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a trick of destiny Ⅲ -運命の悪戯 3-  作者: 樋山 蓮


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7/9

Ⅶ.晴れ姿

二月下旬、

ドラマ撮影を終えて帰宅した頃には、日付が変わりかけていた。


ソファに倒れ込んだ瞬間、亜紀の顔が浮かんだ。


亜紀に会いたい⸻


そんなことを思っていたら、スマホが震えた。


『亜紀』

ビデオ通話。


「……もしもし」

『お疲れ様ー』

画面の向こうの亜紀は、部屋着のまま床に卒業式のパンフレットを広げていた。


髪はラフにまとめられていて、完全に家モードだ。

「まだ起きてたの?」

『袴決めてた』

「まだ決まってないの?」

『決まらないの!』


亜紀がスマホを持ち上げる。

『これとこれで迷ってる』

「……違い分かんないな」

『えぇ!?全然違うじゃん!』

呆れた顔で笑う亜紀。

そのやり取りが、妙に安心する。


「卒業式なんて一回しかないしな」

『まあねー』

そう言いながらパンフレットをめくっていた亜紀が、ふと動きを止めた。


『……あ、でも』

「ん?」

『6年生の担任とかになったら、また着るかも』

「袴?」

『卒業式の先生って袴着てる人いるじゃん』

「あー、いるな」

『なんかそれっぽくない?』

少し照れたように笑う。


その顔を見ながら、剣斗はぼんやり思う。

——本当に先生になるんだな。


大学生だった亜紀が、

少しずつ“先生になる側”へ進んでいく。


当たり前のことなのに、不思議な感覚だった。

『あ、そうだ』

亜紀が思い出したように顔を上げる。


『配属、来月中には分かるっぽい』

「いよいよじゃん」

『怖い〜……』


そう言いながら笑う亜紀の表情には、

期待と不安が半分ずつ混ざっていた。



『ねえ、卒業式の日、袴姿を見に来てくれる?』

「19日だよな。撮影は休みだからいけると思う」

『本当!?』

「うん。」

『楽しみにしてるね!』



⸻亜紀の晴れ着姿。


いつかはウェディングドレスを着た姿が見れることを祈っているけど⸻



袴姿の亜紀もこの目におさめておきたい。




「お正月も一緒に過ごせなかった。ごめん。」

『仕事だし、仕方がないよ。』

「少し落ち着いたら、挨拶に行こう。」

『うん。でも、無理しなくていいよ?』

「ありがとう。」

『それに、うちの家族だけじゃなくて、由美さんにも挨拶に行かないとね。』

「あぁ…そうだな。」

北海道にいる母のことを少し忘れていた。


「4月にツアーで北海道行くから、その時に伝えておくよ。」

『え、わたしも挨拶しないと。』

「一緒に行くのは夏にしよう。亜紀も夏休みだろ?」

『そうだね…。ゴールデンウィークまではきっと仕事に慣れるのに必死かもしれない…。』

「亜紀も大変だと思うけど、無理するなよ。」

『賢こそ、無理しないで。』

「ありがとな。」

『じゃあ、またね。』

「卒業式、楽しみにしてるよ。」

『わたしも。おやすみ。』

「おやすみ。」









3週間後の亜紀の卒業式に向けて、撮影頑張らないと⸻


そんな想いで真剣に演技と向き合った。




そして⸻亜紀の大学の卒業式の前日。


撮影は深夜まで押していた。


雨上がりのロケ地は冷え込んでいて、コートの下までじわじわと体温を奪っていく。

「はい、OKー!次、押さえでワンカットいきます!」


監督の声は軽いのに、現場の空気は重い。

俺は台本を握り直した。


(明日……卒業式)


『ねえ、卒業式の日、袴姿を見に来てくれる?』

亜紀がスマホの向こう側で寂しそうに言った言葉が頭の中に渦巻く。


短い言葉。

でも、その裏にある“楽しみにしてる感じ”が分かるから、余計に胸に残っていた。


「剣斗くん、集中お願いしまーす」

「……はい」


返事をして、カメラの前に立つ。

セリフを感情に乗せて言う。


監督からのOKが出る。


でも、そのたびに頭のどこかが別の場所に引っ張られていた。


⸻明日、亜紀の卒業式。


人生の節目。

その日に、行く約束をしている。


(間に合うよな)


そう思っていた。

その時だった。


「すみません!明日のスケジュールなんですけど!」

助監督が走ってくる。


監督が振り向く。

「どうした?」


「明日の午前、追加で一話の補強シーン入りました!大学病院ロケです!」

一瞬、空気が止まる。


剣斗の胸の奥が、嫌な音を立てた。

「……それ、午後じゃダメなんですか?」


思わず口が出た。


助監督が一瞬困った顔をする。

「午後は別チーム押さえてて……変更難しいですね」


監督は少し考えてから言う。

「剣斗くん、ここは押さえたいシーンだからさ。すぐ終わるよ」


“すぐ終わる”


現場で一番信用できない言葉。

でも断れる空気じゃない。

剣斗は唇を噛んだ。

「……分かりました」


その瞬間、スマホが震えた。


亜紀からのメッセージ。

『明日、終わったら来られる?』


既読をつける指が、一瞬止まる。

送信ボタンの上で、数秒固まったあと。


剣斗は短く打った。

【ごめん、明日撮影入った】


送信。

数秒後。


『そっか』


それだけだった。

スタンプもない。

続きの言葉もない。


ただ、その一言だけ。

剣斗はスマホを握ったまま、しばらく動けなかった。


「剣斗くん、戻りまーす!」

現場の声が遠く感じる。


でも戻るしかない。

剣斗はゆっくり顔を上げて、もう一度カメラの前に立った。

その背中に、言葉にならない重さだけが残っていた。







.






卒業式が終わり、学部のメンバーと写真を撮った後、和哉を連れて軽音楽部の部室前で悠奈、圭吾、泉と待ち合わせをしていた。


「悠奈ー!圭吾ー!」

最近付き合い始めた2人。


「亜紀ー!和哉くんも久しぶり!」

「久しぶり!」

「圭吾と付き合うなんてびっくりだよー!」

「え、そうなの?」

初耳の和哉はびっくりしたような顔で聞く。


「はい。」

圭吾が恥ずかしそうに反応した。

「卒業前に一緒に飲んでたら、告られたの。」



卒業式当日。

周りの友達は、

彼氏や家族と写真を撮っている。


「泉が来たら写真撮ろうぜ!」

「そうだね!和哉、髪の毛崩れてない?」

「亜紀は可愛いから大丈夫だよ。」


「この報われない恋も切ないよな。」

「俺のこと?」

「剣斗くんと付き合い始めた時に見守るって決めたから。」


無理やり笑って写真に写る。



でも、スマホを何度も見てしまう。

賢から連絡は来ない。


「そういえば、剣斗くんは?」

この前、剣斗が来るって悠奈に報告していた。


「仕事が入って来れなくなっちゃったんだ。」

「…そっか、それは残念だね。」

「Z∅REQUIEM、本当に凄かったよな!」

「Suiさんのカリスマ性激ヤバ!」


圭吾や悠奈が盛り上がっているけども、私はどうしても中に入れなかった。


「どうした?亜紀」

「Z∅REQUIEMが終わってから剣斗としての仕事が増えたみたいで。」

「会えてないの?」

「そうだね。今はドラマで…」

「ドラマ出るの?剣斗くん。」

「そうなの、そろそろ情報解禁されると思うんだけど…」


その時⸻


「あれ、魅波くんたちじゃない?」

「え…!?」


悠奈の目線の先を追って振り向くと、魅波くんと柳くん、玲架(翼)の三人がこちらに向かっているのがわかった。


「亜紀ちゃーん!!」

魅波くんが私の元に走ってくる。


「魅波くん、どうして…?」

「剣斗、急遽仕事が入っちゃったって聞いて。」

「どうしても亜紀の袴姿が見たいって、魅波が駄々こねるもんだから。」


「みんな、来てくれてありがとう。」

すこし心細かった自分の心が緩んだ。


「亜紀、その笑顔だよ。」

悠奈が呟いた。


「みんなで写真撮ろう!」

「うん!」


その場にいるみんなで写真を撮ったり、DIM-TAMのメンバーと一緒に写真を撮ったりと盛り上がっていた。



「ほら、次は幼馴染の2人で!」

「翼と!?」

「いいじゃん!」


亜紀と玲架(翼)が2人で並んでいると⸻



「あれ?翼!?」

「宗太郎!久しぶり!」

「いやあ、大学最後の日に五中のメンバーが集まるなんて。」

「宗太郎も先生になるんだろ?」

「まあね。中学だけど。」

「そういえば、宗太郎の両親も先生だったっけ?」

「母さんだけだよ。今は教育委員会にいる。」

「わたしの上司になる人なの。」

「え、そうなの!?」



「玲架はいいよなー、幼馴染ってだけで距離近くて。」

そんな3人を見ていた魅波の一言に、

「……え、お前誰?」

和哉が少し警戒するように魅波を見た。


「魅波でーす。」

「軽いな。」

「え、和哉くんって亜紀ちゃんの元カレ?」

「違う。」

「でも好きなんだ?」

「…………。」


魅波がニヤッと笑う。

「分かりやすすぎ。」

「お前もだろ。」

「俺は隠してないから。」

「最低だな。」

「なんで?」

「彼氏いるだろ。」

「でも寂しい時に隣にいたくなるじゃん。」


和哉が眉をひそめる。

「……お前みたいなのが一番危ない。」

「でも、亜紀ちゃん今かなり寂しそうだったよ?」


その一言に、

和哉の表情が止まる。


魅波は笑ったまま続ける。

「剣斗、ちゃんと亜紀ちゃんのこと捕まえておかないと取られるよね。」


玲架と亜紀の記念撮影が終わって、

「次、亜紀ちゃんと撮りたいー!」

と、魅波は亜紀の方に走って向かった。

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