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【完結済】異世界生活は難しい。〜勇者一行、現代日本に転移する〜  作者: 松竹紅葉
第2章 勇者一行、学生生活を送る。
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【番外編】勇者アレックスの高校生活

黒髪に翠の瞳を持つ青年が居た。名はアレックス。此処とは似ているようで異なる世界からやってきた勇者である。ひょんなことから魔法の世界から科学の世界へと転移させられた彼と仲間たちは、元の世界に帰る手段が見つかるまで現代日本で学生生活を送る羽目になっていた。


 これは彼が高校に入ってから暫く経った頃のお話である。






「よおアレックス、今日も元気かぁ!?」

「朝からうるせえ!つか汗臭えよ田中ァ!」


 此方側の世界の高校生になってからだいぶ経った。最初はどうなることかと思ったが、彼方も此方も少年少女の本質はそう変わらない。アレックスは持ち前の親しみやすさから、あっという間にクラスに溶け込んでいた。


「仕方ねぇだろ、朝練あンだから。」

「へーへー、お疲れさん。けどそんなんじゃ女子にモテないぜ?」

「ハハハ!甘いなアレックス。……坊主の時点で非モテは確定なんだよ。」

「全国の坊主に謝れ。」


 それと田中には申し訳ないが、別に坊主でもモテる奴は居ると思う。それを言ったらトドメを刺しそうな気がしたので、アレックスは口をつぐんだ。


「つうかさ、山田はどうしたんだ?見当たんねぇけど。」


 いつもの軽いやりとりをしていると、田中は教室を見渡しながらアレックスに尋ねた。こういう時、最後にツトムが突っ込むのがこの3人のお約束なのだ。


「ツトムなー、あいつ熱出しちゃって今日は休み。」

「ウッソだろ!?」

「最近色々と頑張ってたからなぁ。疲れが出ちまったんだろ。」


 先日の魔核竜戦において、ツトムの幼馴染である杏が聖女として覚醒した。彼女はあれ以来、ツトムの母であるエリザベスに魔法を教わっている。勿論強大な力を制御する為ということもあるが、1番の理由は()()()()だ。魔核竜を弱体化させた彼女の力を、敵が野放しにするわけがない。


 そしてツトムもまた、イザベラに教わりながら魔法の特訓をしていた。本人曰く「杏に負けるのがなんか嫌」とのことだが、誰がどう見たって本当の理由は杏を守る為だろう。


 だが、アレックスの目から見てもツトムには魔法の才能はあまりなかった。あの全知の魔女エリザベスの力は息子には受け継がれなかったらしい。そもそも此方側の世界には魔法は必要ないし、才能がないとはいっても人並みには使える。魔法を必要としない此方側の世界であれば、それだけで十分だ。


「(けど、これからは違う。)」


 魔核竜戦は非常事態だったからツトムにも協力してもらったし、最後の一撃が放てたのも彼がチャンスを作ってくれたお陰だった。しかしアレックスたちがこれから戦おうとしているのは、世界を混沌へと陥れた魔王とソレを従える呪術師(シャーマン)、そして奴らを利用しようとした黒幕だ。ツトムの力では敵の前になす術もなく死んでしまう。


「(……自分の非力さは、多分ツトム(アイツ)が1番よく分かってる。)」


 そして……杏を守る為ならどんな敵相手でも立ち向かってしまうことも。


「ホンット、馬鹿だよ。ツトムはさ。」

「……。」


 ボソッと呟いたアレックスを、田中はじっと見つめる。


「なあ、アレックス。」

「なんだ?」

「山田はアレックス(バカ)に馬鹿って言われたくないと思うぞ?」

「……。」




「俺だって田中(バカ)に馬鹿言われたかないわ!」


 今日も教室にはアレックスの元気な声が響き渡った。






「で、答えはx=8になる訳なんだが……寝るな田中ァ!」

「ばっ!はい!今日の朝食は秋刀魚の塩焼きです!」

「お前廊下立ってろ!」


 寝惚けた田中によってクラスが笑いに包まれた。1限目の数学は担任のメガネ先生こと藤間が担当している。ずっと黒板に書いてたのに、何故1番後ろの席に居る田中が寝ていることに気が付くのか。彼方側の世界の学校でもそうだが、教師という生物は背中に目でも付いているのではないかとアレックスは思う時がある。


「(どんまい、田中。)」


 アレックスは廊下へ向かう田中を見送ると、再びノートにメモし出した。






 2限目は地理だった。教師と共に世界地図を見ながら気候区分などを確認していく。


「(こうやってみると、やっぱりこの世界は彼方側(あっち)とは違うんだなぁ。)」


 元は同じ1つの世界だったそうだが、此方側の大陸と彼方側の大陸は大きく異なる。恐らく分かれた後に様々な要因が合わさって地形が変化していったのだろう。(ルール)が違う世界なので、アレックスたちには想像がつかないが。


「(シャーロットとかは好きそうだよなぁ、こういうの。)」


 アレックスから見て、シャーロットは此方側の世界を誰よりも満喫している。いずれ国を担う次期女王として彼女は幼い頃より厳しい教育を受けてきた。その為か彼女はアレックスと1つしか歳は変わらないがずっと大人びて見える。しかし、ああ見えて本質はかなり子供っぽい。魔王討伐の旅は決して気楽なものではないが、国を飛び出して見る外の世界にいつも彼女が目を輝かせていることをアレックスは知っている。


 もし彼女が普通の家庭に生まれていたら、もっと年相応の女の子だったのかもしれない。


『あら、アル。今日も良い天気ね!』

『見て!こんなに綺麗な花が咲いているわ!』

『この服初めて着てみたのだけれど……どうかしら?』


「(……ねぇな!)」


 花を愛でるより己の鍛錬に励むのを好むような女だ。それに変に女性らしく着飾った姿より、どんな強敵相手でも先頭に立って戦う彼女の姿が1番美しい。


 ……なんて言ったら何を言われるか分かったものではないので、アレックスは己の心の内に秘めておくのであった。






 3限目は移動教室だった。選択科目で、アレックスの場合は美術だ。正直美的センスはゼロどころかマイナスに突っ込んでいるのだが、他の書道や音楽も同様にできる気がしないのでこれで良い。ちなみに田中は書道を選択しているので教室は別である。


「今日はデッサンです。美術室にあるものならどれでも良いので、何か1つ描いてみましょう。」


 渡された鉛筆を片手に、アレックスはデッサン出来そうなものを探す。既に題材を決めた生徒たちは座って描き始めていた。探すのに時間をかけると描く時間がなくなってしまう。


「何か良いもの……良いもの……。」

「何だアレックス、お前もまだ決めてねーの?」

「お、今井。その言い方ってことはお前もか。」


 アレックスに話しかけてきたのは、同じクラスの今井である。バレー部の彼はアレックスの勧誘を狙う運動部員の1人だ。


「なあ今井、こういう時どういうのを選べば良いんだ?」

「んー、そうだな。石膏像とかは定番だけど難易度めちゃくちゃ高ぇし、こういうの苦手なら机とか椅子でも良いと思うぜ?」

「机と椅子かぁ。まあ、直線が多いし楽っちゃ楽だな。」


 丁度近くには使われていない机と椅子が端に寄せられていた。


「けどさ、なんか物足りなくね?」


 ただ並べられた物を描くのはつまらない気がする。それは今井も同様だったようで、彼はニヤリと笑って肯定した。

 

「確かに。なら配置を拘ろうぜ!ここをこうして……」

「お、良いねぇ。あ、これをさ……」


 


「……何か言うことはありますか?」

「「本当にすみませんでした。」」


 結局課題は終わらなかった。椅子と机をタワーのように積み上げていったは良いものの、段々課題そっちのけで積むことに集中してしまったのである。お陰でギリギリのバランスで保った力作が完成したものの、本来完成かさせなければならないデッサンに取り掛かろうとしたところでチャイムが鳴ってしまった。


「放課後、残って課題を完成させてくださいね。」


 美術の先生はまるで絵画のような美しい笑みを浮かべていたが、その声はあまりにも冷たい。普段温厚だと評判の先生の氷の笑みは、アレックスたちの心を瞬く間に凍らせたのであった。






 4限目の英語はアレックスには眠い時間だ。名優の腕輪を着けていると、アレックスはアメリカ人留学生アレックス・スミスという予め設定した人物を演じることができる。だからアメリカの知識は頭に入っているし、スピーキングは勿論、読み書きだって完璧だ。


 いつもならその間に新技の開発や魔王を倒すシュミレーションを行うのだが、今日は違った。


「(えーっと……メモメモっと。)」


 教師が話す大事そうなことはメモに残す。多少字は汚いが、多分読めるはず。そう思いながらアレックスは授業に集中した。






「ねぇアレックス。ひょっとして熱あるんじゃないの?」

「は?」


 昼休み。隣の席の杏が心配そうな顔で此方を見つめてきた。慌てて自分の額に手を当てるが、熱くもない。特に体調不良でもないし、健康体そのものだ。


「どこをどう見たら俺が病人に見えるんだよ?」

「だ、だって!アレックスがあんなに真面目にノートとってたこと今まで1度もなかったじゃん!」

「真面目にノートとるだけで熱あると思われんの俺!?」


 実に心外である。アレックスは不機嫌になりながらも杏に先程とっていたノートを手渡した。


「?」


 杏は不思議そうな顔をしながら、ノートをパラパラと捲る。1ページ目には今日の日付が入っており、新品であることが分かる。普段使っているノートはどうしたのか。杏が聞こうとした時、あることが頭をよぎった。


「あ、ひょっとしてこれ……()()()()?」

「……そうだよ。アイツ真面目だし、ノートとっておけば少しは役に立つだろ?」


 魔核竜戦では世話になったしな、と付け加えて呟くと、杏はニコニコしながらアレックスを見る。

 

「なるほどね。そっかそっかぁ!ツトム喜ぶと思うよ〜!」

「その顔やめろよな!あーもう、俺購買行ってくる!」


 何だか急に恥ずかしくなってきた。アレックスは杏から逃げるように購買へと向かったのであった。






「「やっっっと終わったぁ……。」」


 放課後、美術の課題を済ませ終わったアレックスと今井は教室に戻ってきていた。荷物をまとめていると、同じクラスの仲間である莉花が駆け寄ってくる。


「あ、アレックス!まだいたんだ、良かった〜!」

「ん?どうしたんだ鈴木。」

「アレックスから山田に渡しておいて欲しいんだけど……」


 そう言って莉花は、鞄の中から1冊のノートを取り出した。


「ジャーン!今日の授業のノート!役に立つかなって。」

「!」


 どうやら莉花も考えていたことは同じらしい。手渡された可愛らしいノートの内容は、アレックスのものとは比べ物にならないくらい綺麗で分かりやすくまとめられていた。


「山田には借りがあるからね〜。天才鈴木様のノートとか超貴重だよ?寧ろ感謝しろってヤツ?」

「自分で天才とか馬鹿が言うヤツだぞ。」

「「……。」」


 ちなみにこの時はまだテスト期間に入る前の出来事。よってアレックスは莉花が学年トップの成績優秀者であることを知らないのである。

 

「え、アレックス。鈴木は……」

「とにかく!渡しといてよね〜!じゃ、また明日〜!」


 莉花は特に気にしていないのか、そのまま走り去っていった。今井から何も知らねぇんだなコイツ……という目を向けられていたが、アレックスは気が付かない。


「……俺がノートとる必要なかったかもなぁ。」


 莉花のノートを鞄に入れながら、アレックスはぽそりとこぼしたのだった。






「ただいまー。」

「お帰りなさい。あらアレックス、思ったより早かったわね。」


 帰宅したアレックスを玄関で出迎えてくれたのはエリザベスだった。ここ最近、アレックスたちを元の世界へ帰す為の方法を求めてずっと研究室に篭りきりだったので、この時間帯に会うのは珍しい。きっとツトムの看病をしていたのだろう。


「ツトムの具合は?」

「熱は下がったわよ。今日1日ちゃんと休めば、明日には学校に行けると思うわ。」

「そりゃ良かった。」


 とりあえず一安心だ。アレックスがホッと胸を撫で下ろすと、奥から杏が顔を出してきた。


「あ、アレックス。お帰り〜。課題ちゃんと終わったんだね。」

「おう!つーか杏も来てたんだな。」

「うん。ツトムが寂しがってるだろうなって思って。」

「まさか……泣いてた?」

「そうそう大泣きだよ大泣き!」


 なんて、本人が居ないので周りは言いたい放題だ。互いに笑いを堪えられずに噴き出すと、上の階からごほんと咳払いの音が聞こえてきた。……どうやら聞こえていたらしい。


「ふふ。ツトム、今起きてるよ。暇そうにしてたし、顔出してきたら?」

「そっか。じゃあ俺の御尊顔でも見せつけてくるわ。」


 渡さないといけないものもある。アレックスは杏たちと別れると、そのまま2階へと駆け上がった。






「おーい、ツトムー。入っても良いかー?」

「どうぞ。」


 許可が降りたので、アレックスはゆっくりと扉を開ける。視界に入ってきたのは、ベッドの上で本を読みながら寛いでいるツトムだった。


「……寂しかった?」

「んなわけあるか。下の会話、ここまで聞こえてきたぞ。」


 そう言って顔を顰めるツトムに、アレックスはごめんと笑いながら近くに置いてあった椅子に腰掛ける。


「体調はどうだ?熱は下がったって聞いたけど。」

「お陰様ですっかり元気だよ。明日は学校に行けると思う。」


 確かに、朝のぐったりした感じは見られない。すぐ横の机の上には殻になった皿が置いてあった。食事を残さず食べられるのだ。その言葉に偽りはないだろう。

 

「良かった。やっぱお前が居ないと退屈だし。」

「ッ!……あっそ。」

「お、なんだなんだ?ひょっとして照れて……」

「照れてない。」

「素直じゃねぇなぁ。」


 アレックスがニヤニヤ笑うと、ツトムはそっぽを向いてしまった。流石にこれ以上は怒られそうなのでやめておこう。それに、彼とは1度きちんと話したいことがあるのだ。アレックスは今までのふざけた態度を改め、真剣な表情でツトムと向き合った。

 


 

「ツトム、もう魔法の特訓はやめないか?」




 今回ツトムが熱を出したのは、無茶な魔法の特訓を繰り返したからだ。特訓にはイザベラが付いていたものの、彼女から与えられた課題以外にも隠れて特訓を続けていた。


「正直限界まで強くなったとしても、お前の実力じゃ死ぬぞ。」

 

 これで成果が見込めるのであれば、多少目を瞑ったかもしれない。だが、ツトムの魔法の才は人並みだ。これから戦おうとする奴ら相手には太刀打ちできない。力不足の人間を連れ回して死なせるような無責任な真似はできなかった。


「……はっきり言ってくれるなぁ。」


 ツトムは自分でもよく分かっていたからか、眉を下げて笑う。しかし同時に拳を強く握り締め、表情にこそ出さないが、心の底から悔しがっていることが伝わってきた。


「俺さ、杏を守る為に魔法を教わったんだ。」


 ツトムは呟く。


「けど、教わってるうちに自分には才能がないって分かって……それでも俺は杏を守りたかった。アイツには笑っていてほしいから。」


 そう言うと、ツトムは先程まで読んでいた本をアレックスに手渡した。表紙には、先の戦いでのMVP――消火器が大きく載っている。


「才能がなくても、俺には俺の戦い方がある。そうだろ?」


 この世界での(ルール)、科学の優位性をツトムは誰よりも理解している。だからこそ、魔核竜戦で咄嗟に手助けができた。

 

「心配してくれてありがとな。だけど大丈夫だ。」

「……分かった。」


 その意志の強い瞳を見て、アレックスはこれ以上の追求はやめたのだった。



 

「あ、そういえばさ。お前に渡すもんあるんだった。」


 とりあえず話題を変えようと、アレックスは1冊のノートを取り出す。


「これ、鈴木がお前の為にとっておいてくれたんだ。俺も中見せてもらったけど、スッゲー分かりやすかったぜ。」

「へぇ。」

 

 女子高生らしい可愛らしいノートを受け取ったツトムは、パラパラと中を確認する。一通り目を通した後、彼はノートを手元に置き、真っ直ぐアレックスを見つめた。


「鈴木には明日礼を言うとして……ん。」

「?何だツトム、その手は。」


 ツトムは不満そうな顔で、アレックスに対して手を差し出す。その意味が分からずにアレックスが呆然としていると、ツトムは大きな溜息を吐いてから言った。


「お前もノート書いてくれたんだろ?」

「……杏のヤツ。」


 どうやら杏が喋っていたらしい。アレックスは頭を掻きながらもう一冊のノートを手渡した。


「鈴木のノートだけで十分だろ。」

「せっかく俺の為に書いてくれたんだ。目を通さないのは失礼だろ。ありがとう。」

「ツトム……。」


 感謝の言葉を述べながら、ツトムはアレックスが書いたノートを眺め……


「うわ字ィ汚い。」

「テメェ今すぐノート返せェェェェェ!」



 

 いつも通りのやりとりが交わされたのだった。

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