勇者一行、大悪魔と戦う。
大悪魔さん、頑張る。
『《魔弾》』
悪魔が放った闇の魔力は、弾丸へと姿を変えて勇者一行へと襲い掛かった。
「チッ!」
アレックスは自身の心臓目掛けて飛んできた弾丸を目前で叩き斬る。追尾性能があるのか、弾丸を叩き斬らねばその攻撃は止まらないようだった。
「戦う気なかった癖に、何急に態度変えてんのよ!?だから魔物は嫌いなのッ!」
イザベラは弾丸を躱しながら地面に魔法陣を展開していく。
「《灼熱の炎陣》!」
イザベラの周囲に炎の壁が現れ、彼女を貫こうとした弾丸は一瞬で溶け出した。彼女は1度炎を止めると、近くで逃げ惑うノアに声を掛ける。
「ほらノア!アンタも早く入んなさいよ!アンタの魔法じゃ発動間に合わないでしょ!?」
「あ、ありがとうございます!あのイザベラさん、シャーロットさんは……?」
「いやあの子は大丈夫でしょ、ホラ。」
シャーロットは回避能力に特化したタイプなので、あのような追尾性能がある攻撃を苦手としている。しかしノアの心配をよそに、イザベラはシャーロットが居る方へ顔を向けた。
「フンッ!」
シャーロットは迫り来る弾丸を素手で掴み、握り潰していた。しかも握り潰した筈の手すら無傷のようだ。
「……そのようですね。」
「いやぁ、脳筋姫ここに極まれりって感じねぇ。あの子の身体オリハルコンで出来てるのかしら?」
「……2人とも聞こえているぞ。」
潰した弾丸を床に捨てながらシャーロットは2人を睨みつけた。幼い頃から弾丸より速い父王の攻撃を見切ってきたのだ。彼女からすれば朝飯前なのだろう。
『ま、これくらいは対処してもらわねぇとな。こっちとしてもやり甲斐がねぇ。』
悪魔は不敵に笑うと、上空から急降下して一気にアレックスとの距離を縮める。
『遅えよ。』
「ッ!」
アレックスが剣を構えるより先に悪魔の蹴りが放たれた。勢いよく吹き飛ばされたアレックスは、受け身も取れずそのまま壁に激突する。壁にヒビが入るほどの衝撃に一瞬息が止まった。
「ガハッ!ぐっ、ハァ、ハァ……。」
『おー、見事に吹っ飛んだなぁ。』
血を流し痛みを堪えるアレックスを遠巻きに眺めながら、悪魔は他人事のように呟く。そして指先に魔力を集中させると、未だ動けないアレックスに狙いを定めた。
『おいおいその程度の実力で、よく魔王討伐とかほざいてたなぁ?言っとくが魔王の方がオレ様より強えぞ。悪いことは言わねぇ、とっとと帰るこっ……』
「《神解》」
『!?』
突如視界が真っ白になったかと思うと、身体中が痺れて魔弾が全く見当違いの方向へと放たれる。腕に力が入らず、魔法を放たれたのだと悪魔は理解した。
『チッ、クソが。』
「余所見している場合か?」
『ッ!』
声のする方へ振り返ると、既に銀髪の女武闘家から放たれた蹴り技が目前に迫っていた。
「《風雷波》!」
両腕の再生が間に合わず、悪魔はシャーロットの攻撃をモロに喰らう。しかし自身の翼を広げてその衝撃を殺すと、アレックスのように壁に激突する寸前で踏みとどまった。そしてシャーロットたちを指差し、怒鳴り声を上げる。
『オイ、オメェらァ!さっきから背後ばっか取りやがって、オメェら暗殺者か何かか!?勇者一行なら正面から正々堂々戦いやがれ!』
「何を言っている。勇者一行はいつだって正々堂々不意打ちしているぞ。」
『不意打ちは正々堂々じゃねぇだろ!?』
「……。」
「不意を突かれる方が悪い。」
『開き直んじゃねぇよ!』
シャーロットと悪魔が言い合っている一方で、1人壁際でアレックスは立ちあがろうとしていた。
「(クソ……ッ!あの程度の動き、普段の俺なら躱せてただろ!?)」
あの時明らかに自分は集中できていなかった。だから判断が遅れて悪魔に蹴り飛ばされこのザマだ。これでは悪魔の言う通り、魔王討伐なんてできるわけがない。
「ぐっ……。」
アレックスは痛みを堪えて立ち上がる。悪魔を倒さなければ、魔王と莉花のもとへ行けない。
「(杏はツトムたちがきっと何とかしてくれる。悪魔くらいはとっとと片付け……)」
――言ったろ?莉花にとっちゃ使い魔たちは家族だって。それは魔王だって例外じゃねぇ。
「クソ、じゃあどうすりゃ良いんだよ……ッ!」
此方側の世界の魔王を斃すだけなら、勇者であるアレックスたちに協力を仰ぐのが1番手っ取り早かっただろう。
……だが、莉花はその選択肢を取らなかった。
「(家族を殺しにきてる奴らにゃ頼れないってか。)」
確かにもし莉花が会って早々自らの正体を明かしたとして、自分たちは魔王を従える彼女を信用できただろうか。
「……俺は、勇者だ。」
魔王を殺す為に選ばれた存在。
世界を守る力を持った唯一無二の人間。
「俺が魔王を殺さなきゃ、世界が……」
――莉花の魔王を殺そうとする奴がどうやって莉花を救う気だ?
「俺は……俺は……ッ!」
アレックスは自身の剣を強く握りしめた。『魔』を断ち切る力を秘めた勇者の剣は、彼の手の中で銀色の鈍い光を放っている。
勇者の剣は英雄王バッカス以降、それぞれの勇者の為に造られるモノとなった。そしてそれには、その勇者に世界を救ってほしいと願う人々の想いが必要となる。
つまり彼の持つ勇者の剣は、アレックスに世界を救ってほしいと願った人々の想いが込められて生まれた奇跡の結晶だ。
世界中を回って魔王軍と戦い、人々を救っていった末にようやくこの剣を造り出せた時、アレックスは誓ったのだ。何があっても、たとえ自分の命を投げ打ってでも、この剣に願いを込めてくれた人々の想いに応えようと。
だが……
「ハァ、ハァ……くっ。」
『で、脳筋女。いつまで続ける気だ?仲間の強化魔法があってもずっと1人で攻め続けんのは限界だろ?』
悪魔とシャーロットたちの争いは続いていた。ノアとイザベラの強化魔法で能力を底上げしたシャーロット中心の戦術で対抗はしていたものの、目の前の大悪魔は涼しげな顔で軽くいなしてくる。
「五月蝿い……黙れ……ッ!」
息を切らしながらシャーロットは声を荒げた。いきなり魔法を放ってきた時はてっきり魔法使いタイプの悪魔かと思っていたが、目の前の悪魔は肉弾戦の方が得意だったらしい。人の力を遥かに上回る能力でシャーロットを圧倒していた。
『せめてあの勇者が使い物になれば良かったんだがなぁ?未だにこっち向かってくる様子もねぇし、戦意喪失しちまったか?』
「ダーリンはそんなんで諦めるようなタマじゃないわよ!」
悪魔の言葉にイザベラは反応する。どんな絶望の中に居ても希望を見出す。見出せないなら自分がその希望となる。それが勇者アレックスだと彼女がよく知っている。
『ま、オレ様としては莉花が嫌がるから極力殺しはしたくねぇんだわ。今のオメェらじゃ、勝てねぇよ。ホラ、帰った帰った!』
「……帰りませんよ。僕らは理由は違えど魔王を斃す使命を背負った勇者とその一行です。魔王を討ち取るその日まで、僕らが敵に背を向けることはない。」
ノアは鋭い目つきで言い放つ。彼が勇者一行に加わったのは神の信託があったからだ。だが1番の理由は……
「そうでしょう、アル?」
「……。」
ノアは悪魔のその背後、勇者の剣を携えゆっくりと歩むアレックスに呼び掛ける。一歩一歩、しっかりと地を踏みしめて進むアレックスの足音を聞いて、悪魔はニヤリと笑って振り返った。
『……ようやく来やがったか。』
「悪りぃな。遅くなった。」
それだけ言ってアレックスは勇者の剣を構える。先程までの迷いは一切無く、それまで積み重ねてきたモノが形となった流れるような動き。
そして何より、その眼。
アレックスは、覚悟を決めていた。
『……フン、そうかよ。ま、分かってたがな。』
剣先を向けられ、悪魔は目を閉じて笑った。やはり目の前の青年は勇者だった。そういう運命にあるのだ。悪魔は再び目を開けると、上空に浮かんで大きな魔法陣を展開し出す。
「させないわよッ!」
イザベラが咄嗟に解除魔法を掛けて魔法陣を消し去る。しかしそれを見越してか悪魔はさらに多数の魔法陣を展開した。上空に魔法陣が生まれては消されていく。
「アル、今のうちに!」
ノアは特大の加護をアレックスに与える。身体中に聖なる力が満ち、先程の怪我の痛みも和らいでいった。
「キャッ!」
そうこうしているうちに消し切れなかった魔法陣から放たれた魔法がイザベラに直撃する。そして彼女が怯んだその一瞬で天井を埋め尽くすほどの魔法陣が生まれ、それら全てがイザベラに牙を剥く。
「(避け切れ……ッ!?)」
「イザベラッ!」
駆け出したシャーロットがイザベラを抱き抱え、そのまま魔法の嵐を避けていく。当たりそうになった魔法はイザベラがカバーし、2人は戦闘不能にならずに済んだようだ。
「アル、決めろ!今のお前ならできる!」
シャーロットの檄に、アレックスの剣を握る手の力が増す。
『……来いよ、勇者。』
アレックスの土俵に立ってやる、と言わんばかりに悪魔は地へと降り立った。視界に映る勇者は悪魔に向かって歩み出し、その速度を上げていく。
『(さて、どのタイミングでまた視界から消えるかねぇ?)』
不意打ち狙いも分かってしまえばただの攻撃に過ぎない。悪魔は全方向を警戒していた。
駆ける。
駆ける。
駆ける。
勇者は言葉すら発さず、ただ一直線に悪魔へと向かう。勇者と悪魔、両者の距離が縮まっていく。そして悪魔の目前へ迫った勇者は地を蹴り上げ、悪魔の正面に飛び上がった。アレックスは宙で剣を頭上で構える。
『マジか、真正面。』
此処にきて真正面から斬りかかるとは。悪魔は驚いた。しかし警戒はしていたので対処は容易だ。悪魔は右手を勇者の前に突き出すと、手に魔力を集中させる。
『残念だったな、それじゃオレ様は死なん。』
右手を掲げて悪魔は言い放つ。てっきり何か策があるのかと思ったが、どうやらヤケクソにでもなったらしい。わざわざ真面目に戦う必要もなかったか。
『(オレ様の買い被りだっ……)』
「誰が殺すっつったよ、クソ悪魔。」
アレックスはそう呟き、
――勇者の剣を放り投げた。
『は……?』
「遅えよ。」
刹那、悪魔の目前に1人の青年の拳が迫る。
悪魔は見た。
剣を握り続けてきた者特有の手を。
そして悪魔は見た。
その青年の真っ直ぐな瞳を。
『(ああ、そーゆーことね……。)』
悪魔は悟った。
勇者など居なかった。
目の前に居たのは――
地に臥した悪魔を前にアレックスは口を開いた。
「やってやるよ、クソ悪魔。俺はテメェを殺さねぇし、魔王だって殺さねぇ。」
「だから……」
勇者の剣は、彼の背後で床に突き刺さったまま。得物1つ持たず、目の前の青年は宣言する。
「安心しろ、莉花と魔王は俺が止める。」
――ただの青年、アレックスは笑ってみせた。
作中でも指摘があった通り、大悪魔さんは肉弾戦の方が得意です。冒頭で使用した《魔弾》は彼の悪友が生み出した魔法を真似たモノ。大悪魔さん曰く本家には遠く及ばないとか。




