勇者一行、戦いの果てに。
後始末はきちんとしますよ。
「スゥ、スゥ……。」
「流石に皆疲れたか。」
コミケを終え、電車に揺られて勇者一行たちは帰路につく。スヤスヤと寝息を立てる仲間たちを見て、シャーロットは微笑んだ。
藤間たちが目覚めた後、アレックスたちは戦いの痕跡を消すのに相当な労力を割いた。最終決戦となっただけあって、会場はボロボロ。結界のお陰とはいえ、良くもまあ崩壊せずに済んだものである。という訳で魔法使い同盟の皆様にもご協力いただき、何とか現場を元の姿に戻すことができたのだ。
……因みに1番損傷が激しかった箇所はシャーロットが放った魔法《風牙》によるものだったのだが、見て見ぬ振りをした。
藤間と聖については目を覚ました後、漫画研究会のメンバーと合流している。本当はもっと話をしたいところではあるが、元々彼らは部活動の一環でコミケに参加していたのだ。生徒たちを放置する訳にもいかないので、後日時間を設けるということで取り敢えず解散した。
これまでの戦いが嘘のように感じられるほど静かな車内。シャーロットが窓から見える夜景を眺めていると、すぐ隣でモゾモゾと動く気配を感じた。
「ンンッ……あら、アンタ起きてたの?」
「何だ、イザベラも起きたのか。」
目を向ければ、そこには目を擦りながら色気を振り撒く魔女・イザベラの姿があった。同じ女性である筈のシャーロットですら一瞬たじろくレベルだ。男たちが寝ていて良かったと彼女は安堵した。そんなシャーロットの心配など全く気づく気配も見せず、イザベラはシャーロットに向かって笑いかける。
「ふふ、相変わらずつっけんどんな物言いねぇ。アンタも魔力切れ起こすくらい頑張ったんだから少しは寝ときなさいな。」
「ああ、そうだな。」
イザベラの言葉に返事をするシャーロットだが、彼女の忠告通りに眠れる気がしなかった。それでも起きたままだと説教されそうなので、シャーロットは仕方なく目を瞑る。
「(……まだ残っていたか。)」
目を閉じると自然と神経が研ぎ澄まされる。周囲の魔力の流れを感知していると、彼女が懸念していた通りの状況になっていた。
「……シャーロット。私、寝なさいって言った筈だけど?」
「チッ、バレたか。」
優秀な魔女の前ではシャーロットの狸寝入りは無駄だったらしい。片目を開けてイザベラの顔を覗けば、此方をジト目で見つめている。
「アンタに感知できて私にできない訳ないでしょ。全く、メフィストと戦ってからコソコソ何かしてるとは思ってたけど、あんな技編み出してるなんて。」
「……お前には全部お見通しか。」
「あったりまえよ。あのねぇ、そんなに心配しなくてもアンタの魔法は成功してるから安心して眠りなさい。」
そう言ってイザベラは無理矢理シャーロットの目を閉じさせた。抵抗していたシャーロットだが、睡魔はずっと彼女の隙を窺っていたらしい。シャーロットは1分も経たずに夢の世界へと旅立ってしまった。
穏やかな寝顔を見せるシャーロットを撫でながら、イザベラは窓の向こう――自身が感知したソレの方向を向く。
「私の可愛い妹分のとっておき……せいぜい噛み締めると良いわ。」
先程とは打って変わって、意地の悪い笑みを浮かべたイザベラは1人呟いた。
『ククッ……グハハハハッ!馬鹿な奴らだ!私が死んだとでも思ったのか!』
月明かりのみに照らされた路地裏で、親指の爪ほどしか無い大きさの赤黒い欠片が下卑た笑い声を上げる。
――魔人はまだ生きていた。
魔人は自身の生命力すら捧げてあの泥人形を召喚した。だが生命力が尽きるより前に勇者一行の手によって破壊された為、一命を取り留めたのだ。
とはいえ、それまでに蓄えた力は殆ど失われてしまった。砕かれずに済んだ魔核の欠片を依代にしてあの場を脱することが出来ただけでも奇跡と言えよう。
『それにしても、まさかあの器が《心眼》持ちだったとは。泥人形がああもあっさりやられる訳だな。』
泥人形の核となる術式には不可視の魔法が施されていた。魔人は更に念を入れて、術式を泥の中に溶け込ませていたのだ。
しかし、あの時の藤間は術式を全て斬り伏せた。
『フン、あの性格でなければもう少し使い物になっただろうに。』
藤間帝人という人間は、とことん人を殺すのには向かなかった。それが魔王人格にも影響を与え、中途半端な強さになってしまったといえる。
結局のところ、今回の計画失敗の原因は魔王の器そのものだったのだろうと魔人は納得した。失敗は明日の糧とすれば良い。そう、つ……
『次こそは、か?』
もう身体など失っている筈なのに、何故か自分の心臓を鷲掴みにされた気がした。
『なっ……!』
『よぉ、クソジジイ。いや、石っころって言った方が良い?とにかくさっきぶりィ〜。』
魔人が声を上げるより早く、場違いな赤がその身を捕らえた。此方を見つめる人外の目は、声色に反して全く光を映していない。
大悪魔・メフィスト。頭から爪先まで赤で彩られた悪魔は、魔核の欠片をあっという間に捕えるとまるで玩具を見つけた子供のように口を上げた。
『マジでゴキブリ並みの生命力だなオメェ。てっきり死んだと思ってたンだが……。アレがなければオレ様も気付かなかったわ。』
『は……?』
この魔核の欠片の気配は完全に遮断できていた筈だった。幾ら上位の悪魔といえど、あの状況下で気配を感知できるはずがない。魔人はメフィストの言葉を何度も反芻するが、未だにその意味を理解できていなかった。
『ハハッ!まだオメェの状況分かってねぇのか。まぁせっかく此処まで来たんだ。ついでだから教えてやんよ。』
『オレ様がオメェを見つけられたのは……』
「《風牙》、ねぇ。」
電車の中でイザベラは呟いた。技を放った本人がムニャムニャ言っているのを眺めながら、彼女は先程の魔人との戦いを振り返る。シャーロットが全魔力を注ぎ込んで最後に放ったのは、幾つもの風を生み出して相手にぶつける大技だった。魔王の魔核すら粉々に砕く威力だ。まさに奥義と言って良いだろう。
――だが、この魔法の本質は別にある。
「シャーロットを甘く見たわね、魔人。この子、さっぱりしてそうで結構……いえ、相当根に持つタイプよ。」
――魔人は2つ見誤った。
1つは、魔王の器である藤間帝人の真の実力。
そしてもう1つは……
――ヒュウ。
何処からともなく風の吹く音がした。しかし、音はするが風は何処からも感知できない。それでも音は段々と大きくなり、最早嵐とも呼べる程の轟音となっていた。
『一体何が……ッ!?』
『何がってそりゃあ、オメェが散ッ々馬鹿にしてた王女サマの魔法だよ。』
そう言ってメフィストは魔核の欠片を魔法で宙に浮かせる。
『オメェが最後に喰らった魔法……《風牙》だったか?ありゃただ風をぶつける魔法じゃねぇ。』
『対象の魂を破壊し尽くすまで業風を発生させる魔法だ。』
シャーロットが新技を開発する際に意識したのは魔核の欠片を完全に消滅させること、そして魔人を確実に斃すことだった。
莉花の身体を乗っ取った時もそうだが、あの人外はかつて戦ったボロワーのように魂についてかなり自由が利くようだった。現にあの魔王ですら仕留め損なっているのだ。
しかし、もう2度と逃す訳にはいかない。
とはいえ何度も勇者一行や魔王から逃げ仰せている魔人を捕える方法など、ゼロに等しい。シャーロット自身あまり捕縛魔法は得意ではなかった。
――ならばどうするか?
逃げられてしまうなら、追いかければ良い。
何処までも、何処までも。
例え其処が地の果てであろうと絶対に追いかけてやる。
この魔法はシャーロットの執念の結晶だった。
『あの手この手で逃げるヤツを追いかける……まさにfugaじゃねぇか。』
魂に楔を打ち込まれた時点で勝敗は決していたのだ。
――魔人はシャーロットの執念深さを見誤っていた。
ピシリ、ピシリと破片にヒビが入っていく。
魔人の魂を糧として発生した業風が内側から暴れ出す。
『私はッ゙!私はァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ゙!』
『だーからオレ様がオメェの来世の為にアドバイスしにきてやったってワケよ。話聞けよなー。』
発狂する魔人を眺めながら、メフィストは世間話でもするような口調で語りかける。
『オメェの敗因はズバリ!他人を理解しなかったこった!』
『オメェの十八番の身体の乗っ取りってのは、その身体……要は乗っ取る奴のことを理解して初めて使いこなせる。』
『だってのに、オメェときたらオメェのことばっかで他人のことなんか気にしちゃいねぇ。まだボロワーの方が上手く身体を扱えるんじゃねぇの?』
『ま、だからオメェは見誤ったのさ。』
『藤間帝人の真の実力も、あの王女サマの執念も。何より……』
『人間の心の強さを。』
特に秀でたところもない軟弱な種族にも関わらず、人間は自分の想像を遥かに超えることを平然とやってのけるのだ。かつてその身をもって味わったメフィストだからこそ、その言葉には重みがあった。
『良い機会だ。いっぺん地獄に堕ちて1から学んでこい。人間の……』
そう言って悪魔は自身の親指と人差し指をクロスさせ、照れながら告げた。
『愛ってヤツをさ……。』
『こ、こ、こンの……ッ!』
『色ボケ共がァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!』
――パリン!
欠片が割れ、容赦の無い暴風が魔人の命を削り取る。
魔核の欠片は粉々に砕かれ、魔素となって消えてゆく。
路地裏にはニヤリと笑う赤だけが残されていた。
コミケから無事山田家へと帰還した勇者一行を出迎えたのは、ツトムの父・山田太郎だった。
「おかえりツトム!皆!ようやく帰ってきたな!連絡つかないから心配してたんだぞ!」
「ご、ごめん父さん。電車の中でずっと寝てたから……。」
魔王と戦うことになるかもと事前に伝えていたのだが、それが良くなかったらしい。魔法を使えない太郎はただ待っていることしかできず、さぞ不安に思っていたことだろう。泣きながら抱きついてくる父親に申し訳なく思いつつ、ツトムは無理矢理彼を身体から引き剥がした。
「と、父さん!俺たち色々と疲れちゃっててさ、詳しいことは明日話すから今日はもう寝させて。」
命懸けの戦いをしてようやく辿り着いた我が家だ。ツトムは最早風呂に入る気力すらなかった。重たい瞼を擦りつつ、ツトムは父に断って寝室に向かおうとしたのだが……
「あ、そうだ!それどころじゃないんだった!お前たち、テレビとかニュースとか何も観てないのか!?」
太郎の一言にツトムたちは足を止めた。何故突然テレビやニュースなんて単語が出てくるのか。振り返るとこの場に居る誰よりも顔を真っ青にした太郎が此方の様子を伺っている。
「連絡すっぽかすくらい疲れてたんだぞ。観れねぇって。」
「ニュースって、何かあったのか?」
「と、とにかくリビングに来てくれ!」
「「「「「……?」」」」」
太郎は無理矢理ツトムたちをリビングへと連れて行くと、テレビの電源を入れる。
「父さん、明日じゃ駄目なの?」
「良いから!このニュース見てみろ!」
何が何でもテレビを見せたいらしい。普段あまりツトムの行動に口出しをしない父にしては珍しいので、ツトムは仕方なく画面に目を向けた。
『こんばんは。8時のニュースの時間です。』
夜のニュース番組だ。丁度始まる時間だったのか、挨拶と同時にニュースキャスターたちが話し出す。ちょっとした雑談を交えつつ話が進んでいき、漸くメインのニュースに入った。
『最初のニュースはこちら、夏の甲子園大会で起きた珍事件についてです。先ずは此方の映像をご覧ください。』
キャスターの言葉と同時に画面が切り替わる。夏の甲子園野球の中継映像だ。
「あれ、これうちの高校じゃねぇか。」
アレックスの指摘通り、対戦しているのは春風高校だった。3-2、相手のリードで迎えた9回裏ツーアウト満塁。此処で決めなければ春風高校の負けは確定だった。
そんな中、春風高校最後のバッターが現れる。
「あら?この子……ツトムの友達じゃない。」
「え、田中!?」
何と此処でバッターボックスに入ったのはクラスメイトの田中だった。普段のおちゃらけた雰囲気は一切感じられず、やはり野球をしている時はまるで別人である。
『さぁ、この試合は期待のルーキー田中に託されました。』
『春風高校レギュラーの中で唯一の1年生です。この場面で彼に任せるとは……勝負に出ましたね。』
そしてピッチャーが構えてボールを投げようとした時だった。
――ピシャァァァァァァァァ!
『『えっ!?』』
「「「「「え。」」」」」
突如、田中の頭上に黄金の光が降り注いだ。
その光は決して田中を傷つけるものではなく、彼を優しく包み込んで力を与えていく。
そして光が収束した時に彼らが目にしたのは……
黄金に輝く田中の姿であった。
――プチッ。
もうこれ以上見せる必要はないだろうと太郎はリモコンでテレビの電源を切った。
「これ魔法だよな?」
「えっと、ちょっと違うというか何というか……」
「この光って、アレですよね。」
「ああ、アレだな。」
最早眠気など吹き飛んでいた。
まさか1日に2度もその光を見ることになるとは思わなかったから。
少し考えれば分かることだった。
魔王と対をなす存在。
世界を救う力を持つ人間。
神に祝福された子供。
藤間という魔王が覚醒したことで聖という聖女が覚醒したのならば……
魔王の対となる勇者が覚醒するのは必然だった。
ツトムとアレックスは普段の巫山戯た田中の顔を次々と思い浮かべ、そして頭を抱える。
まさか……まさかこんな所に、こんな身近に居たなんて。
「「勇者ってお前かよ!?」」
その晩、何度目か分からない驚きの声が家中に響き渡ったのだった。
藤間帝人(魔帝→魔王)、聖撫子(聖→聖女)、田中勇(勇→勇者)……と一応名前にヒントは入れてました。田中に関しては本編中でフルネームが出たのは1度切りだったのと出番が無さすぎて存在を忘れている方が大半でしょうが……。




