勇者一行、夏休みを迎える。
新章開幕です。
期末テストが終わり、学校生活は一区切りを終えた。そう……学生皆が心待ちにする夏休みが始まるのである。
「いやっほぉぉぉぉ!夏休みだァァァァ!」
帰りの通学路で、アレックスは叫んだ。
「アル、うるさい。」
「子供ですか君は。」
「そんなダーリンも可愛いわよ♡」
「お前ら俺はガキじゃねぇぞ!?」
勇者一行のいつも通りのやりとりを、彼らの少し後ろからツトムと杏は眺めていた。
「本当にあいつ、俺たちと同い年なのか……?」
「と、年相応だよ!……多分。」
勇者アレックス。魔法が当たり前の世界からやってきた今代の勇者。歳は16なのでツトムたちとは同輩である。だが、周りが大人びているせいか余計に子供っぽく見える残念なヤツだった。
「大体お前ら、かれこれ3ヶ月はこっちに居たことになるけど大丈夫なのか?」
ふとツトムは前々から思っていたことを口にする。何だかんだで高校生活をエンジョイしているので忘れそうになるが、本来彼らは魔王討伐の為に旅を続けていた勇者一行なのだ。
そんなツトムの問いかけに、勇者一行は金縛りにあったかのように立ち止まる。そしてゆっくりと彼の方へ振り返ると三者三様の反応を見せた。
「良くねーよ!俺勇者じゃなくてただの男子高校生みたいになってそうでヤダ!」
「というか彼方側では僕たちも魔王も居なくなったわけですし、相討ちになったと思われているかもしれませんね……あはは。」
「……陛下が葬式をしてなければ良いのだが。」
「プッ、そんなこ……いや、あの人ならやりかねないわね。」
口にしなかっただけで、皆ずっと気にしていたらしい。確かに魔王も勇者も居なくなってしまったら、相討ちになったと考えるのが普通だろう。少し無神経な質問だったとツトムは反省した。
「なんか……ごめん。」
「別に良いですよ。僕らがずっと目を背けていたことを指摘してくれたんですから。」
「ま、これから夏休みなんだ。時間に余裕ができるし、呪術師探し頑張ろうぜ!」
元の世界に帰る為には、アレックスたちを転移させた存在――此方の世界の呪術師を見つけなければならない。しかしこの3ヶ月手掛かりは一向に見つからず、更にはこの転移自体が第三者である謎の黒幕によって仕組まれたものだと判明してしまった。
ツトムの母であるエリザベスも懸命に方法を探しているが、転移魔法は『転移させた者でないと元の世界に帰すことができない』という理がある。どちらにせよ、まずは何とかして呪術師を探さなければならなかった。
「……。」
「ん?どうしたのシャーロット。急に黙り込んじゃって。」
呪術師という言葉に反応して、シャーロットが僅かに唇を震わせた。その様子に気が付いたイザベラが問うと、シャーロットは意を決して言葉を発する。
「呪術師の正体、分かったかもしれない。」
これはつい先程の話だ。1学期が終わってこれから夏休みだからか、廊下は生徒たちの楽しげな会話で溢れていた。
「(賑やかな通りを歩いているような感覚だな。)」
シャーロットはクラシス王国城下町を思い出す。そこの大通りは人々の笑顔と筋肉で溢れる賑やかな場所だ。そんな故郷のことを思い出し、彼女は少し感傷に浸る。
此方の世界に来て早3ヶ月。魔王討伐の旅に出てからも含めると2年近く国を離れている。早く元の世界に帰って、陛下や国民たちに自分たちが無事であると伝えたい。
「(自分たちを転移させた呪術師は恐らくこの学校の関係者……だがここまで足取りを掴ませないとは。どうやら相当慎重な人物らしい。)」
イザベラが感知できないほどの魔力操作、魔法使いであることを悟らせずに現代日本に溶け込む胆力。只者ではな……
「あ、シャーロットさん!」
シャーロットが思考に耽っていると聞こえてきたのは、優しく包み込んでくれるような温かい声。彼女の目線の先で、声の主はほんわかした雰囲気を纏いながら大きく手を振っていた。
「聖先生。何か御用ですか。」
2年生の数学を教えており、クラスの担任でもある聖撫子のもとへ、シャーロットは駆け寄る。彼女は留学生(という設定)であるシャーロットのことを度々気にかけてくれていた。他の生徒たちからも、面倒見が良く真摯に向き合ってくれる良い教師だと評判だ。
「ええ、夏休みに入る前に少しお話をしたかったの。」
そう言って聖は微笑んだ。彼女の雰囲気は、どこか杏に似ているところがある。周りを安心させるオーラでも放っているのか、シャーロットは2人を相手にしている時は心が穏やかだ。
「日本の高校生活はどうだったかしら。楽しめた?」
「ええ。とても有意義で楽しいひと時を過ごすことができました。仲の良い友人もできましたし。」
シャーロットはこの3ヶ月間を振り返る。学校に通ったことがなかった彼女にとって、同じ年の少年少女――それも身分も関係ない対等な……いや対等なのかはちょっと分からないが、とにかく友人ができたのは大きい。
「それは良かったわ。シャーロットさん、時々思い詰めたような顔をしていたから、少し心配だったのだけれど。」
「……分かるんですか?」
「ふふ、これでも教師だからね。分かっちゃうのよ〜。」
聖はさらりと流すが、シャーロットは驚きを隠せなかった。王族たるもの、感情を表に出すものではない。だから、シャーロットの感情の機微に気付く人間はそう多くない。教師というのは、そういう生き物なのだろう。シャーロットは感心した。
「少し、故郷と家族が恋しくなりまして……。」
「ふふ、国から離れての生活だもの。そう思うのは恥ずかしいことじゃないわ。」
「そ、そうですか。」
実際は国どころか世界なのだが、そんなこと聖が知るわけがない。シャーロットは曖昧に返事をした。
「夏休み中はご実家に帰るの?」
「いえ、まだ此処でやるべきことがあるので。」
そう、呪術師と魔王、それからこの転移を引き起こした黒幕。彼らとの決着をつけるまでは帰れない。
「そう……。あまり無理はしないでね。それじゃあ夏休み楽しん……」
聖はシャーロットの眼を見て、これ以上は何も聞かなかった。そのまま別れを告げて去ろうとした彼女だが、振り返った瞬間に何かが落ちる。
バタン。
「ん?」
落ちたものにシャーロットは眼を向ける。重量がある真っ黒で分厚い本には不気味な字体でこう書かれていた。
『魔王と黒魔術』
「……は?」
「じゃ、じゃあね!シャーロットさん!良い夏休みを〜!」
「え、ちょっ、待っ……。」
シャーロットの制止も聞かず、聖は光の速さで本を拾うと走り去って行ったのだった。
「……という訳だ。」
「「「「「そんなことある!?」」」」」
今まで全く隙を見せなかった呪術師が遂に尻尾を出した。だが、シャーロットの言う通り聖が呪術師だと言うのなら色々と納得がいく。にしてはあまりにも情けないボロの出し方だが。
「あの聖先生が……にわかには信じ難いな。」
「でもそんな本を持っていたら言い逃れはできないよ……?」
「たまたまそういう趣味があったのかも……しれ……な……い?」
「ツトム、自分で言ってて無理があるって思ってない?」
ツトムと杏は信じられないという顔をしている。学年こそ違うが、彼女の評判は聞いていた。中々呪術師と聖が結びつかないが、現状手掛かりはそれしかない。
「ツトムの言う通り、そういう趣味だというだけの可能性もある。私の勘違いならそれで良い。」
シャーロット自身も怪しいとは思いつつも信じたくはないようだ。
そんな彼らの様子を見て、アレックスは宣言した。
「よし、とりあえずその聖センセイとやらについてもっと調べよう!違ったらそれで良いしな。」
「アルの言う通りですね。せっかくの手掛かり、無駄にしたくはありません。」
ということで、勇者一行たちは夏休み期間中に聖撫子について調べることになったのである。
そして……
「クシュンッ!あれ、風邪ひいちゃったかな?」
「ここ最近お前は頑張っていたからな。ちゃんと身体は労ったほうが良いぞ。私が特別に蜂蜜柚子茶でも淹れてやろう。」
「ホント?じゃあお願い!」
その頃鈴木莉花は、魔王とティータイムに勤しんでいたのだった。
莉花が学校に行っている間、家事は魔王がやってくれています。




