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
言葉を失う彼女たちに構わず、続けていくシルフ。
その言葉をクロラは黙って聞いていた。――レオンを握る手に、僅かに力を込めながら。
「“始祖の眼“は突然発生する先天性の疾患、とも呼ばれています。つまり、今この瞬間にも、どこかで同じ“眼“を持つ人が生まれているかもしれない」
「なるほど。にも関わらず、“始祖の眼“を持つ者を見る事は殆どない。⋯⋯つまり」
シルフの言葉に付け加えるかのように、ヒルダが続く。――その表情は、苦虫を噛み潰したように、苦悶に歪んでいた。
「はい。“始祖の眼“を持つものは、“夭折“する運命にある。⋯⋯という事です」
「⋯⋯! 嘘、ですよね⋯⋯? レオン⋯⋯!」
――夭折。つまり、長くは生きられない。そんなのは嘘だと、レオンに強く縋るルナ。しかし、彼の体は、その言葉を強く肯定するかのように、酷く冷たかったのだ。
シルフが語り終えてから、レオンは力無くぽつぽつ、といった様子で話し始めた。
「⋯⋯僕は、今年で十五歳。にも関わらず、去年から身長が伸びていない」
「それどころか、去年から体重は二キル減った。⋯⋯さすがに、僕の食生活のせいだと、思うけど⋯⋯」
何かを諦めるように呟くレオン。その淡く輝く瞳は虚無に満ちている。
――そんな儚い少年を見ていたシルフは、決心したように声を上げた。
「――なんとか、しないとですよね!」
「⋯⋯シルフ⋯⋯?」
力無く零すレオンは、シルフの様子に困惑していた。
――だが、彼女はそれに構う事なく続ける。
「今日のレオン様は、元気でした。なぜ、でしょう?」
「⋯⋯それは、“魔剣“をずっと、身につけていたから、なのかな⋯⋯?」
「はい、恐らく、そうだと思います。つまり、魔力の欠乏さえどうにかすれば、レオン様は元気に長生き出来るはずです!」
「⋯⋯そんな、事⋯⋯」
レオンは力無く零すが、その瞳は魔剣を見つめていた。
――“魔剣“にさえ支えて貰わないと、歩くことさえ困難な自分の身を深く呪いながら。
そんなレオンの様子とは真逆なシルフは、優しい声でレオンに続けていく。
「安心してください、レオン様。必ず、あなたを救ってみせます。私一人では無理でも、“私たち“なら、絶対にできる筈です!」
「うん、そうだね!! 絶対大丈夫だよ、レオン!! 私たちが、ついてるからね!!」
「そうね、そうだわ。最初から諦めるなんて、私らしく無かったわね」
「ぐへ、クロラもぉ〜、もっちろん力になりますよぉ〜!? そんな運命、跳ね除けてやりますぅ〜♡」
「⋯⋯レオン、安心してください。ルナたちは、“最強“ですから」
「⋯⋯!! ルナ!? “さいきょー“って、なに!?」
「とっても強い、負けない、って意味です。ノエル」
「!! やったー!! じゃあ、私たち、“さいきょー!“だね!」
レオンは、少女たちが盛り上がっているのを、まるで窓の外から眺めるように見ていた。
――少女たちは、彼の境遇に同情する事なく、憐れむこともなく、ただ力になろうとしたのだ。
その事実が、彼には信じられなかった。
「⋯⋯みんな、何を、言っているの⋯⋯?」
信じられないものを見るように、彼は零す。
「心配しないでください、レオン。あなたの体が冷たいのであれば、ルナが温めてあげます」
「レオンが歩けないなら、ノエルが運んであげる! どんなところでも、連れて行ってあげるからね!!」
「私の“糸“、見ていたでしょう? この糸にできない事なんて、なにもないわ」
「ぐふふ〜♡ 修理も“お世話“も、なんでもこのクロラに任せてくださいね〜♡」
「⋯⋯みんな⋯⋯」
レオンの瞳から、涙が落ちる。――痛みや苦しみ、絶望の中でしか泣いたことのない彼は、今の涙の意味が理解できなかった。
その涙の跡を、シルフが細い指で優しく拭う。それに続けて、シルフは穏やかな、哀しいほど優しい声で、彼に告げた。
「安心してください、レオン様。あなたの居場所は、ここですから。レオン様の良くない運命なんて、私たちが払い除けてやります」
「⋯⋯シルフ⋯⋯」
少年は、胸が締め付けられるような、そんな温かさが心に満ちていくのを感じていた。
――シルフは、なおも少年に向けて優しく、そして力強く告げる。
「だから、ここに居ていいんですよ。――いいや、ここに居て下さい。私たちは、どんな事があったって、貴方から離れませんから」
「⋯⋯⋯⋯うん」
レオンは俯く。溢れる涙が止まらない。嗚咽を漏らし、情けなく啜り泣く。
そんな彼を、彼女たちはより強く、彼を温めるように抱きしめた。
やがて彼は、泣き疲れたように淡く光る“眼“を閉じて、眠りについた。
華奢な身体に抱きつく彼女たちの衣服を、少年は強く握り締めながら、レオンは久しぶりに、あるいは初めて安心して眠りについたのだった。




