第1話「バイバイ。私の日常」
先月、絢のクラスに、不思議な転校生がやって来た。
いや、違う。変わった転校生だ。
その人―音塚陸は、いつも授業中、独り言を言っている。
例えば、「少し黙って」とか、「勉強の邪魔するな」とか。これは間違いなく、立派な独り言だ。
もちろん、隣の席の絢は、気にならないはずがなかった。
そして、時がたつにつれ、絢の心には、不安な気持ちが芽生えはじめた。
(急に、殴りかかってきたらどうしよう・・・)
今の絢は、陸の独り言を聞くたび、びくびくする始末だ。
絢は思った。
・・・陸は、変な幻覚を見ているに違いない。きっとそうだ、と。
・・・でも、違った。
***
「ねぇ。授業中、独り言、言っているよね?」
絢は、移動教室のときに思い切って聞いてみた。
陸は絢の問いかけに立ち止まり、首をかしげる。
「は?言ってないけど」
陸は、不思議そうな表情で絢を見た。
絢は焦った。陸はやっぱり自覚してないのだ。独り言を言っていることを。
「・・・言ってたよ!誰かと話してたみたいに、一人で、話してた!!」
絢は、思わずむきになる。
だって、聞き間違えのはずがない。
「は?俺は、二人で話してたんだぞ」
「?」
「俺は、自分の守護霊と話してたんだよ」
絢は、一瞬固まった。
陸は、嘘をついてる?
それはあり得ない。
彼の表情と性格からして。
陸は、忘れものの報告をいちいち先生にする、馬鹿正直なやつなのだ。そんな陸が、絢に意味なく嘘をつくはずがない。
「うそ!?・・・陸って幽霊が見えるの?」
「見えるわけないよ。俺、霊感ないし」
「・・・」
(さっき自分で見えるって、言ったじゃん・・・)
「絢も守護霊と、たまには話すだろ」
「話せないよっ・・・って言うか、話せるわけないし!」
「は?普通は話せるだろ?」
間違ってる。
間違ってる!
普通じゃないのは・・・
「普通じゃないよ!陸のほうが!今までどうやって生きてきたか知らないけど、守護霊と話せる人を、普通とは言わない!」
「・・・は!?そうなのか?俺たちは、みんなが見えてるもんだと思ってたよ。な~?レイ?」
陸は、何もない空間にむかって問いかけた。
「は?何で教えてくれなかったんだよ」
「ほんとお前ってやつは・・・」
「おいおい~。話をそらすなっ」
また始まった。
陸の独り言。
いや、守護霊と話をしているらしいがこっちから見れば、立派な独り言だ。
当たり前だが、周りには多くの学校の生徒がいる。
一人で、黙々と話している陸を、一瞥しながら皆とおり過ぎていく。
(少しは周りの目線とか考えたらどうなの・・・?)
絢はこの場に立っていることでさえできなくなり、陸の腕を掴んだ。
そして、走りだした。
ここは屋上。
やっぱり秘密?の話をするといったら、ここが最適だ。
「ねぇ、陸。ホントに、幽霊が見えるみたいだね!かなり、ビックリした・・・」
絢は期待の眼差しで陸を見る。
陸は、絢の言葉に微かに眉を寄せた。
「・・・俺が見えてるのは、守護霊だけだぞ?」
「え・・・」
どうやら、陸の変わった力は、守護霊に限られていたようだ。
幽霊なら、何でも見えるというわけではないらしい。
「なっ何で・・・?守護霊だけなの?」
絢は、好奇心が抑えきれなかった。
こんな力が本当にあったんだ!
「分かんないな。俺にも・・・。でも、レイなら知ってるらしい・・・」
陸は、横の空間を見ながらそう言う。
どうやらそこに、レイという人物がいるらしい。
「そのレイって・・・どういう人・・・」
「どうやら、レイの力は、すべての霊を見せることまではできないらしい。・・・俺も初めて知ったんだけど」
陸は相変わらず、横の空間をちょくちょく見ながら話している。
「俺はな、レイのお蔭で守護霊を見ることができている。レイは、守護霊の中でもレベルが高くて、偉い守護霊だから、それができるんだ。
でも、俺は守護霊が皆、それが出来ると思っていた。ほんと俺って、馬鹿だよな~!はっはっはっ~。
それに比べ、レイは凄い奴だよ。ほんと尊敬しちまうぜ☆・・・って、言うようにレイに言われたんだ」
陸はその言葉を言い終えた後、はははと楽しそうに笑った。
「あっ・・・そう」
絢の口からでた言葉は、溜息に近いものだった。
「残念でしたー。俺もそこまで正直に言うほど、馬鹿じゃないもんね」
陸は、隣にいるらしい、レイという人物と楽しそうに話している。
・・・こんなの不愉快だ。
まるで、友だちが自分の目の前で、他の誰かとケータイで楽しくおしゃべりしているときみたいに。
「ねぇ・・・私にも見せてほしいんだけど。守護霊」
沈黙。
陸は絢の発言を聞いて、明らかに戸惑っていた。
あー・・・。どうしてそんなこと言ったんだろ。
無理なこと言っても、陸を困らせるだけなのに。
「わかったよ」
陸は、ぼそりと言った。
「!・・・」
「お前には感謝してるしな。こんな、授業中に独り言言ってるような奴に、話しかけたのお前が初めてだよ。
陸は、いつも俺の相手をしているせいで、友達もろくにできなかった。こんな陸のことを知ろうとしてくれて、感謝している。そのお礼というわけ」
陸は、目を細め、絢のことをしっかりと見据えてそう言った。
(陸じゃない・・・?)
絢はいつもと違う陸の雰囲気に、戸惑いを隠せなかった。
見た目は、陸。しかし、何かが違う。
おそらく違うのは、身にまとう雰囲気だろう。
確かに陸の中には、“レイ”が入っている。
陸は、レイに体を使われている。
レイは、陸をとおして私に話しかけている。
絢は、このとき初めて、レイの存在を感じることができた。
陸は、突然、はっとして目を見開くと、横に振り向いた。
「レイー。もしかして、俺の体また勝手に使った?使うときは、前もって知らせろっていつも言ってるだろ?」
「・・・それならいいけどよ。俺が不安になっちまうだろ・・・」
どうやら、体を使われていたことは気づいたらしい。
それにしても、体を使われてるってどんな気分なんだろ・・・
「絢」
「・・・!」
絢は、はっとして陸を見た。
陸はニッコリと笑った。
「・・・というわけで、“力”を分けてくれるって」
「それじゃ・・・私も、守護霊と話しが出来るの?」
「・・・うん。でも、自分の守護霊と会うことはできない」
陸は、申し訳なさそうに目を伏せた。
「え?・・何で・・・?」
陸は、少しの沈黙の後、重々しく口を開いた。
「レイが・・・そう言ってる。多分、自分の守護霊と話したりするのは、大きな力を使うから、今のレイには無理なんじゃないかなぁ。
レイ、まだ子どもだし」
「・・・そうなんだ」
絢は、肩を落とした。
自分の守護霊と話しができないなんて。かなりショックだ。
一番期待していたところなのに。
「それでもいい?」
陸は、黙ったままの絢に問いかけた。
「・・・」
(自分の守護霊と会えないなんてショック・・・でも、レイの姿見たいし・・・)
絢は気になった。レイの姿が。
そして、陸の見ている世界が。
「うん。いいよ」
絢は迷わずそう言った。
「じゃ、その続きはまた明日」
「は?」
「明日の放課後、またここに集まろう!ほら、授業始まっちゃうし。あ~。明日が楽しみだ」
陸はそう言うと、絢に背を向けて、歩きだした。
(・・・明日か・・・)
まぁ、いっか。
そんなに急ぐ用でもないし。
その時、授業開始のチャイムが鳴った。
「やばっ」
絢は、前を歩いている陸を抜かして、急いで教室に向かった。
***
「ただいまー」
絢は、自宅へ帰ると居間にいる母にそう言った。
「お帰り」
ソファに座ってテレビを見ている母は、肩越しに振り替えると、素っ気なくそう言う。
そして絢は、二階へと続く階段を駆け上がった。
自室に入って、カバンを机の上に置く。そして、どかっとベッドに腰を下ろした。
今日あったことが、いまだに信じられない。
これで、退屈な日々ともおさらばできるかも。
絢は、テレビのリモコンのスイッチをポチリと押した。
テレビが、ぼぉん。という低い音をたてて喋りだす。
そう、これが絢の日常だ。暇なときは、テレビがお友だち。
絢は、一人っこ。
ペットも飼っていない。
両親は、口数が少ない。
(兄弟がいたらいいのになぁ・・・)
今までに、何度そう思ったことか。
でも、絢が幼いときは、仲いい人がほとんど毎日、家にいた気がする。
顔は覚えてないが、よくその人と一緒にこたつに入ってテレビを見ていた。
多分。
その人が、家にいないときは、淋しくていつもぐずっていたのを覚えている。
母にそのことを話したら、どうやらその人は、近所に住むお姉さんらしい。
しかし、その人は絢が5歳になるときに、遠くに引っ越してしまったそうだ。
(あのときはよかったなぁー・・・)
しかし、明日からは新しい日常が待っているのだ。
バイバイ。今までの日常。これからは、新しい日常と付き合っていくことにするよ。
新しい日常は、絶対に私を退屈になんてさせないんだから。
私は後悔しないよ。
絶対に―――……。
そして次の日。
絢は、放課後になるのと同時に屋上に向かった。
「きたきた」
「!・・・」
既に屋上には、陸の姿があった。
絢は、陸のほうに歩みよると、言った。
「陸・・・もう来てたんだ」
「もちろん。俺もこの時が楽しみだったからな!」
「そうなんだー。陸もか!」
陸は、嬉しそうに頷くと何もない空間にむかって言った。
「レイ。早速、やってもらってもいいか?」
「・・・分かったって・・・」
「!!」
陸の独り言が終わった途端、絢の目の前に電気のようなものが走った。絢は驚いて、思わず目をつぶる。
しばらくした後、絢は恐る恐る、目を開いた。
「・・・」
目の前には、ニコニコ笑っている陸の姿があった。
「ビックリした?“力”を入れるとき、摩擦が生じて、静電気が発生するんだよ。
俺はその時、かなりびびって尻餅ついたんだよなー。まっ、今ではいい思い出だけど」
「・・・」
(そんなことはどうでもよくて・・・)
絢は、キョロキョロと辺りを見渡した。
自分は本当に、守護霊が見えるようになったのだろうか。
「!!・・・」
絢は、悲鳴を上げそうになった。
突然、目の前に小学生ぐらいの男の子が現れたからだ。
「初めましてだな。絢」
男の子はにやーと笑った。
「もしかして・・・レイ!?」
「もしかしなくても、そうだっ」
男の子―レイは、大きなグレーの瞳で、絢のことを見ている。
「どうだ?俺の姿は?」
「どうって──・・・」
絢がまず驚いたことは、色がついている、ということだ。
絢にとっての幽霊は、色がついてなくて、透け透けというイメージがある。
・・・しかし、そのことはすべて間違いというわけではなかった。
レイに、色はついているが、透け透けだった。
明るい栗色の髪の向こう側にも、着ている暖かそうな洋服の向こう側にも、屋上の床が見えた。
「透け透けだね・・・」
「な!?」
レイは、明らかにショックを受けた顔をした。
・・・しまった。
ここは、かっこいい!とかいけてるぅ!と言うべきだったか。
「レイ、そんな顔するなよ。幽霊の第一印象なんてそんなもんだよ」
陸はレイのことを慰めるように、そう言った。
レイは、絢から目線を外し、陸を見た。
「陸にはそんなこと言われたくないな。
陸、お前は初めて俺の姿を見たとき、何て言ったか覚えているか?暑そう。だぞ!?これは明らかに、幽霊に対する第一印象ではない!」
「は?そりゃそうだろ。だってその時、夏の真っ最中なのに、レイ、冬服着てるし・・・」
「俺は、ロシア出身の守護霊だ。ロシアは、日本と比べものにならないぐらい・・・」
「あの・・・レイ君」
絢がレイに声をかけると、レイは陸との会話をやめ、絢のことを見る。
「ひとまず・・・ありがとう。力を分けてくれて」
レイは、絢の言葉を聞くと満足そうに微笑んだ。
絢は思った。
これから自分には、非日常的な生活が待っていると。




