Ⅲ.夜に咲くティアラ
「いやぁ〜、めっちゃよかったですね!」
司会で俳優の小嶋幸人が感想を述べた。
楽屋に戻ると、スマホの通知が鳴り響いていた。
北海道にいる母
何年も連絡をとっていない親戚
ほぼ会話をしたことのない同級生
そして、亜紀。
【亜紀】
おつかれさま!
生配信、見たよ!
ほんとにかっこよかった!
今日は打ち上げだよね?
また家に来られる時、連絡してねー!
「すごいなぁ、たくさんLINE来てるぞ!」
「BSとオンラインで生配信だもんなあ。」
自分たちのLINEの連絡の多さにびっくりしていたその時、楽屋のモニターから男性客の声援が最高潮になった。
Lumière Dollの一夜限りの再演。
女優の星川ゆず、グラビアアイドルの由良ななみ、シンガーソングライターの屋内ゆかり、
⸻そして今は亡きSuiの妹・多田エリナ。
代表曲
『ガラスのティアラ』
に合わせ、ファンたちはミックスを打つ。
エリナのパートを屋内ゆかりが歌っているようで、
「エーリナ!エーリナ!」
という声が会場全体から聞こえてくる。
Suiさんはじっとモニターを見つめていた。
「Lumière Dollのみなさん、こちらへおねがいします!」
「小嶋さんは、星川さんとの共演がありましたね!」
「そうなんですよー!ルミドの姿のほしゆずを久しぶりに見られてほんとに嬉しいです!!」
「星川さんはどうですか?」
「卒業してからずっと俳優活動しかしていなかったので、この日のために一生懸命練習してきました。ファンの方々に元気な姿を見せられてよかったです!」
「由良さんはいかがでしたか?」
「そうですね⸻」
Suiさんはどんな気持ちで見ているのだろう。
俺でも、こんな場面居合わせるのは嫌だと感じる。
きっと、
⸻復讐のためなのかもしれない。
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イベントは大盛況で終わり、隣の小ホールで軽く打ち上げがあった。
出演者、スタッフ、関係者で賑わっている中、
総合プロデューサーの「LUNE Entertainment50周年ライブ、お疲れ様でしたー!」という声で、乾杯をした。
色んなアーティストが集まって写真を撮ったり、連絡先を交換したりしている。
会長と会話を終えた、いかにも業界人のような男性が、俺たちの方に向かってくる。
「よう、Sui。今日、めっちゃくちゃかっこよかったじゃねえか!」
「ありがとうございます!神崎さん。メンバー紹介します。DIM-TAMの剣斗くんと、柳くん、
暦月ノ(れきげつの)幻影のMayくん、 Poker♤FaceのRuiくん。こちらは、オルタナグループ 専務取締役・統括プロデューサーの神崎さん。」
「神崎恒一です。みんな、本当にかっこよかったよ!」
と、名刺を配るように俺たちに渡してきた。
「ありがとうございます!」
「全部オリジナル曲なんだろ?大したもんだわ〜。」
「柳くんには、僕のソロプロジェクトのデビュー曲を書いてもらってて。」
「楽しみにしてるよ!機会があれば、うちのアーティストに提供してもらおうかな。」
「ぜひ、やらせてください!」
「神崎さーん!」
「おお。ゆず!おつかれさま!」
「あ、剣斗さん、Ruiさん、柳さんこの前はありがとうございました!」
「お、顔見知りだったか。」
「この前のLUNE Entertainmentのパーティーで、Suiくんとスマホを取り違えてしまって、困っていたら助けてくれたんです。」
「それは迷惑をかけたな〜。」
「そういえば神崎さん、田幡会長が探していました。」
「おお、ごめんごめん。じゃ、Suiまたな!」
神崎さんのオルタナグループの俳優部門に所属しているのが、星川ゆずだ。
神崎さんが去っていくと、周囲の空気が少しだけ軽くなった。
「……なんかすごい人だったな。」
俺は小声で呟く。
「“なんか”じゃねえよ。」
柳が苦笑する。
「オルタナの神崎専務って、かなりの大物だぞ。」
Mayも頷いた。
「俺らみたいなインディーズからやっとメジャーデビューしたようなバンドに普通あんな話しかけてこないって。」
「そうなんですか?」
Ruiが聞くと、Suiがグラスを傾けながら答える。
「まあな。気に入った相手にはめちゃくちゃ優しい。でも、業界じゃ“逆らっちゃいけない人”でも有名。」
「へえ……。」
剣斗は、去っていく神崎の背中を見る。
人当たりは良かった。
笑顔も自然だった。
けれど——
どこか、“見られている”ような感覚が残っていた。
プロデューサーや司会の小嶋さん、山本さんに挨拶をして、帰ろうとしたその時⸻
「剣斗さん。」
振り返ると、星川ゆずが立っていた。
さっきまでステージ衣装だったのに、今はラフな黒いワンピースに着替えている。
「この前は、ありがとうございました。」
「いや、別に。大したことしてないし。」
「でも助かりました。本当に。」
柔らかく笑う。
テレビで見るより、ずっと普通の女の子っぽい。
「……なんか意外。」
自然と言葉が出てしまった。
「え?」
「星川さんって、もっと芸能人って感じかと思ってましたよ。」
その言葉に、ゆずは少しだけ目を細めた。
「芸能人、ですよ。」
そう言って笑ったが、
その笑顔は一瞬だけ薄かった。
「剣斗さんたち、今日すごかったです。」
「ありがとう。」
「特に最後の曲。」
「ああ、“Last Chronicle”?」
Suiが横から入る。
「そう、それ。」
ゆずは頷いた。
「歌詞、苦しそうなのに綺麗でした。」
剣斗は少し驚く。
歌詞を書いたのはSuiだ。
でも、あの曲を演奏している時、自分の中にも妙な感情が流れていた。
失くしたもの。
戻れない時間。
なぜか、胸の奥を掻き回されるような感覚。
「……そういう曲だから。」
剣斗が答えると、
ゆずはほんの少しだけ剣斗を見つめた。
まるで、何かを確かめるみたいに。
その時。
「ゆず。」
低い声。
振り返ると、神崎が戻ってきていた。
「そろそろ挨拶回り、終わらせるぞ。」
「……はい。」
ゆずは一瞬だけ表情を消す。
だが次の瞬間には、完璧な笑顔に戻っていた。
「またお会いできたら嬉しいです。」
軽く頭を下げる。
去っていくゆずを見ながら、柳がぽつりと呟いた。
「二度目だけど、なんか強引な人だな。」
「……ああ。」
俺も、柳の言葉に頷いた。
なのに。
なぜか胸の奥に、
小さな違和感だけが残っていた。
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