Ⅱ.Last Chronicleの幕開け
楽屋の扉がノックされ、
「Z∅REQUIEMのみなさん、スタンバイおねがいします!」
と、スタッフが呼びにきた。
大きなライブは今日の50周年記念のイベントライブと、ROCK IN THE BOX。
番組の収録も予定されている。
舞台袖で、前のバンドのラストソングを聴きながら最終チェックをする。
「リハーサルの時同様、この後テザーと司会者からの紹介があります。その後、ステージへお願いします。」
小規模のライブハウスで行われるヴィジュアル系の対バンとは違って、劇場のように大きなステージの転換がどんどん行われる。
「…すげえなぁ。」
Ruiくんが呟いた。
「さあ、行くぞ。」
「しっかり、この目に刻もう。」
「おう。」
「よっしゃ!」
舞台袖から一人一人出ていく。
「Rui〜〜!」
「柳〜〜!」
「May〜〜!」
「剣斗〜〜!」
普段はそれぞれ別のバンドのファンが全力で声を上げる。
「Sui〜〜〜〜!!!!」
一際、歓声が大きくなり、照明が消え暗転した。
ざわついていた会場の空気が、ゆっくりと沈んでいく。
低く響くノイズ。
心臓みたいに、一定のリズムが鳴り始める。
カツ…カツ…
Ruiが刻むリムクリック。
静かに、確実に、空間を支配していく。
Mayのクリーントーンが流れ出す。
冷たくて、どこか遠い音。
それだけで、観客の視線がステージに吸い寄せられる。
Suiさんは、
俯いたまま、微動だにしない。
一瞬の静寂。
「……」
顔が、ゆっくりと上がる。
「夜空に浮かぶ一粒の光」
囁くような声が、会場に落ちる。
息を呑む音が、どこかで小さく重なった。
「誰も気づかぬまま瞬く」
言葉は柔らかいのに、どこか痛い。
観客の意識が、じわじわと引き込まれていく。
柳の低音が、足元から這い上がる。
ドラムが少しずつ広がっていく。
空気が、揺れ始める。
Suiの声も、少しずつ強くなる。
「でもまだ諦めたくない――」
音が、止まる。
完全な無音。
「この一瞬に賭けて」
次の瞬間――
「One-shot Stars!!」
爆発。
剣斗のギターが、上手から一気に空間を切り裂く。
Mayの音が重なり、厚みを生む。
柳のベースがうねり、Ruiのドラムが全てを押し出す。
光が一斉に点灯する。
Suiの声が、まっすぐ突き抜ける。
「今、輝け心のまま――!」
それまで静かだった客席が、揺れる。
身体を揺らす人、思わず顔を上げる人、目を見開く人。
“掴まれた”のが、わかる。
One-shot Stars
作詞:Sui 作曲:Rui
夜空に浮かぶ一粒の光
誰も気づかぬまま瞬く
胸の奥で叫ぶ声は
届かないまま消えてく
掴もうと手を伸ばすほど
遠くなる星のようで
でもまだ諦めたくない
この一瞬に賭けて
One-shot Stars
今、輝け心のまま
壊れそうな夢でも
一度きりの煌めきを信じて
One-shot Stars
夜を裂いて飛び出せ
暗闇の中で咲く光
永遠よりも短くても
涙も痛みも背負いながら
走り続けるこの道
いつか誰かの胸に
残る光になれ
One-shot Stars
今、輝け心のまま
壊れそうな夢でも
一度きりの煌めきを信じて
One-shot Stars
夜を裂いて飛び出せ
暗闇の中で咲く光
永遠よりも短くても
ステージに残る、まだ熱を帯びた歓声。
「One-shot Stars」のラストで跳ねた空気が、わずかに揺れている。
Suiはマイクを握ったまま、何も言わない。
その沈黙が、逆に観客のざわめきを静めていく。
照明が、ゆっくりと落ちる。
白から、蒼へ。
そして、深い群青へ。
「……次の曲、」
低く、囁くように。
「“幻月ノ契”」
一音目。
Ruiのドラムが入る。
間を置いて、もう一度。
その隙間に、柳のベースが忍び込む。
音というより、空気が重くなる感覚。
Mayのギターが、淡く揺れるアルペジオを鳴らす。
まるで水面に映る月みたいに、不安定で、綺麗で。
少し遅れて、剣斗。
歪みを抑えたロングトーンが、空間を裂く。
Suiは目を閉じ、マイクに触れる指先だけが、わずかに震えている。
客席も気づく。
さっきまでの“盛り上がり”とは違う。
これは、引きずり込まれるタイプの曲だと。
静寂。
そして——
「蒼に濡れた 欠けた月影」
Suiの声が落ちる。
“響かせる”じゃない。
落とす。
客席の奥まで、じわっと沈んでいく。
幻月ノ契
作詞:Sui 作曲:May
蒼に滲んだ 欠けた月影
触れれば消える 夢の輪郭
あなたの声が 夜を裂いて
静寂に堕ちる 私を呼ぶ
許されぬほど 惹かれてゆく
罪の名前を まだ知らぬまま
幻の月に 誓いを隠して
指先でなぞる 永遠の錯覚
壊れてもいい この瞬間だけ
あなたと結ぶ 禁断の契り
硝子のように 脆い心
触れれば砕け 光に散る
それでもいいと 囁く影
深く沈んで 戻れなくなる
正しさなんて 遠ざけて
鼓動だけが 真実になる
歪んだ月が 見下ろす夜に
重ねた嘘も 美しく燃える
終わりが来ても ほどけぬように
この身を預ける 幻の契り
触れてはいけない その温もり
わかっているのに 離れられない
幻の月に すべてを預けて
消えゆく光を 抱きしめたまま
戻れなくても 構わないから
あなたと刻む 永遠の契り
歌い終わったSuiさんは、静かにマイクを取った。
「……今の、忘れないで。」
少し間を置いて、目線を客席に流した。
「それだけでいい。」
「今日は来てくれてありがとう。」
「LUNE Entertainment、50周年おめでとうございます。50周年のプロジェクトの一つとして、Z∅REQUIEMに集まってくれたメンバーを紹介します。」
「上手ギター 剣斗!
下手ギター May!
ベース 柳!
ドラム Rui !
素晴らしいメンバーと1からZ∅REQUIEMを作り上げました。」
「短い間だけど、このヴィジュアル系のシーンに新しい風を吹かせていくから、よろしく!」
「じゃあ、もう少し付き合って」
Suiは、少し後ろを振り返ってメンバーを見渡した。
「……まだ、終わんねぇよ」
照明が変わる。
深い蒼から、少しだけ白が混ざる。
夜明け前みたいな色。
剣斗が、ギターを鳴らす。
クリーントーン。
透明で、どこか懐かしいフレーズ。
Mayが重ねる。
今度はアルペジオじゃない。
寄り添うコード。
Ruiは、スティックを軽く鳴らすだけ。
カウントはしない。
空気で、全員が入る。
「静寂の夜に 揺れる光」
Suiの声は、さっきより柔らかい。
でも芯は残ってる。
“堕ちる声”から、“届く声”へ。
柳のベースが入る。
低音が、優しく支える。
さっきの曲みたいな“重さ”じゃない。
包み込む低さ。
Last Chronicle
作詞:Sui 作曲:剣斗
静寂の夜に 揺れる光
遠くの記憶が 今、蘇る
手を伸ばすほど 霞む景色
けれど心は まだ君を探してる
時の砂を 零すように
儚く、でも確かに
刻まれた想いは 消えはしない
This is the Last Chronicle
終わりの旋律が 空に響く
星屑の海で 君と僕は
一瞬だけ 交わる光
夢の欠片を 集めながら
揺れる影は 夜を駆ける
言葉にならぬ 想いの海
胸の奥で 静かに燃えてる
時の扉を 閉じるように
切なく、でも美しく
残された記憶は 永遠に輝く
This is the Last Chronicle
最後の約束が 風に舞う
月明かりの下で 君と僕は
淡く光る 夢の残像
手を取り合えば 消えてしまう
でもその瞬間こそが 真実
光の渦に 溶ける僕ら
名前も知らぬ未来へと
This is the Last Chronicle
運命のページが 閉じるその時
君の笑顔だけを 抱きしめて
僕らは光となり 永遠へと消える
光の残像 揺れる空
Last Chronicle…
「手を取り合えば 消えてしまう」
Suiはマイクを両手で持ち、目を閉じる⸻
「でもその瞬間こそが 真実」
ここから一気に。
⸻ラストサビ
全部乗せる。
音も、感情も。
でも不思議と“うるさくない”
まとまってる。
「僕らは光となり 永遠へと消える」
Sui、最後は上を向く。
まるで光を見るみたいに。
ラスト。
音が抜けていく。
最後に残るのは、Mayギター。
そして⸻
完全な静寂。
数秒。
誰も動かない。
そのあと、爆発みたいな歓声。
Suiは何も言わない。
ただ一瞬、メンバーの方を見る。
剣斗が小さく頷く。
柳が息を吐く。
Ruiがスティックを回す。
Mayは少しだけ笑う。
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