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【完結済】異世界生活は難しい。〜勇者一行、現代日本に転移する〜  作者: 松竹紅葉
第4章 勇者一行、決戦へ。
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勇者一行、勝利の喜びを分かち合う。(後編)

答え合わせ後編。ツトムは何を対価にメフィストと取引したのか。

 倒れた教師2人を介抱する杏を眺めながら、ツトムはふと目を閉じた。杏が化け物が消えると同時に浄化魔法をかけたので、辺りは清浄な空気で満ちている。


「……筈、なんだけどな。」


 ツトムは目を開いて、教師2人に駆け寄る皆の姿を遠くから眺めていた。






「で、藤間先生に斬って貰うにしてもあの泥どうするのよ。」


 藤間の《心眼》ならば化け物の術式を一発で仕留められる。それだけで大きな一歩だが、触れただけでも絶命しかねない泥の問題が一切解決していない。そもそもあの化け物の身体が毒でなければ、シャーロットがひたすらぶん殴って術式を破壊すれば良いだけのことなのだ。


「あの身体が泥なのがなぁ。さっきも急に腕生やしてきやがったし、弱点が見えるのと斬れるのは別問題だろ。しかもどっかの魔王サマのせいで魔力高まってやがるし、正直杏が耐えてんのが信じらんねぇよ。」


 直接泥人形(ゴーレム)とぶつかったアレックスの言葉には説得力がある。しかしだからといってこのままではジリ貧だ。


「ヴォォォォォォッ!」

「ぐっ!」


 魔法を展開しながらの殴打は少しずつ杏の結界にヒビを入れていた。ドスン、ドスンと鈍い音に合わせ、ピシピシと薄い板が砕けるような音がする。


――もう時間がない。


「(考えろ、考えろ……ッ!)」


 魔法が使えない以上、使える手段は限られる。そして既にツトムとシャーロットは魔力切れでまともに戦えない。


「……やるしかないだろう。」

「先生、無茶だよ!」


 杏の限界を感じ取った藤間は、魔王人格が遺していった剣――刀を手に化け物に向き合おうとする。莉花は必死に止めようとするが、かといって代案が浮かぶわけでもない。藤間は険しい顔をしながら呟いた。


「時間がない。……せめてあの泥が()()()()()()()()やり易かったんだが。」


 流石の藤間でも斬るのは大変なようだ。あの化け物の身体は毒が染み込んだ泥がうねって形作られている。確かに彼の言うようにあのままだと上手く斬れたとしても毒の泥が彼にかかってしまう可能性が高い。


「(確かに、あんな流動体相手じゃ戦いづらいよな……ん?)」


そこでツトムは一瞬考え込む。

今、藤間は何と言っただろうか。

 

――()()()()()()()()


「……ッ!」


 気付いた時にはツトムは魔力切れでへばっていた身体のことなど忘れて走り出していた。彼は慌てて藤間の前に立ち塞がると、息を切らしながら叫ぶ。


「先生、待ってください!俺に考えがあります!」

「山田!?」


 突然目の前に飛び込んできたツトムに驚いた藤間は構えていた刀をすぐさま下ろす。藤間に攻撃の意思がないことを確認したツトムは、藤間が声を掛けるより先に杏の方へ向いた。

 

「杏!もう少しだけ耐えられるか!?作戦を思いついたんだ!」

「ツトム……うん!任せて、意地でも耐えて見せるから!」


 少し弱気になっていた杏だが、ツトムの目を見た瞬間に不安は吹き飛んだ。杏は大きく深呼吸すると魔力を込めて結界を強化する。


「……ふふ。」


自分に向かって叫ぶツトムの表情を思い出しながら、杏は小さく笑った。チラリと背後に目を見遣れば、彼は他のメンバーも集めて何やら話し込んでいる。


――作戦を思いついたんだ!


 こんな状況だというのに、ツトムは目をキラキラと輝かせていた。その表情が魔法の練習をしている時の表情と全く同じだったので、杏は笑いを堪えるのに必死だったのだ。


「(まあ、でもあれなら大丈夫だね。)」


 こういう時のツトムは絶対にやり遂げるのだ。それを誰よりも良く知る杏が、彼の期待に答えようとするのは当然のことだ。


「私だってやる時はやるんだから!」


 杏は自身の結界を壊そうと殴ってくる泥人形(ゴーレム)に向かって勝気な笑みを浮かべた。




 


 杏が持ち堪えてくれる間に、ツトムは急いで説明を始めた。


「先生が仰った通り、泥を固めて仕舞えば良いんです。」

「泥を固めるって……いや、それができれば苦労しねぇよ。こっちは魔法使えねぇんだぞ?」


 ツトムの言葉に反応したのはアレックスだった。確かにあの泥が固まって仕舞えば今のように体を動かすことは難しいし、泥が飛び散ることもない。


しかしそうするための手段がないのだ。


「それこそ炎魔法とかでアレの水分吹っ飛ばすくらいのことじゃねぇと。」

「そうだ。」

「えっ」

「今から俺たちは……」




()()()()()()()()。」




 泥が固まってくれたら。その言葉を聞いた時、ツトムの脳裏に蘇ったのはとあるTV番組だった。


――汚泥を処理するにはまず減量しなければなりません。


 その番組では汚泥の処理について特集していた。普段あまり意識しない分野だったので何となく見ていただけだが、内容はきちんと記憶していたのだ。


「泥の処理って一体どうやって……」


 いまいちよく分からないツトムの言葉にノアは問いかける。その疑問は想定内だったのか、ツトムは即答した。

 

「アレックスが言った通り、まずは炎で水分を飛ばす。」

「それは魔法が使えたらの話でしょう!?」


 その炎を何処から調達するのかが問題なのだ。あの化け物から水分を飛ばせるほどの炎など、この場にはない。


「確かに魔法でもなきゃ、炎の調()()()できない。だから魔法を使って炎を此処に持ってくる。」

「炎を……持ってくる?」


 目を丸くするノアに対してニヤリと笑ったツトムは、すぐ近くで暇そうにしている悪魔に声を掛ける。


「なぁメフィスト。俺と()()()()()()。」

「「「なっ……!」」」


――ツトムの発言に皆が言葉を失った。


『……オメェ、どういうつもりだ?』


 メフィストにとっても想定外だったようで、訝しげにツトムを見る。悪魔と取引することがどういうことか、目の前の青年が知らない筈はない。


『大体なぁ、取引ってのは悪魔からじゃねぇと持ち掛けらんねぇの!そもそもオメェがどういう取引したいのか知ら……』



 

「火炎放射器。」



 

『……は?』

「火炎放射器を用意してほしい。人数分。」

『ん?すまん、オレ様の聞き間違いか?何か今火炎放射器とか聞こえてきたんだが。炎をバーって出すやつの名前が聞こえたような気がすンだが。』

「いや合ってる。」

『……。』


 ツトムの言葉を何度も何度も頭の中で反芻する。つまり、泥の水分を飛ばす為に炎魔法の代わりに火炎放射器を代用しようということだろうか。確かにこの世界の(ルール)においては魔法より科学の影響を受け易い。魔工兵相手であれば、本来の火力以上の効果も期待できるかもしれない。


 突拍子もない案かと思われたが、意外にも有効そうなモノだった。科学の優位性を理解しているからこその提案に、メフィストは思わず感心する。


――だが、同時にこうも思った。


『正気か!?』

「正気だ。」

『……ア、ウン。ソウダネ。オメェソーユー奴ダッタネ……。』


 悪魔にとって人間の心を読むのは朝飯前だ。ツトムの発言に嘘偽りが全くないことを悟ったメフィストは、そういえばツトム(コイツ)()()()()()()だったと思い出す。


『……まぁ、面白そうっちゃ面白そうだ。乗ってやっても良い。ただし、取引を持ち掛けるのは悪魔って決まってンだ。』


 メフィストはそう言ってニヤリと笑うと、自身の翼を大きくはためかせて宙に浮く。そのまま泳ぐようにしてツトムの前に移動すると、大悪魔らしい覇気を放ちながら告げた。


『対価はオレ様が決める。言っとくがコレはオメェがオレ様に差し出せるモンの中で()()()()()()()()()だ。それ以外は認めねぇ。安心しろ、誰かの命とか幸せとかそーゆーんじゃねぇから。』

「……分かった、言ってみろ。」

『おっ、良いねぇ。そんじゃ……』


メフィストはツトムの耳元でそっと囁いた。




『対価はオメェの()()()()()だ。この取引の後、お前は一切魔法が使えなくなるし、感知すらできなくなる。』




 その囁くような言葉は、確かにその場に居た全員の耳に入った。驚く者、怒る者、不安げな者……皆が様々な反応を見せ、ツトムの顔を窺う。


「分かった。」

『オメェのチンケな才能でも取引してやるってンだから、オレ様超優しいんだぜ?つーわけだ、時間はあんまりやらねぇからさっさと決めやがれっておい待てオメェ今何つった!?』

「だから分かったって。対価はそれで良い。」

『即答!?迷えよ!?』


 莉花の時といい、ここ最近の若者は如何にもこうにも思い切りが良過ぎるのではないだろうか。メフィストは一周回って冷静になってしまった。


 メフィストはそこまでツトムのことを知っている訳ではない。莉花の初恋相手でリア充で必要に迫られれば莉花の黒歴史を暴露するようなクソ野郎……程度である。


『(そもそもその程度の実力で此処に居ること自体があり得ねぇんだよなぁ……。)』


 ()()全知の魔女の息子か疑わしくなるくらいツトムには魔法の才能がないのだ。だというのに、この一般人は大切な者たちの為に此処まで着いてきた。その根性と頭ファウストな点だけはメフィストも認めているが。


 メフィストは大きく溜息をついた後、ギロリとツトムを睨み付ける。


『……本当に良いんだな?』

「ああ。何を迷う必要があるんだ。俺の()()()()()()1つでみんなを守れるんだろう?寧ろこれだけで良いのかってくらいだよ。」

『ハァァァァァァァァ……。』


――人間ってのは訳が分からない。


 あまりに清々しい表情で此方を見つめ返すものだから、メフィストは思わず目を逸らす。幾ら魔法が不要な世界といえど、それまで積み上げてきた技をこうもあっさりと手放すとは。


――だが、だからこそ人間は面白い。


 かつて自分が人間の愛の大きさを見誤った時と同じだ。当時とあまり変わっていない自分を内心で笑い飛ばしながらメフィストは告げた。



 

『よし、取引成立だ!』






 その後の流れは簡単だ。炎で水分をある程度飛ばした後に、莉花の使い魔マンゲルの力を借りて泥を一気に干上がらせ、化け物が身動きを取れなくなったところで藤間が叩き斬る。こうして作戦が見事にハマり、誰1人欠けることなく戦いを終えることができたのだ。


『で、どうだ?魔力を一切感じない感覚ってのは?』


 頭上から声がするので見上げてみれば、真っ赤な悪魔がニヤニヤしながらツトムの顔を覗き込んでいた。

 

「……変な感じだよ。何かがぽっかり空いてるような、そんな感覚だ。」

『ま、そのうち慣れンだろ。』


 メフィストとの取引が成立した時点で、ツトムと勇者一行との間には魔法という繋がりが消えた。今のツトムと彼らの間にある距離がそれを表しているようで、ツトムはその場から動けずにいる。遠くで慌てている杏たちを眺めるツトムの姿を見て、メフィストは静かに尋ねた。

 

『……後悔したか?』

「まさか。そもそも俺は杏の為に魔法を習ったんだ。結果的に杏を守れたんだから、俺でも役に立てたってことだろう?」

『強がってンなぁ。』

「……ウッセ。」


 魔法が好きだ。母が初めて見せてくれた光の魔法が大好きだった。初めて魔法を使えた時の感動は忘れられない。使える魔法が1つずつ増えていく達成感も、杏に近寄る悪い虫を追い払った時の愉悦も、美しい魔法を再現できた時の喜びも、もう味わうことはできない。


――もう、魔法は使えない。


「ツトムーッ!ツトムーッ!」

「あ、こら杏!走ると危な……ってうわっ!」


 此方に向かって走ってきた杏が、転んでそのままツトムの胸へとダイブする。何とか上手く庇って地面に着地することができたが、背中と尻が痛い。これからは魔法が使えないし身体でも鍛えようかなどとツトムが考えていると、いつの間にか痛みが消えていたことに気付いた。


「……ごめんツトム。」

「あれ、もしかして今回復魔法使った?」

「あ、うん。本当に、魔力無くなっちゃってるんだね。」

「ああ。魔素も全く感知できないよ。」

「……そっか。」


 ツトムの言葉を聞き、杏はそのまま彼の背中に腕を回して力を込めた。ツトムは魔法が大好きだ。それを手放すことがどれだけ悲しいことか、杏には想像がつかない。


「ツトム、あのね……」

「ん、どうした?」

 

 杏の囁くような声に、ツトムは上半身を起こして、杏の顔に耳を近付ける。杏は膝立ちになると改めて彼に抱き付いた。

 

「今日のツトム、すっごくすっごく格好良かった。」

「そうか?最後なんか俺火炎放射器ぶっ放してただけだぞ。それに……杏のこと、守れなかったし。」

「ツトム……。」


 大量に血を流して倒れていた杏の姿を思い出し、ツトムは顔を顰めた。2度目は何とか防げたが、結局自分があの戦いで出来たことは殆どなかったのだ。


 自分の行動を思い返して険しい表情を浮かべたそんなツトムに対し、杏は思いっきり彼を抱きしめてやった。


「ぐえっ!」

「ツトムのおバカ。」

「な!?」


 その細腕の何処にそんな力があったのか、骨がミシミシいうほどの力で抱きしめられた挙句にバカ呼ばわりされ、ツトムは驚く。そんな彼を気にすることなく、杏はツトムの肩に顔を埋めながら告げた。

 

「私の言う格好良いって魔法の強さとかじゃないからね。そもそも魔法の強さでいえば私の方が強かったじゃん。」

「うぐッ!?」


 ずっと気にしていたことを杏の口から言われ、ツトムは思わず呻いた。その姿を見て、杏は思わず笑ってしまう。

 

「ふふっ。……変に格好付けなくても、私を助けてくれたあの日からツトムは私のヒーローだもの。情けなくても、弱くても、諦めずに前を向いて進めるツトムは格好良いよ。」

「杏……。」


 ツトムがチラリと杏の方に目を向けると、彼女の耳は真っ赤になっていた。言っていて恥ずかしくなったのか、ぐりぐりとツトムの肩に頭を押し付けてくる。


「耳が真っ赤……」

「う、うるさい!私が格好良いって褒めてるんだから、ツトムは素直に受け取れば良いの!」

「ぷっ……コラ、背中叩くなって。」

「〜〜〜ッ!」


 照れ隠しで自分の背中をポカポカと叩く杏に笑いを堪えながら、ツトムは杏を抱きしめ返した。



 

「ハイハイ。お褒めに預かり光栄です、聖女様。」

「……うむ、よろしい。」


――大切な人を守ることができたなら、今はそれで良い。



 

 愛する人の温もりを感じながら、ツトムはゆっくりと目を閉じたのだった。


 


もうすぐ連載始まって1年が経ちそうなことに驚いています。……投稿ペースが遅すぎるせいですね。反省。

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