ツトムと杏、襲撃を受ける。(1)
更新頻度上げていきたい…。
漫研の活動は何事もなく終わり、片付けを終えた生徒たちから帰宅していく。全員が出て行ったことを確認してから、聖は部室を出て施錠した。
「結局、怪しい所はなしか。」
「そうだね。」
その様子を陰で見守っていたのはツトムと杏だ。聖が呪術師ではないかという疑念から始まった監視だが、元々2人はそのことに懐疑的だった。全く無関係なようで寧ろ安心したと言って良いだろう。
「さて、アレックスたちとそろそろ合りゅ……」
「聖先生!」
「「ッ!」」
不可視の魔法を解いてアレックスたちと合流しようとした時、突如として背後から声がした。2人が慌てて隠れると、その声の主はよく知る人物だと気がつく。
「あ、藤間先生。BOND見てくれたんですね。」
「はい。何かあったんですか?とにかく来て欲しいだなんて。」
現れたのは藤間だった。若干息を切らしながら話しているので、きっと大急ぎで来たのだろう。ただでさえ残念なボサボサヘアーが一段と暴れている。
聖は周りに人が居ないことを念入りに確認すると、小声で言った。
「実は……その、完成したんです。アレが。」
「ッ!」
「「(アレ……?)」」
ツトムと杏は首を傾げる。2人は一体何の話をしているのか。ひょっとして自分たちは今、とんでもない場面に出会しているのではないか。ツトムたちは心臓が高鳴るのを感じながら様子を見守った。
藤間は聖の言うアレが何であるか理解しているようで、酷く狼狽していた。彼は慌てて聖の両肩に手を置くと、彼女の目を見つめながら慌てて叫んだ。
「聖先生!何故学校で伝える必要があるんです!?誰かに見つかって仕舞えば貴方も私もタダでは済まない……ッ!」
「「(タダでは済まない……!?)」」
「もう遅いのよ、藤間先生。既に準備は整ってしまっているの。貴方はもう逃げられないわ……。」
「「(逃げられない……!?)」」
やはり聖が呪術師だったのか。ツトムたちは藤間が救う為に立ち上がろうとした時だった。
――ドゴォッ!
まるで大きな岩が砕けるような大きな音がする。音がしたのは聖の後方。部室がある面とは反対側にあった壁は粉々に崩れ去り、割れた窓ガラスは夕陽を反射してキラキラと輝いている。しかし、そんなことは周りの人間は何一つ気にしてはいなかった。
壁を壁だったモノに変えた元凶。眺めていたら吸い込まれてしまいそうな黒い獣の爪に、そこに居た全員が目を奪われていた。
「ッ!聖先生!こっちです!」
「へ……は、はい!」
1番に我に返った藤間が、呆然と立ち尽くしている聖の手を取ってその場から距離を取る。その様子を見て、ツトムたちも正気に戻った。
「杏!急いでアレックスたちに連絡!俺が時間を稼ぐ!」
「分かった!」
杏は魔法道具を起動させ、アレックスたちに繋ぐ。エリザベスが作った特別製であり、その通信はすぐに開始された。
「もしもしアレックス!?」
「おう杏!無事だったか!何があった!?部し……と……か大き……お……ッ」
――プツッ。
「!?……もしもし!?もしもし!?」
通信が遮断された。杏は慌てて繋ぎ直そうとするが、一向に繋がる気配はない。そして何度も繰り返すうちに、魔法道具はとうとう起動すらしなくなった。
「ツトム、多分だけど通信を妨害されてる……。」
「ッ!敵のヤツ、俺たちだけのタイミングを狙ってきたのか!」
狙いは恐らく杏だ。きっと聖を追っている勇者一行を何処かで監視していたのだろう。そして敵は、最も守りが薄くなるこの瞬間を待っていた。
「クソッ!分かっちゃいるけどムカつくな!」
要はツトムだったら勝てると思われているのだ。ツトムは悪態を吐きながら空気の障壁を展開した。
「《真空壁》!」
だがこんなモノ、すぐに破られるだろう。ツトムは確信していた。まだその全貌は分からないが、これまでに襲ってきた魔物たちとは明らかに格が違う。そう、以前対峙した魔核竜のような……
「山田ッ!」
「え……」
突然横から大きな衝撃を受け、ツトムは何が起こったかも分からないまま倒れ込む。そして肉がグチャグチャにされたような音が聞こえると同時に、視界が真っ赤に染まる。衣服が濡れる感覚に、ツトムはだんだんと冷静になる。
「(何だこれ、水?いや、違う……まさか、血?一体誰の……)」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!」
「!?」
女性の悲痛な叫び声がする。これは聖の声だ。彼女はツトムの横に倒れている赤を抱き締めて、絞り出すようにその名を呼んだ。
「しっかりしてください先生!藤間先生……ッ!」
「は……?」
ツトムが恐る恐る目を向けた先にあったのは、血塗れになった藤間だった。身体は深く切り裂かれ、廊下は彼を中心として徐々に赤く染まっていく。聖がハンカチを取り出して止血しようとするが、可愛らしい桃色の布は、鮮血によって赤へと変色するだけだ。
そしてもう1つ。ツトムが目を向けなければならないものがあった。
――ピチャ……ピチャ……。
ツトムのすぐ側で、ナニカが動いている。ソレはまるで水溜りで遊ぶ子供のように、血の海でピチャピチャと音を立てていた。
「……。」
視界の隅に映るのは、毒々しい紫。表面は小さな棘でびっしりと覆われており、ソレが伸びている上の方から溢れる粘液によってぬらぬらと光っていた。
「(舌……?)」
ツトムは、すぐ近くで動くソレがナニカの舌であることに気がつく。
……血を舐めているのだ。
「(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け!)」
先程から身体が動かない理由を、目を向けられない理由を、ツトムは漸く理解した。
――喰われる。
これまでの魔物は人を害するだけのモノだった。だがコレは、このナニカは違う。
目を合わせたら、ここから少しでも動いたら最期。ナニカはその人間を真っ先に喰らう。
「……ッ。」
聖もそれを本能で理解したのか、藤間を抱き締めたまま言葉すら発せずにその場に居た。
蛇に睨まれた蛙、とはこのことを言うのか。動けずにいるツトムたちを気にすることなく、ナニカの舌は生温かい血を美味しそうに味わう。
早く藤間の手当てをしなければいけない。
早くこの場から離れなければならない。
「(動け!動けよ足!動けッ!)」
ツトムの意思と身体が分離する。ツトムたちが焦る中、だんだんと水音が聞こえなくなっていく。
――ピチャ。
「「ッ!」」
とうとう水音が止まった。血と唾液が混ざった液体で濡れた舌が、ツトムの視界を徐々に覆っていく。
悪臭を放つ舌はさながら大蛇のようだった。舌にしては長すぎるソレはツトムの周りを囲むように伸び、表面の棘がツトムの肉を抉ろうとする。
「《天刑之光矢》!」
突如放たれた光の矢がツトムの前に迫った肉を貫く。
「ブオォォォォォォッ!」
ナニカは、くぐもった叫び声を上げると舌を引っ込めて後ずさった。
「ツ、ツトムから離れてッ!」
光の矢を放ったのは杏だった。再び魔物が動き出すのを警戒し、彼女は魔力で新たな矢を生み出しながら声を上げる。
その声は弱々しく、そして震えていた。
それでも……
その足がすくんでいようと、
その目に涙を浮かべていようと、
杏の言葉は、姿は、いつもツトムに力をくれる。ツトムはいつの間にか再び身体を動かせるようになっていた。
「人は傷つけるし、校舎はぶっ壊すし、あとなんかキモいしッ!絶対許さないからッ!」
泣きじゃくりながら叫んで指をさす彼女を見て、ツトムはそれまで振り向けなかったナニカの方を向く。
「……ハハ、やたら舌が長いわけだ。」
ツトムはその姿を見て納得した。その図体に反して口は驚く程小さく、そして筒状のようにも見える。
藤間を切り裂いた鋭い爪と身体を支えられるほどの筋力がある太い尻尾。
――アリクイ。
小さい頃に杏と一緒に見た動物図鑑のアリクイとはまるで違うが、恐らくそう形容すべき獣だ。少なくとも、自分たちが知るアリクイは人を食べようとはしないし、あんなにデカくもないが。
「(アレックスたちが来るまで、絶対に杏も先生たちも死なせやしない!)」
少年は再び前を向いた。




