勇者一行、呪術師の正体を知る。
遅くなりました……。
「……ただの『死』ではない。『極上の死』を与えてやる。」
魔王の死刑宣告に、老人は生きた心地がしなかった。先程まで勇者一行とふざけた会話を繰り広げていた奴と目の前に居る『死』は、果たして同一人物と言えるのだろうか。
「くっ……《底無し沼へと招く手》!」
老人は一か八かで魔法を放った。魔王の足元に巨大な泥沼が発生し、そこから伸びる幾多もの泥の手が魔王を襲う。そしてその隙に失われた身体を一気に再生させ、この場から離れようとした。
「(この隙に……)」
「魔王に気を取られて僕らのこと忘れてません?」
「なっ……!」
再生した身体は起き上がることなく地面に縛り付けられる。僅かに動く顔を身体に向けると、レンガの隙間から生えた植物によって拘束されていた。すぐ近くを緑色の精霊が飛び回っており、老人は精霊使いが魔法を発動させたのだと理解する。
「そうよねぇ。魔王がキレるのは尤もだし、私たちだってさんっざん巻き込まれてるんですけど?」
イザベラは老人へ杖を向け、今にも炎の球をぶつけそうな勢いだ。文句を言いたいのは魔王だけではない。
「ケジメはつけさせてもらおう。禁書も返してもらうぞ。封印が解けないよう警備の体制を見直さなければ。」
特に怒りを露わにしているのはシャーロットだ。先祖の杜撰な管理によってこのような輩が出てしまった責任を取らねばならない。シャーロットは拳に力を込めた。
そうして勇者一行がそれぞれ技を放とうとしたその時、
「《死の祝福》」
突如、黒い焔が老人を包み込んだ。
「ッ!?」
明らかに人の魔法から外れたモノ。今この場にそのような魔法を放てる者は1人しかいない。
「勇者一行よ、お前たちが手を出さずとも良い。コレは私の獲物だ。」
老人が生み出した筈の泥沼は、初めから何も無かったかのように消え去っていた。
洗い立てのような汚れひとつない服を見に纏い、ただそこに君臨する。
――理不尽は老人に牙を剥いた。
老人は困惑していた。
自分は今、黒焔に包まれ灼かれている。だが、その焔は不思議と熱くなかった。むしろ冷たいくらいだ。
「(……冷たい?)」
魔王が放つ黒焔が、ただの焔であるわけがない。老人はそんな当たり前のことを見落としていた。
そして、気付いた時にはもう手遅れだったのだ。
心臓が凍てつく音がした。心臓だけではない。身体中のありとあらゆる臓器……いや、細胞に至るまで動きを止めていく。
「ッ……ッ!?ッ……!」
黒焔は身体に埋め込まれた魔核すら飲み込んでいった。『死』から与えられた祝福という名の贈り物は、代償として熱を、生命力を奪っていく。
「(不味い不味い不味い不味い不味い不味いッ!)」
老人は必死に黒い焔から抜け出そうと足掻いた。だが逃れようと必死に伸ばした手に黒焔が纏わり付き、そして……
――ゴトッ。
「……?」
老人は困惑する。何かが落ちた。
もう身体は殆ど動かない。いつの間にか痛みは感じなくなっていた。熱さも、冷たさも、何もかも。
思考が停止しかける中、ふと老人は自分が伸ばした手がなくなっていることに気がついた。
落ちたのは老人の腕だった。腕だけではない。後を追うように身体中にヒビが入り、身体が崩壊していく。
魔核の力が失われつつあった。感覚は既にない。
五感が失われ、何に縋れば良いのかすら分からない。
身体のみならず、魂も、自分という存在が『無』に呑み込まれていく。
分からない。分からない。分からない。
「(これが……『死』……)」
……老人の意識はそこで途切れた。
「「「「……。」」」」
残された勇者一行は、砕け散った老人をぼんやりと見つめていた。
『死の祝福』。魔王が勇者一行との戦いでも使用した技だ。だが、戦闘中はノアが最上級の加護を皆に与えていた為に誰一人として効かなかった。だからもし加護がなかったらどうなっていたのか。それを今回目の前で見せつけられた形となったのだ。
「うわぁ……あの時加護掛けといて良かった。」
「「「ノア様本当にありがとうございましたッ!」」」
ポロッと溢したノアの一言に反応し、アレックスたちは心の底から感謝の意を伝えた。戦闘中は掛けられても加護で弾かれていたので、皆がただの弱体化技程度に考えていたのだ。まさかこんなヤバい技だったとは。仮にも魔王……いや、流石魔王といったところだろうか。
「……。」
一方で、魔王は黙ったままだった。魂の依代である魔核ごと破壊した為、老人が再生する気配はない。
「(あの時確かに魂を砕いた感覚はあった。だが……。)」
《死の祝福》は俗に言う即死技だ。加護や即死耐性がない者の魂を砕く。当然だが、魂が砕かれれば甦ることもない。
だが……
何故だか胸騒ぎがする。何せ自分より前に誕生した魔王の秘術を会得していた男だ。もしかすると何らかの力で生き延びているやもしれない。そしてこういう時の魔王の勘が外れたことはあまりない。魔王はこの違和感を覚えておくことにした。
「おい、魔王。」
今、この場に居るのは魔王と勇者一行のみ。一般人が入り込まないよう予め結界を作っておいたので、邪魔する者は誰も居ない。
魔王が振り返ると、勇者アレックスが真剣な表情で此方を見つめていた。
「お前がどういう目的で来たかは知らねぇけど、助かった。ありがとう。」
そう言ってアレックスは魔王に頭を下げる。突然の感謝の言葉に魔王は戸惑い、そして笑った。
「……ハッ。魔王に礼を言うか、勇者よ。」
「相手が誰だろうとそれで俺が助かったなら感謝するべきだろ?あ、勿論卑劣なヤツはノーサンキューな。」
「……プッ、クク……クッ!」
「おいテメェ何がおかしいんだよ!?ぶった斬るぞコラ!!」
勇者はさも当たり前のような顔で答えを返すので、魔王は笑いが止まらなくなった。
魔王と対をなす存在。
世界を救う力を持つ人間。
神に祝福された子供。
――やはり、勇者は面白い。
ひとしきり笑い終えると、魔王は再び少女の姿へと戻った。
「お前は面白い男だ。」
「俺からすると美少女に変身するテメェの方がよっぽど面白ぇけどな?」
「折角再び相見えたのだ。邪魔者も居ない。話に花でも咲かせようではないか。」
「それは良い提案ですね。僕らも貴方に確認したい事がいくつかあります。」
「俺のこと無視!?」
魔王からの提案にノアが乗る。少なくとも、今の魔王からは敵意を感じない。先程の老人の件も含めて、情報を整理したかった。落ち込むアレックスを放置しつつ、ノアは魔王に問いかける。
「あの老人についてはどこまで知っていますか?」
「私もアレについてはそこまで知らんぞ。魔力からして、私を転移させるよう魔法陣に細工したのは間違いないがな。直接会ったのは今日が初めてだ。」
そこはアレックスたちが予想した通りらしい。魔王は続ける。
「何故私を呼び出したのかは知らん。だが、奴は私を転移させることになった呪術師に刺客を放ってきた。勿論返り討ちにしたがな。大方、私の力を利用するのに邪魔だったんだろう。」
確かに魔王は現在その呪術師と契約を結んでいるようである。魔王の力を利用するにはその呪術師の協力が必要不可欠だが、勝手に魔法陣に細工した敵に良い顔を向けるとは思えない。
アレックスが魔王の言葉に納得していると、側に居たイザベラが何か思い当たったのか手を上げた。
「ん?ちょっと待って。刺客?」
「アレ同様、人工的に作られた魔核を埋め込まれた魔物だ。お前たちにも覚えがあるのではないか?テスト前に聖女の家で勉強会をしていた時だ。」
「「「「ッ!!」」」」
魔王の言葉を受け、テスト勉強会の日に襲撃されたことを思い出す。確かにあの日、自分たち以外にも誰かが交戦していた痕跡があった筈だ。肝心の誰がやったかまでは分からなかったので、すっかり頭から抜け落ちていた。
「あれ、お前だったのか。」
「私は手を出してない。やったのは呪術師の方だ。奴の実力ならば何ら問題ない。」
「随分とその呪術師のこと信頼してるのねぇ。私たち、最初はてっきり貴方に殺されたんだと思ってたんだけど。」
「……他の呪術師だったらそうしていたかもしれんな。」
「?」
アレックスは、魔王が一瞬穏やかな表情を見せた気がした。1度目を擦って再び確認すると、元の無表情に戻っている。きっと気のせいだ。アレックスは内心でそう判断した。
「他に聞きたいことはあ……」
「ちょっと待て!」
そう言って前へ出たのはシャーロットだった。
「おいシャーロット!?」
アレックスの制止を振り払い、シャーロットは魔王を睨みつける。
「貴様、先程こう言ったな?」
『お前たちにも覚えがあるのではないか?テスト前に聖女の家で勉強会をしてた時だ』
「何故貴様は勉強会のことを知っている?」
「「「あ!!」」」
そうだ。勉強会のことを知っているのは、勇者一行とあの日勉強会に参加したメンバーだけの筈だ。
「魔王……」
「貴様と契約した呪術師はだ……」
「私だよ。」
遙か上空から声がした。
その声をアレックスは良く知っていた。
姿を見ずとも、それが誰であるかが分かった。
顔を上げなければいけない。
それが彼女ではないと、声が似た別人だったと確認しなければならない。
それなのに、アレックスの身体は動かない。
……見てしまったら、認めなくてはならないから。
だが、イザベラの叫びでアレックスの硬直は解けた。
「杏!?」
「えっ……!?」
アレックスは思わず顔を上げる。
イザベラの言う通り、宙には杏が居た。黒フードの人間に抱き抱えられている。何の反応もないので、おそらく眠らされているのだろう。
そして……
アレックスは嫌でも現実を瞳に映すこととなる。
黒フードから覗く、丁寧に巻かれた栗色の髪。
アレックスたちを見下ろすその瞳にいつもの輝きはなく、どこか悲しげだった。
「……ん……で。何で、何でだよ!?」
アレックスの声が震える。それでも、叫ばずにはいられない。アレックスは必死に声を絞り出した。
「鈴木!」
宙に浮かぶ少女――鈴木莉花は、眉を下げて微笑んだ。
ようやく正体がバレました。




