勇者一行、呪術師の目的を知る。
莉花が着ている黒のローブは、呪術師の正装です。
「彼女は……」
宙に浮く少女にイザベラは心当たりがあった。確か杏のクラスメイトだ。杏と帰る時に彼女が良く話してくれたので、人となりは何となく知っている。まさかこんな身近に居た人物が呪術師だったなんて。イザベラは驚きを隠せなかった。
「遅かったな、莉花。」
魔王は莉花の姿を確認すると、少し目尻を下げる。
「ごめんね、ちょっと手こずっちゃった。」
莉花は苦笑いしながら杏と共に地へと降りてきた。ふわりと着地した莉花は、懐から宝石のような何かを取り出すと詠唱を始める。そしてそれが終わると同時に石が光り、抱きかかえられていた筈の杏の姿は消えていた。
「なっ……!おい鈴木!杏をどうした!?」
「ちょっと封印石の中に入って貰っただけだよ。流石にずっと抱きかかえたままだと動き辛いからさ。」
「おま……ッ!あー、クソッ!」
この状況が受け入れられず、アレックスはまだ混乱していた。必死に言葉を紡ごうとするが、上手く口が開かない。
「鈴木……確か、杏の友人の莉花だな?貴様の、いや貴様らの目的は何だ。何故杏を捕らえた?それと……」
動揺するアレックスを見て少し冷静になったのか、シャーロットは莉花に問い掛ける。
「杏はツトムたちと行動を共にしていた筈だ。ツトムたちはどうした。」
「「「ッ!!」」」
シャーロットの言葉に、勇者一行はツトムたちのことを思い出す。元々聖の監視の為に杏とツトムは行動を共にしていたのだ。部室棟の中にはツトムや聖が残っていた筈だ。
「まさかおま……」
「安心しなよ、山田たちは無事だよ。」
「えっ。」
「部室棟の廊下で仲良く眠ってる。もう暫くしたら目を覚ますんじゃないかな。」
そう言うと莉花は一瞬口を強く結んだ。それが何かを堪えているように見えたのは、何故だろうか。纏まらない頭の中で、アレックスはふとそんな風に思った。
「えーっと……シャーロット先輩、だよね。質問に答えてあげる。」
いつもの明るくテンションの高い彼女の姿は何処にもない。冷徹で、残酷な黒の魔女。呪術師としての莉花は何の感情も感じさせない瞳で勇者一行を見据えた。
「まず私たちの目的だけど……それは私に魔王を転移させた黒幕を倒すこと。」
「へ……?」
「ちょ、ちょっと待ってください!その黒幕なら今さっきそこの魔王がトドメを刺したでしょう!?」
莉花が明かした目的に、ノアが突っ込む。黒幕も何も、先程の老人がそうだろう。皆がそう思っていた。だが、その認識を魔王は笑い飛ばした。
「ハッ、お前たち気付いていなかったのか。」
「な、何を……」
「あの人工の魔核には、魔王の力が込められている。」
「……私ではない、別の魔王のな。」
「は……へ……?」
「ま、待ってよ!?別の魔王って!?今代の魔王はアンタだけでしょう!?」
イザベラは思わず叫んだ。魔王も勇者も世界には1人しか存在しない。両者は一対の存在だ。それが世界の法則なのだ。
「確かにその通りだ。彼方側の世界ではな。」
「あっ……!」
そう、世界は2つある。アレックスたちが居た世界と、今居る此方側の世界だ。
「つまり、此方側の世界の魔王が黒幕……ということですか?」
「少なくとも私たちはそう考えている。」
「「「「……。」」」」
彼方側と比べて此方側の世界は圧倒的に魔素が少ない。だから魔障が発生すること自体が稀だ。だから考えもしなかった。
――此方側の世界の魔王について。
「で、その魔王が1番警戒してるのが杏。聖女なんて歴史上でも数える程しか居ないからね。何されるか分かんないから、ずっと様子を見てたみたいだけど……敵はとうとう痺れを切らしちゃったみたい。さっきもヤバい魔物に襲われてたみたいだし。」
そう言って莉花は部室棟を見遣る。夕陽に照らされた建物からは、生徒たちの元気な声が聞こえてくる。
「私、結界を分析しながら中の様子を見てたの。」
思い出すように、莉花は目を細めた。
「……山田ね、1人で魔物と戦ったんだよ。ボロボロになって、死に掛けて。それでも倒した。」
「ツトムが……。」
アレックスたちが察知した魔物は、魔核の守護者レベルだった筈だ。気配が消えたのは気が付いていたが、まさかツトムが1人で倒したとは。
『才能がなくても、俺には俺の戦い方がある。そうだろ?』
かつてツトムが言っていたことを思い出し、アレックスは笑みを浮かべる。だが、それとは対照的に莉花の表情は暗かった。
「でも、アレはホントの奇跡。あの魔物は本来なら山田が倒せるレベルのヤツじゃない。杏が居なかったら今頃死んでたよ。」
「……そんな奴が、こっちの世界の魔王に勝てる訳ないじゃん。」
莉花は術式を展開して自身の杖を召喚した。
「アレックスたちのことは元の世界に帰したげる。けど、その前に黒幕を倒す。」
杖で魔法陣を描き、魔力を注いで大きくしていく。
「杏はその為に必要な存在。だからこっちで預からせて貰う。大丈夫、悪いようにはしないから。」
転移魔法陣が完成すると、莉花と魔王は別空間へと転移しようとした。
「鈴木、待っ……!」
「クソッ!《鎌鼬》!」
シャーロットが風の刃を飛ばしたが、魔王の前に出現した闇に吸い込まれていく。
そして魔王の闇が消える頃、転移魔法陣に入った莉花と魔王の姿もなくなっていた。
「……。」
――何も、できなかった。
静寂の中、アレックスは1人何も言えずにいた。別空間へ消えゆく莉花たちに、アレックスは技を放つ覚悟がなかったのだ。
『アレックス、おはよーっ!』
『ちょっとアレックスゥ、テンション上げてこーぜっ!』
『お、どうしたアレックス?鈴木様が教えたげよーか?』
「……クソッ。」
自分が見てきた彼女は、偽りの姿だったのだろうか。頭の中で、ぐちゃぐちゃした感情が暴れ回る。アレックスは強く拳を握り締めた。
「アル……。」
シャーロットはアレックスに声を掛けようとするが、ノアが無言でそれを止める。きっと今、何を言ってもアレックスの慰めにはならない。
「……魔王たちの魔力が完全に消えました。闇雲に探すのは効率が悪い。まずは1度、ツトムたちの所へ行きましょう。」
魔法の痕跡を一切残さないレベルの使い手たちだ。魔力を消すなど朝飯前だろう。魔力探知を諦めたノアは仲間たちに呼び掛けた。
「そうね。眠っているだけとは言っていたけれど、どこまで信じて良いか分からないし。」
イザベラは莉花という人物について良く知らない。少なくとも杏を攫った時点で敵であることに間違いない。彼女はあの発言の信憑性を疑っていた。
未だに分からないことは多い。だが1つだけはっきりと言えるのは、此処で立ち止まっていても何も変わらないということだ。勇者一行は様々な想いを胸に部室棟へと向かった。
「……ム!ツトム!」
「ん……んん?アレ……クス?」
自分を呼ぶ声がする。ツトムは重たい瞼を擦りながら身体を起こした。ぼやけた視界がだんだんと定まってくると、目の前に黒髪に翠の瞳の青年――アレックスが居た。
「良かった。目ェ覚ましたみてぇだな。」
「あ、ああ。俺、寝てたのか……?」
まだ頭がボーッとする。頭を押さえながら、ツトムは意識を失う前のことを思い出そうとした。
「(聖先生の監視してたら魔物に襲われて、何とか倒した後ぶっ倒れて杏に……)」
記憶はどんどん蘇る。そうだ、その後別空間に閉じ込められたことが発覚して……
「ッ!杏!そうだ、アレックス!杏は!?」
完全に覚醒したツトムは周囲を見渡した。自分と同様に眠らされていたのか、藤間と聖は未だに横になっている。だが、杏は居ない。
「それは……」
「ツトム、杏は攫われたんだ。……鈴木莉花という少女に。彼女が呪術師だったんだ。」
言い淀むアレックスの代わりに、シャーロットが事実を告げる。最初はポカンとしていたツトムだが、莉花の名を聞いて全てを思い出した。
「あ……あ……」
全てを思い出し、ツトムの青の瞳はキュッと小さくなる。腹の底が熱くなり、無意識に拳を強く握り締める。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーッ!」
――部室棟の廊下で、青年の叫びが響き渡った。
次回、ツトムたちの身に何が起きたのか書いていきます。




