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【第1章完結】落ちこぼれ騎士の「花嫁騎士団《ブライド・ナイツ》」  作者: 茶毛
1章:「熾火の魔神と五人の花嫁」

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1章:13-1話「幸せを覗く者」


 西の空が赤くなり始めた頃には彼らの屋敷の掃除は一段落つきたようで、古いがしっかりとした造りのテーブルで彼女たちは談笑していた。


 ――屋敷に積み重なった埃を取り除くと、そこには落ち着きのある石と木材の豊かなコントラストが映える空間が姿を見せたのだった。

 

 初めて中を見た時の様子からは想像がつかない程、綺麗になったダイニングで座るレオンたち。

 彼らは、食事を一手に引き受けてくれたシルフを会話しながら待っていたのだ。

 


「それにしても、綺麗になるものね。中々、良い屋敷じゃない」

「⋯⋯そう、だね。みんなが綺麗にしてくれたおかげだよ」

 


 気怠そうな声音でダイニングを見渡すヒルダ。だが、彼女のその表情は微かに感心したように頬を綻ばせていた。

 


「二階も広かったよ!! おっきなベッドがある部屋に、綺麗な机が一個ある部屋、それに、いっぱいご本がある広いお部屋もあったの!!」

「⋯⋯そうなの? 寝室と、執務室と⋯⋯。あとは、図書室、というより会議室なのかな⋯⋯?」

「広いバルコニーもありました。森や大きな山脈を見渡せる、風の気持ち良いところです」

「そうなんだ。一階はこのダイニング、それに談話室もあるし、本当に立派な屋敷なんだね」

 


 興奮した様子で部屋の事を語るノエルに、バルコニーから覗く風景に心を躍らせているようなルナ。


 

「それだけじゃありませんよぉ〜? なんと! キッチンやお風呂には自動で井戸から水を汲み上げてくれる魔導機が入っているおかげで、蛇口を撚れるだけで水は出ますし、おトイレだって水洗式! こんな僻地にあるのに、すごいよねぇ〜♡」

「そうなんだ。すごいね! ⋯⋯でも、こんなに手入れされていなかったのに、魔導機は使えたの⋯⋯?」

「ハイ! クロラが全部直したのでぇ〜、全部使えますよ〜♡ 魔石も入っていたので、クロラの魔力(あい)、込めときました♡」

「⋯⋯嘘、でしょ⋯⋯?」


 レオンはクロラの言葉に驚愕していた。

 魔導機――魔力を動力にし、水を汲み上げたり光を灯す等、人々の暮らしを便利にする道具である。


 通常であれば専門の人間しか修理は出来ず、それができれば仕事に困らないとまで言われるほどの技術が必要な仕事。

 それをやってのけたクロラに、少年は目を丸くしていたのだった。

 


「それに、魔石に魔力を込めるのだって、暴発の危険があるから、簡単に出来ることではないのに⋯⋯」

「ぐふふ♡ クロラは、とっても優秀なんだよぉ〜? 一家に一台! クロラがいれば、もう安心!!」

「⋯⋯本当に、その通りだね⋯⋯。本当にクロラはすごいよ。本当にありがとうね!」

「ぐへへへ♡ レオンさまの感謝、頂いちゃいましたぁ〜♡」


 

 クロラはレオンの言葉に悶えるように、しなやかな体をくねくねと躍らせていた。――が、何かを思い出したように目を大きくすると、しょんぼりとした様子で彼女は口を開いた。


「あっ! 一つだけ⋯⋯。大浴場のお湯を沸かす魔導機。これだけは魔石が入ってなかったので、使えないのぉ〜」

「⋯⋯それは、仕方ないよ⋯⋯。そもそも、お湯を沸かす魔導機に入れる魔石は、使い捨て前提なんだから」


 

 肩を落とすクロラを励ますように、彼女の頭を撫でるレオン。少年のその言葉に、ヒルダが気怠い声で質問する。

 


「なぁに? その使い捨ての魔石って」

「⋯⋯お湯を沸かすのは、水を汲み上げるのとは比べ物にならない程の魔力(エネルギー)が必要なんだ。高価な上に、通常は使い捨て。魔力を込めようものなら、いくら魔力の多いクロラだって、今頃立ててないよ。⋯⋯暴発すれば、多分大浴場は吹き飛ぶだろうし⋯⋯」

「ふぅん。じゃあ、今日はお風呂はお預けなのね」

「あ、いや! 魔導機が壊れた時のために、薪でも沸かせるようになっているんだ。大浴場の掃除が終わったタイミングで薪を焚べといたから、食事が終わる頃には入れると思うよ?」

 

「じゃあ! あのおっきいお風呂に入れるの!? やったー!!」

 

「さすがです、レオン」


 

 お風呂に入れる、と聞いた彼女たちは皆一様に顔を綻ばせ、喜んでいた。気怠そうなヒルダでさえ、よくやったとでも言わんばかりにレオンの頭をなでなでしている。

 ――そのせいで、保管されていた薪を使い切った事を少年は黙っていた。


 (みんな、とっても頑張ってくれたから。薪の事は明日考えよう⋯⋯。)

 


 レオンが複雑な表情でヒルダからのなでなでを受けていると、シルフがキッチンから出てきた。


 

「はい♡ 皆さん、お待たせしました。お口に合えば良いのですが」


 

 そう言って、シルフは机の上に料理を並べていく。


 ――黒パンに干し肉を挟んだものに、彼女がここへ来る道中に摘んでいたと思われる山菜のスープ。

 黄金色に澄みきり、色鮮やかな山菜が映え、素材の味を最大限引き出した質素ながらも贅沢な一品。

 そこから立ち昇る湯気は、まるで食欲を誘う甘い誘惑のようにダイニングを満たしていた。


 ――レオンの“眼“には、山菜が淡く輝いているように見えた。シルフは、生えている中でも特に魔力が豊富な山菜を選りすぐったに違いない。

 

 並んだ料理に、彼女たちは感動したように目を見開き、口々に感嘆の声を上げる。『いただきます!』という声が響き渡ると、お腹が空いていたのか皆一心に食事を取り分け、食べ始めた。

 


「⋯⋯! おいしー!! もっとちょうだい!!」

「ふふ、ありがとうございます、ノエルさん。沢山あるので、ゆっくり食べてくださいね♡」

 

「おかわり、ください」

「はい、どうぞ、ルナさん♡」


 

 凄い勢いで食事を進めるノエルとルナ。二人が器をシルフに渡すたび、彼女は嬉しそうに料理を取り分けていた。黙々と食事を進めるヒルダとクロラも、その両頬を緩ませて、味を堪能しているようだ。

 

 そんな彼女達の姿を嬉しそうに見ていたレオン。

 ――彼は、そんな暖かい世界から“疎外“されたかのように、その小さい口に少しずつ食事を入れていた。


 

 (⋯⋯やっぱり、味。わからない、な⋯⋯。)


 

 ――レオンには、味覚が無い。記憶が無い頃からなのかは、彼の知るよしも無いのだが。彼は記憶のある人生の中で、一度として食事を楽しんだ事はなかった。


 

 どんなに美味しそうなスープでも、彼の口に入った瞬間に温かい水に変わる。塩辛く味付けされた干し肉のサンドでさえ、その硬い食感と口の中の水分が奪われていく感覚しか無い。

 

 ――まるで、砂や泥を噛んでいるような不快な感覚。

 

 それは、シルフの愛情がたっぷり込めたと思われる料理を食べる資格がないとでも言うように、彼の貌に影を落としていた。


 

「レオン様? ⋯⋯もしかして、お口に、合いませんでしたか?」

「っ! い、いや! そんな事ないよ! とっても美味しいよ!!」

 


 心配そうに眺めるシルフに、彼は慌てて誤魔化すように告げた。

 ――彼の指先が微かに震え、喉に詰まるような苦しさを覚える。その“嘘“さえ、自分の心を潰されるような鈍い痛みを感じるように。


 

 『――美味しそうだな。お前には、それを楽しむ権利さえ無いというのに』

「⋯⋯!!」

 『――あの子も、可哀想に。こんな“嘘つき“に騙されて。本当に酷い奴だよ。君は』

 

「⋯⋯オン様? レオン様!!」

「⋯⋯はっ!!」


 

 一瞬、レオンの世界が灰色になる。――しかし、それはすぐに収まった。シルフが、彼を現実に引き戻したのだ。

 

 シルフだけではない。他の彼女達も同じように、心配そうに視線を集めていた。


 

「レオン、大丈夫?」

「顔色が、悪いよぉ〜??」


 

 ノエルとクロラが、彼を気遣う声をかける。


 だが、少年は彼女たちの向ける心配そうな視線が――まるで、少年に失望したような瞳をしているかのように映ったのだ。

 


「ごっ、ご馳走様! おいしかったよ! ありがとう、シルフ! 薪の様子を、見てくるね!」

「⋯⋯! レオン様!!」

 


 その視線から逃げるように、レオンはダイニングを飛び出し、大浴場の外側――薪で湯を沸かす場所へたどり着いた。



 (⋯⋯嘘ついて、ごめんなさい。)

 


 少年は自責の念から身を守るように、釜の前で丸くなる。

 

 薪の様子は、上々だった。ぱちぱち、と爆ぜる火の粉だけが、冷えた彼の頬を赤く染める。屋敷の中の賑やかな笑い声が遠くに聞こえるほどに、火を見つめるレオンの影は長く、孤独に伸びていた。


 

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