1章:8話「小騎士団(スモール・オーダー)」
エレオスの丘に吹く風よりも重く、冷たい空気がその部屋を支配していた。
紫煙の充満する部屋の中心に立たされているレオン。
葉巻特有の芳醇な香りのする煙の匂いが、彼の鼻腔を通り抜ける。
彼の怯えた視線の先には、葉巻を燻らせた赤髪の巨人が対峙していた。
その巨躯の男は、机の書類と彼とを交互に見やり、葉巻の灰を灰皿へ丁寧に落とすと、その大きな口を開いた。
「さて、リヒトホーフェン君。なぜ、ここに呼ばれてたのか、聡明な貴様なら理由はわかるな?」
「⋯⋯部屋の、扉を壊したのは、私ではなく、寮長です⋯⋯」
巨躯の男に怯えながらも、いつもより少し丁寧な口調でとぼけるレオン。
――客観的に見れば、彼は許可が無い限り異性を入れてはいけない寮に、女性を連れ込んだ。
内緒で連れ込む学生は多く、それ自体は珍しいことでは無かったが、五人同時に招くのは前代未聞だった。
それに彼は、今までこの手の規則を破った事はなく、もちろん女性と付き合った事さえ無い。
レオンは、こういう時、何を言われて、どんな罰を受けるのか想像が付かなかった。
――かといって正直に"女を五人、自室に連れ込みました!" なんて言うことも出来ず、とぼける事しか出来なかったのだ。
そんな彼の様子ににっこりとしながら、巨躯の男は続けた。
「ガッハッハ! 言うようになったじゃないか。やはり、女を知ると、男は変わるな?」
「⋯⋯そんなこと、ないです⋯⋯」
「何、恥ずかしがる事ではない。儂だって、この学校に在学していた時は、ブイブイいわせていたもんだ!」
「⋯⋯い、いや! “ベルケ校長“が期待しているような事は、何もありません!」
「本当かぁ〜? 寮長が必死で貴様らを止める声、儂の元にまで届いていたぞ〜?」
――コンラッド・フォン・ベルケ。
このエレオス教会騎士学校の校長にして、彼らの先輩でもあるこの古兵は、その強さと勇猛さからついた異名は“英雄“ベルケ。
齢六十を超えてなお衰えないその覇気は、彼を実年齢以上に若く見せていた。
彼は、その覇気のある赤い瞳をレオンに向け、丸太のように太い両腕を机の上に置き、身を乗り出す。
ギシ、という机の悲鳴を響かせながら、興味津々といった様子で口を開いた。
「しっかし、貴様。どうやって自分の部屋に五人もの美女を連れていったんだ? どうやった? コツとか、あるのか?」
「⋯⋯そ、そんなことはありません。鍵は閉めたはずですし、窓も閉めていたはずです。⋯⋯どこから入ってきたのかは、わかりませんでした」
「儂はいつ女が来てもいいように、扉の鍵も窓も開けっぱなしで寝るのだが、そんな事は一度としてなかったぞ?」
「⋯⋯お言葉ですが、流石に鍵は閉めてお眠りください。危ないです」
「何、心配するな。入ってくるのが盗賊なら、返り討ちにするだけだからな」
ガッハッハ、と、豪快に笑うベルケ。
豪放磊落、傍若無人、唯我独尊。そんな言葉が服を着て歩いていると称される彼は、その噂に違わないほど豪胆な人間だった。
だが、そんな風に笑っていたベルケは、手に持っていた葉巻を灰皿へ置いた瞬間、その緩んだ口角を引き締め、その眼光を鋭くし、レオンに告げた。
「だが、規則は規則だ。他の者に示しがつかんからな。貴様を、退寮処分とする、この後すぐに荷物をまとめろ」
「⋯⋯はい」
彼から処分を告げられ、レオンは覚悟はしていたものの、やはり肩を落とした。
(⋯⋯仕方のない事とはいえ、これからどうしよう⋯⋯。)
しょんぼりとするレオンに、ベルケは道を示すように続けた。
「しかし、退寮となって根無草になってしまうのは、流石に可哀想だからな。儂が所有している屋敷を格安で貸してやる。しばらくはそこに住め」
「⋯⋯え⋯⋯?」
「勘違いしているかもしれんが、貴様の処分はあくまで“退寮“だ。退学ではない。今まで素行不良があったわけでもあるまいし、何よりあの美女たちが可哀想だからな」
「⋯⋯寛大な配慮、痛み入ります⋯⋯」
「まあ、あまりにも僻地にあるから、魔獣が出るかもしれんが⋯⋯」
「⋯⋯え⋯⋯?」
「まあ、貴様達なら、多分大丈夫だろう。美女達も腕が立つようだしな」
ベルケは小声でとんでもない事を言い放った。
とんでもない僻地に屋敷があるという事はわかったが、まさか魔獣が出るほどとは、レオンも思ってはいなかった。
「まあ、騎士学校設立以来、女性を同時に五人も連れ込んだのは、貴様が初めてだからな」
「⋯⋯申し訳、ございません」
「ちなみに以前の記録は儂の三人だ。儂を超えたという事だな。まさかこんな軟弱者に塗り替えられるとは、思わなかったが」
「⋯⋯申し訳、ございません」
彼は、あっけらかんととんでもない事を語り、レオンは何を言っていいか分からず、とりあえず謝ることにした。
――そんなベルケは、とても悔しそうに拳を握っていたのを、レオンは気が付かなかった。
拳の握りを緩め、緩んだ口元を再度引き締め、真剣な眼差しでレオンを見つめる彼は、レオンに厳しい口調で続けた。
「ああ、それと、貴様は“小騎士団“を設立しろ。あの美女達を率いてな」
「⋯⋯“小騎士団“?」
レオンはその小さな顔を傾げ、困惑したように返す。
彼はその名前を知らなかったのではない。
なぜ、自分なんかが、という卑屈な表情だったのだ。
――"小騎士団"。正確には小騎士団制度という、騎士学校に在籍する学生のみで構成される騎士団の事である。
学生自身が騎士団を運営する事によって、将来、正規騎士として騎士団に所属した際に、即戦力として堅実に、そして柔軟に動けるように学ぶための、騎士学校における最終試験である。――しかし。
「⋯⋯ですが、あれは⋯⋯」
「そうだ。本来であれば小騎士団は騎士学校五年生以上でなければ設立することはできん。何故だかわかるか?」
ベルケは、レオンを試すよう口角を上げながら、意地悪な声音で質問した。
「⋯⋯小騎士団は、その制度上、学生自身が主体となって運営します。その内容は、任務の受注や金銭の交渉、隊員や傭兵の雇用、給金の保証や騎士団自体の財務処理、健全化など、多岐に渡ります」
「それで?」
「⋯⋯全ての責任は、その小騎士団の⋯⋯"団長"が負うことになります。運営に行き詰まり、借金をする事もあれば、依頼された任務で命を落とす事もあります」
「ふむ」
レオンは、彼にしては珍しく澱みなく続けた。
――彼は、学べる事ができるのであれば、常に貧欲に知識を吸収していたのだ。
「⋯⋯その責任を負う事が出来ない、基礎教育課程である騎士学校四年生未満、⋯⋯私たちのような未熟者では、小騎士団に所属する事は出来ても、新設は許可される事は無い⋯⋯。と、規則にはあるはずです」
ベルケは、レオンの右肩から下がる"青の飾緒"を見ながら、満足そうに彼を一瞥すると、感心したように溢した。
「よし。よく勉強しておるな。さすがは、勤勉なリヒトホーフェン、といったところか」
「⋯⋯ありがとう、ございます」
「設立のメリットを上げないあたり、後ろ向きな貴様らしいが」
「⋯⋯申し訳、ございません」
ベルケは、先ほどの感心したような様が消え失せ、意地悪するような声音で告げる。
――しかし、次の言葉を放つ時には、それすらも消え失せ、校長としての威厳を放ちながら続けた。
「だが、概ね貴様の言う通りだ。本来であれば、貴様のような未熟者に、他者の命を任せる事はできん」
「⋯⋯それでは、何故⋯⋯?」
「貴様の為でもある」
「⋯⋯え?」
あくまで真剣な様子で語るベルケ。
彼は、徐々にその威厳ある低い声に熱を込め始め、楽しそうにレオンに言い放っていく。
「あの美女達の事だ。退寮して、これからどうするつもりだ? 貴様の事、好いてくれているのだろう?」
「⋯⋯それは、わかりません、が⋯⋯」
「このスットコドッコイが。貴様はどうなのだ。あの美女達、みんな貴様の好みであろう! 胸だってでかいし!」
「⋯⋯! そ、それは⋯⋯」
「はっきりしない奴だな、貴様は。とにかく、儂はこの学校で一番偉いのだ。特例でなんとでもなる」
「⋯⋯そんな、無茶苦茶な⋯⋯!」
「団長はいいぞぉ〜? 規則は自分で定める事ができるし、金も稼げる。なにより、団員を自分の好みで固める事も出来る! 富も名声も思いのまま! やりたい放題、楽しめるぞぉ〜!?」
「⋯⋯興味、ありません」
「つれないな、貴様。儂はしっかり、貴様が儂と同類だと見抜いておるぞ? このむっつりスケベめ」
「⋯⋯! そんな、事は⋯⋯!」
「嫌なら、辞めてもいいのだぞ? だが、そうなれば屋敷での生活費はどうする? 貴様一人なら、なんとかなるかもしれんが、あの美女達はどうする? 捨てるのか?」
「⋯⋯そんな事は⋯⋯」
レオンは、おどおどとしながら返答する。そんな彼を見て校長は、語気を強めて彼に言い放つ。
「貴様には覇気がない。そんな騎士は正直いらん。自分を大切に出来ない者が、一体何を守れるというのだ」
「⋯⋯!!」
「折角、魔剣にも選ばれたのだ。ここは一つ漢を見せて、死ぬ気であの美女達を養って見せろ。貴様なら出来ると、儂に証明してみせろ!」
「⋯⋯はい!!」
レオンは、その背中に下げた魔剣を一瞥する。
――彼の身長では長すぎて腰に下げられなかったため、背中に下げたのだ。鞘はなかったので、布でぐるぐる巻きにしている。
その魔剣を、校長もレオン越しに見ていた。
ベルケの鋭い眼光は、その奥にある"運命"を射抜いているようであった。
「そして、あの美女達を幸せにするんだ。一人ではない。五人、全員だ。あの美女達の幸せがなんなのか、貴様自身でしっかり考えてみろ」
「⋯⋯わかりました⋯⋯!」
「返事は!?」
「わかりました!!」
覇気を込めて叫ぶ校長に、呼応するようにレオンも大声で返事をする。
校長はよし、と満足気に口元を少し綻ばせながら小さく頷き、レオンに続けた。
「三日後、小騎士団“蒼穹の盾“がブリガンティアとグレーネラントの国境付近に、魔獣討伐の任務に向かう。団長はフェリスで任務中だが、バルクホルンが団長代理として隊を率いるそうだ。そこで彼女達と合同で任務にあたれ。質問は?」
「ありません!!」
「よし。貴様も、バルクホルンが一緒なら、少しは気が楽だろう。任務までの期間は準備に充てろ。書類の手続きはこちらでやっておく」
「ありがとうございます!!」
「まあ、適当に判子を押すだけだし? 何か不備があれば儂から連絡する。一旦は儂が臨時で貴様達の顧問だ。⋯⋯面倒は、起こすなよ?」
「⋯⋯わかりました!! ありがとうございます!!」
「よし、下がれ」
「失礼します!!」
レオンは、その華奢な体格で出せる精一杯の大きな声で校長に返事をし、部屋から退出する。
ベルケは、あの騎士見習いの少年が立ち去ったのを見ると、置いていた葉巻を掴み、再度燻らせた。
再び紫煙が充満していく部屋で、息を吐くベルケは零すように呟いた。
「――これで、あの“死にたがり“が少しは収まれば良いのだが」
彼は校長室から見える広大な森――レオン達が、これから住むはずの屋敷を見据えながら、再度零す。
「死に急ぐな、リヒトホーフェン。この世界は君が思っているより、もうちょっとは綺麗なはずだ」
ベルケは、ここにいない彼に向かって、一人呟くのであった。
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「⋯⋯あ、しくじった!! 屋敷の場所と鍵を渡すのを忘れておったわ!!」
――ガッハッハ、と大きな声で笑いながら、ベルケは再度、レオンを大声で呼び戻すのであった。




