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聖女様の従者  作者:
9/9

9 魔物狩り

2話更新

 どうッ、と倒れ伏した獣型の魔物を前に、いまだ剣を構えたままの騎士達の間には僅かな困惑の空気が流れていた。


 土煙が伴うほどの巨躯は、それきりぴくりとも動かず地面を黒々と染める血量から見ても事切れているのは明らかだった。

 やがて全身を体毛のように覆っていた赤黒い陽炎が薄れると、その下からほとんど真っ赤になった灰色の毛皮に覆われた、影を纏っていた時よりも二回り以上小さい獣の本体が姿を現した。ずんぐりむっくりした体型に尖った鼻面と鬣を持つ姿は、多分元は熊の類だろうと思わせる。鬣をよく見ると灰色一色ではなく、ところどころに薄い赤っぽい紫色が混じっているのがわかった。


「これで、しまいでしょうか……?」


 ややして一人が振り返りバーリ卿に向けていった一言は、おそらく他の騎士達の気持ちを代弁したものでもあっただろう。

 その時、彼の言葉に答えるかのようなタイミングで背後の木々の間からこけつまろびつ中年男性が飛び出だしてきた。飛び出してきたはずなのだが、これまた肥満した熊のような体型のせいでほとんど転がり出てきたようにも見える。


「おおおっ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 ずささっと跪き、額を地面に擦りつける勢いで礼を述べる男はこの森に面した集落の村長である。

 バーリ卿の傍に控えていた騎士の一人が剣をしまった後、身をかがめて村長の体を起こし尋ねた。


「この魔物が、あなた方の村落を脅かしていた魔物で間違いありませんか?」


 肩に手を掛けてもらった村長はしきりに恐縮しつつ、こくこくと頷いた。そうするとさっきの、お礼なのか謝罪なのかわからないような土下座で額にぺったりと張り付いていた砂粒がぱらぱらと落ちる。


「そうでございます。こいつが、我々から集落の宝を奪い去った魔物でございます。ああっ、本当にありがとうございます、騎士様方……!!」


 そう言って再び土下座しようとする村長を押し留めながら、その騎士は何とも言い難い顔をした。困惑しているような、疑っているような。やがてそのままの顔で、佇む自分達の団長を見上げた。

 バーリ卿は一度瞑目すると、緩やかに腕を組む。


「確かに、赤い炎を纏った大型の魔物――……のようには見えたな」

「そう言えば、本当はあんな形の魔物だったんですねえ……」


 ハンカチで吹き出す汗を拭っていた村長が、ふと獣の死骸を見て眉を寄せた。……のだと思う。こう言っては失礼だが、肉が分厚すぎて眉の間がちょっと動いたようにしかわからない。しかし幾分憎々しげな口調は勘違いではない。騙された、と小さな声が漏れるに至って、周囲に漂っていた困惑の空気が少し弛緩した。

 言葉にするなら、なぁんだ、とでもいうような。


 が、弛緩したと同時にバーリ卿の目が鋭さを増したので、騎士達は一瞬にして居住まいを正した。彼らの上司は手抜きや気の弛みというものを大変お嫌いになる、全く騎士の鑑のような人物である。褒めてはない。

 私の内心の不敬を読み取ったかのように、ぐりとバーリ卿が顔を此方を向けた。横に並ぶと身長の差から首が疲れるのも、この男の嫌いなところだ。素知らぬ顔で見返すと、バーリ卿は腕組みをし目を細めたまま口を開いた。


「貴殿から見ても、問題はないと思われるか」


 意識を指輪に向ける。石に込められた魔力の粒がほどけて空気に溶けるのを感じて、その後は瞬きひとつの間に答えは出ている。私は頷いた。


「何も。剣をお引きになってよろしいかと」


 私の言葉と、バーリ卿の頷きを合図に騎士達はようやく剣を腰におさめた。やはり拍子抜けしたような空気が流れたが、今度はバーリ卿も咎めなかった。


 私達は今回20人程で編成された小隊として派遣されていた。金翼騎士団所属の騎士20人と言えば、大型の上級魔物2、3体相手でも引けを取らないレベルである。つまりそれほどに重大な案件だと理解されていたということで、団長の同行はそれでもなおイレギュラーと言えたが、団員達には気を引き締めるものとして効果的に作用したようだ。


 引き締めていたからこそ、抜ける拍子も大きいのだろう。騎士達の倒れた魔物を見る目には、いまだに本当にこれが自分達の獲物だったのかと疑うような色があった。


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