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a trick of destiny Ⅲ -運命の悪戯 3-  作者: 樋山 蓮


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Ⅹ.返信できない理由



翌朝、朝の情報番組のスタジオに着いた。


ヘアメイクを軽く直されながら、廊下を進む。

すでに出演者用の札が並び、スタッフの声が飛び交っている。


「剣斗さん、こちらお願いします!」

誘導されて入った先に、番組セットが広がっていた。


明るすぎる照明と、作り込まれた“朝の空気”。


その中心に、彼女はいた。


「おはようございまーす!」

ゆずが、すでに笑顔で手を振っている。


一瞬だけ足を止め、切り替える。

仕事用の顔に切り替わるまで、ほんのコンマ数秒。


「おはようございます」

隣に立つと、ゆずが小さく笑った。


「今日、めっちゃ眠そうじゃないですか」

「朝だからな」

「そういうとこ、ほんと役作り入ってますよね」


軽い冗談。

でも、そのやり取りが自然すぎて、逆に距離が読めない。


カメラが回る直前、スタッフが声を上げる。

「はい、番宣チームいきまーす!」


司会者が明るく話し始める。

ドラマの紹介、撮影の裏話。


「共演してみて、お互いどうですか?」

司会者が話を振る。


ゆずは即答する。

「剣斗さん、現場ではずっと静かなんですけど、急にスイッチ入るんですよ。別人みたいで。」


会場が少し笑う。

視線が俺に向く。


俺は少し間を置いてから言う。

「ゆずさんは、現場を明るくしてくれる人ですね。僕は初めての演技なので……助かってます」


少しだけ本音を混ぜる。

ゆずが横目で俺を見る。


その一瞬だけ、仕事用の笑顔じゃない表情が混ざった。



「金曜ドラマ『君を忘れるために恋をした』、今夜9時スタートです!」

「ぜひ、ご覧ください!」

2人で番宣の最後を掛け合う。


そして、番組が終わりカットがかかる。

「はい、ありがとうございましたー!」


空気が一気にほどける。


ゆずは小さく伸びをして、俺の方を見ずに言う。

「……ちゃんと返してくれるじゃん、今の」


俺は一拍置いて答える。

「仕事だからな」

「出た、それ」


軽く笑うゆずの声が、セットの明るさに溶けていく。


でもその中でだけ、

ほんの少しだけ、温度が違っていた。


スタッフがセットを片付け始める中、ゆずだけがその場に残っていた。




「ねえ」

控え室に向かう廊下で、ゆずが声をかけてきた。


「さっきの“仕事だから”ってやつ、癖?」

軽い口調。

でも、目だけは笑っていない。


「別に」

「別に、って言う人ほど別にじゃないんだよね」

ゆずは一歩だけ距離を詰める。

その分だけ、自然に半歩下がる。


その動きが、無意識みたいに整っている。

「そういうの、あんまり面白くないと思うけど」

「面白くする気はないからな」


ゆずは一瞬だけ黙る。

それから、ふっと笑う。

「ほんとにさ、壁作るの上手いよね」


俺は答えない代わりに、スタッフの方へ視線を向ける。

「次の移動、あと何分ですか」


ゆずの存在を“会話の外”に置くみたいに。

ゆずはそれを見て、少しだけ目を細める。


でも、引かない。

「ねえ、剣斗くん」

「……何」

「その壁、仕事終わってもそのまま?」


そこで初めて、ほんの少しだけ間を置く。

そして短く言う。


「終わったら、仕事じゃないだろ」

それで会話は切れる。


ゆずはそれ以上は追わない。

ただ、笑ったまま小さく言う。


「逃げ方もプロだね」








番宣の収録が終わったあと、すぐに車は現場へ向かった。

次はドラマ本編の撮影だった。撮影は順調に進み、4話に入った。


スタジオではなく、都内のオフィス街に組まれたロケ現場。

衣装に着替え直し、ヘアメイクも最小限だけ直される。


「剣斗さん、次はヒロの感情シーン入ります」

「はい」

短く返して、台本を閉じる。


隣を見ると、ゆずもすでに役の顔に戻っていた。

さっきまでの“ゆず”ではなく、劇中の人物としてそこに立っている。

「……よろしくお願いします」

小さくそう言って、軽く頭を下げる。


一拍遅れて、

「お願いします」

それだけ返す。


カメラが回る。


ビルの入口前。


少しだけ風が強い。


セリフが進むにつれて、空気がまた“役の中”に変わっていく。

ゆずの目が一瞬だけ揺れるシーン。


それに対して、反応するべき芝居をする。

でも、その一瞬だけ。

ほんのわずかに、リアルのゆずが重なる。


カットがかかる。

「OKです!」


スタッフの声。

一瞬だけ現実に戻る。


ゆずが小さく息を吐く。

「今の、ちょっと引っ張られた」


誰に向けた言葉かは曖昧だった。


台本を見ながら答える。

「役だろ」

即答。


ゆずは少しだけ笑う。

「うん、役だね」


でも、その言い方は納得じゃない。


次の準備が始まる中で、ゆずは一度だけ俺を見る。

もう視線を返さない。

でも、その場の空気だけが、少しだけ残っている。






撮影が終わったのは、夜に入る少し前だった。


衣装のまま、メイクを落とす前に控室へ戻り、ドアを閉めた瞬間、外の音が一気に遠のく。


静かだ。

誰かの声も音もない。

鏡の前に座る。


ヘアメイクがいない時間の鏡は、やけに現実的だった。


スマホを取り出す。

通知は増えていない。


それでも、開く。

画面は同じままだ。


【初任研、終わったよ!】

亜紀からのメッセージ。


指が止まる。



「……」


ため息をつくでもなく、ただ画面を見ている。


返せないわけじゃない。


時間がないわけでもない。


でも、どこかで

“今じゃない”を繰り返しているうちに、

その“今”がどこにも見つからなくなっている。


スマホを伏せて、机に置く。

それでも手は離れない。

少しして、また持ち上げる。


画面を開く。

同じ一文。

その繰り返し。


ドアの外からマネージャーの声がする。

「剣斗さん、次移動です!」


「はい」

返事はできる。

立ち上がることもできる。


机の上に置いたスマホ。

一瞬だけ、手が止まる。

そのままポケットに入れた。










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