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死に戻り最強転移者は、異世界の神々すら見捨てた少年だった  作者: あっかんべー


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第三話後編「スタック臨界、そして俺が初めて本気を出した夜」

翌日の深夜。

零は一人で樹海に戻っていた。

フェリアには「明日は休む」と言った。嘘だ。右腕の骨は医療班に処置してもらい、副木を当てられた。「最低でも三日は安静に」と言われた。

零はその三日分を、一晩で終わらせるつもりだった。

方法は単純だ。

右腕が折れた状態で、折れた腕を使って戦う。限界まで追い込まれれば、死ぬ。戻ってくる。そのとき、耐久のスタックが加算される。三日かかる自然治癒の代わりに、蓄積による「底上げ」が起きる。

非人道的な発想だ、と自分でも分かっていた。

しかし零には、他の方法が思いつかなかった。強くなる手段がスタックしかない以上、それを最大限に使う。感傷を持ち込む余裕がなかった。

樹海の入口付近のゴブリン群を抜け、ホブゴブリンを迂回し、零は東区域の奥へ進んだ。アラクネの巣に近づいたのは、そこに「毒」があるからだ。毒耐性のスタックを稼ぐには、毒で死ぬのが一番早い。

アラクネの巣は、大木が密集した空間に張り巡らされた白い糸の迷宮だった。発光石の光を当てると、糸が虹色に輝いた。美しいと思う感性が、零の中にまだかろうじて残っていた。

そして糸の奥に、アラクネがいた。

上半身は人型の女性、下半身は蜘蛛。白い肌、しかし関節部分が暗く変色して、異質な艶を放っていた。四つの目が零を捉える。

罠に引っかかったかと思ったか。

零は糸を踏んだ。

足首に粘糸が絡みつき、瞬時に固まった。動けない。アラクネが素早く近づいてくる。毒の牙が光った。

零は右腕を——折れた右腕を、盾代わりに差し出した。

牙が前腕に刺さった。

激痛と、しびれが一気に広がった。毒だ。血流に乗って広がっていく感触が、生々しく分かった。視界が歪み、心拍が乱れた。


(これが、毒か)


意識が遠のく前に、零はアラクネの腹部に左拳を叩き込んだ。効いたかどうか分からないまま、視界が暗転した。

戻ってきたのは、一分前。

足首に糸はない。右腕の痛みは残っているが、牙の傷は消えた。毒も抜けていた。

しかし身体の奥に、微かな変化があった。

スタックが、また積み上がった感触。

零は同じことを、夜明けまで繰り返した。

七回、死んだ。

アラクネの毒、ホブゴブリンの岩石投擲、コカトリスの巣に誤って近づいて石化の前兆を受けての撤退死——様々な「死」を経由するたびに、身体の底で何かが積み重なっていった。

夜明け直前、零は大木の根元に座り込んで空を見上げた。

樹海の木々の隙間から、灰色の夜明け前の空が見えた。

そのとき、感じた。

堰が、崩れる感触。


【無限蓄積/Ω-Stack——臨界点到達】


頭の中で、音もなくそれが告げられた。同時に、身体全体が燃えるように熱くなった。熱い、というより「充填されている」感触だ。水を注がれ続けた容器が満杯になり、圧力が外に向かって押し出されようとしている。

零は右手を上げた。

骨の折れた右腕が、視界の中でゆっくりと正位置に戻っていった。ぼきり、という音と激痛。しかしそれは一秒で終わり、腕は動くようになっていた。

全身のステータスが、再調整されていた。

力が、上がった。

速さは元々高かったが、それがさらに上がった。魔力はまだ低いが、昨日の数倍になっていた。耐久が、毒耐性が、感覚が——全部が、一段階引き上げられていた。

これが、臨界だ。

ある一定量の死と経験が積み上がったとき、スタックが「再編成」されて一気に底上げされる。

そして同時に——何かが、消えた。

零はしばらく、その「空白」の感触を確かめた。記憶が、薄くなっていた。具体的に何が消えたのかは分からない。ただ、何かが欠けた感触だけが残った。堂本の顔が思い出せなかった。一緒に転移してきたクラスメートの名前が、半分以上出てこなかった。


(これが、代償か)


零は立ち上がった。

足元が、昨日より安定していた。地面の感触が、より精細に伝わってきた。身体が、一段階「上」の存在になっていた。

その実感があるのに——失った記憶の感触も、確かにそこにあった。


「……強くなるって、こういうことか」


零は呟いた。

誰にも聞こえない場所で。


王都に戻ると、異変があった。

朝の市場が静まり返っていた。商人が店を閉め、通行人が足早に歩いている。衛兵が複数走っていた。

零は通りがかりの老人を呼び止めた。


「何があった…?」


老人は顔を青くしていた。

「昨夜、シャドウパンサーが市内に入り込んだのは知ってるかい。それだけじゃなかった。王都の南門付近に、Aランクのモンスターが近づいてるって報告が——」

「何のモンスターだ!」

「バジリスクだよ。霧の樹海から出てきた。今まで樹海の深部にしか出ないはずだったのに」


零は眉を寄せた。

バジリスクは完全石化の視線を持つ、Aランクの最上位モンスターだ。それが樹海の深部から押し出されて王都に接近しているとすれば——何かが、樹海の深部で起きている。

シャドウパンサーの侵入、赤目のオーガロード、そして今度はバジリスク。

押し出されている、と零は思った。

樹海の深部で何かが「縄張り」を広げて、他のモンスターを外に追い出している。それが何かは、まだ分からない。しかし昨夜のリリスの動きと重ねれば——計画的だ。


「零!」


後ろからフェリアが駆けてきた。革鎧を着て、剣を帯びて、顔が緊張していた。


「南門にバジリスク、聞いた?」

「今聞いた」

「王国騎士団が出動してる。Aランクだから転移者は下がれって言われてるけど——」とフェリアは一息ついて続けた。

「天堂が単独で出ようとしてる。止められないって、騎士団が困ってた」


天堂冬馬が死んでも、零には関係ない話だ。他人の命の重さは理解しているが、止める義理もない。

しかし、「南門に行く」と零は言った。


「……なんで?」

「バジリスクの動きを見たい。樹海で何が起きてるか、情報が必要だ」

「それだけ?」

「それだけだ」


フェリアはしばらく零の目を見てから、

「……嘘つき。」と小さく言った。


「行こう」

二人は走った。

南門に近づくと、人垣ができていた。その向こうで騎士たちが盾を構え、その最前線に天堂冬馬がいた。金色の髪が朝の光に輝いている。手には神剣らしき発光する刃、目に揺れる興奮と恐怖。

そして門の外に、それはいた。

体長は四メートルを超えるトカゲ型のモンスター。全身が鱗で覆われ、尾を引いて歩く姿は原始的な暴力そのものだった。しかし一番目を引くのは顔だ。六つの目が、複合的な角度で周囲を見ている。そのどれかと正面から視線が合えば、石化が始まる。

バジリスクは、まだ門の外で静止していた。

何かを待っているように。

「……こいつも」と零は低く言った。

「何?」と横のフェリアが聞いた。


「動きが、おかしい。ただの縄張り侵犯じゃない。誰かに向けられている」


バジリスクの六つの目が、ゆっくりと人垣を走った。

そして——零の方向で、止まった。

直感が叫んだ。

「目を閉じろ!!」と零は叫んだ。

同時に跳んだ。

天堂の前に出た。

バジリスクの石化の視線が空気を走った——零が閉じた瞼の裏で、それが来るのを感じた。

一秒の静止。

零の足が、右足だけ、わずかに重くなった。石化が、爪先から始まりかけていた。視線を完全には浴びていないが、掠ったらしい。


「——なっ、お前何してる!!」

「目を開けるな」

閉じた目のまま、バジリスクの位置を空気の流れで確かめた。


「周りの人間全員、目を閉じろ。騎士団に伝えろ」

「スキルなしが何を——」

「今すぐだ」


天堂は一瞬息を飲んだ。

それから「全員目を閉じろ!!」と自分で叫んだ。

騎士団に向かって。零は石化が始まりかけている右足に意識を集中した。

臨界後の身体が、それに反応していた。無属性の魔力が、足先に集まり始めた——今まで使ったことのない感覚が、初めて機能していた。

身体の中の「蓄積」が、臨界後に新しい回路を開いていた。

右足の石化を、内側から押し返した。

わずかな灼熱感の後、足が動いた。


「っ——」


零は目を閉じたまま、石の地面の感触と足音でバジリスクの位置を割り出した。四メートルの巨体は動きが遅い。死角は真後ろと腹の下だ。

走った。

目を閉じたまま。

バジリスクの位置を音と気配だけで追いながら、左に曲がり、右に踏み込み、その腹の下に滑り込んだ。

こんな戦い方は、教わっていない。スキルもない。ただ、蓄積された死の経験が「こうすれば生き延びられる可能性が一番高い」という回答を出して、身体がそれに従っていた。

腹の下から、両拳を腹部の一点に集中して叩き込んだ。

臨界後の力が、そこに乗った。

バジリスクが鳴いた。

高い、金属を引っ掻くような声だった。巨体が揺れて、後退した。石化の視線が天に向いた。


「今だ、目を開けるな、騎士団は弓を使え!!」


背後で騎士団が動く音がした。

矢が幾本も飛んだ。視線が天を向いたバジリスクの喉元、鱗の薄い箇所に、複数の矢が刺さった。

バジリスクは数秒間、踏ん張った。

そして、倒れ重い地響きが、地面に伝わった。

静寂。

零はゆっくり目を開けた。

バジリスクが横たわっていた。矢が数本刺さった首から、黒い血が石畳に広がっていた。

周りが、しんとしていた。

それから、一秒後。

どこかで誰かが歓声を上げた。それが伝染して、人垣が沸いた。騎士団が鎧を打ち合わせて喜んでいた。

零は右足を確かめた。石化の痕跡が、うっすらと皮膚に残っていた。あと一秒遅ければ、完全石化していた。


「……お前」


天堂冬馬の声がした。

振り向くと、彼が呆然と立っていた。金の瞳が、零を見ていた。さっきまでの軽蔑も、憐れみも、そこにはなかった。


「お前、スキルなしだよな?」

「そうだ」

「なんで……どうやってっ!」


零はその質問に、すぐには答えられなかった。

なんで、という問いの答えが、自分でもまだ言語化できていなかったから。


「分からない」

「俺にも、まだ」


天堂はしばらく黙っていた。

複雑な感情が顔を横切った。プライドと、驚きと、何か別のもの。

「……名前は」と彼は言った。


「朝霧 零」

「…覚えた」


それだけ言って、天堂は踵を返した。

零はその背中を見送った。

フェリアが隣に来て、小声で「あんた、右足に石化の痕がある」と言った。


「分かってる」

「全然平気そうな顔してるけど」

「痛みは感じていない」

「それが一番怖い」とフェリアは言った。


「ねえ、零」

「なんだ」

「あんた今、Bランク以上のモンスターを……ほぼ一人で抑えた。スキルなしで」

零は答えなかった。


「なんで私には黙ってたの?昨夜また樹海に行ったこと」

「……」

「ばれてたよ、腕の副木が朝には外れてたから」

零は少し考えた。

「心配させたくなかった」


フェリアは、しばらく黙っていた。

それから「ばかっ!」とまた言った。今日で三回目だった。

しかし今回は、声が少し違った。怒りの奥に、安堵に近い何かが混じっていた。

「次から、言って。一人でやらないで…」

零は少し考えた。


「……分かった」


それは、珍しく素直な返答だった。

自分でも、少し意外だった。


その夜、廃都クレインで。

エルロン=ヴォイドは薄暗い部屋の中で、羊皮紙に数式を書き続けていた。

「バジリスクが落ちた」

とリリスの声が扉の外からした。

「知っている。」とエルロンは答えた。


「映像で見ていた」

「あの少年、何者なの?スキルなしが石化を内側から抑えた。ありえない!」

「ありえない、ではない」

とエルロンは羊皮紙から目を離さずに言った。


「ありえないことが起きたのではなく、我々が知らない系統のスキルが機能しただけだ」

「それが、あなたの言う『器』?」


エルロンはそこで初めてペンを止めた。


「【Ω-Stack】——理論上、神盤の設計外のスキルだ。神が想定していなかった、あるいは意図的に排除した系統。だとすれば、あれを持つ者は神盤の管理外の存在になる」

「それって、どういう意味?」

「神に見えない、ということだ、神に制御できない、とも言う」


リリスが、廊下で足を止めた気配がした。

「……じゃあ、我々にとっては?」

「敵になりうる。あるいは——使えるかもしれない」

エルロンは羊皮紙に最後の一行を書き足した。

「まだ決める時期ではない。あの少年は、まだ自分が何者かを知らない。知らないうちに——こちらが先に、把握しておく必要がある」

静寂。


「一つ聞いていいか、リリス」

「何?」

「バジリスクを王都に向かわせたのは、お前の指示か」


廊下に、長い沈黙があった。

「確かめたかっただけよ」とリリスは、最終的に答えた。

「あの子が、本物かどうか」

「そうか」とエルロンは言った。


「次は私が動く番だ」

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