勇者一行、混乱する。
勇者一行、混乱する(一名を除く)。
「安心しろ、莉花と魔王は俺が止める。」
アレックスのその言葉に辺りは静まり返る。ノアがアレックスに問い詰めようとする前に、シャーロットは誰よりも速くアレックスの胸ぐらを掴んだ。
「アル、貴様……ッ!自分が何を言っているのか分かっているのか!?魔王の存在が我々の世界に何を齎すのか忘れたわけではないだろう!?魔王は討伐されなければならない存在だ!」
かつて自分の祖先が世界に何を齎したのか、それはシャーロット自身が1番良く知っている。だからこそ彼女はアレックスの選択が許せなかった。
「……分かってる。」
「分かってないッ!」
「シャーロット!少し落ち着きなさい。」
そのまま殴り掛かる勢いだったシャーロットをイザベラが諌める。イザベラに肩を叩かれ、シャーロットは渋々アレックスを突き飛ばした。
「クソッ……。」
「……。」
依然として黙ったままのアレックスにイザベラは近寄る。彼女はしゃがんでアレックスと目線を合わせると、努めて冷静に話す。
「ダーリン、貴方のそういう優しいところは好きよ。だけど、今回ばかりは貴方に反対。貴方がさっき投げ捨てた剣、その重みは貴方が1番良く分かっているはず。……魔物に大切なモノを奪われた人は沢山いる。その人たちにはどう説明するつもり?」
「アルも1度落ち着きましょう。君の思い切りの良いところは長所だと思うけれど、だからといって魔王討伐を放棄するのはどうかと思いますよ。勇者が背負っている使命を一時の感情で投げ捨ててはいけません。」
イザベラに続いて、ノアもアレックスを諭す。魔王は存在するだけで世界を魔障で満たし、そうなればありとあらゆる生命は死に絶えてしまう。故に世界を守る勇者が産まれるのだ。その勇者が役目を放棄するなどあってはならない。
「……勇者って何だよ。」
アレックスは呟く。勇者という存在が、どれだけ人々にとって希望なのかは分かる。
勇者なら魔王を倒してくれる。
勇者なら世界を救ってくれる。
そんな期待を一身に受けてきた。だからこそ思う。
「ただ神が力を与えるだけってンなら、勇者なんて誰だって良かったはずだ。実際俺なんかより強くて頭良いヤツなんてそれこそ腐るほど居んだろ。」
「なっ……だがお前は神に選ばれたんだぞ!だからこそ使命を……」
「そうだ。」
「ッ!」
シャーロットはその後の言葉が出なかった。アレックスのその眼を知っていたから。真っ直ぐ、何かを決心したその眼を仲間たちに向けてアレックスは語る。
「俺はどういうわけか選ばれた。未だに神の基準が分かんねぇよ。どう考えたって歴代勇者と比べてもしょぼいし、勇者の力がなけりゃただの非力な馬鹿野郎だ。」
だが……
「それでもアレックスが選ばれたことに意味があるなら……」
「アレックスじゃなきゃいけない理由があるなら……」
アレックスはヨロヨロと立ち上がる。地を踏みしめて大きく息を吸い込むと口を開いた。
「俺はアレックスの信じるモノを否定しねぇ。呪術師も魔王も世界も、全部まとめて救う勇者になってやる。」
「「「……。」」」
アレックスの言わんとすることを、3人は理解していた。だが、そんな感情論だけで世界は救えない。そんな選択肢はあり得ない。皆が声を上げようとした時だった。
『プッ、ククッ……クク……アーハッハッハ!』
「「「「!?」」」」
それまでずっと黙っていた悪魔が大きな声で笑い出した。ただ殴っただけなので、怪我などとうに治っている。アレックス以外は咄嗟に戦闘態勢に入るが、悪魔は両手を上げて降参の姿勢を取った。
『ホンット大馬鹿者だよ、オメェ!いや、まさか本当にそんなこと言い出すとはなぁ!』
「貴様、何を……ッ!」
ヒィヒィ言いながら笑いを堪える悪魔に、シャーロットは蹴りの体勢に入る。だが悪魔はそれに気付くと笑いが引っ込んだのか、慌てて弁明する。
『オイオイ!?もう攻撃する気はねぇって!……ハァ、今代の勇者は随分とパッとしねぇヤツだと思ってたんだがなぁ。』
そう言って悪魔はアレックスを見遣る。何千年も生きてきた悪魔は歴代の勇者も見てきた。皆人並外れた才覚を持つ優れた人物ばかりの中で、今代の……目の前の勇者は異端だと悪魔は確信していた。
『なぁ、勇者……いや、アレックス。1つ、確認してぇことがある。』
「……何だ?」
真剣な表情で此方を見る悪魔に、アレックスは自然と姿勢を正す。きっと真面目な問いだ。そう感じたからか、アレックスの身体に力が入る。
『オメェ……』
『莉花のこと好きなの?』
「「「えっ……えええぇぇぇぇッ!?」」」
その問いに何よりも驚いたのはノアたちであった。咄嗟に彼らはアレックスの方へ顔を向ける。あのアレックスが恋?そんなバカな。そんな疑念を抱きながらノアたちはアレックスの顔を覗き込もうとした……が、
「へっ……あっ……えっ?すすすす好き?俺が?誰……すす鈴木を?すすすす好きッ!?へっ……あっ……」
▶︎アレックス は 混乱している!
顔を真っ赤にし、残像が見えるほど速く細かく震え出すアレックス。目を白黒とさせ、同じ言葉を繰り返している。……覗き込むまでもなかった。
「ちょっ、ダーリン!?ノア!ダーリンが、ダーリンが壊れたぁぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!?」
アレックスの肩をゆさゆさと揺らすイザベラだが、その振動が彼女自身まで伝わってくる。何とかして混乱を解除しようとノアに助けを求めるイザベラだったが……
「あ、あのアルが……!恋を鯉と勘違いするようなあのアルが……!はは初恋ッ!どうしましょう、義兄としてはやはり義弟の恋は応援すべき……?いやでも相手が呪術師っていうのは……いやでも義弟の幸せを考えるなら……」
▶︎ノア も 混乱している!
「(駄目だうちの男共恋バナに耐性が無さすぎる……。)」
男連中の使えなさにイザベラが唖然としていると、シャーロットが混乱し続ける男2名に強烈なビンタを叩き込んだ。
「はっ!俺は一体何を……!?つかめっちゃ頬痛えんだけど!?」
「あれ、なぜかアルの結婚式に出席する幻覚が?というか頬が痛い……。」
どうやら2人は正気に戻ったらしい。……というより直前の記憶が飛んでいるような気がするが気のせいだろう、多分。
「シャーロット!助かったわ、もう2人とも少しは落ち着……」
「……き。」
「?シャーロット、アンタどうし……」
「アルは莉花が好きアルは莉花が好きアルは莉花が好きアルは莉花が好きアルは莉花が好きアルは莉花が……」
▶︎シャーロット も 混乱している!
「アンタもかい!?」
訂正、男共じゃなかった。イザベラ以外の勇者パーティーに恋バナ耐性のあるヤツが居なかった。
「悪魔め、敵意がないと見せかけて何て恐ろしい混乱魔法を……ッ!」
『いやオメェらが勝手に混乱してるだけだろ!?』
悪魔は目を細めて地獄絵図を眺める。まあ確認はできたから良しとしよう。アレックスの反応を見る限り、脈がないわけではない。おそらく恋したという自覚がなかったのだろう。混乱する様が面白いのでもう少し放置してやりたい気もするが、今はそんな暇はない。悪魔が指をパチンと鳴らすと、暴れそうだったシャーロットも正気に返った。
「……あれ、アルたちは何で顔が赤いんだ?」
「「「お前のせいだよ!」」」
「えっ。」
『喧嘩は後にしろぉ、時間ねぇんだから!アレックスが覚悟見せたんだ。オレ様もそれに応えねぇとな?』
頭に疑問符を浮かべるシャーロットを放置して悪魔は語る。
『取引だ、オメェら。莉花と魔王を殺さねぇってンなら教えてやるよ。』
『魔王を殺さずに世界を救う方法を。』
「いやぁ、にしてもすっごいなぁ美園先輩の聖水。周りの魔物全く俺らに気付いてないもんなぁ。」
「声が大きいぞ。音までは消せないんだから気をつけろよ。」
「分かってるって!」
アレックスたちが激戦を繰り広げていた頃。透明化と聖水で気配を消したツトムと室町は、魔物たちを避けながら屋敷内を進んでいた。
「というかさっきから山田君俺に冷たくない!?」
「別に……ただ幾ら杏の場所の探す為とはいえ、同学年の女子のハンカチの匂いを嗅ぐヤツと行動するのはちょっと……ってだけ。」
「それしか方法がなかったんだから仕方ないでしょ!?大体彼女でもない子に無断でGPS仕込んでる奴の方がよっぽどヤバいでしょうが!いや彼女だとしてもアウトだけど!」
「おま……ウン、ソウダナ。」
どっちもどっちである。
とはいえ、GPSでもどこの部屋に杏が居るかまでは分からない。室町の鼻に頼らざるを得ない状況だった。
「……此処って確か、昔ヤバいカルト集団が拠点にしてたとこだよね。確か詐欺紛いのことやってしょっ引かれたって聞いたけど。」
「……ああ。」
「だからかなぁ?魔王の拠点っていうのを抜きにしても、魔障ヤバすぎない?鈴木さんはよくこんな所に居られるなぁ。」
魔法を使う人間であれば魔障への耐性はある。だが、魔障自体が生命にとって有害なモノであることに違いない。使い魔を従える以上、他の魔法使いと比べても呪術師の耐性は高そうではあるが……。ツトムが考えていた時だった。
「ん……?」
たまたま、目に入った一室があった。明らかに人が生活をしていた形跡のある部屋。少し開いた扉の隙間から見えるのは、この屋敷とはどう考えても不釣り合いの可愛らしいぬいぐるみたち。
「「……。」」
ツトムたちは無言で顔を見合わせる。この部屋は一体何なのか。気になる。気になってしょうがない。だがどう見てもこれは罠だ。こんなファンシーな部屋が魔王城にあってたまるか。
「……俺たちは何も見なかった。良いな?」
「……そ、そっすね。」
そっと開きかけたドアを閉じ、ツトムたちはその場を後にしようとしたが……
『オマエラ、ウマソウ。クッテイイ?』
「「あ……」」
2人は思わず時計を見る。そういえば、美園先輩が30分位しかもたないとか何とか言っていたような……。
振り返るとそこにあったのは大きな口。目や鼻はなく、口と胃袋だけで構成された気味の悪い魔物がツトムたちを喰らわんとしていた。
「クシヤキ、マルヤキ、スミビヤキ〜♪」
「「ぎゃあああああああッ!?」」
2人は慌てて先程閉じた扉を開け、部屋に入る。扉を閉めて開けられないようにするが、魔物の気配はいつの間にか消えていた。2人は気が抜けたのかその場にへたり込む。
「だは〜っ!よ、良かったぁ……。聖水の時間のこと、すっかり忘れてたわ。」
「い、生きた心地がしなかった……。」
2人は扉に背を預けながら、改めて部屋を観察する。隙間からはぬいぐるみしか見えなかった為勘違いしていたが、それ以外は割と落ち着いた部屋だ。しかもリフォームされているのか、他の部屋と比べても特に手入れが行き届いている印象を受ける。
「あ、山田君。アレ!」
「どうした?」
室町は急に立ち上がると部屋にあった机の方へと駆けて行く。ツトムも続くように追いかけると、室町の手には1つの写真立てがあった。
「コレ、山田君と佐藤さんだよね?あとの子はえっと……?」
「あっ……。」
その写真にツトムは見覚えがあった。中学の卒業式の日、杏と莉花に誘われて共に撮った写真だ。莉花はまだ黒髪だったので今の印象とはだいぶ異なる。だから室町も気が付かなかったのだろう。
「ん?ということは此処ってもしかして……」
「鈴木の部屋?」
そもそもツトムは何で杏のハンカチを持っているんでしょうね……?




