ツトムと杏、襲撃を受ける。(2)
戦闘シーン必要なのか迷う今日この頃。
「クソッ!どうなってんだよコレ!」
魔物の襲撃が起こる少し前。そろそろ漫研の活動も終わるということで、勇者一行は部室棟で監視するツトムたちを迎えに行こうとしていた。
しかしその矢先、部室棟から何かが大きく崩れる音がしたのだ。慌てて魔法道具を起動させて2人が無事であることは確認できたが、その後すぐに通信が途切れてしまった。
「……不味いな。」
魔法道具を振り回しながら文句を言うアレックスを見て、シャーロットは呟く。部室棟から離れた此処からでも感じる程の凄まじい魔障の気配。
魔物――それも魔核の守護者クラスが出現したのは明らかだった。
「(死ぬなよ。ツトム、杏!)」
勇者一行は、部室棟へと向かう。
「ブオォォォォォォッ!」
余程杏の攻撃が効いたのか、アリクイ擬きは未だに舌を振り回して見境なしに暴れている。
「杏!今のうちに一旦引くぞ!」
「うん!」
ツトムと杏が全力で戦ったとしても、この魔物に勝つのは難しい。何より、重傷の藤間の手当てをすることが先決だ。2人は目を合わせると、混乱したままの聖の元へ駆け寄る。
「聖先生、一旦此処を離れましょう!」
「杏なら藤間先生を治せます!俺が時間を稼ぐので先生は杏といっ……」
「え、どっ……何処から声が……ッ!?私、目だけじゃなくて耳までおかしく……!?」
「「……え?」」
聖はツトムたちと目線を合わせることなく、キョロキョロと辺りを見渡している。ツトムたちは顔を合わせて、少し考え込んだ。
「……あ。」
ツトムは気付く。
そういえば、まだ不可視の魔法を解いていない。
解除しようとしたところで藤間が来たので、ずっとそのままになっていたのだ。思い返してみれば、聖はずっと藤間のことばかり気に掛けていて、ツトムたちには全く気が付いていなかった。彼女の性格からして、緊急事態であっても生徒に気が付かずほったらかしにするなどあり得ないのに。
「(あれ、なら何で藤間先生は俺に気付い……)」
「ツトム!?ぼーっとしてる場合じゃないって!」
杏に呼びかけられ、ツトムは思考を止める。杏の言う通り、今は悠長に考え事をしている場合ではない。
「へ?あ、ああ。そうだな!《解除》!」
ツトムが魔法を解いたことで、彼らの周りを覆っていた透明のヴェールが消えていく。それによって聖の目には声の主がしっかり見えたようだ。彼女は目を見開くと、「え?は?え、いつからそこに?」などとブツブツ呟き出した。
「説明は後です!とにかく逃げますよ!」
「え、ええ……?」
杏は未だに状況が掴めていない聖を引っ張りながら、藤間に向けて魔法を唱えた。
「《女神の慈悲》!」
暖かな聖なる光が藤間を包み込み、傷を癒す。応急処置だが、とりあえず血は止まった。とはいえ、失血量が多過ぎる。ちゃんと治すには時間と集中力が必要だ。杏は聖と共に藤間を担ぎ、安全な場所を探す。
「ちょ、ちょっと待って!君も早く……ッ!」
ツトムが動かないのに気が付いたのか、聖は彼に逃げるよう諭す。教師である以上、生徒を置いて逃げ出すなどあり得ないのだろう。だが……
「聖先生、心配してくれてありがとうございます。でも、すみません。《影の奏者》!」
「えっ、ちょっ……身体が勝手に……ッ!?」
ツトムの魔法により、聖の影の動きに合わせて聖自身の身体が動き出す。《影の奏者》は本体と影の主導権を逆転させて操る魔法だ。杏が無茶して前線に出ようとした時用に、とこっそり覚えていたのがこんな形で役に立つとは。ツトムは自分を褒めたくなった。
「ツトム!無理しちゃダメだからね!」
「大丈夫、早く行って!」
杏は足止めをツトムに任せ、聖と共にその場を立ち去る。2人の後ろ姿を見送ったツトムは再び正面を向く。
「……さて。別に待っててくれたって訳じゃないよな。」
大分落ち着いたのだろう。目の前の敵は真っ直ぐとツトムを見つめていた。
「(大方、どうやって捕食するか考えてるって感じか。)」
正面から挑むほど、ツトムは己の実力を過信してはいない。
先程妨害に使った《真空壁》は全く通用しなかった。そしてあの魔物の鋭い爪は、防壁などを出したとしても一発で切り裂くだろう。
「(防御魔法は駄目だ。回避に魔力を割いたほうが良い。)」
ツトムの魔力はさほど多くない。無駄な魔法を使って魔力切れは避けたい。とはいえ……
「ブオォォォォォォッ!」
「うわっ!」
突如狙いを定めたアリクイ擬きはツトム目掛けて舌を突き出す。何とか躱したツトムは転がって体勢を立て直そうとするが、魔物は追撃の手を緩めようとはしなかった。隙を見て放つ魔法も難なく躱されるので、魔法陣を床に描くだけとなってしまう。
そして再び突き出された舌を避けるが、先程よりも素早い攻撃はツトムの左肩を掠めた。
「ぐあぁぁぁぁッ!」
魔物の舌に所狭しと並んだ棘は、彼の左肩の肉を高速で抉る。突然の激痛にツトムは叫ぶが、動きを止めれば死ぬのは確実だ。どんなに痛かろうと傷口を労る暇などなかった。
「(高速移動の魔法を掛けたとしても、そもそもコイツの攻撃を見切るのがキツい!)」
奴が舌で攻撃するのは、この狭い建物の中では身動きが取りづらいからだ。恐らくあの長い舌を使って、狭い所へ逃げ込んだ獲物を喰らうのだろう。
「アイツにとって俺は蟻か。」
いや、蟻はあの大きさにしてはとんでもない力を持つらしいので、自分は蟻以下かもしれない。内心で自虐しながら、ツトムは冷静に自分の状況を分析する。
「(俺が使えるのは基礎的な系統魔法と、戦いでは役立たないような嫌がらせの魔法だけ……。しかもそれはアイツには全く通用しないし、そもそも攻撃されると避ける術がない。)」
アレックスやシャーロットのように、敵を圧倒する力はない。
イザベラやノアのように、魔法の才に恵まれている訳でもない。
杏のように、特別な力がある訳でもない。
『正直限界まで強くなったとしても、お前の実力じゃ死ぬぞ。』
少し前、無茶な特訓をして倒れた時に言われたアレックスの言葉が頭をよぎる。実際、今死にかけているので彼の言うことは正しい。
それでも、戦いたいと思った。
聖女などという重い使命を負ってしまった大切な人を守りたいと思った。
だから……
「ブオォッ!」
中々仕留められないことに剛を煮やしたのか、禍々しい獣は藤間を仕留めた鋭い爪を大きく振り上げる。
「(避け切れない……けどッ!)」
アリクイ擬きが鋭い黒を振り下ろしたその刹那。
「それを待ってたんだ!《笑う薄氷》!」
「ブフォッ!?」
突如として辺り一帯の気温が低下し、床に薄氷が張った。体重を片足にかけていたアリクイ擬きは、そのままバランスを崩して前へと倒れ込む。
攻撃を回避することができなければどうすれば良いか。
簡単な話だ。攻撃を当てさせなければ良い。
「なぁ知ってるか、アリクイ擬き。」
ツトムは右手をポケットに入れると、魔物へ向かって歩みを進めた。
「水ってのはさ、熱せられると水蒸気になって体積が増大するんだ。」
そう言ってツトムが取り出したのは、結界石だ。翡翠に術式が刻まれたソレを、アリクイ擬きに向けて投げつけた。
「ッ!?」
結界石は丁度魔物の額に当たるとパリンと音を立てて割れる。すると緑の光と共に、ちょうどアリクイ擬きを覆うくらいの結界が展開された。結界内で舌や爪で暴れる敵を見て、ツトムは思わず笑ってしまう。
「その結界石はうちの母さん特製だ。きちんとした手順を踏まなきゃ解除できない。」
全知の魔女が息子を守る為に作った特別製だ。たとえ魔王であろうと壊すのには難儀するだろう。
「凄いだろ?……ただコレ弱点があってさ。」
「熱は遮断できないんだ。」
アリクイ擬きが足元を見遣ると、無駄撃ちしたはずの床に描かれた魔法陣が赤く輝き出している。
「!?」
ツトムはにっこり笑うと、そのまま数歩下がってアリクイ擬きを見据えた。
「安心しろ、爆発はしないさ。それくらい頑丈だから。」
水蒸気爆発なんて引き起こして、校舎を破壊してしまったら目も当てられない。だからわざわざ貴重な結界石を使ったのだ。
「だけど……」
「そんな狭い結界でこの圧力に耐えられるかな。」
突如、空気が変わる。
床に張った氷が、一気に気化した。
「ブオ……ッ!」
まずは耳だった。気圧に耐え切れなくなった鼓膜は破け、自身の心音すら聞こえなくなる。
肺がやられ、内臓が、肉が、骨が、押されていく。潰れていく。砕けていく。ひしゃげていく。
丸めるように。或いは捏ねるように。肉はどんどん形を変えていく。
息が出来ない。痛い。苦しい。熱い。
そんな感情ともいえない叫びが、廊下を満たす。
獣は賢かった。建物の中に逃げ込んだ獲物を喰らうのが得意だった。
人間など寄って集って束にならないと対抗することすらできないただの餌に過ぎないはずだった。
意識を手放す直前、魔物が目にしたのは金髪の青年の姿。
ツトムが結界を解いた時、物言わぬ肉塊は赤く染まっていたのだった。
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因みにツトムがよく使う影の魔法は、杏に近づく悪い虫()を追っ払うのに重宝してます。




