第2話「罪の証明」
「ねぇ、レイ君。誰にも守護霊っているの?」
授業中、絢は出来るだけ小声で、隣に浮いているレイに問いかけた(ちなみに陸は、授業中にも関わらず、机の上で爆睡している)。
レイは、ふわりと窓のさんに腰かけると言った。
「もちろんだ。でも、守護霊の本来の姿は“魂”だけだ。
俺みたく、生きていた頃の姿になるのは、会話をするときだけだな。だから普通は、守護霊の姿は見えないぞ。
皆、好んでは人間の姿にならないからな」
「・・・・そうなんだ」
クラスの皆の守護霊を見たいって思ってたのに。
・・・これではつまらない。
「・・・ねぇ、誰かに話しかけてみてよ!これじゃつまらないよ・・・」
「やだね。余計なことはしたくない」
レイは、口をへの字に曲げた。
「え~・・・」
「でもそのうち、話すことになるよ」
レイは、そう言うと明後日のほうを向いてしまった。
「そのうちって・・・?」
絢は眉を寄せる。
レイは、絢の問いかけを気にする様子もなく、今度は陸の机にふわりと腰かけた。
絢は、彼の表情からして、これ以上の質問をしても無駄のように感じた。
「・・・」
絢は、浅くため息を吐いた。
レイは、何かを隠している。力を分けてくれたからといって、全てを認めてくれたわけではないのだろうか。
「絢」
「!」
突然、前から声をかけられた。
見ると、そこには絢の友達―朋歌の顔があった。
朋歌は、目を細めて絢をみた。
「さっき何か言ってなかった?」
「えー・・・言ってないよ!」
絢は、とっさにそう言った。
いつの間にか、授業は終わっていて、教室は騒がしい。
絢の、前の席の朋歌は、少しの沈黙の後、真顔で言った。
「誰かと話しているように聞こえたけど・・・寝言?それとも、幽霊と話してたりして」
「はは。そんなわけないよー」
絢は、曖昧に笑った。
朋歌は、そんな絢を見て微笑んだだけだった。
(気を付けないと・・・)
そう、守護霊と話すときは周りから見ればりっぱな独り言になってしまうのだ。
まだ陸の机に座ってこちらを見ているレイのことは気にしないように気をつけて、絢はそう思った。
***
「レイ、絢に本当のこと言わなくていいのか?」
陸は、下校中、隣を歩いているレイに問いかけた。
「そんなこと、陸が気にすることじゃない」
隣に浮かんでいるレイは、前を見たまま早口でそう言う。
「普通は気になるだろ!?絢の守護霊、絢に会うことを拒否したんだろ?・・・何でだよ?」
「・・・あいつはあいつなりの事情があるだよ」
レイは、ため息混じりにそう言った。
「その事情って、一体何だよ?」
「知らないね」
「はぁー!?」
「・・・自分で確かめれば済むことだ」
「・・・」
レイは、ふんっと鼻をならすと、その場で姿をかき消してしまった。
「何だよっ。あいつは」
レイは、陸が今まで一度も、他の守護霊と話してないことを知ってるはずなのに。
・・・そう、陸はレイ以外の守護霊と話したことがない。
いや、話したくない。
自分のことをよく思っている守護霊なんて、きっと他にいない。
むしろ、白い目で見られているだろう。
だって自分たちは、“ルール”を破ったのだから。
***
「絢ちゃん!」
「!」
家路をいそぐ絢に、声を掛けてきた1人の女性・・・いや、正確に言うと、1人の守護霊がいた。
その守護霊は、絢と同じぐらいの年齢(見た目は)に見える。
彼女は、ニッコリと笑った。
ウェーブのかかった長い金髪に、青い瞳。そして、白を基調とした可愛らしい服。
まるで、その姿はどこかの国のお姫様だ。
「私たちのことが、本当に見えるんだ。すごいねー」
「・・・その服、かわいいですね!」
絢は、内心かなり驚いていた。だってこうも早く、他の守護霊に話し掛けられるなんて、思っていなかったから。
それでも絢は、何とかそう言うことが出来た。
「ありがと。・・・私さー、ずっと前から人間の女の子と話してみたいと思ってたの。
よかった♪絢ちゃんが、私たちのこと見えるようになって」
「・・・」
絢は、彼女の言葉が嬉しくて微笑んだ。
「私、リナっていうんだ。よろしくね、絢ちゃん。これからたくさんおしゃべりしようねー。あっ、ちなみに、タメ語でいいからっ」
「あ・・・うん!」
彼女―リナは、絢の言葉に嬉しそうに頷くと、先頭をきって歩きだした。
「近くの公園で話そ!立ちっぱなしじゃ大変でしょ?」
「そうだね」
絢は、リナの隣を歩きだした。
絢は思った。
人間以外の友達ができることは、少なくとも、悪いことではないと。
「ねぇ、今の時代って何が流行ってるの?」
公園に向かう途中、リナにそんなことを聞かれた。
どうやら、リナは生きてるときは、流行の最先端をいく美少女だったらしい。あくまでも、これは絢の推測だが。
しかし、絢は流行の最先端をいっている自信が全くないので、こう言うことにした。
「それじゃ、街のほう行く?そしたら、色々分かりそうだし」
「あっ・・・えっと、大丈夫だよっ。ほら、街の方に行くと、人いっぱいいるでしょ。そしたら、絢ちゃんと話せなくなっちゃうしね」
「あ、だよね」
リナはちゃんと分かってくれている。
絢は少しばかりほっとした。
と、ある疑問が絢の頭に浮かんだ。
(・・・そういえば、リナちゃんって誰の守護霊なんだろ?)
もしかしたら、絢の知っている人かもしれない。
「ねぇ、リナち・・・」
その時、リナが人差し指を口元にあてた。
絢は言いかけた言葉を何とか飲み込む。
すると、リナは立ち止まり後ろを指差した。
絢もつられて立ち止まると、後ろを振り返った。
「あ・・・朋歌だ」
少し離れたところに朋歌の姿が見えた。
こちらに向かって、歩いて来ている。
朋歌もこちらに気付いたようで、絢にむかって小さく手を振ってくれた。
絢も手を振り返す。
「あれ、絢って家こっちじゃないよね?」
朋歌は、絢の隣で歩みを止めるとそう言った。
「うん、違うよ」
リナは絢がそう言うのと同時に、絢の隣から離れると、ふわりと朋歌の隣に移動した。
「私は、朋歌ちゃんの守護霊なの」
リナは、微笑んでそう言うと、煙のように姿を消してしまった。
「あ・・・」
そうなのか。
リナは、朋歌の守護霊だったのか。
それなら、リナともいつでも会うことができるかも。
「何?なんかあるの?」
朋歌は、後ろを気にするように肩越しに振り返る。
絢は、ドキリとしてとっさに言った。
「あっ・・・何か、野良犬がいた感じが・・・」
「・・・」
「・・・」
「もしかして、幽霊見えてたりして」
朋歌は、にやっと笑う。
「ははっ。そんなわけないよー」
朋歌は絢の言葉を聞いて、くすくすと笑うと言った。
「ほんとに見えたら面白いのに」
「だよねー」
絢は、あははと笑った。
「そういえば、絢ってどうしてここにいるの?家、こっちじゃないんでしょ」
「!・・・」
(そういえば、リナちゃんと公園に行くって話してたんだよね・・・)
どうしよ。
何て言えばいいんだろ。
・・・一人で、公園に行くって言ったら、余計につっこまれそうだし・・・・
「えっ・・・と・・・えーと・・・」
「じゃ、私の家来る?私の家、すぐそこだし」
「あっ・・・うん!」
絢は、目をまるくした。
今までに、朋歌から誘いをうけたことがなかったからだ。
いつも絢が、遊びに誘うと暗黙の了解で決められていると思っていた。
それなのに、朋歌から誘ってくれるなんて、新鮮で少しだけ嬉しい感じがした。
「せっかくここまで来たんだし。たまにはいいでしょ」
朋歌はそういうと歩きだした。
絢も、朋歌の隣を歩く。
(嬉しいな・・・)
朋歌の家に遊びに行くなんて、かなり久々だ。
絢の心は踊っていた。
朋歌の部屋へ入った。
彼女の部屋は、とても綺麗に片付いていた。
茶や白を基調としたものが多く、絢の部屋と比べ大人っぽく落ちついた雰囲気の部屋だ。
「適当に座ってて。何か持ってくるから」
「ありがとー」
絢は、朋歌が部屋から出ていくと、丸いテーブルの前に置いてあった座布団に腰を下ろした。
***
「あのさ、レイ」
陸は、自室に入るとすぐ、ベッドに倒れこんでそう言った。
しかし、返事はない。
陸は、もう一度言った。
「あのさ・・・レイ・・・──」
陸は、ベッドから素早く起き上がると怒鳴った。
「レイ!!」
「何だよ!」
レイが陸の目の前に、スッと姿をあらわした。
レイは、明らかに不愉快な表情を浮かべている。
「あまりちょくちょく、話しかけるな。俺だって暇じゃないんだからな!そのくらい分かれ」
「分かった、分かった」
陸は、ため息混じりにそう言った。
レイは、ふわりと陸の隣に移動するとそこに腰掛け、陸を見た。
「で、何なんだ。用件は?」
「・・・俺って、他の守護霊から、よく思われてないよな?」
「・・・そうだな」
レイは、申し訳なさそうに目線を下に移す。
「それは絢も、同じ何だろ」
「・・・そういうことになるな」
「俺はルールを破っていることを知っている。だからそれなりに、気を付けることができる。
でも、絢は知らない。これってやばくないか?」
レイは、うーんと唸るとベッドに、倒れた。
レイの体越しに、見慣れた布団カバーの模様が見える。
「やばいと言ったら、やばいな。でも、“本当のこと”を知っても、何もいいことなんてない。そうだろ?」
「まぁ・・・そりゃぁな」
陸も、レイに続いてベッドに仰向けに倒れた。
そして、言葉を続ける。
「でも、いいことがないにしても、気を付けることはできる」
レイは、陸の言葉を聞くと、低い声で言った。
「気を付けるといっても、それは絢の重荷しかならない。・・・時期をみて話すことにする。そんなに早くは、あいつらも見つけられないだろうからな」
陸は、そのままベッドの上でゴロゴロところがる。
「あ~・・・。俺は心配だー・・・」
「おい!こっちまで転がってくるなっ。邪魔だ~」
「レイには関係ないだろー。霊体なんだし~」
そう、まだ時間はある。
絢が、ルールを破ったことを、あいつらに気付かれるまでは。
陸は、そのことを心から願った。
***
しばらくたつと、朋歌が、紅茶とお菓子をおぼんに乗せて、持ってきてくれた。
朋歌は、それをテーブルの上におくと、絢の向かい側に腰を下ろす。
「朋歌の家に来たのって、ほんとに久しぶりだよねー」
「確かにそうかもね」
そんな感じで会話は始まった。
色々な話に、花を咲かせたり、昔に撮った写真を見つけて、盛り上がったりもした。
そして、気が付くと時計の針は、午後7時を示そうとしているところだった。
「もうそろそろ帰らないと・・・」
絢は、控えめに言った。
朋歌は、絢とは対象的に、にっこりと笑う。
「まだ大丈夫でしょ。どうせなら、今日、泊まってけば?私の親、今日は仕事で帰ってこれないんだって」
どうやら、朋歌はまだまだ元気らしい。
普通だったら絶対に、自分からそのようなことは、言わない。
「あっ・・・でも、今日はいいや。ほら、着替えとか持ってきてないし」
実を言うと、今日はお泊まりをする気分ではなかった。
全然、そんなこと考えてなかったし。それに、今日は疲れてしまったので、早く家に帰って休みたかった。
「・・・だよね。急に決めたことだしね」
「・・・また誘ってね」
「・・・・ん」
絢は、顔をしかめた。
(私・・・何かまずいこと言ったのかな・・・)
今の朋歌は、明らかに落ちこんだ顔をしている。
朋歌は、前からあまり思ったことを感情にださない友だちだ。そのことは、長年の付き合いの絢がよく知っている。
・・・・どうしたんだろう?
「ごめんね・・・。もう帰らなくちゃ・・・」
絢は、カバンを手にとると立ち上がった。
「うん。外まで見送るから」
朋歌も、そう言いながら立ち上がる。
「ありがと」
「大丈夫、大丈夫」
絢は、朋歌の部屋から出ようとした。
とその時、後ろから手首を力強くつかまれた。
「!」
後ろを振り向くと、そこには、こちらを睨みつけている朋歌の顔があった。
「絢、やっぱり泊まっていきなよ」
「!・・・」
絢は、ドキリとした。
こんな朋歌の顔、今まで一度も見たことない。
絢は、恐る恐る口を開いた。
「朋歌・・・何でそんなに怒ってるの・・・?」
朋歌は、表情を崩さずにそれに答えた。
「何でって・・・――絢ちゃんが、ルールを破ったからだよ」
「・・・ルールって何?」
絢は、つかまれた手首を丁寧にほどこうと思ったが、朋歌はなかなか手を離してくれない。
朋歌は、より一層手に力を込めた。
「守護霊ルール。私たちの、絶対に守るべきもの」
「!・・・」
絢は、“守護霊”という言葉を聞いて、ドキリとした。
(もしかして・・・リナちゃん?)
そう、リナは絢のことを“絢ちゃん”と呼んでいた。
そして、いつもと違う朋歌の雰囲気。
絢は、思った。
朋歌は、リナに体を使われているのだと。
絢はそのことを確信すると、口を開いた。
「リナちゃん!・・・一体どうしたの!?私・・・そんなルールなんて、しらないよ・・・」
朋歌の姿をしたリナは、クスクスと笑った。
そして、朋歌の声を使って言った。
「知らないことは罪。知らないからと言って、全てが許されることはないの。これを見て」
朋歌・・・いや、リナが、空いてる方の手を前に出すと、その中に紙が一枚現れた。
リナは、それを絢の目の前まで持ってくる。
その紙には、こう書かれてあった。
【第8条】
地球上に住む一切の人間は、守護霊の存在を確認してはならない。
絢は、眉を寄せた。
(何これ・・・?)
「これは、守護霊ルールの文なの。書を持ってくるわけにはいかないから、コピーなんだけどね」
リナがそう言うと、その紙は、音もなく手の中で消えた。
「・・・お願い、離して」
絢は、リナの手から逃れるため、彼女の手を引き離そうとする。
「駄目!絢ちゃんには、私たちの住む世界―冥界に、一緒に来てもらう。そして、そこでそれなりの罰を受けてもらう」
「冥界って・・・――」
絢の頭の中に、暗闇の中、地面にドクロが転がっているような景色が浮かんだ。
こんなのあり得ない!!
どうして私が、こんなめに合わないといけないの・・・!?
絢は、早鐘のようになった自分の心臓を落ち着かせることも出来ずにいた。
「やだ!!離して!」
「ごめんね。絢ちゃん」
すると、リナの手のなかに、手錠のようなものが現れた。
(何あれ・・・?手錠!?)
いや、あれは間違いなく手錠だ。
よく漫画や、テレビドラマのなかで見る。
リナはその手錠を、掴んでいる絢の手首まで持ってきた。
「ルールを破った者は、そのことを証明するために、この手錠をかけるの」
リナの冷たい声が聞こえる。
「――・・・っ」
心臓の鼓動は、ますます激しくなる。
「やめてよ!朋歌!!」
絢が、そう叫んだ途端、朋歌の体から、リナが弾き出されるようにとびでた。
「きゃっ」
リナは、顔を歪ませてそう言うと、部屋の隅の方まで勢いよくとばされた。
絢はその光景に目を丸くする。
(朋歌の体から、弾き出された!?)
「ごめんね!絢」
「!」
前を見ると、朋歌が不安げな表情でこちらを見ていた。
「絢、さっき、やめてよって言ったよね!?私、嫌がるようなことしたみたいで・・・ごめんね。絢!」
「あっ・・・だっ大丈夫!」
朋歌にとっさにそう言った後、絢は、ドキリとした。
朋歌の背後に、リナが突然現れたからだ。
「絢ちゃん、お願いだから朋歌ちゃんの体、使わせてよ。そうしないと、絢ちゃんの体に触れることさえできないの。
絢ちゃんのこと捕まえないと、私が怒られちゃう」
リナは、申し訳なさそうに絢を見る。
一方、絢はそんなことは、聞いてなかった。
・・・・早く逃げないと。
「朋歌、じゃ、また明日ね!」
「え?絢?」
絢は、朋歌の困惑した表情も気にしないで、朋歌に背を向けた。
そして、走りだす。
自分でも信じられないスピードで、階段をかけ降りた。
「絢ちゃん!待ってよ」
二階の方から、リナ(朋歌)の声が聞こえた。
リナちゃん、そんなこと言っても意味ないよ!
待つんだったら、最初から逃げてないし!!
絢は、心の片隅でそんなことを思いながら、玄関に続く廊下を走った。
「!」
その時、後ろから、鈍い音が聞こえた。
「いったー・・・」
どうやら、リナが階段で足を滑らせたらしい。
「朋歌!大丈夫!?」
(じゃなくて、リナちゃんなんだよ!)
絢は、朋歌の苦痛な表情に心が痛んだが、我慢した。
だってあの人は、リナだ。駆け寄ったら最後、待ってましたとばかりに捕まってしまうだろう。
絢は、急いで玄関で靴を履くと、ドアノブに手を掛けた。
ガチャガチャ・・・――
(開いてないしっ・・・)
鍵がかかっる。
でも落ち着け。
内側からなら、開けられるはずだ。
絢は、必死の思いでドアに付いてる鍵を探す。
(あった!!)
絢は、鍵を回して、勢いよくドアを開けた。
ガシャ!!
「!!」
(チェーンがっ・・・)
ドアチェーンがかかったままだった。
心臓が、一気に高鳴る。
(早くしないとっ・・・)
絢は、すっかり暗くなってしまった玄関で、チェーンに素早く手を掛けた。
(やばい、やばいっ・・・)
「追いついたっ!」
「!!」
背後から、首に腕を回された。
朋歌の着ている服が、肌に触れる。
「お願いだから、もう逃げないで」
リナの声が耳元で聞こえた。
「っ・・・」
リナの手が、痛いほどの力で絢の手首を掴む。
「痛っ・・・」
絢は、表情を歪ませた。
とその時、突然、激しい目眩に襲われた。
視界がぼやけて、目の前が真っ暗になる・・・・・――
「!!」
気がつくと絢は、自宅の前に立っていた。
(は?・・・・何でこんなところにいるの!?)
自宅の玄関には、明かりがついており、今絢の立っている場所も、ほどほどに明るい。
「絢ー」
「!」
かけられた声に振り向くと、そこには陸の姿があった。
「陸・・・・」
「よかった。間に合って」
陸は、絢に笑いかける。
しかし絢は、笑いを返している余裕はなかった。
「私・・・どうしてこんなところにいるの?さっきまでは、朋歌の家にいたのに」
陸は、絢の言葉を聞いて困ったような笑みを浮かべた。
「それはな・・・・」
「俺が、絢の体を使わせてもらったからだ」
その声とほぼ同時に、陸の頭の上にレイが姿を現した。
レイは、当たり前のように陸の頭に腰をおろしている。
陸は、腕組みをすると言った。
「絢じゃ、リナから逃げられなかっただろ?もう少し早く、居場所が分かってたら、余裕で助けられたんだけどな」
「・・・・」
(レイが助けてくれたんだ・・・)
体を使われるってどんな感じだろうって思っていたけれど、以外とあっけないもんだった。
でも、あの時の目眩はどうも嫌だった。あの時に、レイが体に入ったのだろう。
(・・・でもどうして・・・)
レイが助けてくれたんだろう。
普通、自分をピンチから助けてくれるのは、自分の守護霊ではないだろうか。
「おい。レイ!俺の頭にのんな!」
レイは、陸の言葉を聞くと、「はいはい」と呟いて隣の塀の上に飛び移る。
そして、そこに腰を下ろした。
「ねぇ・・・・どうして私の守護霊は、私のことを助けてくれなかったの?・・・守護霊は、守ってくれるもんじゃないの・・・?」
「!・・・」
絢の言葉に、陸とレイは、目を大きく見開いて固まった。
そして、重い空気が漂う。
「・・・いいか。絢。守護霊をそのようなものと思っては駄目だ」
「・・・・?」
レイは、しっかりと絢の目を見た。
レイの表情には、少しばかりか怒りが混じっているように見える。
「そういう考えの人間たちが、多かったため、守護霊たちはルールを作った」
「――・・・」
(ルール・・・?リナちゃんが言ってた・・・)
「昔の人間は皆、守護霊が見えていた。しかし、それが故に人間たちは、守護霊を頼りきっていた。
そして、ついには守護霊と人間の間でいざこざが起こり、守護霊は人間たちの前から姿を消した。
正確には、“人間には見えなくした”んだがな」
「・・・!」
昔の人は、皆、守護霊が見えてた・・・?
それに、守護霊のルールって・・・?
絢は、陸の表情を伺った。陸は、絢と違い驚いている様子はないようだ。
どうやら、陸はそのことについて知ってたらしい。
「守護霊は、見守るが原則だ・・・」
『絢、今すぐここから離れて』
「!!」
誰かの声が、頭の中で響いた。
絢は、心臓が飛び出るほどに驚いた。
陸とレイは、突然表情を変えた絢を見て、何事かとこちらを見ている。
「え!?何・・・?声が・・・」
それに何だろう。
さっきの声。
どこかで聞いたような声。懐かしい声。
「声がどうしたんだ?」
陸は、顔をしかめる。
『絢。早くあの二人から離れて!』
(…一体、何!?)
あの二人って、陸とレイのことだよね?
その二人が何か危険なの??
「すみれ。お前は黙っていろ」
突然、レイが低い声で唸った。
レイは刺すような目つきで、こちらを睨んでいる。
「すみれ・・・・?」
絢は、その名前に聞き覚えがあった。
そう、絢が5歳になるときまでよく家にいた、お姉さんの名前だ。
「その声は、絢の守護霊の声だ。そして、彼女は絢が5歳になったときに、こっちの世界に来ている」
レイが、そう言った瞬間その姿は、すっと空気に溶けるように消えた。
「・・・え!?」
よく意味が分からない。
すみれお姉ちゃんが、私の守護霊?
「絢。俺が、余計なことをしなければルールを破らなくてすんだのにな。でも、絢は、自分からそのことを望んだのだ」
目の前の陸が、レイと同じように低い声でそう言う。
陸、いや・・・レイがこちらを睨んだ。
・・・・陸は、レイに体を使われているんだ。
一気に心臓の鼓動が、高鳴る。
「絢。俺は、お前にルールを破ってもらいたくて“力”を与えた」
陸の声のレイが、何よりも冷たい声でそう言った。
『絢!早く逃げて!』
「――・・・!」
絢は、すみれの声に押されて、レイに素早く背を向けた。
「!」
走り出した瞬間、誰かにぶつかった。
その人は―・・・レイだった。
「俺の仕事のためだ。我慢してくれ」
その声とほぼ同時に、レイの片方の手が、絢の首を力強く掴んだ。
「!」
苦しい。
陸に首をしめられるなんて・・・。
悲しいよ。
陸は、本当はこんなことをする人じゃないのに。
絢は、抵抗しようと、レイの手をぎゅっと掴む。
とその瞬間、その手にレイが素早く手錠をかけた。
「!!」
それとほぼ同時に、手首に切り裂かれるような痛みがはしる。
「痛っ・・・・」
絢は、その手をかばうように、地面にうずくまった。
「はずしてよっ!!!痛い!!!」
絢は無我夢中で叫んだ。
自分は何かした?全く悪いことなんてしてないよ!?
なのにどうして・・・?
「助けて!すみれお姉ちゃん!!」
絢は知らぬ間にそう言っていた。
確かにそこにいるはずの、すみれのことを信じて。
そして、絢は意識を手放した。




