聖女・杏、謎の美少女と相対す。
忘れ去られていた杏のターン。
「んん……寒い……?」
冷たい空気が流れている。曖昧だった意識がだんだんとはっきりとしてきて、杏は身体が冷たくなってきていることに気が付いた。
「えっ、ここどこ!?ていうか暗い寒いなんか怖い!」
どこぞのダンジョンのような石造りの部屋にあるのは蝋燭の灯りのみ。日の光が差し込むような窓はなく、若干埃っぽい。おまけに壁には赤い何かで魔法陣何幾つも描かれていた。
「……。」
どう考えてもヤバい場所だ。杏は急いで立ちあがろうとした。だが……
――ガチャン
「え。」
何やら金属音がして杏は目線を下げる。すると視界に入ったのは、自身の手足を縛る金属の錠。
「……ウッソでしょ!?えっちょっ、待って待って待って待って!?」
そもそも何で自分はこんな所にいるんだと杏は必死に記憶を手繰り寄せる。ツトムの怪我を治してアレックスたちが結界を破壊してくれるのを待っていて、破壊されたと思ったら……
「そうだ、莉花!莉花、居るんでしょ!出てきてよ!莉花!」
全てを思い出し、自分が此処に居る原因が莉花だと杏は気付いた。正直薄暗い場所で縛られると昔のトラウマが刺激されるので本当に勘弁してほしい。というわけで杏は手錠をガッシャンガッシャンと音を立ててもうヤケクソになって叫んだ。
「一旦落ち着け、聖女。」
「はへ?」
そんな杏を窘める少女の声。莉花ではない初めて聞く筈のその声の正体を、杏は知っている。
漆黒の黒髪に透き通るような白い肌。赤と黒で纏められたゴシック風のドレスを着こなし、瞳は鮮血のように紅く煌めいて見える。均整の取れた容姿はまるで人形のようで、どこか異質だった。
そして何より……
彼女が放つ威圧感。
生きとし生けるものを死へ追いやるような冷たい魔力。
彼女の周囲を覆い隠すほどの魔障。
いつの間にか口が動いていた。
「魔……王……?」
その言葉に目の前の人物は唇の端を上げる。「えっへん」と聞こえてきそうなポーズを取って踏ん反りかえる美少女は、ドヤ顔で肯定した。
「いかにも。私が魔王だ。」
アレックスたちが倒そうとしていた存在が、杏の目の前に居た。
「……。」
「どうした聖女。あまりの恐ろしさに言葉も出ないか?」
目の前の聖女が下を向いて固まってしまったので、魔王は思わずクスクスと笑う。
「恥ずことではないぞ、聖女。私は魔王、生きとし生けるものが恐れる『死』。お前がただ震えるだけになるのも致し……」
「……い。」
「?」
「えっめっちゃ可愛いんですけど!?これが魔王!?女の子だったの!?まさかのゴスロリ系美少女!?」
「えっちょ、待て待て待て待て待て待て勢いが凄い。」
顔を上げた杏は目をキラキラさせ、興奮しながら魔王に詰め寄った。まさかの反応に魔王は腰が引ける。
「魔王なのは間違いないけど!でも可愛い!」
「褒めてくれるのは嬉しいが一旦落ち着け、落ち着……落ち……た、頼むから落ち着いてください……ッ!」
鎖なんて全く気にせず詰め寄る杏にドン引きしながらも、魔王は何とか杏を落ち着かせた。莉花から話を聞いてはいたが、これが聖女――佐藤杏。実際に会って分かった。
――コイツめっちゃグイグイくる……。
「(いやいや何をしているのだ私は!私は魔王!こんな小娘相手に振り回されてどうする!?)」
魔王はコホンと咳払いをすると、自身の恐ろしさを分からせるべく魔障を振り撒く。そう、自分は魔王。威厳ある存在でなければならないのだ。魔王は踏ん反り帰って杏を見下す。
「お前はずっと寝ていたからな。今から私が色々と説明してやろう。まず何から聞きたい?」
「ッ!……そう。なら聞くね?まずは……」
杏は深刻そうな顔をして魔王に問う。そうだ、それで良い。この状況であんなにテンションが高いのがそもそも間違っ……
「普段からやっているスキンケアについて。」
「攫われた理由は後回しで良いのか!?」
「だってすっごく肌綺麗なんだもん!気になるんだもん!」
「もん、じゃない!お前自分の状況が分かっているのか!?」
駄目だ、完全に聖女のペースだ。質問させようとした自分が間違っていた。魔王は己の不甲斐なさに思わずへたり込んだ。
「魔王に膝をつかせるとは……これが……聖女……ッ!」
「何で急にしゃがみ込んでるのこの人(?)……。」
魔王と杏が騒がしくしていると、出口へと続いているであろう暗がりからヒールの音が聞こえてきた。その音はだんだんと近付き、そしてその正体を現す。
「2人とも何やってんの?」
儀式の間に姿を見せたのは、呆れ顔をした莉花だった。
「莉花。」
「……杏。」
2人は互いの名を呼び、そして黙り込む。今この場に居るのは中学からの親友ではなく、聖女とその聖女を攫った呪術師だ。
「……その、突然攫ってごめん。」
「……!」
先に口を開いたのは莉花だった。突然の謝罪に杏は黙り込む。黒フードを深々と被り下を向く莉花の表情はよく見えない。だが、杖を握る手が震えていることに気が付いた。
「突然攫ったことも、山田を傷つけたことも、みんなを騙してたことも……言い出したらきりがないくらいのことをした。」
「許してもらおうなんて思わない。でも、私は……」
「……やっぱり。」
「ッ!」
突然杏の声がして、莉花はきゅっと目を瞑る。絶対嫌われた。大切な友達だったのに。でも、失いたくない。危険な目に遭って欲しくない。そんな感情がぐるぐると渦巻いていて、莉花は目を開けられなかった。
「あのさ、莉花。自惚れかもしれないんだけど、今から莉花たちがやろうとしてること、それって私やツトムの為……なのかな?」
その言葉に、莉花は思わず顔を上げる。目の前に居た杏の眼差しは、いつもと変わらない優しく包み込んでくれるようなモノだった。
「ッ!……な……ん、で?」
「……分かるよ、親友だもん。莉花は自分の為に誰かを傷つけるようなこと、絶対にしないでしょ。」
そう言って杏は小さく笑った。その姿を見て莉花の眼が急に熱くなったかと思うと、視界がぼやけ出した。
「あれ……何で……」
「ふふ、莉花は泣き虫だなぁ。」
「う、うるさいぃ〜……。」
「聞かせてくれる?私を攫ってどうするつもりだったのか。」
「う、うん……ッ。」
涙を拭いながら、莉花は静かに語り出した。
「……という訳です。」
莉花から告げられたもう1人の魔王の存在。そして魔王を斃すには勇者か聖女の力が不可欠だということ。莉花はそんな危険な戦いに自分やツトムを巻き込まない為に、聖女の力を奪ってそのまま戦おうとしていたこと。
情報量が多すぎて杏の頭はパンクしそうだった。だが1つだけ、これだけは絶対に言えるものがある。杏は莉花の目を見つめた。
「あのさ、莉花。1つ言わせて。」
「……うん。」
「馬鹿なの?」
「本当にごめんなさい……。」
杏は大きく溜息を吐くと、自身の手を眺める。
「確かに定期的に魔物に襲われて困ってたし、いきなり貴女は聖女になりました世界を救ってくださいって言われて正直怖かったのも事実。でも……」
「その力を手放せたとしても、誰かが……それも大切な友達が代わりに戦わなきゃいけなくなるなんて、そんなの絶対ダメ。それはきっとツトムだって同じだよ。」
「杏。」
「それにね……」
杏は顔を上げると満面の笑みを浮かべた。
「きっと……ううん、絶対。アイツは来る。」
「へ……?」
「《飛龍斬》ッ!」
突如放たれた斬撃は、魔王が生み出した闇によって吸収された。
「……いきなり斬撃とは随分なご挨拶だな。」
「お前なら防ぐのは朝飯前だろ?」
魔王の皮肉も意に介さず、土煙と共に見知った青年は仲間と共に現れる。
「よう、魔王。それと鈴木。」
聖なる加護を受けた装備を身に付け、莉花たちの正面に立った青年。側から見れば勇者に見えるだろう。
――手にしたソレが、竹刀でなければ。
「大馬鹿者とその一行、ただいま参上……ってな!」
――勇者一行、三度魔王と相対す。
ツトムと室町はまだ儀式の間へと向かっている途中です。




