勇者一行、魔物の襲撃を受ける。(2)
魔核竜戦でイマイチ活躍できなかった2人が頑張ります。
各地で戦闘が起こる中、イザベラは頭上で飛び回る黒鳥をどう仕留めてやろうかと考えていた。
「(1番手っ取り早いのは地上戦に持ち込むことだけれど……。)」
雷鴉と呼ばれる彼方側の世界の魔鳥に、黒鳥は良く似ていた。先程から雷を纏った突進や風起こしなど、その攻撃方法もほぼ同じと言っていい。
そして鳥系の魔物は空中戦に於いて圧倒的な優位性を持つが、1度地に落としてしまえば此方のものだ。雷鴉の倒し方もそれが手っ取り早い。
だが、アレは同種と言って良いものか?
イザベラは目の前の魔物の異質さに戸惑っていた。何せ、一般的な雷鴉と比べ、大きさも技の規模も桁違いだ。亜種、突然変異。そういった魔物とは何か違う、意図的に造られた異質さ。
そして何より……
「キィィィィィ!」
黒鳥は額に埋め込まれた赤い石から術式を展開する。
「ッ!また……ッ!《雷神之槍》!」
黒鳥の術式から放たれた炎とイザベラが放った雷の槍がぶつかり、相殺される。
「(魔核……いや、魔核の破片かしら。守護者化はしてないようだけれど、魔法を使えるとなると面倒ね。)」
雷鴉は魔法を使わない。もしこの黒鳥を地に落としたとしても、魔法を使われてしまえば優位性が失われる。
「ホント、アンタの相手が私で良かったわぁ。ダーリンやノアならともかく、シャーロットだとちょっとキツそうだもの。」
シャーロットの戦法は、どちらかというと近接寄りだ。遠距離技もあるにはあるが、彼女の得意技である《鎌鼬》はこのような鳥系の魔物とは相性が悪い。
そうこうしているうちに、再びイザベラの隙を突こうと黒鳥は天高く舞い上がる。近付けばイザベラが有利になることを理解しているのか、黒鳥は慎重だった。しかし、その様子を見てイザベラは呟く。
「あと、アンタが思ったよりも単純で助かったわ。だって……」
「その動き、何度も見たもの。」
「ギィィッ!?」
突如、黒鳥の視界が大きく揺れる。頭頂部に何か大きなモノがぶつかる感覚。大きく体勢を崩して落ちてゆく黒鳥の目に映ったのは、この現代日本の住宅街にはそぐわない大きな土の塊だった。
そのまま地面へと叩きつけられた黒鳥は、耳障りな鳴き声を上げて起きあがろうとする。しかしそれは叶わず、自身に近づいてくる足音の方へ頭を向けることしかできない。
「《土人形の落とし物》。どう?気に入ってくれたかしら。アンタ私の上ばっかり飛ぶから、とっても当てやすかったわよ。」
頭が上がらないので、獲物の魔女の声を聞くことしかできない。そして声の主の言葉の意味を理解できるほど、黒鳥の知能は高くなかった。だが、本能で告げていた。馬鹿にされている、と。
「ギィィィィ……キィッ!?」
この人間だけは殺す。再び魔核の破片から術式を放とうとする黒鳥は、最後の力を振り絞って再び立ち上がった。だがその術式が展開されることはなく、そして黒鳥の目は見開いたままだ。
「ここに落ちてきた時点でアンタの負けよ。雷鴉擬き。」
魔女は淡々と呟く。イザベラは黒鳥の攻撃を躱しながら、拘束の魔法陣を展開していた。
「同じ動き、決まりきった攻撃ローテーション……本当につまらない。フェイク入れてくるかと思ったけれど、そこまでの頭はないようだし。」
黒鳥はその時初めて気が付く。その人間の目は、自分を見ていない。
自分だけじゃない、魔物の全てを憎む眼差し。
「キッ……」
「《岩石の墓標》。」
魔力によって生み出された大きな岩石が黒鳥を押し潰すように次々とぶつかり、やがて塔のような形へと変貌する。岩石の隙間からは赤い血が流れ、そのうち鳴き声は聞こえなくなった。
「ハァ、ハァ……。全く、私の相手が貴様で良かったぞ。イザベラなんかは特に音系の攻撃に弱いからな。」
河川敷で戦うシャーロットは、目の前で超音波を放つ蝙蝠型の魔物相手に愚痴っていた。昔コレによく似た魔物と戦ったことがあり、その時はシャーロット以外耳がやられてかなり苦戦したのだ。イザベラは泡を吹いて倒れていたな……などと思い出しながら、彼女は目の前の敵を見据える。
以前戦ったことのある暗闇蝙蝠という魔物は、暗い洞窟でのみ生息していた。迷い込んだ旅人や冒険者を闇と同化して背後から襲うのが奴らの戦法だ。気配に気付かれたとしても、超音波で敵の平衡感覚を狂わせて動きを止めるなどかなりずる賢い魔物とされている。
「……にしては、色々とお粗末だが。」
目の前の大蝙蝠は、暗闇蝙蝠より遥かに大きい。そして日が暮れてきているとはいえ、まだ日が出ている住宅街で出てくるなど本来ならばあり得ない。自分が優位なフィールドではなく、わざわざこのような場所で襲いかかるなど愚かにも程がある。
「(亜種……というより、無理矢理変えられたか?)」
大蝙蝠の額の中央には小さな赤い石が嵌められていた。先の戦いで嫌というほど目にした赤黒い何か。魔核の破片に違いなかった。
「あまり長引かせるのは得策ではないな。次で仕留める。」
そう言ってシャーロットは全神経を集中させた。周囲を漂う魔素を自身の身体の魔力と合わせ、身体能力を強化していく。
「《風神之加護》。」
風の衣を纏ったシャーロットは、大蝙蝠へと駆け出した。
「わ、私たちどうすればぁ!」
戦うシャーロットの背後で、お供三人衆は嘆いていた。目の前で起こっていることは、本当に現実なのか?魔法や魔物に触れたことのない彼女たちは、突然目の前で起こったことに腰を抜かしており、逃げることもできずにいた。
「シャーロット様、私たちを気にしながら戦ってくれてる。これじゃあ私たち、足手纏いじゃん……。」
諸橋は目に涙を溜めて言葉を溢す。小野田も戸川も、そんなことは分かっている。だが、突然現れた謎の生き物に対抗しようにもその術がない。
『――ッ!』
そして再び、大蝙蝠は超音波でシャーロットの動きを牽制する。辺り一帯が耳障りな音で満たされ、小野田たちは慌てて耳を押さえた。
「うわっ、また!あの超音波さえ何とかなれば良いのに。」
戸川の言葉に2人は同意する。シャーロットは超音波を喰らってもそれなりに動けているが、それでも戦いづらいのは確かだ。
「というか、何でシャーロット様はあんな近くで超音波喰らっても平気なのかな……?」
「「それな。」」
ちょくちょくシャーロットは人外じみた身体能力を見せるので慣れてしまっていたが、冷静に考えるとやっぱりおかしい。
「シャーロット様だけじゃないよ。私たち、何でこの状況で普通に会話できてんだろ……。」
「え、そりゃあ……」
「「「(『死の歌声』に比べたらマシだし。)」」」
言葉に出さなかったのは、彼女たちの良心であった。実際のところ、あの地獄のような特訓を通してお供三人衆は図らずも音攻撃に対するある程度の耐性を獲得してしまっただけなのだが、彼女たちは知る由もない。
「……あ。」
「どうした小野田っち!」
あの地獄の日々を思い返していた3人であったが、小野田がふと顔を上げる。
「アレってさ、一応蝙蝠……だよね?」
「お、おう……?」
「た、多分……?」
いや、確か世界にはアレほどではないにせよ人間くらいの大きさの蝙蝠がいたはずだ。……目の前に居る化け物を蝙蝠と言って良いのか分からないが。
「アレを蝙蝠だと仮定しての話ね?あのレベルの大きさだからてっきり昼行性かと思ってたんだけど、アイツの動きは視覚で判断してない気がする。」
「ど、どゆこと……?」
「夜行性の蝙蝠は目が退化してるんだよ。だから超音波を出して音の跳ね返りとかで自分や獲物の位置を把握してるんだ。」
小野田は昨日見た動物バラエティーの内容を思い出していた。丁度蝙蝠特集をやっていて、意外と顔が可愛いとSNSのトレンドに上がっていたのだ。……目の前の化け物は気持ち悪いが。
「つまり、アレも超音波で攻撃しながら自分やシャーロット様の位置を把握しているってこと?」
「おそらく。蝙蝠って耳が良いんだよ。だからさ……」
小野田は2人にそっと耳打ちをする。その作戦を聞いて青褪める戸川と諸橋。しかし、自分たちが足手纏いになっている今、これしか方法はない。3人は覚悟を決め、シャーロットに向かって叫んだ。
「「「シャーロット様ァァァァ!」」」
「ッ!?3人ともどうした!?」
戦闘中で背後は向けないが、彼女たちの声は確かに届いた。
「今こそ、シャーロット様の歌を披露する時です!」
「は!?」
「その化け物は音でシャーロット様の位置を割り出しています!思いっきり歌って、奴の耳を破壊してください!シャーロット様の声量ならできます!」
「え、ええ!?」
「私たちの耳はどうなっても良いですから!」
「お前たち……!ん、いや待てどういう意味だそ……くっ!」
何だか引っ掛かる言い方だが、『音』が有効というのは有力な情報だ。あの音楽の授業の発表以来、父親の言いつけ通りシャーロットは歌っていない。だが……
「それで皆を守れるならば、私はその禁を破ろう!」
敵と距離をとったシャーロットは、思いっきり息を吸い込む。
「(あの時はワンフレーズも歌えなかったからな。聴くが良い!亡き母より受け継ぎしその音楽の力を!)」
「♩き」
刹那、地面に亀裂が走る。すぐ近くの川はその衝撃を受け、反対側の河川敷へ大きな波となって襲い掛かった。雲は割れ、空を飛ぶ鳥は地に落ち、近くに設置してあったサッカーゴールは後ろへと大きく倒れる。まるで一瞬の嵐のようだった。
「ピィィィィィッ!?」
蝙蝠と人間の耳の構造は然程変わらないとされている。異なる点は、蝙蝠の方が遥かに高い周波数の音まで聞き取れること。
そしてシャーロットの《死の歌声》は、人間では聴き取れないレベルの周波数を発していた。
故に。
シャーロットの音攻撃を真正面から受け止め、そして人間では聴き取れない高周波の音までも聴き取ってしまった大蝙蝠には致命傷となる。
「ピ……ピ……。」
額にあった魔核片は粉々に砕け散り、大蝙蝠は泡を吹いてその場に倒れ込んだ。
「……。」
そのままピクピクと痙攣したままの大蝙蝠に、シャーロットは無言で近付いて行く。そして目の前まで近付いた彼女は無表情で獲物を見下ろした。
「シャ、シャーロット様……?」
何とか立ち上がって駆け寄った3人は心配そうに彼女を見つめる。シャーロットは拳を強く握り締め、歯を食いしばると腹の底から叫んだ。
「私の歌を最後まで聴けェェェェェッ!」
「「「(怒るとこそこ!?)」」」
そしてその叫びがトドメになったのか、大蝙蝠は「ピィ」と鳴いて事切れた。
イザベラとシャーロットの落差が大きすぎました、反省。




